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三話 無限牢獄内見


 転生してから五年。

 現在五歳。戦開始から約五年の時が経った。


 人間とは見栄を張りたい性質を持つもので、ヴィーネから上がる報告と、毎日のように上層部から知らされる戦況は真逆のものだった。どうせ反乱だとか暴徒だとかを出さないようにするためなんだろうけど。どこの世界でも人間は同じだな。



 そして俺はやった。四級から始まってから長かったが、漸く準一級だ。そろそろ空間属性の練習に入っても問題ないだろう、とヴィーネから許可も貰った。


 そんな時だった。今の俺と同年代の子供に引き合わされたのは。

 名は、オリヴァーとマリー。オリヴァーが三歳上、マリーは二歳上。俺が外で無闇に魔法を行使しないと約束したから会わせたのだと言う。



 因みに、俺の髪は母さんと同じ色だった。薄桃色というには少し濃いが、綺麗な桃色だ。瞳も赤に近い桃色だった。我ながら、かなり整った顔をしている。これは将来に期待ができそう。



「ねえ、なんでフェリーチェは魔法を見せてくれないの?」

「僕も、フェリーチェの魔法見てみたい」


 引き合わされ、友人となってから約一ヶ月。俺の家でゆっくりしている時に、二人からそうせがまれた。オリヴァーは再生・治癒属性二級、マリーは地属性三級。俺は全属性準一級。



 この場で一番級が高い以上、室内であってもあまり目立つことはしたくない。でも、俺は頼まれたら中々断れないのだ。四級程度の魔法ならと、初めて作った水の玉を見せた。怪しまれないように、「ウォーターボール」と呟いて。



 これ、かなり恥ずかしいものがある。日本でやれば確実に厨二病と笑われるから。ここでは普通なのだろうけど、それでも感覚が抜け切らないうちは、恥ずかしさで悶えることになりそうだ。


「これ、飲めるの?」

 オリヴァーの発言の真意が分からず、首を傾げた俺にマリーが説明してくれた。


「あんまり大きな声で言えないんだけどね、わたし達、最近、何も飲めてないの。家の水は全部軍に取られちゃうから」


 ああ……。うちは俺がお湯まで出せるから不便に思ったことはないが、上位の水属性術者が居ない所はかなり苦しいだろう。近くにあったコップに冷たい水を並々になるまで注いでやると、相当喉が渇いていたようで、二人とも凄い勢いで飲み干してしまった。



「まだ注げるけど、飲む?」

「飲む!」

「僕も飲みたい」


 水以外も出したら二人は喜んでくれるんだろうか。

 手があるわけではないが、自分のしたことに対してここまで喜んでくれるともっと尽くしたいと思うものだ。


 ……ヒモってこんな風に味方増やしてるのか。今なら分かる。引っかかる人の気持ちが。


「ごちそうさま。ありがとう。久しぶりにお腹いっぱいになったよ」

「わたしも! ありがとう、フェリーチェ!」

「二人が喜んでくれるなら、いくらでも」


 言えない。自分は魔法で再生させて、毎日食事を摂っている、なんて。こんな屈託の無い笑顔を前に、言えるわけない。


 オリヴァーの魔法は何度か見たことがあるが、二級ではあるが精度はそこまで高くなく、俺みたいなゴリ押し再生はほぼ不可能。

 練習すれば大抵の怪我は治せるのだろうが、再生魔法の方は治癒魔法よりも難しい。下手に口を滑らせて期待させるのはやめた方が良い。



 期待が大きければそれだけ失敗した時の失望も大きくなるわけだから。俺はヴィーネって存在があるから挫折することは中々ない。でも、皆は違う。暫くは秘密にしておこう。


「また飲みに来ても良い?」

「良い。好きなだけ飲んで」

「やったぁ!」


 二人共まだ年齢は小学生なのに、何でこんなに我慢してるんだろう。本来なら我慢しなくても良いのに。

 高い玩具我慢するのと違うんだから。使えるウォーターサーバーが目の前に居るんだから、こき使えば。



 いや、水が足りなくなる状況が駄目なんだ。俺がいくらサーバーになっても、それは俺が居ないと成り立たない。


 さっさと終われば良いのに。こんな下らない戦。確かに資源は大切だけどさ。国同士で博打するくらいなら今ある自国の産業磨くとかもっとあったでしょうが。


 五年も続くとそろそろ疲れる。逃げる必要がないのはありがたいが、食事がな。



 俺には宗教的な縛りがあるわけではない。それなのに、まだ肉を一度も食べたことがない。魚も含め。

 パンだって硬いし。サラダ? にドレッシングがかけられないのはまだ許容できる。でも、離乳食が終わってから毎日草と芋、それと硬くなってカビが生えかけたパンというのは流石に飽きる。

 いつか絶対出て行って、その時には二人にもちゃんとした食事を用意してあげたい。



 さて、二人が帰ったところで空間属性の練習とやらをやってみよう。


 空間属性で使える魔法は三種類。転移、結界、そして無限牢獄。俺が今一番使いたいのが無限牢獄。次点で転移。結界はまだ必要ない。



 転移は、地図さえあればワンタップでその場所の近くに行くことができる、という魔法。そして、一度行った場所なら座標指定は自由自在。これ、前世でも欲しかった。そうしたら、早起きせずにもっと布団でぬくぬくできたはず。


 ま、平民の俺達に向けた学校が無い時点で早起きの必要はないけど。


 とにかく、まずは無限牢獄だ。生き物が入ることはもう分かっている。人間が入れるんだから。

 生きた物が入るということは、死んだ物や無機物も余裕で入るはずだ。後は、この中で時間が経過するか否か。経過しないなら冷蔵庫代わりになる。うち、冷蔵庫ないから。



 冷蔵庫の代替品として、保冷庫なるものがこの世界にも存在するらしい。が、それが本当に吃驚するくらい高い。家族総出で一生働いても買えないくらいの値段がする。保冷庫より前世の高級外車の方が安いはず。



「無限牢獄」


 しーーーん……。

 何も起きない。今までの魔法は大体できたんだけど……。上手く想像ができないからか? 水だったり火だったりは前世でも馴染み深い。

 でも、こんな亜空間は存在しなかった。猫型ロボットの彼も居なかったし。



 イメージをすることで魔法を発動させていた俺にとって、それが出来ないということは発動自体が不可能ということになる。はてさて、何を想像すれば良いのやら。


 俺は特別頭が良いわけではないし、色々と考えるのも面倒だから、無限牢獄=四次元空間みたいな物って認識で良いだろう。身近に四次元空間があれば良かったんだが……。

 参考資料はあれしか無いよな。やっぱり。何でも出てくる魔法の腹ポケット。

 よし、もう一度やってみよう。


「無限牢獄」

 しーーーん……。


「無限牢獄」

 しーーーん……。


 少しずつ掴めてきてはいるが、まだ魔法が発動はしない。でも何となくであっても掴めてるってことは、失敗しているわけではないということだ。





「無限牢獄」


 三百回近く試して漸く、目の前にブラックボールを彷彿とさせる禍々しい空間が出現した。


 手を突っ込んでみるとズプリ、と何の抵抗も無く入っていった。ヴィーネ曰く、無限牢獄の大きさは魔力の級に寄るとのこと。今が準一級だから、まだ二級分広がる可能性が十分にある。



 試しに地魔法で作った置き物を入れてみる。クローズしてからまた発動させ、手を入れる。すると、何ということでしょう。何も問題がございません。


 これで無機物が入ることは証明された。じゃあ、人間である俺も入ってみよう。ここはヴィーネの言葉を信じる以外に手はない。胸の辺りまで入ったところで、両足を引っ張られて引き摺り出された。



「フェリーチェ、どこかに行くならせめて一言欲しいわ」

「そうだよ。フェリーチェが守護者だってことは分かってる。だけど、心配なんだよ」

「ごめんなさい。じゃあ、一緒に行こう」



 母さんは元々貴族令嬢だった。没落して平民と結婚しているだけで。だから最低限、教養はある。

 父さんが知らなかった守護者という存在。俺が複数の属性を難なく使うことに戸惑っていた父さんは、母さんの説明で理解と協力を示してくれた。そして丁度良いタイミングだから、と転生者ということもカミングアウトしておいた。



 両親共に、吃驚しつつも否定せずにいてくれたから、今世の親は本当に当たりだったと思う。前世の親はもう忘れよう。


 中は真っ暗だから、と光属性の母さんはライトという魔法で灯りを確保してくれる。五級だからぼんやりとした光しか無いが、例え薄暗くとも有るのと無いのじゃ全然違う。



 少し注意して床らしきところに足を着く。どうやらこの無限牢獄、普通に床が機能するようだ。倉庫みたいなものと思えば良いな。敵意のある生命体は居ない。それどころか、この空間には虫一匹すら居ない。



「二人共、降りて来て良いよ。ここは安全みたい」


 今ので俺の許可が降りた、という判定になったらしく、二人は弾かれることなくこちらに降りて来た。



「かなり、暗い空間なんだね」

「少し怖いわ……」


「俺、この中でなら色々な物を自由に出せるみたいなんだ。二人はどんな家にしたい? こんな暗いのも一瞬だよ」


 実家暮らしはストレスが溜まるからと、理久とシェアハウスしていたから俺は理想の部屋を作れる。だから次は母さん達の番。


 ここから外に持って行くことも出来るらしいが、それだと現実世界の文明が発展しない。だからここだけ、仮想空間ということで好き放題させてもらう。治外法権だ。



「ここが、家に……?」

「俄かには信じられないな……」


 実は、俺もまだどんな感じに出てくるのか分からない。今日初めて入るから。最初は何を出そうか。やっぱりトイレか。新幹線のトイレをイメージして……。



 いでよ!


 強めに念じた瞬間、ボスンと音がして多目的トイレが現れた。因みに、この一部屋出しただけで魔力はほぼ空。

 やっぱり、便利なだけじゃない。ちゃんとデメリットも存在している。しかもかなり致命的な。ここまで持ってかれると、もっと効率的に魔力を使う練習が必要になるな。早めに魔力制御の方法を確立させておかなければ。



「フェリーチェ、これは何だい?」

「白い……箱?」

「トイレだよ。どうしても欲しかった物なんだ。中、見る?」


 ちゃんとこの世界に合わせているのか、電気ではなく光の魔法で明るく照らされていた。ちゃんとピカピカの鏡もある。窓越しにぼんやり見えていた自分の顔が、漸くはっきり見えるようになった。



 予想通り、とても顔が良い。このまま日本に戻って髪を黒に染めたらモテモテだっただろう。それくらい俺の顔は良かった。

 イケメンに育つだろうとは思っていたが、まさかここまでとは……。



「これが、トイレ……?」

「見たことがない構造だけど、どう使うんだい?」

 説明書を渡して送り出す。戻ってきたのは体感で大体数分後。


「何だあれは!」

「大発明じゃない!」

 じっくり堪能できたようで何より。


「少しでも俺が構造を理解していれば簡単に出せるんだ」

「最初に別世界からの転生者とは聞いていたけれど、こんなに進んでいる所から来ていたのね」


「凄いな。それにしても……フェリーチェがこの国の生活にかなり不満を抱いていたことは、これでよく分かったよ」

 生活に不満は抱いているけど……。


「でも、今世の家族や友達は大好きだよ」

 恋人と離れたこと以外は人間関係に不満が無い。生活水準を今より何段階か上げられたら尚良しってところで。



「そう言ってくれるのは嬉しいね」

「ええ、本当に」


 これは本心である。前世、俺はわざわざ理久と北海道の普通科高校を選んで下宿を始めのだ。因みに中学まで埼玉在住。

 それだけでどれだけ俺が実家嫌いか分かってくれるだろう。でも、ここではそんな欲求が一切湧いてこない。




 そろそろ疲れたし、一旦戻ろうということになった。部屋に戻って時計に目をやると、入ってから大体三十分が経過していた。

 多分、あの空間では時間の流れがない。だから一瞬のように思えたが、実際はかなり長居してしまったようだ。



 今の限界は人間を入れて、且つ中で物を出して精々三十分前後だろう。


 既にある物の維持に魔力を消費することは無いから、入ったら魔力が八割くらい尽きたところで作業は終わりだろうな。


 トイレをたった一機用意しただけで満身創痍。五歳って本当に、何も出来ないな。体力をつけるためにトレーニングは毎日しているが、世の中には限界というものがあるのだ。今の時点で無理し過ぎると今後何かしらの障害になる可能性が高い。



 やっぱりマンガみたいに上手くはいかないな。当然と言えば当然なんだろうけど。

 俺も「転生チートだわーい」とか「わっはっは。俺、最強じゃね?」みたいな、小っ恥ずかしいことリアルでしたかった……。言ってみたかった……。



 ちょっと頑張ればいけるのか? 俺でも。だって俺、神の加護あるよな。まだあの夢を諦めるべきでは無い。味方が強力なのだから、きっと、やれば出来る。これに関しては脳筋の精神で行くのが良いかもしれない。


 国外に逃げる時に使う乗り物も作りたいし、今まで以上に頑張らねば。

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