三十六話 再びのクローシア
プレゼン予定日。成人パーティー終了から二日が経過した。
資料と覚悟を鞄に詰めて、クローシアに来ている。今回はサンと二人。初めてのクローシアに目を瞬かせているのが年相応でとても良い。
実際、十一になった俺と大して変わらないからな。何なら、オリヴァーより下だし。因みに俺は本来の誕生日が不明だから、数え年。一月一日に歳を取る。
「最果ての商人殿」
「ああ、公爵家の護衛だな。今日は公爵に用があって来たのだが、生憎こちらは連絡手段を持っていなくてな」
この護衛の人達は俺の本来の口調を知らないので、癖強商人バージョンのまま。サンが凄い勢いで俺の顔を見た事は気付かないふり。最初に言っておけば良かったかも。
「我が主より、招待状を預かっております。お連れ様もどうぞ、ご一緒にお越しいただけますか」
「うむ。断る理由等無い」
ガタガタする道を馬車で抜け、今回はサンと共にメルヘンなスウィート公爵邸に降り立った。
応接間に案内され、待つ事数分。スウィート公爵家の面々が入室した。クラリッサは初めて会った時とはまた別のワンピースを纏っている。
これもミラの弟子達が作った物だ。何故ミラのを流通させていないのかというと、腕が良過ぎて良くも悪くも目立つから。
「久しいな。『最果ての商人』殿」
「ええ。アルストロ公爵」
「座ってくれ。楽にしてくれて構わない」
そう言いながら自身も妻子と共にソファーに腰を下ろす。
「今回招待したのは成人記念パーティー用に仕立てて貰った振り袖についてだ」
俺とサンはゴクリと喉を鳴らす。やっぱり緊張するな。
「結論から言おう。あの服は陛下のお気に召された」
「とても好評だったわ」
出席したらしいエルサがウットリと目を閉じる。
「そこで報酬を用意しようと思うのだが、何か望む物は有るか、と」
「……では、少し身の上話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「……? ああ。構わない」
そこからはずっとプレゼンだ。公爵用のリハーサルもバッチリで、用意周到で挑んだ。ここに来て初めて俺は本名を名乗り、今と昔の身分も明かした。魔鉱山についても軽く。
「――では、今から陛下に確認を取ろう。緊急と言えば、遅くとも明日中には会えるだろう」
アルストロは国王とは従兄弟同士らしい。
またベルで人を呼び、手紙を出す。本来なら謁見までに時間を要する筈だが……コネってどこの世界に行っても便利なのねぇ。
『緊急』と記された手紙の返事はその日のうちに返って来るそうなので、俺達は応接間で待ちつつ雑談をしていた。
サンは完全に空気になっている。ヴェルザードの能力を使いこなせているせいで若干透けているような気がしてならないが、その辺は突っ込んだら長くなりそうなので何も言うまい。
何度かクラリッサを押し売りされたが、「今の所は……」とか「忙しくて……」とかで躱し続けた。国と認められれば俺は正式な現役国王。
年齢も近く、公爵令嬢からしたら婚約者としてこれ以上無いくらいの相手が俺だ。理久を忘れられない俺と結婚したところで持って数日。
俺の元に来る人は出稼ぎ感覚くらいが丁度良い。俺を雇用者としてしか見ない人間なら、傷付けずに済むから。
何度か粘って可能性が低いと判断したのか、クラリッサとエルサは渋々引き下がった。
気不味い空気になりかけた応接間は、国王からの返事が来たと言う報告により元の状態に戻った。
「明日、夜なら空けられるそうだ。そうだな……。早くても九時頃になるだろう」
「では、その時間に」
本来、客人は夜に招くべきではないが、夜にしか空かないってどんだけ忙しいんだ。俺そんな所にこれから身を投じるのか……。目の前まで来ると怖気付くな。
何とか笑顔を貼り付けて、用意された部屋にサンと向かった。
「フェリーチェ様……。私も少しではありますが、統治については学びました。どうぞ遠慮無く頼ってくださいね」
俺の疲れを察知したのか、サンがホットミルクを入れてくれた。紅茶を好んで飲まない俺の為に。
「ああ……。少し緊張しているみたいだ。オリヴァー達にも迷惑は掛けたくないし、今まで通り頼らせてもらうよ」
「はい。お任せください、フェリーチェ様」
温かいミルクを口に含み、明日に向けてもう一度プレゼン準備をした。聞かれそうな事を幾つかリストアップして、気分は面接。就活はやった事が無いけど、将来に直接影響するって面では大差ない。
国王を面接官だと考えると、少し親近感が湧いて来る。というか、ここまでしないと緊張で明日寝込みそうだから今必死になって頭働かせてる。
ルナから教わったらしいマッサージもサンがしてくれたのもあって、その日は緊張の割にぐっすり眠れた。
が、やはり緊張というのは出てしまうもの。普段なら起きない時間に目が覚めてしまった。時計の針は午前三時過ぎを指している。
こうなっては寝れない。灯りを付けて魔法具のデザインを始める。一番に作るのは魔力の階級を可視化する魔法具。聞けばヴィーネが教えてくれるが、俺の死後は分からない。
魔力の強さで出来る事と出来ない事が明確に分かれる。努力じゃどうしようも無い事が多く有る。自己肯定感を必要以上に下げないように、これは早めに作っておきたい。
巫女をしている元ご近所さん、ルミナ・セレスティアが持ち歩いても苦にならない形状、重さ、そしてあの神社でも違和感無く馴染む和風のデザインというのは難しい。
近未来の街をデザインした事は有っても和風の小物をデザインした事は無い。こればっかりはデザイン総括のロイもどうしようも出来ない。
ロイはこの世界のデザインしか知らないのだから当然と言えば当然だが……。壁打ち用の人工知能でも居れば便利なんだけど。
紙と向き合っていると三回のノックの後、サンが入って来た。どうやら俺を起こしに来たようだ。
「えっと……おはようございます。フェリーチェ様」
「おはよう、サン」
「いつからですか?」
「三時過ぎくらいだな。目が覚めて、そのまま眠れないから作業を」
「そうですか。少々お待ちください」
とんぼ返りになったサンだが、ほんのり湯気の立った桶と使うのを躊躇うくらい真っ白なタオルを持って戻って来た。体感的にはカップ麺が出来上がるまでの時間くらい。
椅子に座っていた俺は、筋肉質なサンの手によってベッドに戻され、目元を先程のタオルで覆われた。ホットアイマスクというやつだろうか。寝る直前に付けると良いよ、みたいなあれ。
「寝不足はフェリーチェ様でも勝てない敵ですから。これで少しでも眠れると良いのですけど……」
「ああ……。頑張ってみるよ」
サンの気遣いは素直に嬉しいので抵抗はせず、目を閉じた。俺がいつもする様に、優しく頭を撫でてくれたのも大きいだろう。俺は気付かぬうちに夢の世界に入っていった。
出て来たのは懐かしい人。でも、変わり果てた姿の理久だった。あまり表情は窺えなかったが、服装も、姿勢も、目線の位置も、付き合っていた頃とは比べ物にならないくらい酷い有様だった。
こちらからはどうする事も出来ない。前世も含めて久しぶりに見た悪夢。
「……様、フェリーチェ様」
「ん……?」
「随分と魘されていましたが、大丈夫ですか?」
「……ああ」
もう見ていられないと思った瞬間、サンの声で目が覚めた。心配そうに眉を下げるサンに、愛する人の夢を見ていたとは言えず、もう夕方になっていたのも有ってそのまま起きる事にした。
悪夢のせいで心はあまり休まらなかったが、体はしっかり休めた。
今夜はクローシアの国王にサージスをプレゼンする。気合いを入れ直して用意された軽食に手を伸ばした。




