三十話 受注
「それではまず、採寸をさせてもらいます。俺は男なので、抵抗が有るのなら別室で採寸してデータだけで構いません」
「では、メイドを使って測って来なさい」
「はい、お父様」
……あ、忘れてた。着物って普段の下着じゃ恥かくんだった。俺が思い出した時には遅く、クラリッサは扉の向こう側に行ってしまっていた。
「男性に聞くのは少し変かもしれないのですが……この国の女性の下着事情を教えてもらっても……?」
「し、下着ぃ!?」
アルストロは俺の質問に大袈裟な程動揺した。娘が居る時点で女性の下着は見たと思うんだけど……。そんな動揺する物でも無いだろうに。
「はい。あのデザインはバストを強調する下着だと似合いませんし、下も少し動くだけで下も透ける可能性が有りますから」
流石に下着はミラ達に頼もう。女性物の下着は俺には作れない。構造が分かれば作れるけど、まじまじと見た事は無いから。
「そ、そういう物なのか……。で、では妻を呼ばせよう。エルサを呼んでくれ」
「かしこまりました」
数分待って、やって来たのは人形の様に整った造形をしている美人女性。脇には籠を抱えたメイドの人も控えている。何の籠だろ。風呂上がりとかか?
「貴方が『最果ての商人』さんね。依頼を受けてくれて嬉しいわ。ありがとう」
フワフワとした話し方で、容姿と少しギャップがある。
「初めまして。こちらこそご依頼ありがとうございます」
「女性の下着について聞きたいのよね? 言葉で説明するよりも楽だから、新しい物を幾つか持って来たわ」
渡されたのはさっきの籠。掛けられた布を剥ぎ取ると、何着か入っていた。チラッと見えた感じ良い予感はしなかったが、取り敢えず確認しよう。
スウィート公爵夫人、エルサによってアルストロは追い出され、部屋には俺達二人と使用人の人が残った。エルサは俺の方を見る事はせず、俺が今までに描いてきたデザイン画、所謂ポートフォリオを熱心に見つめている。竜飛車みたいな秘密情報は勿論出してない。そして俺の方は……。
頭を抱えるしかない。
系統がどれも違ったから色々な種類を持って来てくれたのだろうが、これで希望は無くなった。
上半身はバスト強調型、下半身に至っては紐パンだ。これを着たら間違い無く透ける。そして恥ずかしい事になる。それは何としてでも避けねば。聞くと、男女共に紐らしい。トイレとか不便だろうし、何より使いにくそう。
「参考になったかしら?」
渋い顔をしているであろう俺を覗き込んで、エルサが首を傾げた。
「勿論です。下着も合わせて仕立てる事になります。こちらではお客様の魅力が引き立ちませんから」
「そう? ならお願いするわ」
今度ミラを連れて来よう。うちで一番の手練れな彼女なら、完璧に仕上げてくれるはずだ。
となると、仕立てないといけないパーツは全部で十三か。バッグは必要無いだろうし、着付けに必要なパーツは備品を使えば良い。
それまで新しく作るなんて、三ヶ月じゃ無理。そんな事したら俺も担当者も過労で倒れる。間違い無く倒れる。それに、言わなきゃバレん。多分。
「そうだ、普通にやり易いデザインにしましたけど、ダンス踊ったりとか有りませんよね? これで踊ったら転ぶので」
「踊りたい人はどうぞって感じね。陛下から御言葉を頂いて、後は立食パーティーがあるだけだから。踊りたがるのは婚約者や恋人が居るパターンが多かったわね」
良かった。任意なら全く問題無い。踊らせなきゃ良い話だ。
「奥様、お嬢様の採寸が終了いたしました」
メイドの人から用紙を受け取ってエルサが何かを記入。それが俺の元に渡された。
「これは……サイン、でしょうか」
「ええ。私がサインをしたらこれが娘の物だと証明出来るでしょう?」
「そういう事でしたか。では、少々お待ちください」
貰った資料を元に、デザイン画にサイズを書き加える。身長、足のサイズ、スリーサイズ等、必要だと思う場所に矢印で。
それが終わったら本人に直立して貰って、色々な角度から着た時の想像図を描く。この作業は結構好き。イメージが膨らむし、何よりモチベが上がりやすい。早く着て貰いたいって気持ちが完成までずっと続く。
「着用イメージはこちらになります。今の時点でご質問等は有りますか?」
「これは見た事の無い花ね。何がモチーフになっているのかしら?」
「こちらは桜という花です。桃色や白色の花弁が特徴的な花になります。家としての色が桃色だと伺いましたので。花言葉は『純潔』や『優美な女性』。また、繁栄と豊かさを象徴するものでもあります」
それと、菊と並んだ祖国の国花。俺にとっても思い入れ深い花の一つだ。ここは是非採用許可を捥ぎ取らねば。
「まあ……! とても良い花ね! 気に入ったわ」
ほっ。プレゼン(?)成功だ。
「これでお願いするわ」
いつの間にか主導権が娘から母になっているが、まあ良いだろう。宿に戻ったら桜の刺繍を練習しなければな。理久に着せる用の服を作った時に刺繍は幾つかやってきたが、腕は確実に鈍っている筈だから。
「それでは、本日はこの辺りで」
「え? 泊まって行かないの?」
俺の帰るという宣言に、疑問を投げるエルサ。採寸後の着替えを終えて入って来ていたクラリッサも同意を示す。
「ええ。公爵から宿泊についてのお話は特に受けていませんし、既に街で宿の目星を付けていますので」
この世界には予約という概念が存在しないのか、宿の事前チェック以外の行動が出来ない。
目星を付けた宿になるべく早く滑り込まないと最悪、野宿する事になる。日本よりも治安が良い国なんて全世界探してもそうそう見つからないだろうから、ここに長居はしたくない。
「泊まっていけば良いわ」
「俺には多分、滞在料は払えませんので」
流石に馬小屋くらいなら公爵家でも……無理か。公爵家なら馬の待遇も良いだろうし、エトワール伯爵家と同じだと考えるべきじゃないな。あそこは屋根と柵だけだった。馬も風邪引き放題だ。
「滞在料なんて取らないわよ。それに、何か必要な物があった時にすぐ使用人を使える。宿よりも快適だと思うのだけれど」
そりゃあ、宿よりは快適でしょうね。俺が泊まるのって地域最安値の所だから内装なんて日本のカプセルホテルの方が良さそうだし。ただ、心労は宿の方が掛からなさそうではある。
とはいえ、今の設定身分的にも心情的にも断る事など出来ず、大人しく来客用の部屋に案内してもらった。
初見の感想は、スイートルームの一室に更に豪華な装飾を付け加えた様な部屋。
そうとしか言えない。エルサが公爵夫人としての権力を使ったのか、大量の手芸道具や明らかに高そうなミシンも置いてある。うちにもミシンは有るが、それは平民の職人でも購入可能なミシン。
手回し式の物が一般的だった。小中高、共に電子や足踏み式ミシンと日々を送っていた俺にとって、手回しミシンの使いにくさは作業効率ダウンに直結する。
こっちの世界ではまだミラ達の手伝い程度にしか触っていないが、回す部分がアンティークミシンと違って金属製ではなく木製なので、触れる度にチクチクとささくれが刺さるわ固くて回し難いわでもう大変。
このミシン、このまま持って帰りたいくらいだ。効率とクオリティー上げの為に。
「持って帰って良いわよ。あの部屋に置いてあるミシン全部」
「へ?」
夕食時、部屋に置いてあった諸々について確認をしてみると、予想外の答えが返って来た。俺は「ここに居る間は自由に使って良い」みたいな事を言われると思っていたのだが……。
「あのミシンは国内トップクラスの効率と質を誇る型番なの。貴方がどこの国の方かは分からないけれど、役には立つと思うわ」
「そういうことでしたら、ありがたく頂戴いたします」
よっしゃ。あの部屋にあったミシンは三台。それ全部を持って帰って良いとなると、一台は俺、一台は魔族職人、最後の一台を人間の職人に回せる。気に入ったらお金貯めて買えば良い。幾らするかは知らんけど。
最高位の貴族が「良い物」と言う型番、値段等知らない方が良いかもしれない。
値段と言えば……俺の作る服ってここの通貨で幾らになるんだろうか。日本だとコスプレ衣装としてフリマアプリで数千円くらい付けば良いくらいだと思うけど。
前世ならそれでも良かったが、今回は依頼されて作る物。三ヶ月掛けて作って数千円分の価値しか有りません、とか言われたら多分発狂する。
なんて心情は悟られぬ様に、メインディッシュの謎肉を口に運んだ。
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夕食後、一足先に客室に戻ったフェリーチェを見送り、スウィート公爵一家は小さくガッツポーズを取った。
「やっと作者の方に出会えましたわね、お父様」
「ああ。探し続けていた甲斐があったな」
満足そうな父と娘。娘のクラリッサは自分の着ている服の作者に成人パーティーの衣装を仕立ててもらいたかった。父のアルストロはそんな娘の期待に応えるべく、使える権力を総動員して捜索に当たっていた。
「少しお話ししましたが……淡白な方でしたわ」
「思っていたよりも幼いとも思いました」
「クラリッサよりも下かもしれないな」
好き放題にフェリーチェについて語る親子。エルサが発した淡白という印象は、彼女が女性の下着について眉一つ動かさずに語る男性を見た事が無かった事に起因する。
自身の夫であるアルストロも、未だに動揺を見せる。その度合いは年少であればある程顕著だと思っていたのだが……。
自分用に購入しておいた下着を、まるでルーティーン化した作業の様に淡々と確認していくフェリーチェ。そして、公爵家の人間にも媚びる事のない姿勢を見せたフェリーチェ。
(性格的にもクラリッサ好みでしょうし、彼が貴族であったら、婚約者の候補ですわね……。調べさせた方が良いかしら)
エルサはフェリーチェの裁縫の腕とは別で、その性格を気に入った。娘が気に入り、結婚したいと言ったらそれを叶えてあげたいと思う程に。




