九話 訪れる危機
「オリヴァー。完成したぞ、脱出用の船が」
「早かったね。出発はいつにする?」
「悟られたく無い。三日後からはどうだ? もし荷物が多くなるなら俺が無限収納に入れるから問題無いぞ」
そう、悟られたら駄目なのだ。怪しまれない様に三日後から少しずつ移動を進める。一気に移動したら高確率でバレるから。
「三日後からか。声を掛けておくよ。名簿を作っておきたいから紙を何枚か貰っても良い?」
「助かる」
俺がカミングアウトした時点でオリヴァーがマリーと協力して動いてくれていなかったら、今頃八方塞がりだっただろう。
俺はバラバラにならない様に葉書サイズくらいのスケッチブックと鉛筆を渡した。世帯と住所ごとに書いてくれるらしい。頼もしいしかない。
「それじゃあ俺は、システムの最終確認と海底に船の設置をしてくる」
もう海底には地図が無くても転移出来るようになった。慣れるとこんな風に簡単に移動出来るようになるみたいだ。
逆言うと、慣れるまでは地図が必要なわけだから、チートのようでチートになりきれてない感じするな。
もう大分見慣れた海底とも三日後にはおさらば。改めて振り返ってみると五年間、長かったような短かったような。
スクリューが正常に動作するか、トイレや大浴場、蛇口から綺麗な水は出るか、等々を確認し、船に結界を張ってその場を後にした。
そうして、約束の日がやって来た。一日目は政府の目が一番厳しい場所から。
つまり、うちの領主の屋敷近くの住人。近くとはいえ、数キロは離れているはずだが、それでも厳しい事に変わり無い。小領地なので、運搬にはそこまで時間は掛からない。
「すみません、フェリーチェ・サージスですが」
伝えられた住所の扉を叩き、事情説明と共に今日分の移動が完了した。
そして二日目の運搬も終わろうという時、俺はとある人物から声を掛けられた。
「おねが……おなか、すいた……」
路地裏の近くで足首を掴まれた恐怖は一旦おいておいて、助けを求められたからには助けねば。
美味しいとは言い難いが、俺が無限牢獄で育てた芋のスープを少しずつ流し込んだ。もし人を無限牢獄内に入れていたら一度スルーしていただろうが、今は運搬終わりで誰も居ない。
俺は未だに祖国の国民性を捨てられていないようで。この国では他人より自分を優先しないと生きていけないから、俺のこの気質はかなり致命的だろう。
だが、それは戦う力が無ければの話。それなりの力は持っているのだからいざとなっても自衛が出来る。ということで、矯正する気は更々ない。
オリヴァーより少し小さいくらいだから、年齢で言えば同じくらいだろう。体格の割に薄いのと軽いのが少し気にはなるが。
「あり、がと……ござ…………」
かなり衰弱していたようで、俺のスープを完飲してすぐに気絶してしまった。このスープは母さんが作った物に俺が治癒属性を付与させたものだから、食べるだけで怪我や病気が治る。治る時に光る演出が成されるのだが、ほぼ全身が光った。
衰弱の原因は食事不足と暴行による怪我だと推測して良いだろう。暴行と決まった訳ではないが、服のお腹辺りにはっきりと、何者かの靴跡が付いていたから多分間違ってない。
うちも余裕がある訳ではないが、ここで捨てていけるほどの勇気も無い。体に強化魔法を掛けて意識を失ってしまった彼を背負った。
「ただいま」
「おかえりなさ…………誰?」
「セレン? どうし……誰だい? その子」
「さあ。落ちてたから拾った」
持ち主が現れるまで預かってくれるような交番もここには無いしな。
「敵意は?」
「無いんじゃない? 向こうから俺に助けを求めてきたんだから」
望み通り助けて貰って、目が覚めたらキレる……というのはお門違いというものだ。
「それなら……でも、うちはもうそんなに余裕無いわよ。スペース」
「どうせもうこの家ともあと少しだから良いよ。一緒に寝ればスペース取らずに済むし、食事も最近は別々。そこまで変わらない筈だよ」
もし連れて行くことになったとしても、船に予備の一人部屋はあるから。それに、人手は多いに越した事はない。食材も、芋で良ければ大量にあるから。
「それもそうね……」
「それで、フェリーチェはこの子をどうしたいんだ? 身なりから推測するに、孤児か捨て子だと思うのだけれど」
「うん、俺もそう思う。だから、望まれたら連れて行きたい。ここに残るなら関係は切る」
一度関わったし、ちょっと寂しくはあるけど。ここで自分の幸せを見つけてくれるなら、俺はそれで構わない。
「そうか。その子については任せるよ」
ということで、お世話タイム。
父さんが綺麗な服を用意してくれたから、お湯で軽く体を拭いて着替えさせた。あ、性別は男で合ってた。中性的な顔立ちだったから少し自信は無かったけど、良かった。
この世界に俺とか理久みたいな性的マイノリティというものが存在するか否かは不明だが、体の性別を知っておいて損は無い。
今後の身の振り方に関わる。もし仕事を割り振るなら、男女で差がある潜在筋力を考慮しないといけないからな。
さて、暗くなったしそろそろ俺も寝るか。俺より少し大きい彼の隣に潜り込む。
子供体温……あったかい。今は冬だし、長年使い続けてボロ雑巾みたいになった毛布(?)だけでは寒い。子供体温が隣にいるだけで温もりが全然違う。
「……、……の。あの……」
「ん……」
肩を揺すられて起きると丁度夜明けくらい。俺が助けた子が不安気な面持ちでこちらを覗いている。
「ここ、君の家、なのかな……?」
「そうですが?」
何を当たり前のことを。俺の家じゃなかったら客人は上げない。俺だけじゃなくて、お世話になっている側の都合もあるし。
「その、ありがとう。助けてくれて。心から感謝するよ」
「偶々手が空いていただけですよ。それより、何があったんですか? あんなボロボロで」
「いやぁ……。恥ずかしながら、捨てられてしまってね。後妻の子が父に訴えたみたいで」
後妻? ってことは、普通の平民じゃなさそうだな。エクレシアの平民は死別した後の再婚はあまりしない。だとしたら、確実に後継が必要な商家の子供くらいが妥当か。
「帰る場所は?」
「無いよ」
「それじゃあ、うちで働く気はあるか?」
敢えて敬語は取った。こういうのは雰囲気から入りたい。威厳というのは難しいが、出来るだけアニメで強キャラが放つような声色を意識して。
「働かせて、くれるの、ですか?」
「裏切らないと約束できるなら。裏切ったら俺は、貴方を殺さなければいけなくなる」
本心で言えば殺したくはないが、数百人の村での裏切りは致命的だ。始めに少し脅しておきたい。
「誓いましょう。我が主よ」
「我が主はやめて。フェリーチェで良い。俺は何て呼べば良い?」
「では、ルナ、と」
「わかった。ルナ」
ここで「お前の命は預かった」みたいなことを言ってみたくはあるが、側から見たら多分かっこ悪いだけだから喉奥で留めておく。
こうして、ルナと名乗る少年が新たに仲間に加わった。船には今日運ぶ。今日で運搬は最後。終わり次第出発だ。今日の最後にオリヴァーやマリー、家族を連れて、この国とはおさらば。慎重に事を運ばせなければ。
朝日が昇り、朝食の時間になった。俺はここでさっさとご飯を食べて、輸送に向かう。
「おはよう、フェリーチェ」
「おはよ、母さん」
一応、ルナが仲間に加わったことだけは伝えておいた。報連相、大事。
「それじゃ、行ってくるよ。二時間くらいで戻ると思う」
「ええ、待ってるわ」
はやる気持ちを抑え、最初の家に向かった。
「おはようございます、フェリーチェ・サージスです」
「おはよう、フェルちゃん」
最初の家には、おっとりとしたお婆さんが息子夫婦と住んでいる。フェルという愛称で呼んでくるくらい、俺のことを可愛がってくれている人だ。ちゃん付けは聞かないフリで。
「おはよう。準備はできた?」
「ばっちりよ。息子達も準備万端」
「それじゃあ、行こうか」
悟られぬよう、小声で。一度家に上げてもらってから、無限牢獄と転移を使って輸送する。この間およそ三十秒。俺と遠い人だったとしても、このくらいなら酔われない。この人達であれば俺と近いから、一時間くらい居ても平気だろう。
「空いてる好きな部屋使って。備品の場所はもう来てる人達に聞けば分かるはずだから」
「ありがとうね」
一人部屋も、世帯部屋も、まだまだ空きは十分にある。
今日のノルマはあと五組。
「おはようございます――」
もうテンプレと化した一連の流れで、残す所はもうマリーのルネ家と、オリヴァーのエアマイア家、うち、サージス家だけになった。今、オリヴァーは外出中らしいので、エアマイア家はマリーん家に行ってからにする。
「マリー、来たよ」
「いらっしゃい、フェリーチェ。私達も準備は出来てるわよ」
「よし、じゃあサクッと飛ばすから」
長年の悲願があと少しで叶う。
そう、あと少し。事件やトラブルは、あと一歩のところで起きるもの。
「オリヴァーが帰ってない?」
「そうなのよ。あの子ったら……どこに行ったのかしら」
『フェリーチェ! 一大事よ!』
オリヴァーの両親からの言葉、ヴィーネからのこの報告。嫌な予感が湧き上がる。
『なに』
『オリヴァー君が、捕縛されたのよ! 領主館の騎士に!』
「は……?」




