四話 新技開発
「無限牢獄」
初めて侵入に成功した日から、俺は両親に心配されるようなレベルで無限牢獄に篭っていた。
目的は勿論、より長い時間を内部で活動すること。内部で出した大きい物は外部に運ぶことが出来なかった。自分で入れた物ならどれだけ大きくても出し入れが出来るようだが。
つまり、中で出して外でやろうという決断が出来ない。そうなったらやることは一つ。篭れる時間を延ばすまで。
少しは成長したが、まだ連続して篭れるのは一時間半くらい。それもマックスで取ったら、その後二時間程は眠すぎて日常生活に支障をきたしてしまう。だから今は一時間くらいで引き上げている。
「あ、フェリーチェ」
今日はお昼頃からオリヴァーとマリーが来ていたので、水筒をプレゼントしておいた。
ベースは俺が無限牢獄で出せた物。この世界で持っていても不自然にならない見た目(動物の内臓みたいな袋状)に加工するのは至難だった。今度からはこの水筒を持って来てもらって、俺が入れることとなった。
実はこの水筒、見た目は自販機の一番小さいサイズのペットボトルと大差ないが、その容量は桁違い。
無限牢獄みたいに亜空間に水を溜めておけるから、一つで一般的な日本家屋の浴槽を満タンにできるくらいある。
だが、日本でキャンプを趣味にする人なんかが持っていた川の水を直接飲むことができる、というような画期的な水筒は、仕組みが分からず出せなかった。残念無念。
無限牢獄で出した物を現世? に持って来たのは初めてだが、問題無く使えるようだ。外に出せるかどうかは、容量よりも見た目の大きさに左右されるということだな。
「ありがとう、フェリーチェ」
「ありがとう。すっごい嬉しい!」
まだ俺が守護者だとは家族以外に話していない。だが、マリーはともかくオリヴァーは薄々気付いていそうだ。
学校が無いから守護者という存在がどういものかも詳しく知らないだろうが、何となく俺は普通でないと認識されているとは思う。少し探るような視線を向けて来たからな。彼が産まれてから八年。今までで何を教わったんだか。正体について話す前に看破されそうだ。
俺のことについて話すのは多分、特級になってからになるだろう。まだ準一級。自分の魔法レベルが上がりにくくなっている感覚は、この時点ではっきりとある。あと二、三年は一般人クラスだろう。
それと、国を抜け出すための潜水艦も作りたい。この国が海に面していることは知っている。そして、この世界に大航海時代がまだ来ていないのも知っている。
つまりは水中を移動すれば見つかる可能性は限りなく低いということだ。俺の無限牢獄の性能的に、パーツを持って行って、海底での組み立てが必要だろうから水圧と海水に俺が耐えられるような結界も開発しないとだな。俺達が移住出来そうな場所は俺が転移で見つけられる。
ヴィーネからの情報だと、一度に転移出来る人数は俺含めずに五人が限界だそうだし。協力者は大量に集めるつもりだから、途中で上層部の奴等に勘付かれたら俺は持てる力を全て使って最悪の決断をせざるを得ない。俺としては、無用な殺しは勘弁なので。
無限牢獄で運べば良いではないか、というのも一理ある。だが、あそこは時間の流れが止まった別の空間。
術者との関係が浅いと数時間いるだけで狂死するそうだ。いや、恐ろしいな!? まず俺の魔力が持つかも分からないし。
だから潜水艦に運ぶまでの数分で留めるようにした。だが、それだけで具合悪くなる人も一定数はいるらしい。それも治癒魔法で治せるものとのことなので、今のところはこれが一番使える方法。
「水筒、ありがとう。フェリーチェ。でも、自分の身も大切にしなよ。それ、持ってることが上にバレたら間違いなく今の生活は奪われると思った方が良い」
あれ、本当にバレてる? オリヴァー、何者?
「忠告ありがとう」
「うん、それじゃあまた」
「またね! フェリーチェ!」
もう少しコソコソすべきだったか? それともオリヴァーが鋭いだけ? まあ、どちらにせよオリヴァーだけが特別鋭いだけであることを願うばかりだな。
俺は魔法において、人より有利に産まれてきた。魔法を行使することに対して遠慮する気は無い。
俺を利用するつもりで攻めて来るのなら、覚悟を決めて迎え撃つまで。攻撃に特化した魔法も一応、練習しておこう。それでも、人に使うことは無いと祈って。
攻撃に特化した魔法って何があるんだろうか。現在俺が使えるのは、地、火、水、風、強化、光、再生・治癒、空間の八属性。一応、今の時点でもかなりの威力を発揮する。
地属性なら地震、火属性なら火災、水属性なら大洪水、風属性なら台風……みたいな感じだろうか。
こうやってみると、大自然の前には人間など無力だと思い知らされるなぁ。俺が思いついた攻撃手段が自然災害ばかりなのだから。
これらを自分の意思でコントロールすることが出来るならば、味方さえ避難させてしまえば俺一人でも十分に対処ができるだろう。死体すら残さぬように上手く火力調整をすれば、俺のメンタルもギリギリ守られる。
一番手っ取り早く敵を消すなら何が良いだろうか。一騎打ちなら強化属性で首をもぎ取ってしまえばこちらの勝ち。
だが、人間が群れで行動する以上、一騎打ちに持っていくことは不可能に近い。広い範囲で使うなら水属性。
大洪水を起こすことも考えられるが、それではこちらも被害を受けるだろうから、別の手段を取る。
人間の体内にある水分を一瞬で全て奪い取るか、沸騰させてしまえば良い。その上で次の一手を使う。太陽の表面温度、約六千度くらいで一気に焼き尽くすのだ。初めからそれを使わないのには理由があるのだが、それは今はどうでも良い。
俺がされる側だったら、たまったものじゃないけど。まあ、やられなきゃやり返さんよ。
ということで、火属性と水属性に重点をおいて練習することにした。どうやって実験しようか。マンガの隠密みたいに分身体を出せたら良かったのだが、生憎そんな能力は無いようだ。そうなると俺に出来ることは一つ。
自分の体で実験するだけだ。勿論、全身を使えば俺は死ぬ。だが、今の俺は部位欠損なら問題なく治せるだけの技術がある。
自分の足でも切り出して使えば良いのだ。一瞬で再生・治癒魔法をかけるから、痛みも一瞬。痛いことに変わりはないから最初は怖かったけど。
十回、二十回、三十回……。自分の再生・治癒属性を高めるために何度も何度も自分の体を切り取った。前世の俺からは信じられない暴挙。何かあってもヴィーネが何とかしてくれるだろう、という慢心が俺に決断をさせてくれた。
もう今は、自分で怪我を作ることに抵抗がほぼ無い。左手首に大量の線を入れていた理久が、「やり過ぎると痛覚と自制心が麻痺する」と言っていたから、俺はもうその境地にいるのだろう。あまり褒められた事ではないが。
今日はもう無限牢獄には入れない。思ったよりも水筒に魔力を持っていかれたから、今入ると出られなくなる可能性があるのだ。
自分で自分の能力に嵌るとか、どこのザコキャラだよって話だ。能力アップの作業はまた明日だな。
「無限牢獄」
寝て回復した魔力で無限牢獄に入り、攻撃魔法の練習。もう今では体の切り出しから再生まで、一秒もかからなくなった。慣れたなぁ……。
取り敢えずやってみた。蒸発と沸騰。まあ、初めてというのもあって出来るはずもなく、目の前には瑞々しい(?)ぴちぴちの腕があるわけで。
口で言うだけなら簡単だったのだが、実際やってみると難し過ぎる。これは今まで以上にコントロールが重要になるのだろう。
それに、俺に賛同してくれる協力者と国外に出る時に使う船も作らないといけないから、こればっかりに時間を割くわけにもいかない。俺の要領がもう少し良かったら大した時間も掛からなかったんだろうけど。
焦ったい……。
なる早でこの殺人魔法はマスターしたい。人には絶対に使いたく無いが……万が一、いや、億が一ピンチが訪れた時にちょっとした護身魔法、あった方が便利だから。無闇に使わなきゃ大丈夫だから。
その日は白熱し、魔力が切れる寸前まで無限牢獄に篭っていたが、目の前の肉から水分が抜ける気配は一向に無く……。
仕方無いから燃やしておいた。太陽表面の温度とまではいかないが、今の時点で三千度くらいまでは火力が出る。放置しておけば小さい肉などそのうち焼き尽くされる。
今日のご飯はパン一切れと山羊ミルク、それと葉物野菜が二口分くらい。相変わらず健康的とは言い難いな。肉は食べたいが、カニバリズムの趣味はないから、まだ当分先の話にはなるだろう。
ステーキとかハンバーグとか、いつか食べれたら良いなぁ……。
「ごちそうさまでした。それじゃあ俺は寝るね」
幼児は早めに寝るべし。それに寝るだけで魔力回復する便利な体だし。
「うん、おやすみ」
「また明日ね」
明日の予定を考えていた俺は、深刻そうに顔を見合わせていた両親には気付かず、上機嫌でうっすい生地の毛布に包まった。
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「ねえ、あの子のことどう思ってる?」
「本人は外での活動は控えてくれているけれど……。水筒に始まり、目立つ行動しかしていないのは考えものかな」
「やっぱりそうよね……」
フェリーチェの母、セレンは夫のヴァングラスの言葉に同意を示した。
「それに、毎日のようにあそこに篭ってコソコソと……。あの子も自分の活動限界をわかっているから何とか生活できている。守護者は僕達一般人と違ってその魔力は無尽蔵。そのうち時間を忘れて向こうにいる事が増えると思うな」
そう、フェリーチェが普通の人間と同じ時間に起きて、同じ時間に食事を摂れるのは自身の魔力量がまだ少ないから。一般人の魔力とは違うフェリーチェのものは徐々に増えていく。いずれは四六時中、魔法を発動させることも可能。
守護者というものについて貴族時代に習っていたセレンはそれが心配だった。力が強過ぎるが故に、無茶し過ぎてしまうのではないか、のめり込み過ぎて友達と遊ばなくなってしまうのではないか、と。
どれだけ魔法が使えても、どれだけ知識があったとしても、息子はまだ五歳と幼い。無自覚に前の感覚で動いてしまい、その結果壊れてしまうのではないかという思いが常に有る。
フェリーチェが初めて魔法を使ったあの日から。
「無茶していたら止めれば良いという問題でもないからね。あの子の場合は体はともかく、精神的な年齢が高いから。少しくらいって感情は有るはずだよね」
「ええ……。私もそこが一番不安なのよ。壊れるのはきっと精神より体の方が先になるでしょうから」
「体の為にも、上に目をつけられないようにする為にも、もう少し自重して欲しいものだけど、何か思惑が有りそうなんだよね。それを達成する為に動いている、みたいな」
ヴァングラスは当然、フェリーチェが記憶を取り戻した瞬間から亡命を考えているとは知らない。考えもしない。だが、何かを企んでいることだけは分かった。
「私達に手伝える部分があるなら手を貸して、少しでも負担を減らしてあげたいわよね」
「ああ。僕も仕事があるし、ずっととはいかないけど気に掛けることは出来るからね」
「そうそう。あの子は一人でやろうとしすぎなのよ。前の感覚が抜けないのは分かっても、それでもまだ幼いもの」
しかし、ここで頭を突き合わせて考えてもフェリーチェを納得させるような良い考えは浮かばず、セレンとヴァングラスは眠りについた。明日こそ、と勝てぬ戦いに向けて意気込んで。




