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四十話 調査開始


「魔族の誘拐……」

「他の魔族から聞いたりしてないか?」

 早めにオブシディアンの所に行きたかったので、あんな事が有ったのにまだ滞在するつもりの図太い客人をオリヴァー達に任せ、ヒリュウと共に竜ヶ丘まで来た。



「僕は聞いた事が有ります」

 オブシディアンはあまり心当たりが無い様だったが、ずっと一緒に居たルナールは聞いた事が有ったと。



「十年以上前にですが、ハイエルフの男性から注意喚起を受けたんです。湧き立ての弱い個体は森から出たら直ぐ人間に攫われてしまう。だから絶対に泉から離れてはいけない。お前は顔が良いんだから余計に狙われるよ、と。老体でしたのでその直ぐ後に亡くなってしまいましたが、彼の言葉を守り、名前をいただく前のオブシディアンと出会ってからもあの場所に留まっていたんです」


「……ボクは人間の手下になる魔族が居るのは知ってるけどそういうのは聞いてない。でも、五百歳くらいの獣人から護身の為にって一通りの体術は叩き込まれてる」

 へえ、形は違えど先輩魔族から対策は色々仕込まれてるんだな。



「ヒリュウは?」

「俺も魔族攫いについては知りませんでしたが、ハナエが湧く前は竜人族の仲間に剣術を仕込まれました。これは絶やしてはいけない。必ず弟子を作って自衛が出来るように様にさせること。そういった教えは有りました」


 こうしてみると、かなり前から人間が魔族を誘拐している事が分かるな。湧きたてで弱く体も脆い子供の魔族を攫い、自分の屋敷で一定レベルの実力が有る丁度良い手駒に仕立て上げる。

 失敗すれば、ヒリュウがしたようにその場で相手に殺されるか、同程度の実力者によって口封じ的に消されるだけだろう。駒に掛ける情けが有る貴族なんて居ないだろうから。種族が違い、軽視もしている筈だから始末する抵抗も大して無いだろうし。



「俺がこの大陸の森と竜ヶ丘部分だけを結界で隠そうか? そしたら未熟な子供を保護する時間稼ぎが出来る。まだ竜ヶ丘の魔族ってこの森に住む魔族の数パーセント程度だよな?」

「……そうだね。ボク、魔族の子供捜索隊を派遣する事にした。実力主義とはいえ、まだ何も知らない子供を連れ去るのは許せない」



 溢れ出るオブシディアンの殺気と膨大な魔素で周囲の空気が揺れる。植物魔物はその強過ぎる魔素を浴びてドロドロと溶け始めた。普段は穏やかだからついつい忘れがちだけど、キレるとちゃんと魔王感が出てくるな、オブシディアン。



「じゃあ魔族の方は任せても良いか? 俺は人間の国を調べるから」

「うん。任せて。ルナールと一緒に頑張るね」

「ああ、頼んだぞ」


 この二人なら大丈夫。時間は掛かるだろうけど絶対魔族を集めてくれる。魔王の存在は魔族にとっても無視は出来ないんだから。



「じゃあ俺達は一旦帰る。待たせてる仕事も有るし。何か分かったら共有しに行くよ」

 待たせている仕事。それはロイから上がってきた紙幣デザインのラフ画チェック。俺がデザイン面でどうこう言う事は無いが、ヴィーネ達は自分の肖像画だから意見は言うはずだ。



 理想に一番近い物を選べる様にと各紙幣三案ずつ出してきてくれている。


 客人への案内は粗方終えていたからその辺は他の人に任せ、オリヴァー達とデザイン選びを始めた。勿論、ヴィーネ達神界組も居る。


 絵はこれだけど文字の配置とかデザインはこれ、みたいに好みが分かれる事も有るだろうから、全部ロイ宛の返事に書いておかないと。

 いつも重要案件は幹部全員を招集して皆で決めるのだが、今回は絵に描かれるのが俺とオリヴァー、神獣二人とヴィーネだから例外的にこっちだけで決める事が出来る。各々自分の担当紙幣で気に入ったデザインを選ぶ。



 デザインはロイ以外には任せていないので俺達は選ぶだけで口出しはしない。

 仕事がこういうのだけなら楽なのに、等と言いたいところだが、そんなの事をしたら全ての労働者からボコボコにされそうなので、時間を掛けて選ぶ事でせめてもの抵抗は示したい。

 ま、後から首絞まって困るのは少し後の自分なんだけど。


――――――――――――――――――――


 クローシア国。ヴェルザードの能力で周囲の空気に擬態したサンは静かに国土に降り立った。理由は言うまでもなく、自分が敬愛してやまない主から、幸運にも不届き者の調査を命じられたから。



 フェリーチェを襲撃した魔族の魔素は、ここクローシアから発生していた。フェリーチェはクローシアの王と良好な関係に見えたため、これはサンとしてもあまり好ましくない展開になっている。


 ただ、王の人柄と今回の主犯は別の人間。許されざる所業だということに変わりは無い。

 フェリーチェと出会い、それまでは乏しかった色々な感情を知ったサンは怒りで沸騰しそうな頭を何とか冷やし、ヴェルザードが辿った魔力を頼りに一つの屋敷に辿り着いた。



「ここ?」

「――――」

「そう。じゃあ、乗り込みましょうか」


 殆ど聞き取れないくらいの声量で返事をしたヴェルザードを叱責する事はせず、サンは門番に気付かれる事無く堂々と屋敷の中に侵入した。


――――――――――――――――――――


「フェリーチェ様、もう決めたんですか?」

「ああ。かなり悩んだけど、これで進めて欲しい」

「分かりました。では、サンプルが出来たらまた屋敷の方に届けますね」

「よろしく頼むよ」


 あーでも無いこーでも無い、と散々悩んだ俺達は、何とか第一希望を書いた紙をロイに届けた。

 ルーク王達の帰国が有り、早朝になってしまったが本人は四時とかに起床だそうで、俺が訪ねた時には既に朝食も済ませていた。何なら、そろそろ今日分の作業に入ろうとしていたくらいだった。四時とか何時に寝たらそんな時間に起きられるんだろうか。早くても五時で精一杯よ、俺は。



「提出終わった?」

「ああ、もう起きてたし、作業前だった」

「早いねえ……。二十代って室内仕事の人でもそんな元気なのかな」


 オリヴァー……中二年齢のお前が何を老人みたいな事を……。この言い方、完全に成人した孫を前にしたお爺ちゃんよ。

 もう三十の俺(前世)が言うならまだしもさ。



「知らない。けど、セロ達楽団員もロイと同じくらい結構早いらしいし、元気なんじゃない?」

 確か部活の朝練? に近い事をしてたような。練習場はセロが鍵で管理してるから、そこが開くまで人気が無い広場とかで。

 公園も娯楽施設としていくつか有るが、全て住宅街に面しているので弦楽器よりも音の主張が激しい管楽器、特に金管やサックス等は近所迷惑になり得る。クラリネットとかフルート辺りも数本ならあまり目立たないが、皆やらないからと控えてくれている。



「皆頑張るねぇ……。僕らも頑張らないと」

「ああ。相変わらず面倒事はまだまだ残ってるけどな……」


「何なら増えたしね」

「特大の面倒事がな」

「でも、あの子に任せれば大丈夫って判断したんだよね?」


「ああ。サンなら大丈夫だ。ヴェルザードも付いてるし、俺が居ない場で何か有ったら逃げる様にも言ってきたから」



 俺が居る時は逃げる訳にはいかないが、俺が居ない時は命を優先させる。それが俺がサンを雇用して直ぐに言った言葉だ。正直自分の事をどうでも良い存在としか思っていない人間に響くかは微妙。



 だが、幸いにもサンは俺を慕ってくれている。俺の言葉なら何でも遂行するつもりだということも知っている。例え自分の命が惜しくなくても俺の命令に大きく反する事はしない筈だ。




 とりあえず客人を無事に帰国させ、俺はサンからの報告を待ちつつ後回しにしがちで溜まっていた小さな仕事を大人しく片付けた。

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