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番外編一 音楽家達の夢


 アルカーノ音楽学園。由緒正しき実力主義なこの学園で五年間主席を譲らなかったセイは、色々な楽団から引っ張りだこ状態であった。が、それらを全て断りサージスに帰国する事にした。



 理由は二つ。一つ目は音楽隊員を辞めた訳ではない事。


 二つ目は元ルームメイトのテオにサージスを案内して欲しいと言われていた事だ。



 既に作曲家として超売れっ子なテオを外に連れ出したらどんな曲を作るのだろうかと気になったセイは、二つ返事で了承していた。


 学園の卒業証明書と、通年主席を五回取った人にしか与えられないトロフィーを鞄に入れ、自分の身の回りを世話してくれていたエルフ族の男性、シーナを連れて寮を出た。





「五年間、お世話になりました」



 学園の門に向かってペコリと頭を下げたセイは、テオに指定された住所へ向かった。

「おっきい……」


 豪邸と言うには小さいが、民家と言うには大き過ぎる。セイが今まで見たどんな民家よりも大きかった。実際はただの多世帯住宅だが、そんな事をセイが知る筈も無く。



 恐る恐る玄関扉をノックする。


「はぁい。……誰かしら?」

 出て来たのは見知らぬお婆さん。


「て、テオさんの後輩で、セイ・ドルチェと申します」

「あらぁ……そうだったのね……。テオちゃん、お客さんよ」


(テオちゃん……?)

 セイの困惑を他所に、お婆さんは家の中に引っ込んでしまう。



 暫くして、ガチャリと扉が開き、寝癖をピンで誤魔化したテオが出て来た。


「おお! 久しぶりだね! いらっしゃい。二人とも入って入って」

 人の家……とビクビクしながら上がり、テオの部屋である二階に向かう。


 寮とは違い、ここの部屋は小綺麗にしてあった。床が見えている。テオもセイも生活能力が無い。子綺麗の定義からして常人には理解出来ない境地に居るのだ。因みに家事も出来るシーナは引いている。



「明後日の船便予約してあるからそれまでゆっくりしてよう。時間的には竜飛車が良かったんだけど……マイホームの為に貯めた印税が無くなっちゃうから。その代わり、船で一番良い部屋取っといたよ」


「分かりました。ご馳走様です」

「いいえ〜。オレはセイの先輩だからね」


「セイ様、船はくれぐれも散らかさないで下さいね。忘れ物の原因になりますので」

「僕、そんなに散らかしてるかな……」

「はい。とても」

「……善処する」



 自分の生活能力の無さをいい加減に自覚してもらいたいがテオと生活して音楽脳に振り切り、片付け能力が著しく落ちたセイには一生無理だ。そう諦めて自分だけはしっかりしなければ、とシーナは従者としての闘志を燃やした。


「三名様でご予約のアグレット様ですね。こちらがお部屋の鍵になります」


 二日後。サージス本土行きの船がエテルニオン港に到着。テオ、セイ、シーナは無事に乗船手続きを終えて一番大きい部屋に向かう。



「ここだ」


 鍵を開け、中に入ると先程まで自分が居たテオの部屋が小さく見えるくらいの部屋が広がっていた。壁一面の窓からは海が見え、サンルームには軽食用の椅子とテーブルが二セット置いてある。



 ダブルベッドが二台にソファーベッドが一台。バスタブのあるシャワー室まで完備されていた。


 床には落ち着いた青の絨毯が敷かれてあり、細部に施された装飾に目を見張る。


 そして何と言っても。



「ピアノがある……」

「そう! 聞いてみたら、この部屋にしか無かったんだ。この船、全部屋防音設計だから心置きなく弾けるよ」


 一週間の船旅中、楽器を演奏出来ないかもしれない、というのが生粋の音楽人間には辛い。値段は聞かない事にして、セイは自分のスペースを確保した。


 シーナはソファーベッドに自分の荷物を置き、今回の功労者テオは景色がよく見える一番良いベッドに飛び込んだ。


 そして、二人はアイコンタクトで素早く楽器を準備。



 テオがアップライトピアノ、セイはヴァイオリン。シーナは観客だ。被りで学園に通っていた一年間、よく寮の部屋で感想を求められていた。テオが卒業してからはホルンのソロ演奏で。



 その時は生活能力の無い二人のお世話係をしながらだったが、一週間しか滞在しない船室。あまり散らかる事はなく、シーナは観客に専念出来た。とはいえ想定よりも散らかされなかっただけで、散らかっていなかった訳ではないが。



 一週間の旅を経て、一向はサージスの旅客港に到着。食堂での演奏依頼やプチコンサートも開けてホクホク顔のテオとセイとは対象的に、振り回され続けたシーナはお疲れモードだ。





「おー、おかえり。セイ、シーナ。その人は?」


 港から宿屋街に入ると、丁度フェリーチェが街の見回りをしている所だった。


「ただいま戻りました。この人は学園の先輩で、テオさんといいます」

「テオ・アグレットです。専攻はピアノで今は作曲家として活動してます」


「へえ、作曲家なんだ。凄いなぁ。俺もちょっとは作れるけど、売れるかと言われたら微妙だから。コンサートとかやるなら絶対見に行くな」

「あ、ありがとうございます……」


 コミュニケーションが得意なテオも流石に一国の王と直接言葉を交わした経験は無く、一言礼を言う事しか出来なかった。


「それじゃ、俺はこの後エクレシア行ってくるから」

「行ってらっしゃいませ」

 シーナが頭を下げ、テオとセイもそれに倣って礼をした。



「ま、まずは宿に案内してもらっても良いかな……? 荷物を置きたいんだ」


 テオは旅の格好で一国の王と喋ってしまったというのがショックだったらしく、次は身軽な格好で、と荷物を預ける事を優先した。


「ここはどうですか? 一部屋一部屋はあまり大きくないですが、広間には宴会スペースがあって、許可をもらえれば演奏出来るみたいです」



 船でもらったサージスの宿情報紙を見ながらテオを連れて行く。セイが留学している間に五年が経っているのでこの辺は初見なのだ。


「じゃあここにするよ。予約とかってしなくても良いの?」

「この案内紙によると、予約が必要なのは迎賓館だけらしいです」

「受付の人に聞いて来る」


 二分後、空きが有ると分かってルンルンなテオが荷物を持って宿に入って行った。

 テオが着替えまで済ませ、漸く案内開始。




「まずは船の窓から見えてたとこに行ってみたい」

「船の……コンサートホールなら確か船から見えた筈です」

「コンサートホールがあるの!?」

「はい。僕が所属している音楽隊のメイン拠点です」


 目をキラキラさせたテオ。今日はホールだけで終わりそうだ、とセイはシーナに一度休む様に伝えた。



「では、行きましょうか」

「楽しみだなぁ」

 ホールまでは歩いて三十分程かかる。乗合馬車ならぬ乗合牛車を使って時間を短縮、ホールに到着した。



「ず、随分と前衛的なデザインなんだね……」

「確かに、かなり目立つデザインです。お陰で迷う事は無いです」


 ガラス張りのエントランスに入ると受付や待合スペース、休憩スペース、飲食店まで入っていた。待合スペースはともかく、飲食店は初見。セイは前の状態を知っているからこそ、テオ以上に驚いた。



「あら、セイじゃない。戻ってたのね」

「あ、姉さん。今日着いたんだ」

「そちらの方は?」


「テオ・アグレットです。学園ではセイさんの同室だったんです」

「私はセイの姉でセロ・ドルチェといいます。よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」


 お互いペコリと頭を下げたタイミングで奥から他の楽団員達が顔を出した。




「おお! セイじゃないか!」

「帰って来たんだな!」

「今夜は豪華なの奢ってやるよ。そこの兄ちゃんも一緒にな」


「お酒飲みたいだけじゃ……」

「お前ももう十七だろ? 飲め飲めー!」



 フェリーチェの住んでいた世界ではアルハラという言葉が存在し、眉を顰められる行為だがこの世界ではこれが普通。少しうざったそうにしながらも、セイは了承した。


「テオ先輩も一緒に行きましょう。奢ってくれるみたいなので」

「う、うん。ご馳走様です」

「遠慮すんなって、若いんだから」


 翌日。初めてのアルコールだったものの、ジュース感覚で飲めるものが多く出され、セイもテオも飲み過ぎた。つまりは二日酔いだ。




 だが、今日もやることがある。テオの移住手続きだ。テオがお金を貯めていたのは広い家――音楽教室が開ける大きな家を買うため。


 テオの故郷、エテルニオンでは既に大量の音楽教室がある。しかもその多くは貴族や豪商が管理している。平民のテオが開業したところで、繁盛するかは微妙だ。そこでまだ音楽教室が無く、知り合いも居るサージスに目を付けたのだ。



 寮生活中にその事を相談し、セイと一緒に開業を目指している。


 役所に行く前にまずは治療院に行かなければ、とシーナは呆れながらテオとセイを両手に担いで運んだ。その事から後にエルフ族一の怪力と呼ばれる様になるのだが、それはまだ知らぬところ。



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