ヴァンパイアの世界1
行き交う人々。
子供達の楽しそうにはしゃぐ声。
市場の様に道の端に広がるお店。
中世の様な綺麗な建物。
色鮮やかなドレスを着て、長い裾を器用に扱って歩く女性達。
「す、凄い。何此処っ、昔のヨーロッパみたい…」
キョロキョロと周りを見て興奮気味にはしゃぐ由希に、「えー、そんなに凄い~?」と頬を指で掻く仕草をするリズシアに由希は激しく頭を縦に振った。
「まー、いいや。時間が勿体ないし、ほら早く行くよ」
「あ、はい! って…何処に?」
スタスタ歩いて行くリズシアに、由希もその背に向かって走って行き、ピタリと止まって首を傾げる。
「行けば分かるよー…多分」
「え、多分!?」
「もーいいからっ、ほらほら早く」
リズシアの言葉にイマイチ信用性が無く、動こうとしない由希に呆れながらリズシアは由希の手を取りずんずん引っ張って行く。リズシアに引っ張られながら歩く由希は、周りの建物や幸せそうな表情を浮かべる人々を見つめる内に自然と笑みが溢れて居た。
「リズシアさん!」
「んー? どうしたの」
リズシアの隣に小走りで並び、ちらりと由希を見たリズシアを由希は見上げ、
「良い所ですね! 此処っ」
満面の笑みでリズシアにそう告げた。リズシアは一瞬きょとんとした後、由希から視線を逸らして前を見据え――ふっと笑った。
「俺はこんな所……大嫌いだけどね」
「……え」
呟く様に告げられた言葉は聞きづらく、聞き返した由希にリズシアは何でもないと笑うだけ。不思議に思いながらも、由希は其れ以上聞く事は無かった。
市や露店等で活気づく街中を歩いて居ると、由希の中にはある疑問が浮かび上がって来た。
「あの、リズシアさん」
「どうかしたー?」
「さっきから不思議だったんですけど、此処って若い人が多いですね?」
「そう?」
「はい」
リズシアと歩きながら話している最中も、由希は通り過ぎる人や店を開いて居る人達の姿を見ながら言う。歩いてから暫く経つが、会う人会う人全てが皆若く、ざっと見ても二十代位の人が殆どだ。普通ならばこんなにも人が歩いて居る街だ、老人等が歩いて居ても不思議じゃない。だがそんな人達を、由希はまだ一度も見て居ない。
「まー当たり前だよね、俺達ヴァンパイアだし。さては……忘れてたでしょー? 此処に居るのは皆ヴァンパイアだからね」
「……あ」
そうだった。
リズシアさん言葉で初めて自覚した由希の見る目は、明らかに変わった。此処に居る人々を自分と同じ人間だと思って見て居た由希だったが、此処に居る人々は皆ヴァンパイアなのだ。今こうして楽しそうにして居る人も、優しそうな表情を浮かべて居る人、きっとあの時の凌空の様に変わってしまうんだと。
その事を思い出した途端、由希の体はぶるりと震えて来て、さっきまで微笑ましく見えたカップルの幸せそうな表情が恐ろしい程歪む。恐ろしくなった由希は、無意識の内にリズシアに手を掴まれたままでその背に隠れ様とした。
ぎゅっと開いて居る左手でリズシアのマントを握り締めた由希に、その上からはくすくす笑う声が聞こえる。
「何やってんの? 一応俺もヴァンパイアなんだけど…?」
「うっ、で、でも……リズシアさんはもう…大丈夫だと思うし……多分」
「多分って…」
ボソボソと呟く由希に、リズシアは可笑しそうに笑い、そのままの体制でも気にしないのかまた歩き出した。由希もリズシアのマントを掴み、何とも微妙な体制のままちょこちょこ着いて行く。
本当に此処がヴァンパイアの世界なのかな。昔にタイムスリップしたみたいにしか感じないのに…。其れでもやっぱり此処は――ヴァンパイアの世界なんだ…。
「桜木由希、見てみなよ」
「あたっ。……へ?」
じーっとリズシアのマントを掴んで見つめながら歩いて居た由希だったが、突然リズシアが立ち止まった為リズシアの背におでこをぶつけてしまう。痛むおでこを擦って居ると、リズシアに声を掛けられた。リズシアの言う通りリズシアの背から脱け出した由希は、何時の間にか離され自由になって居た右手でおでこを押さえ、リズシアが見つめる先を同じ様に見上げる。
「あ、あの…これ――」
リズシアと共に見上げる視線の先には――十字架に張り付けられ、心臓の位置に一本の杭が突き刺さって居る男性の姿で在った。太陽の光できらきら輝く茶色の髪の男性は、眠って居るかのに安らかな表情を浮かべて居る。
其れはまるで……生きてる様で在った。
信じられない。人が、ヴァンパイアが張り付けにされてるなんて…。其れにこんな広場みたいな所の真ん中に、其れ呉を置いておくなんて。
「驚いたでしょ? 見せしめだよ」
「み、せしめ…?」
「こうなりたくなければ、過ち(・・)は犯すな。っていう、ね?」
張り付けられて居る人物を前にしても、リズシアは何の動揺も見せずくすくす笑いながら見上げて居た。その姿を横で目の当たりにした由希は、言い知れぬ恐怖の様な物が喉の奥からせり上がって来るのを感じ、何も言えなかった。