三十八話 訪問客
サージス時間、朝の六時五十分。俺は地図タップ転移でクローシアまで行った。時刻は午後五時前。
約束の時間前という事もあって、使用人らしき人以外は誰も居なかった。そして五時を少し過ぎた頃、主組五人がワラワラと。
ルーク王が「待たせたな」と謝罪を入れるが、始めての転移魔法にワクワクする気持ちが先走っているせいで上部の言葉である事が滲み出ている。
「では、第一陣の方からどうぞ」
最初に出てきたのはメイド服の女性と執事服の男性。最後じゃないって事は毒味みたいな認識なのだろう。
とりあえず屋敷の敷地内に転移し、一瞬の出来事に目を白黒させている彼等をオリヴァー達に任せ、また戻り、残りを転移で連れて来る。
因みに馬車は居ない。馬車で通るにはサージスは道幅が狭すぎるから。荷運び様の牛車がすれ違える様にはなっているが、装飾の激しい馬車だと邪魔にしかならない。そうでなくてもデカいんだから。
皆の実生活に与える影響は最小限にしておきたいので。移動は竜飛車、最悪徒歩だ。どうせ街自体は小さいんだから。
機密事項である設計図は漏らせないが、竜飛車は元々他国との貿易、そして国民同士の移動手段として開発してきた物。乗せる分には何の問題も無い。
俺やロイによって安全面は保証されている。後は竜族の機嫌と体調次第だが、操作者が意思疎通出来ていればそれも杞憂。
この人達が魔族や高位魔物に忌避感を示せば全部パァになるが、いつかは世界を納得させなきゃいけない事だから。そこは覚悟出来てる。どれだけ長引いても説得は続ける所存だ。
来た人達がまず驚いたのは朝だという事、そしてクローシアよりも寒いという事。
それは偽の肩書き、『最果ての地から来た商人』の由来だと言えば納得してくれた。これは最果てと言っても差し支え無い、と。揃いも揃って単純で良かった。
夕食を摂っていない彼等の為に、まずは朝食だ。風呂はまあ、好きなタイミングでどうぞ。
アレンが用意したのはいつもよりも少しリッチな和風の朝ご飯。見栄を張る必要は無い。いつも通りで良いのだ。この人達はそれを所望しているだろうから。そもそも出自の時点で平民以外居ないんだから、変に見栄張ったって失敗するだけだし。
ルーク王とか目をかっ開いて(上品に)ガッツいているから、お気に召した様で。アレンも居るし、元エトワール伯爵家で料理人をやっていた人達も居る。乗り込んだ時にとりあえず全員連れて行くって決めて良かった。
そうじゃなかったらアレンも料理経験者も引き抜けないまま終わっていたかもしれない。あの時の俺に良くやったと背中を叩いてやりたい。
一応、熱心に食べている所を邪魔するのは申し訳ないので皆が食べ終わるまでは同席中の俺とオリヴァーも食べに専念しておく。
「美味いっ!」
最後の一皿を見事空にし、たっぷりと間を開けてからルーク王はそう口にした。味覚の違いも有るので好みが分かれるかもしれないとの心配もキッチン側から浮上していたが、それも杞憂。ルーク王の言葉に他のメンバーも同意を示した。
一応、皆は箸を使った事のない人達だからスプーンとフォークも用意しておいたのだが、ルーク王だけは全て箸で平らげたのだから凄い。多分俺達サイドを真似したのだろうけど。
「さっぱりしていて食べやすかったわ」
「油は使っていないのか?」
「王家のシェフを連れて来るべきだったか……?」
等と感想を言い合っている。後、シェフは連れてこなくて良いです。
自分の国でも同じ物が食べられるとなると、わざわざ他国にお金を使う必要が無くなる。それはこちらとしても都合が悪いのだ。まあ同じ寿司でも日本とアメリカで全然違う様に、こっちとクローシアでも少しずつ違いが出るのかもしれないけども。
向こうなら許容出来るけど、こっちに来てからはは俺がアレン達に頼み込んで日本食を再現してもらっている。流石に許容はし難い。
俺の説明が拙いせいでただでさえ労力の掛かる料理開発が更に大変になっているのだ。そう簡単に真似されたら困る。
何とかして注意を変えよう、と用意しておいた部屋に案内した。荷物だけはもう運んであるが、まだ本人達の案内はしていなかったので。
既に畳の上で食事をしているので、廊下部屋含めた土足厳禁文化には何も突っ込まれなかった。最初は驚かれたが、そういうのはスルーが一番。
「一応、従者用の部屋も付いているのでそちらの確認もどうぞ」
従者用は俺達用とは違い、バストイレどちらもある。俺やオリヴァー、マリーみたいな主組は大浴場を使うので備え付けはトイレだけ。じゃないと一生部屋から出ない奴が出る。学校で長期休みに入った俺も、大体そんな感じだったから。
「従者用も小綺麗にしてあるんだな」
「勿論ですよ」
「お前の中では当たり前の事なのか?」
ルーク王はおふざけでも試すでも無く、純粋に疑問に思ったみたいだ。それで思い出すのはエトワール伯爵家の宿舎。
メイドや料理人達の所はそれなりに綺麗に保たれていた様だったが、騎士の宿舎は酷かった。砂に埃に靴跡。古い学校の運動部の部室くらい汚かった。それが当たり前なら、俺の屋敷は新鮮に映るのだろう。
「ええ。当たり前です。部屋が薄汚いとやる気も下がるので。それに、埃が多いと病気にもなり易いですし」
ハウスダスト系のアレルギーとかさ。
「そういうものなのか……」
「誰かに強要する訳ではありませんが、少なくとも俺は、自分が住みたくない部屋に大切な従者は住まわせたくないんです」
俺よりずっと凄い才能を持っているから常に万全の状態で実力を発揮してもらいたいってのもある。
この街はまだ歴史が長くないから、治療院や学校等の公共施設だけでなく、普通の民家もそれなりに綺麗な筈だ。
「お前以外の幹部も同じ考えなのか?」
「多分。ほぼ全員が他国の平民上がりなので、良くない思い出の多い汚い家って存在には忌避感が有るみたいです」
俺の家だと、政府の人間が来たりとか。この街の人達は汚い部屋というものを、テリトリーを第三者に汚された過去に重ねている傾向に有る。
魔族は部屋という存在には触れてこなかったが、衛生状態の悪い森の中に消滅の危機と隣り合わせになりながら全裸で過ごしていた期間が長かった。そういった過去もあって、綺麗な部屋には居心地の良さを感じるらしい。
騎士の宿舎は……。今は分からないが、少し前までは見た目も中身も新築で綺麗だった。
「……そうか」
今の間は、気分を害した間か、何かを決意した間か。出来れば後者であって欲しい。
ルーク王とアルストロはただ観光に来るだけの旅などなかなか出来るものでは無い、と言って部屋で休む事なく街に繰り出していった。
一応、護衛として擬態での姿隠しが出来る子をストーカー式で付けておいた。俺は案内役。見慣れない景色にはしゃぐ大人達の制御役とも言うが。
あれが食べたいこれが食べたい、あれは何だ、等。
二人が驚いていたのは学校と治療院。そして意外にも時計台だった。時計台は意気投合した父さんと小人族が建築士をとっ捕まえて実現させた施設。
六時、正午、十八時の三回、鐘が鳴るのだが、それは二人の常識外だったようで。鐘が鳴ると言っても時計を確認した担当者が時計台内部に設置された鐘をゴンゴンと叩いて鳴らす、という何ともアナログな仕組み。
一時間おきにポッポと鳴る鳩時計自体は存在するが、それを巨大化させる技術はまだ確立されていない。まあ、小人族が居ればそのうち完成していそうだが。
鳴るところを見たいから、と正午まで待とうとしていたくらい、外から来た人達からすれば新鮮らしい。それなら外観も凝った方が良さそうかな。
札幌の時計台みたいな観光地化が狙える。もう少し発展して、別の事に時間を割ける様になったら提案してみても良いかもしれないな。




