ヴァンパイアの世界2
「あっ、兄さん!」
「ん? あーリュウロ」
暫く十字架―ユリジュスの禁忌―と書かれて居る立札の前で立ち尽くして居た由希とリズシアの元に、一人の男性が笑みを浮かべて駆け寄って来た。其れに気付いたリズシアは、十字架から視線を外しその人物に向き直る。
「こんな所に居たんですか!? 父様が兄さんの事探してましたよ!」
「えーそうなの? めんどくさいなあ…」
「兄さん!」
黒髪に赤い瞳。此処に来てから既に見慣れてしまって居る姿に、由希は特別なんとも思わなかった。だがリュウロと呼ばれるその男性も、やはり美形なんだなあとは感じた。此処の人達は皆容姿端麗で、自分の様な平凡な顔は逆に目立ってるかもしれないと、由希は内心思って居た。
ぼーっと、リズシアとリュウロのやり取りを眺めて居た由希にリュウロは気付いたのか、不思議そうな表情の後、人懐っこそうな笑みを由希に向けた。
「こんにちは」
「あ、えっと……こんにちは」
リズシアの前から今度は由希の前に来たリュウロに、由希は驚きながらも躊躇いがちに頭を下げる。そんな由希の行動が面白かったのか、リュウロは優しそうな笑みを浮かべたまま由希の頭を撫でて来た。
「キミも兄さんにヴァンパイアにされたの?」
「え、私はちが…っ」
「リュウロ、この子は人間だよ」
リズシアのその言葉に、由希の頭を撫でて居た手がピタリと止まる。そして先程まで笑みを浮かべて居た顔が、今では誰が見ても分かる位の怒りに変わって居た。その変わる様を直ぐ近くで見て居た由希は、その変わり様に驚く。
「どういう事…兄さん」
「何怒ってんの、リュウロ」
楽しそうに笑って居るリズシアに、リュウロはリズシアに向き直り真剣な表情を浮かべて居る。
「兄さん、説明して」
「はいはい、分かったよ。全く、リュウロは怒りっぽいんだから」
「兄さん!!」
やれやれと肩を竦める仕草をするリズシアに、リュウロは本当に怒って居るのか怒りを露にしており、しかし由希からはリュウロの背中しか見えない為表情はよく分からない。だが雰囲気だけで、ふざけて居るリズシアに怒って居るのは分かった。
「この子はリクの幼馴染なんだよ」
「え、リクの? だけど兄さんが記憶を消すはずじゃ――」
「んー、まあその筈なんだけどね~。この子だけ消えなくってさー、其れにリクに会いたいって言うから…」
「連れて来ちゃったの!?」
「まーね~」
あははーっと笑うリズシアに、リュウロは盛大に溜め息を吐いた。その後くるりと振り返ったリュウロは、きょとんとしよく分かって居ない由希の両肩を掴み、
「ごめんね。兄さんに振り回されたでしょ?」
「え、ああ…まあ?」
まるで小さい子を宥める様に頭を撫で回すリュウロに、由希はされるがままだが、顔には苦笑いを浮かべ居た。
「そうだリュウロ、俺の変わりに此の子、城まで連れて行ってくれない?」
「ええ!? 兄さんは……」
「俺はちょっと用事~。んじゃねー」
「ちょ! 兄さんっ、父様が呼んで――行っちゃった」
颯爽と歩いて行ったリズシアを止め様と伸ばして居た手は何も掴めず、手は力なく落ちた。残されたリュウロはガクッと肩を落として居る。その姿には由希も同情する。こんな自由過ぎる兄が自分にも居たら、きっと疲れるだろうなあと。
「んー…じゃぁ行こっか」
「あ、はい」
微妙な雰囲気なまま、由希とリュウロは歩き始めた。リズシアよりも少し低い身長のリュウロの横を、由希は小走りで着いて行く。リズシアの時もそうだったが、ヴァンパイアは皆歩くのが速い。其れに大股で歩いて行く為着いて行くのが大変だ。百八十を越えるだろう身長のリュウロと、百五十五前後の身長の由希とでは足の長さから歩幅まで全てが違う。リュウロが普通に歩いて居ても、由希にとって其れは早歩きをされて居るのと同じ位の速さだ。由希が着いて行くには、小走りか最終的には走るしかない。
ゼエゼエと息を吐き始める由希にリュウロは気付いたのか、ちらりと由希を見た顔はぎょっとして居た。
「だ、大丈夫!? ごめんね、気付くのが遅れてっ」
「だ、だいじょ…ぶ、です……」
その場で立ち止まってくれたリュウロは、息も絶え絶えな由希に申し訳なさそうに眉を下げる。そして「今度はゆっくり歩くね」と、息を整え様と深呼吸を繰り返す由希の背中を優しく撫で、由希が落ち着いた所で言葉通りゆっくり歩き出した。
「あ、あの…何処に行くんですか?」
「ん? 城だよ?」
「城?」
「そう――吸血鬼城」
――ヴァンピールシャトー。
「目の前に見えるのがそうだよ?」と指を差すリュウロの言葉通り、由希はその指を辿って行く。視界に広がるのはまだ随分距離が有る筈なのに、その存在の大きさを表すかの様に大きい城で在った。シンデレラや童話に出て来る様な城等目じゃない程、どの建物よりも大きく壮大で、白さが太陽の光で眩しい程輝きを放って居た。
他の建物よりも頭一つ分以上高いお城。よく見れば少し高い丘の様な所に建っており、城まで一直線に伸びる道の両側には、木々が生え綺麗な花も植えられて居た。城まで続く道は、綺麗な原色のタイルが全面に埋め込まれており、其処をリュウロは何の躊躇いも無く歩き進んで行く。
「あ! リュウロ様~っ」
綺麗なタイルを踏んで進むのに由希は躊躇いながらもリュウロに着いて行く由希の横を、小さな女の子が颯爽と通り過ぎて行き、リュウロの前で止まる。リュウロはその子供を見て笑みを浮かべ、しゃがみ込みその子供の目線に合わせた。
「どうしたの、ルリちゃん」
「あのね…此れ! リュウロ様にあげるっ」
背に隠して居たのか、恥ずかしそうにその子供――ルリはリュウロの目の前に一輪のチューリップを差し出した。そんなルリにリュウロは嫌な顔一つせず、嬉しそうにそのチューリップを受け取って居る。
「ありがとう」
「えへへっ」
頭を優しく撫でるリュウロに、ルリは嬉しそうにハニカンで居た。その二人の姿を後ろで眺めて居た行きは、ヴァンパイアも人間とやっぱり変わらないのかな。と、ルリの笑顔を見て居てそう思った。
その後、ルリは満足したのか来た時と同じ様に颯爽と帰って行った。其れを見届け、リュウロと行きはまた歩き出す。その後城に着いたのは、十分程歩いた時で在った。