六話 両親に
さて、自分の技量を上げることは重要だ。
だが、それだけでは足りない。一番と言って良い程大切な、脱出用の船を用意しなければ。今の所は潜水艦を予定している。
構造は一応調べたが、運転に関する部品や仕組みに関しては全く理解出来ていない。まあ、やってたら何とかなるだろうって精神だ。
無限牢獄でスケッチブックと鉛筆、製図用の定規とコンパスを出す。何が必要になるか分からないから取り敢えず色々。
潜水艦のモデルはない。ネットに転がってるフリーイラストで、見た事あるような物を大きくして作る。
内装は個人部屋と共用スペースだけあれば短期間は保つだろう。そんな、何年も航海するわけではないから。個人部屋は多分カプセルホテルみたいな感じになると思う。土足厳禁の。これだけは譲れない。土足駄目。絶対に。汚いから。
土足厳禁ってことは、シューズラックとかも作らないとな。床は絨毯にしよう。
少し段差付けてベッドを置くつもりだからそこは絨毯要らないかな。
扉は埃溜まるし、プライバシーは完璧じゃないけど期間も短いから更衣室みたいなカーテンとかで良いか。
その場合は男女で分けたり、うちみたいな世帯のための広めの部屋も必要、と。ベッドのサイズはシングルとキングだな。部屋の出入り口は全部同じだから、表札代わりのネームプレートなんかも欲しい。
前世では実家を出ていたから、当然の如く家具も自分で選んだ。その時のを参考にしてベッドとかテーブル、ソファーなんかは出そうと思う。これらは発展を阻害するから大量に出して普段使いする……なんてことは無いが、皆が家具や服の参考に出来るように幾つかは見本として置く予定。
是非ともこの見本を見て、和服を作って貰いたい。構造は理解しているから無限牢獄で出せる。俺は学校で和裁の授業を受けていたからな。
家具については決まった。次は脱出用潜水艦。ペンを片手に紙に向き直る。
俺の記憶が正しければ、潜水艦の材質は合金鋼であることが多かったと思う。でも、俺はそんなものは知らない。見た事が無いから、当然と言えば当然。
それに多少脆くても、俺には結界がある。鉄みたいな海水で錆びやすい素材だったとしても、少しの間だけならば十分に取り繕えるのだ。
強化属性は物質を強化することも出来るらしいから、潜水艦に掛かる水圧問題も解決する。後は減圧症に関してだが、これも問題ない。
俺が直接結界を張ればそこだけは水の中にいても常に地上と同じに保たれる。無限牢獄と違って結界はどこにでも張れるから安心安全。
無限牢獄も狂死させないようにする抜け道はどこかに有るんだろう。生憎、今の俺には全く思い浮かばないが。そういう面倒そうなものは次代の守護者に期待しよう。
で、今回俺が潜水艦の外側に使うのは鉄。俺にとっては一番無難な素材。
これで一度ミニチュアの模型を作ってから本番に移る。どこから手に入れるかって? そんなの、魔法に決まってる。
地属性で鉱石を抽出できるらしいから。ヴィーネ曰く、魔法だけでダイヤとかも採掘可能とのこと。人間サイドはお察しの通り、知らないみたいが。
知っていたら今頃地属性の人間が国中から集められて馬車馬の様に働かされていただろう。
それに、地属性の人間を巡った争いが国内外で起きていた可能性も否定は出来ない。父さんが地属性らしいから危なかった。これは絶対に知られたくない事実だ。
模型は3Dプリンターとかペーパークラフトをやった時を思い出して。
設計図は殆ど作ったことは無いが、美術の授業で一年掛けてやった『近未来都市設計』とかいうのを思い出してやる。
あれは裁判所や議事堂なんかの政治施設だけでなく、民家だったり船だったりも一から設計した。自分でもかなり納得できるようなクオリティーに仕上がってたはず。
美術と音楽の成績だけは良かったからな。五段階中、毎回通年五を取るくらいには。
そうだ、ここでも落ち着いたら楽器を弾きたいな。この辺に職人が居れば頼むが、居ないなら仕方ない。出せるやつだけ出して演奏する。ピアノとかは無理かも。仕組みが全く分からない。
弦楽器はわかる。中高共に、弦楽部だったから。学校自体はそこまで力を入れてはいなかったが、俺単体なら音楽教師に音大を薦められるくらいの実力はあった。
音楽はリラックスしたい時や集中したい時に便利だが、同時に、志気を高める効果がある。
自衛隊にも警察にも音楽隊があるんだ。警察は分からないが、自衛隊の音楽隊は士気向上の目的もあったような気がする。人からの又聞きだし、正確な存在意義については不明だが。
腕が鈍らない様に、落ち着いたら練習もしておきたい。部内のソロコンテストとかでやった曲も譜面に起こしたいし。チャルダッシュとかさ。
絶対音間持ちを舐めてもらっちゃ困るのだ。一度聴いた音楽を正確に書き起こす事など容易い。
まあ、そういうのは後で。今優先すべきは潜水艦の模型作りだ。
時間いっぱいとは言い難いが、今の魔力量で出来るギリギリまで粘って設計図と部品の詳細、各部屋のレイアウトも考えた。やっぱこういうの、素人だし難しいな。レイアウトはともかく、設計は。
今日は部品の詳細部分までしか描けなかったから、明日以降は素材の切り出しだな。
俺が自分の正体を明かし、謀反を表明してから、頻繁に――三日おきくらいに来ていたはずのオリヴァーとマリーの来訪はパタリと止まった。俺の傍にいるリスクを恐れて離れたか、或いは偶々か。
「フェリーチェ、オリヴァー君達と喧嘩でもした?」
「二人、最近来ないじゃない?」
「だから少し心配でさ。気の所為だったら良いんだけど……」
粗方模型も作り終わった頃、両親からそんな風に言われた。
「喧嘩はしてないよ。来ないことについて心当たりは有るけど」
二人を説得するなら、まずは父さん達も味方に引き入れておくのが良いな。
「――てことを、二人に話したんだ。来なくなった理由がまた別に有るなら俺は知らない」
俺の話を聞き終わった母さんは驚きすぎて最早表情を失い、父さんは頭を抱えた。まあ、予想通りではある。それに、親子とはいえ最初から全部信じられると不気味だからな。これくらいが丁度良い。
「で、二人は何て?」
「止めておいた方が良い。国を相手にするなんて絶対無理だから、とだけ」
「父さんも同じ意見だ」
「母さんもよ。不便でも、生活は出来ているのよ? それで十分じゃないの?」
日本には、『国民全員が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利がある』という言葉がある。でも、この国にそれは無い。上層部が蜜を吸いまくるから。日本の政治も一部は賄賂だ何だってので腐っていたが、ここ程じゃない。
「俺は我が儘だから。力があるのに、したい事を我慢するなんて無理だよ。二人にも言ったけど、俺は結構本気。上層部が邪魔をしたら、皆殺しにしても良いくらい」
皆殺し、という単語で母さんは息を呑んだ。息子のグレ方が自分のキャパを超えていたのだろう。そのまま気絶してしまった。
父さんも俺に対して恐怖を感じたのだろう。少しだけ後ろに後ずさった。
でもやはり親。何とか俺を言葉で正しい方に軌道修正しようとしている。俺がやるって決めた時点で、反対意見は何一つ響かないからそれも無駄だけど。
当然、その日のうちに両者は譲る事無く。「とにかく駄目だから」と念押しを受けて、一時休戦となった。
これが多分、記憶にある中で初めて意見の不一致が起きた日。
そして、物分かりの悪い子供を前にしても声を荒げず、穏やかな声色と口調を保てる父さんに感心した日。
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ヴァングラスは人生で初めて「子供は手の掛かる存在だ」と感じた。二十年と少し、ここまで投げ出したくなる想いはしてこなかった。
守護者だという事は受け入れられた。転生者であることも受け入れられた。でも、息子が反逆者になることは受け入れられない。
確かにヴァングラスも、話には聞いているから男爵・子爵くらいの貴族の生活はある程度分かる。自分達の稼いだ金が貴族の贅肉になっている事も。
全部分かった上で我慢していた。この国は、謀反を匂わせた時点で犯罪だ。
本人にそんな意図が無かったとしても、どこで誰が聞き耳を立てているか分からないのだから。
守護者が王立騎士団員一人とやり合える位である、と推測しているから希望がゼロという訳では無いのだろうが。何とかして諦めて貰いたい。
息子を、フェリーチェを犯罪者にしたくない。
そうは思うが、何か良い案が思い浮かぶことは無く。目を覚ました妻、セレンと話し合っても具体案は出てこなかった。
暴走気味なフェリーチェを制御するには少し荷が重かったのだ。常識人だったがために。
本人もまだ気付いていないが、今のフェリーチェであれば王立騎士団員とタイマン張れるどころか、その気になればたった一人で、無傷で一軍を滅ぼす事も可能。
だが、本人にも自覚がない事を二人が知っているなど有り得ず、息子の行く末を憂う構図が出来上がった。




