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三十二話 納品終了


 受注から二週間。ほぼ毎日作業した甲斐あって大体の仮縫いが終了し、緊張度合いがマックスになる本縫いに突入した。



 ここまでくると、通常の仕事は殆ど手に付かなくなる。仮縫いの段階で前倒しにして重要そうな案件はさっさと終わらせておいたのでオリヴァーにもルナにもあまり迷惑にはなっていないはず。


 唯一の心配要素だったブランも、街の人――不特定多数の人間にチヤホヤされる事に気を良くしたからか、俺への付き纏い行為はして来ない。

 初対面が少し心配だったが、嫌な予感は当たらなかった。取り敢えずここは、俺の死が回避されたとを喜んでおこう。理久なら別の世界にいたとしても気合いと根性で俺のこと殺せるだろうから。多分。




 まあそんな事は置いておいて。早く本縫いを終わらせて納品しないと。もしサイズが合わないってなったら地味に面倒。丈の直しは洋服よりは楽だけど、繰り返すと面倒ではあるから。素人の俺じゃ布も傷めそうだし。


 ここまで来ると後はミシンでカタカタ縫うだけになるから、ずっと手伝ってくれていたヒリュウはサンとヴェルザードの訓練に付き合っている。

 一時的に俺の護衛は居なくなるが、良いだろう。サンがヴェルザードの力を借りて姿隠しをマスターするのが、役職的にも最優先だからな。



 本人も、あまり俺の役に立てていないからと焦っている感じがある。

 長い時間を生きたヒリュウならサンの様子を見て、体を壊さない様にセーブさせつつ、少しでも早く習得する方法を伝授してくれるだろう。俺はまだ姿隠しは出来ないからな。そんな奴が出来る事なんてたかが知れてる。俺の不可能を可能に出来る奴に丸投げすれば、グダらなくて良い。



 俺の方はここで音楽とヘッドホンが有ればもっと集中出来る。ここで出来るのが鼻歌しか無いっていうのが悲しきかな。


「フェリーチェ、ミラさんが用有るって。連れて来た方が良い?」

 暫く鼻歌と共に作業していると、オリヴァーが来客を知らせた。ミラってことは、振り袖用に頼んでいた下着が出来たのだろう。



「じゃあお願い。多分これ系だから」

「分かった。ちょっと待ってて」

 パタパタと音を立てて、オリヴァーは応接間の方に向かった。


「取り敢えず、出来たわ。ちょっとテストしてたから遅くなっちゃったけどね。アタシの自信作よ」

「おお! ミラがそこまで言うって、かなり期待出来そうだな」


「こっちがテスト用で、こっちが完成品。一応、包んでおいたわ」

「助かる。ありがとう。テスト用の方、ちょっと今使って良いか?」

「ええ、良いわよ」



 専用の下着を作って貰ったのは、貴族はノーパンに抵抗があるだろうというのと、普通の下着だと模様や腰、太腿周りのラインが透けるのでって事だった。だから、振り袖で使った布を被せて本当に透けが無いかを試す。


 極薄生地で無地のベージュにして貰ったから、下は透けなかった。ストレスになり得るずり落ちが起きない様に適度な締め付けもある。

 上は背中から下着が見えない様に工夫されている。また、和装は寸胴体型の方が似合うから、胸潰し――所謂ナベシャツの様な構造になっている。



「完璧だ。ありがとう、ミラ」

「ふふんっ。お安いご用よ。それで、頑張ったアタシからお願いが有るんだけど……」




「――これが、お願いなのか?」


 ご褒美としてミラが出したのはレースやリボンが大量に使われたゴスロリ服。ご丁寧に、ストッキングと靴までセットだ。この手の事はもう慣れている。女装はさせられる方もさせる方も前世で経験済み。


 ミラは男性の体型が見えるのが好きなのだろう。腰回りは結構キツめ。まあ、十歳の俺が一般的な男性体型かどうかは分からないが。


「うん、良いわね。それじゃあ……」


 作業の邪魔にならない程度に髪を弄くり回され十数分後、鏡に映る俺にはリボン巻き込みタイプの編み込みが施されていた。俺には複雑すぎて理解不能。

 常に一定レベル、又はそれ以上のクオリティが求められる日本で、服飾師と名乗っても美容師と名乗っても多分やっていける。ネットやテレビで高評価店として紹介されて有名になっている事だろう。



 一通り改造して満足したのか、ミラは鼻歌混じりに帰っていった。


 よし、ミラが俺の期待に百――いや、二百パーセントで応えてくれたんだ。俺も頑張ろう。刺繍やらグラデ付けやら大変な事はまだまだ有るが、難しいお題を頑張ってくれたミラの為にも、最上級のクオリティで応えようじゃないか。



 そこからは今まで以上に集中出来た。こういうの、ゾーンに入るって言うんだっけか。


 装飾はテレビで見たフィギュアスケート選手の衣装作りの様子を参考にしている。小学生の頃、バライティー番組のその特番だけを好きで何度も観ていた。


 一つ一つの台詞を覚えるくらい観たそれがこっちで和服作りの役に立つとは。当時の俺にテレビを観て勉強するという常識も、勉強している感覚も無かっただけに、ちょっと得した気分。労せず知識を得たって感じで。


 今日は試着の日。転移でパッと行って入国手続きを済ませ、用意されていた馬車に乗る。



 相変わらず大きい屋敷に圧倒されながらも何とか応接間に入室。試着会の開始だ。今日、この日の為だけに俺はメイド服を着て来ている。

 着付けが出来るのは俺だけだが、相手は年頃の女性。事実上の性別が変えられないのなら見た目だけでも、ということだ。



 ウィッグやら化粧やらをミラに全部やって貰ったので、今の俺はガワだけ見れば普通の少女。声でバレそうではあるが、まだ声変わり前なので本人にあの恥ずかしい役職名を名乗らなければメイドとして帰れるかも知れない。


 一応公爵には俺本人が少し変装した状態で来る事を伝えていたが、ガチ女装で来るとは思わなかったのだろう。

 視界に俺を捉えた瞬間、ハッと息を呑んだ。そして背後を確認。俺以外が居ない事を改めて認識し、やがて項垂れた。女装ショタは正義という人が居るが、若干犯罪臭のするそれは、公爵にとっては気不味いだけだったのだろう。



 だが、一連の行動全てはクラリッサの心の平穏の為にしている事。それだけはお分かりいただきたいものだ。


「一度確認するが、本人で間違いは無いのだろうか……?」

「はい。これは女装の姿です。お客様が女性ですので、こうした方が緊張等しないでしょう。着付けが出来るのは俺だけですし、これが一番良い方法かと思いまして」



 本当はミラとその弟子達も着付けから何から全部出来るが、人間の国に危険が無いと言い難いし、その腕に惚れられて引き抜かれる……なんて事が有ると怖いからまだ国外には出したく無い。

 戦闘能力のある種族ならともかく、小人族は戦い以外に特化している傾向が強いから。




 俺の知る限り、マオやヒリュウ、魔王オブシディアンとまともにやり合える小人族は一人も居ない。複数人の手練れが送り込まれたら俺も護れるか分からない。


 ということで、公爵には我慢してもらって、クラリッサには気付いても気付かぬふりをしていてもらいたい。


「そ、そうか」

 引き攣った笑顔を浮かべて公爵は妻子を呼ぶ。 


「本日はよろしくお願いいたします、クラリッサ様」

「ええ、よろしくお願いしますわ」


 幸い、本人は俺の正体には気付いていないようで貴族っぽい笑みを浮かべて礼をした。俺もメイドっぽく一人称と口調は変える。わたくし族とか、ずっとは疲れるけど今日一日くらいなら楽しめそうだ。



 試着は本番で俺がやる事無いくらいが望ましいので、周りのメイドの人達に教えながら少しずつ。


 一切経験の無い形の服だが流石はプロ。口で説明するだけでスルスルと飲み込んでくれる。俺が慌てたのは死装束にされた時くらいだった。日本人でも偶に間違えるからこれはもうしょうがないと思っているし、ギリギリ想定通りだった。


 粗方着せ終わったら、俺が手直しをする。見えてはいけない物がチラリしていたら大問題だから、鏡の前に立ってもらって。



 事前にテストはしていたが、ミラお手製のインナーは透ける事なく体に馴染んでいた。

 最後に髪を飾ったら完成だ。髪飾りはミラの弟子のエルフが作ってくれた。



「これにて着付けが終了いたしました。動きにくさ等がございましたらどうぞ、ご遠慮なくお申し付けください」

「ええ、分かりましたわ」


 姿勢を保って歩けるかや、屈む事は出来るか等。晴れ着以前に服としての必須事項が漏れていないかのチェックだ。和装は比較的サイズ違いでも直しやすいので、余程の事が無い限りは持ち帰りにならない。



 少し背中部分を修正し、納品完了。報酬に関しては結果が出てからまた来ると言うつもり。


 国として認めてもらうには、最低でも二カ国のトップから公的な文書を交わした上で承認される必要が有るらしい。トップに会うのにも時間は掛かるだろうから、長いと年単位で時間を食いそうだ。



 取り敢えず、俺の仕事は終わり。成人のパーティーは五月に開催されるから、大体今から三週間後くらいまでは自分の尻拭いだな。


 それと、サンもヴェルザードの能力を上手く使える様になったみたいだし、それっぽい仕事もあげないと。

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