飛躍の時代
最早人間は人間のままでいることを許されない?
飛躍した未来がテーマです。(苦笑)
「おら、もたもたしてないでとっとと跳べよ! 後ろが閊えてんだろ、このクソ猿が!」
「無茶を言うなよ、怖いんだから」
背後から掛けられた乱暴な声。
たがしかし乱暴なのは声だけでなかった。
「いいから行け」
振り向いた僕の腹に翔太の軽い蹴りが入る。
そして僕は背中から地面へと落ちていく。
酷い。
だがしかし、それを咎める者は誰ひとりおらず寧ろ呆れたように哂うだけ。いじめだなんて意識はないようだ。
ボスっという鈍い音と衝撃。見上げた空からは笑い声。
まあ、そうだよな、僕が落ちたのはマットの上。落下しても安全が保証されているからこその彼のあのような振る舞いであり周囲も笑い事として見ているわけで、そうでなければ明らかに犯罪だ。
西暦21XX年、人類は自力で空を飛ぶ能力を持つに到っていた。
とはいえそれは先天的な能力というわけではなく後発的に開発された超能力。これはそれを強引に引き出すための授業であった。感じとしてはプールでの泳ぎといったところか。
人類の超能力開発、それを現実のものにしたのは前世紀におけるAIの台頭にあったらしい。AIに仕事を奪われた者たちがAIにできない技術を身につけるべく荒行を行うに至ったとかなんとか。背水の陣からの死中に活を求めるという無謀が窮すれば通ずへと昇華されたそれは清水の舞台から飛び降りるという古き故事の意味を逆転させしまったようで、今では毎年鳥人コンテストという飛行技術を競う催しが行われている。
そんなわけで、今は文字通り死ぬ気で物事を行うことが現実となった過酷な時代となったわけだ。
とはいえ、曾祖父の世代は7割が、祖父の世代でも4割が喪われたというこの荒行、両親の世代では事故率が1割、現在では殆どゼロとなったと言われるがそれでも失敗と怪我は付きもの、ならば怖いのも当然だろう。況してや僕は未だに飛べたことはないのだから。
「大丈夫~?」
ひらりと天使が舞い降りてきた。
幼馴染の翼だ。なんて優しい。
同じ幼馴染でも乱暴な翔太とは大違いだ。
「──みたいね。
よし、それじゃもう一度トライ。行ってみよう~♪」
……前言撤回。悪魔だ、こいつ。
一瞬とはいえ惚けていたことが憾めしい。
「ホラ、もたもたしてると烏丸先生の雷が落ちるよ」
「うげ、それは勘弁。くわばらくわばら」
さすがにそれは怖いので慌てて立ち上がる。だって烏丸先生のそれは喩えでなく本当に落ちるのだ。超能力開発は人間にこんなことさえも可能にさせるのだ。てか、これって本当に人間か?
「全く手の掛かるやつだな。
ほら、手を出せよ」
今度は翔太も降りて来た。
なんだよこいつ、乱暴と思えば案外良いところもあるじゃないか。こんなやつでもやはり幼馴染ってことか。
「……ってちょっと待て!
お願い、待って!」
引いたその手に好感を抱いたものの一瞬でそれは台無しに。
いや、だって……。
「こら、暴れんなよっ!
いくら飛んでいるからっていってもお前の重さまでなしになってるわけじゃないんだからな!」
え? いや、嘘? そうなの?
それがマジだとすると余計に怖い。
「お、おい、離すなよ?
ね、お願いだから離さないで?
てか、降ろして、お願い」
「ああ? なに言ってんだよ? 離さなきゃ訓練にならねえだろ?
もうちょっとだから大人しくしてろよ。そうしたら放してやるからよ」
「いや、だから離さないでって。マジで本当に怖いんだからっ」
「るせえっ! てか獅噛み着いてんじゃねえよっ! 離せっ、この野郎っ!」
「冗談じゃない。落ちたら無事じゃ済まないだろ。降ろすまで絶対に離すものか!」
いくらマットがあるからといっても怖いものは怖いっての!
「どけーっ!」
「え?」
「え⁈」
翔太の背後から迫り来る影。
──って、嘘? これって……。
「「うわーっ!!」」
やはり衝突
──というわけにはいかないよな。そうなると最悪三人揃って墜落だ。
仕方なしと僕は手を離した。
「え⁈」
「うお⁈」
開放された翔太が大きく後逸する。
僕たちの居た空間を影が通り過ぎる。
そして僕はそのまま重力に委せマットへと。
──って、マットが無いっ!!
「嘘ぉ⁈」
さすがにこれはヤバい。とはいえここで能力覚醒なんて都合の良い話もあるわけもなく……。
迫る衝撃から逃げるように強く目を瞑る。
耳に響く翼の悲鳴。
──って、あれ?
「馬鹿もん! あそこで諦めるやつがあるかっ!」
覚悟すれど一向に訪れない痛み。
代わりにどこかで聞いた声。
背中に感じる腕の温もり。
目を開いた先にあったものは……。
「ピンチを受け入れず最後まで足掻く、そんな根性がないからいつまで経っても飛べないんだ」
まさかの烏丸先生だった。
でも、どういうこと?
「うわぁ……、物質転移って本当に存在したんだ……」
え?
「烏丸先生も人が悪いよな。俺たちに散々心配させておいて、ギリギリであんなスゴ業だもんよ」
え? ギリギリ?
「ああ、俺も驚いた。あれは絶対に無理だと思っていたけど無事で良かったよ」
僕たちにぶつかりかけた影、浅見くんも心配してくれていたみたいだ。
「まあ、その辺は絶妙な匙加減ってところだな。生徒の教育と安全の両立は正に腕が物を言う領域ってやつだ」
烏丸先生、そこはギリギリではなく余裕を持って救けてほしかったんですけど。
まあ、救われた身としては贅沢を言える立場じゃないけれど。
それにしても、親たち以前の世代はこんな教育で育ってきたというのか。
改めて思う、僕たちって嫌な時代に生きているんだなと。
とはいえみんなそれを乗り越えて生きている。
果たして僕にそれは可能なのだろうか……。




