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三十一話 作業開始


「それで、受けたんだね」

「ああ」


 クローシアから帰国し、ミラに針とミシン二台、振り袖下に着る下着の依頼を渡した後、オリヴァーに事の顛末を話した。



「それなりに力を持った国の公爵家――王家に次ぐ身分の人間。成功したら、うちを一つの国として認めてくれないか交渉するつもりだ」

「上手くいくと思う?」


「さあ。詐欺られたら詐欺られたで、その時はその時だからな。作業中だとしてもなるべく今までと同じように仕事は入れるつもりだからあまり不便は掛けないと思う」

「でも、時間掛かるんだよね? 仕事してたら三ヶ月の間に終わらないんじゃないかな?」


「今の俺は週一休みだし、睡眠時間にもまだ余裕がある。ここから二時間とか三時間、ちょっとずつ削っていけば……」



 そのうち体が少ない睡眠時間でも慣れるはずだ。前世と同じなら。前世はバイトの掛け持ちだとか大学の課題だとかで平均睡眠時間は三時間程度だった。前世の貧弱な人間が耐えられたのだから、多分今の俺でも耐えられる。



「自分の休みを削るくらいなら、僕に回して良いよ。国王フェリーチェが居る時は臣下だけど、居ない時の僕は国王代理なんだから。三ヶ月限定で一日くらい休日無くなったって構わないよ」

「本当にか? 三ヶ月って結構有るけど」


 しかも、成長期の子供がなんて。十三歳って前世で考えたら中一だからな。しかも母さんから仕込まれた一般教養だけで有名大卒でも苦労する政治家と同じ様な事をするんだ。

 週二休みでも足りないくらいだ。それが三ヶ月、休みが減るとなると心身共に心配になる。単純計算で二週間分くらい、ごっそり抜かれる訳だから。



「僕より休み少ない奴が何言ってんの。三ヶ月でも経験にはなるだろうし、やるよ。本当に、フェリーチェに倒れられると困るから」

「……分かった。スケジュール調整は頼む」


「私も居るのでオリヴァー様だけに負担は掛けません」

 オリヴァーと共に作業していたルナがそう言って微笑んだ。ルナが居れば大丈夫だな。


 こっちは……。サンはヴェルザードとの相性上げで長期休みを与えているから、あまり邪魔はしたく無い。

 ヒリュウは言えば何でもしてくれるのだろうが、完全に人間に擬態出来るわけでは無いので他国に行かせるとかは危険。


 ヒリュウがオブシディアンの言っていた『人間の手下』にされた場合、俺に出来ることは少ない。ちょっと特別な人間の俺と、純粋な魔族且つ三百年以上の経験が有るヒリュウ。

 相手と敵対した時、どちらが有利に働くかは幼稚園児でも答えられるだろう。この三ヶ月は二人の手を借りなくても良い、体がギリギリ耐えられるラインを狙おう。



「それじゃあ、早速作業に入る。今日一日は部屋から出ないと思うから、何か有れば来てくれ」

「うん、じゃあね」



 振り袖自体にはある程度決まった型がもう有るから、それをクラリッサの体型に合わせて作り直してミラから貰った布裁断して……進んでもそれくらいだな。今日は。


「フェリーチェ様、俺に何か手伝える事有りませんか」

「ヒリュウ……」

 部屋に戻って支度をしていると、それまでずっと黙っていたヒリュウがそう申し出た。


「俺じゃフェリーチェ様の技術には届きませんけど、技術が不要な場面も有ると思います」

「技術が不要……。じゃあ、少し手伝って欲しい事がある」

「……! お任せください」


 俺が頼んだのは布の整理。俺だと部屋中に散らかすだけになるので、几帳面な部分が多いヒリュウに部位毎の整理をしてもらうことにした。



 ということで、早速取り掛かる。ほぼ俺直属の料理人、アレンの作った軽食でエネルギーチャージされたので、これから少なくとも五時間はぶっ通しで作業出来る。


 裁断は前世で作りまくったコスプレ衣装で慣れているし、五時間も有ればある程度キリの良い所までは終わるはずだ。



 ザクザクと鋏が布を切っていく様はどれだけ見ても飽きない。アタリ線を引いているから余程の事が無ければ失敗もしない。無心で出来る。

 前世だったら音楽を聴きながら作業していただろうが、今はCDプレイヤーもレコードも、カセットテープも無い。泣く泣く無音で。


 今は長襦袢という、振り袖の下に着て汗や皮脂から振り袖を護るインナーを作っている。薄い色から濃い色を重ねて描く絵と一緒で、個人勢の俺はインナーから作る派だ。

 大量の人が割かれていたら工程に違いは出てくるだろうが、俺はいつも下から作る。本音を言えば、上着とかの花形作業が好きだが。



「フェリーチェ様、お夜食をお持ちいたしました」

 外が大分暗くなった夜七時頃、アレンが良い匂いを漂わせるワゴンを押して来た。

「じゃあこの辺で一旦休憩にしよう」

「はい」


 作り掛けの服を汚さないよう、隣の休憩室に行き、座布団に座る。畳を凹ませたくないのでテーブルは床に穴を開けた、畳張りレストランに偶に有る仕様だ。

 これだと正座と椅子に座るのと、両方の選択肢が出来る。穴が空いているので掃除は面倒だが、そこは利便性には勝てない。俺にとって、掃除のし難さは使用時の利便性の前には無力。




 今日の夕飯は焼き魚定食。田植えから収穫までの季節感をガン無視したライムの白米、鮎に似た川魚、キュウリの糠漬け、そして味噌汁。味噌に関しては一体どこで手に入れたのか分からない。それとも俺の雑な説明で作れたのだろうか。


 よし、考えるのは止めよう。幾ら考えても分からない事に脳を使うのは面倒だ。料理系はからっきしなんだから出された物を美味いって言って食べるだけで良いのだ。




「「いただきます」」


 人間だと通常、主と使用人や護衛が共に食事をする事は無いらしいが、ヒリュウやサンは俺の意思を汲んで一緒に食べてくれる。やっぱり食事は複数人で摂りたいものだ。



 アレンはテーブルに料理を置いて直ぐ、厨房に戻って行った。果物が入ったからと、デザートを作るとの事。それも楽しみにしておこう。

 さて、まずは何から食べようか。


 やはり最初は漬け物だな。

「ん……美味いな」


 前世、漬け物はあまり好きでは無かったが、アレンの漬け物は美味い。日本食は俺の直属になってから作り始めただろうから、半年も経たずに俺の好き嫌いを一つ、克服させた事になる。

 俺だったら腐らせている所を……。本当、料理が出来るって凄いわぁ。



 漬け物の次はメイン、焼き魚。鮎らしき魚の塩焼き。個人的に、魚は塩焼きが一番好きだから楽しみだ。アレンはいつも上手く骨を除去してくれているので、何の心配も無く齧りつける。


 警戒心がガバガバになった今の俺は『骨敢えて残してみたドッキリ』なんて仕掛けられたら、背骨だの細かい骨だのがブッ刺さりまくって喉が血塗れになるだろう。


「うん、これも美味い」

 まぶされている粗塩が良い仕事してるな。グランピングのキャンプ場とかで出ても全然おかしく無い。


 ドロドロした味のしない豆スープが、食卓の潤った今は懐かしく感じる。父さん達も感動していた。この世に味のする食べ物が有るなんて、と。


 貴族家育ちの母さんはそれなりに豪華な物を食べていたが、父さんは生まれも育ちも超庶民。そういう物が有るらしい、くらいにしか認識していなかったらしいから。喜んで貰えて何より。



 アレンは俺以外だと俺直属の護衛にしか料理を作らないから、家族分は別の人が用意しているのだろうが、アレンがこんなに美味いんだ。弟子か師匠が居るなら彼等もきっと、同じくらい美味い物を作るのだろう。


 夕食と歯磨きを終えたら再び作業に戻る。エネルギーチャージを経て効率が上がり、夜中の二時くらいに布団に入った。取り敢えず、裁断は終了。

 明日も五時半に起きて直ぐに作業。暫くはこの生活だろうな。

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