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二十九話 依頼


「えーーっと……針針針……。有った」


 今日は国外に買い物だ。ミラに刺繍用の針が折れたと訴えられたので、見習いの子達が作った服を売るのと、刺繍針を調達する目的で渡航している。

 渡航先はクローシアという、織物製品がハチャメチャに綺麗な国。織物に関して高い能力を持つミラに劣らない技術を持っている。いつもここで手芸用品を調達しつつ、営業もしている。



 『最果ての商人』とぶっ飛んだ称号をぶら下げているお陰で、人からの覚えも良い。

 髪の色や瞳の色も、クローシアではまず見ないピンク。忘れる方が難しい。

 木谷和也が日本のハロウィンやクリスマス以外でフェリーチェを見たら暫くは頭から離れないと思う。髪色も称号も強烈すぎて。



「刺繍針は五本で良いかしら?」

「うむ」


 手芸屋のおばあちゃん店主に刺繍針五本分のお金を払い、見習いの子達が作った服を売りに行こうと歩き出した瞬間、一瞬で囲まれる事になった。

 かなり慣れてそうだから雇われのゴロツキなんかじゃ無い。

 ……一個体でマオよりも弱ければ、俺でも十分勝てるけど。



「何の用かね」

 外行きの癖強め口調でガードマンみたいな人達に話しかける。


「『最果ての商人』という方は貴方で間違い有りませんか」

「いかにも」

「我らが主が是非貴方を御招待したい、と。ご同行頂けますか」


 主人……はて。誰だろか。まあ、どうせ明日は休み。一晩は泊まる予定だったし着いて行っても良いか。もしこの人たちの主が俺に敵意を抱いているなら、サンもヒリュウも連れていない俺は、買い物中に弓か何かで射られて死んでいただろうから。




「良いだろう。案内してもらおうか」


 目的地までは馬車を出してくれるらしい。貴族のお忍び用に使われていそうなデザイン。外装は木材打ちっぱなし、装飾は灯り取り用のランプだけという簡素な造りだが、内装はフカフカのソファーが贅沢に敷かれていた。


 出発して分かったが、ガタガタと大きめに揺れるのでフカフカなのは長時間の着座で尻が痛くならない様にするためかもだな。


 その点うちが開発しているのは空なので、ガタガタ系の揺れは無い。その上でフカフカの座面を採用しているから快適も快適。ずっと座っていたいくらいだ。座席の形は長時間移動でも疲れ難い新幹線仕様。



 竜飛車は揺れがほぼ無いから紙に綺麗な文字を書く事も出来るが、この馬車では無理だろう。地面を移動する物を荷運び牛車に限定しておいて良かった良かった。

 もう少し国土を広げたらタクシー代わりに人力車と乗合牛車を導入しても良いかなぁ……とは思っている。仕事にも繋がるし、歩道と分ければ事故も少ないはず。

 デザインだけしておこう。文字は駄目でも絵くらいなら……。



 ――そう、安易に考えた俺が阿保だった。途中で小石を踏まれて手元が狂い、急ブレーキを掛けられて手元が狂い、カーブを曲がられて手元が狂う。

 出来上がったデザイン画からは、色々な所からビヨンビヨンとよく分からない何かが生えているし、箱物のはずなのに線はウニャウニャと波打っている。



 悔しいっ……。描きたかった……!

 時間の有効活用、失敗。


 一人で頭を抱えている俺を、同乗しているガードマンの人が憐れみの目で見ている様な……? 見ていない様な。



「到着いたしました」

 御者をやっていたガードマンの人がそう言って馬車の扉を開ける。



「っ……!?」

 何と吃驚。目の前に広がるのはクリーム色の外壁が何とも可愛らしい巨大な屋敷、後ろを見ると広大すぎる庭と噴水、色とりどりの花々が……。綺麗だけど、ここまで多いと圧が凄いな。


「ようこそお越しくださいました。では、ご案内いたします」

 目の前の光景を一瞬疑った俺に、屋敷の家老だという男性が覚醒を促した。それで現実に戻って来た俺は、素直に頷いて屋敷の敷地に足を踏み入れる。後ろを見ると、玄関前? に留められていた馬車が去って行くのが見えた。


 屋敷の中は土足らしい。普段裸足の身としては慣れないな。巨大な花の模様があしらわれたカーペットは最早ホテル。


 五メートル毎くらいに高そうな壺や彫刻が置かれているのが気になる。こういうの絶対高いから壊さないようにしなきゃ。置き物と反対側の壁には歴代の主なのか、バカデカい肖像画が貼られている。


 夜、中途半端な灯りだと音楽室の肖像画が可愛く見えるくらいの恐怖を感じそうだ。

 ここの人達はもう慣れているのか、強烈な装飾品を一瞥する事もなくスタスタと進んで行く。



 そして、家老のおじさんが足を止めたのは装飾が一番豪華な場所。応接間、だと思う。

 俺の屋敷にもあるから。何ちゃって水墨画の掛け軸とか。土色の謎の壺とか、何のために使うかは分からない見栄のためだけに置いてるから。でも、ここは規模が違いすぎる。とにかく全てがでっかい。



「旦那様、お客様をご案内いたしました」

「ああ、入ってくれ」

 音も立てずに俺の身長の二、三倍ありそうな扉が開く。せめて音は鳴っててくれ。無音だと逆に怖いから。



「失礼する」


 相手は貴族っぽいが、いつもの外用口調を崩さずに入室。その事に中に居たメイド服の人達が眉を顰めたけど、俺は客として主が招いたと知っているからか、特に言及はされなかった。


「よく来てくれた。『最果ての商人』殿よ。本題に移る前に……座ってくれ」

「うむ」


 『最果ての商人』。自分で名乗っておいて何だけど、いざ大真面目に呼ばれると恥ずかしいな。

 自分の体には不釣り合いなくらい大きなソファーに腰を下ろす。



「お前達は一度下がっていろ。室内の会話を誰にも漏らさぬ様に」

「はっ」


 人払いって言うんだっけ、こういうの。何されるんだろ俺。怖いわぁー。

 そうして、誰の気配もしなくなった所で俺を呼びつけたであろう男性が口を開いた。



「ようこそ、我がスウィート公爵家へ。『最果ての商人』殿――いや、『守護者』様と言った方が良いか?」

「っ……!」


 この人……何で俺の正体見破った? あれ? 魔法使ったっけ。人と会う時はちゃんと魔力を抑える指輪してるし、転移も行きと帰り以外は使ってない。どうやって……?


「私の手の者が転移して来た貴方を偶然見た、と言ったら?」

 ……ああ、その手が有ったな。サージスからクローシアの入国手続きの役所側まで結構な距離がある。海渡るから。それが面倒だからとクローシアの役所近くの路地裏に転移しているとはいえ、誰か人が居る可能性は有る訳だ。

 これが地図タップ転移の良く無い所。誰が居るか分からないまま転移する所。



「そこまで見ておったか。ならば今更取り繕うのも無駄……」

「その喋り口調も、偽りの物であると聞いている」

「そうでしたか。正直あの口調ちょっと恥ずかしかったので戻します」


 という風に、俺が被っていた猫達は妖怪猫剥がしによってアッサリと吹き飛ばされてしまった。もっとまともな敬語は知っているが、平民商人として活動しているので敬語は適当。



「それで、今回の目的は何でしょう。そして、貴方は何者なのでしょう」

 公爵家って言ってたけど、当主か次期当主かで話が変わってくる。


「私はクローシア王家に連なるスウィート公爵家当主、アルストロ・スウィート」


 公爵家……当主……。当主か…………。トップって良い思い出が無いんだよな……。エクレシアのトップとか、あの街の領主とか。次期当主候補だったらサンとルナが居たからまだ忌避感は無かったんだけど。



「今回の目的は一つ。良質で洗練されたデザインの衣服を、娘宛に仕立ててもらいたい。それだけだ」

「所属も分からない怪しい商人に、ですか」


「そういうのは自分で言う物では無いのだが……。クラリッサ、入りなさい」

「はい、お父様」



 男性――アルストロの合図で入ってきたのは中学生くらいの少女。見た事のある服を着ていた。


 ミラが見習い達に作らせていたロリータ服。俺が趣味でデザインした大正ロマン風ロリータファッションだった。前合わせは俺達サイドが居ないと着るのが難しいだろうからと襟なしブラウスを採用していたから覚えている。



「それはどこで?」

「娘がお忍びで街を散策している時、商会ではなく、個人経営の小さな服屋で見つけた物だ」

 俺がいつも卸してる店だな。


「このお洋服を見た瞬間、作った方にお会いしたいと思いましたの」

「それで、尾行を?」

「少し強引な手を使ったと、自覚はしている」


 反省はしない、と。まあ良いけどさ。相手はオリヴァー達じゃなくて、俺だから。まあ許せる。


「ですが、デザインは俺でも作ったのはベテランじゃない、弟子の子達ですよ」


 元々服飾系やってた人達がミラに弟子入りしてるのと、エルフ達も一部弟子入りしてるから最早誰が作ったかは分からないけど。小人族の弟子が作った物じゃ無いって事だけは分かる。あの子達はまだ人間のサイズを仕立てる事に慣れていないから。



「こ、こんな素晴らしい物が……ベテランじゃないなんて……」


 あ、何かショック受けてる。この国って織物事業で大きくなったんだよね? ミラに教わったとはいえ、弟子達はまだベテランには程遠い。そんな服がここの技術に勝るってこと有る?


 生地か? こっちに持って来てるのって絹製品が殆どだけど、蚕が良い方向に突然変異した、とか養蚕の人が言ってたような。その恩恵を受けてるのか。



「仕立てると言っても、用途が分からないと作れませんし、うちの国ではドレスの構造を熟知している職人も居ません」

「仕立ててもらいたいのは三ヶ月後に行われる娘の成人記念パーティーで着る衣装だ。候補は幾つか用意しておいたのだが、どうしてもと言うのでな。貴族女性はドレスを身に付けなければいけないという決まりも無い」


 過度な露出さえしていなければ良いってことか。成人か……。日本女性だと振り袖が定番だったけどこっちではどうなんだろ。模様とか色の決まりっての有ったりするんだろうか。



「用意してあったデザイン画は有りますか? 規定は守らないといけませんから」

「家毎に色が有るのだが、成人記念パーティーではそれをメインカラーとして纏っていれば問題無い。うちは桃色だから、桃色をベースで。デザイン画は有るが、参考にはならないだろう」



 ふむ。桃色であれば振り袖に大量にあったな。桜柄とか、菊柄とか。うちの国、サージスに桜は無いが、竜ヶ丘の方には桜に酷似した木があった。

 取り入れるのも良いだろう。しかも、花言葉は『純潔』や『優美な女性』と悪い意味も思い浮かばない。繁栄と豊かさを象徴するものでもあった。是非取り入れたいものだ。



「では、少しデザインを描いていきます。他にも何か有ればどうぞご遠慮無く」

 貴方達はたった今から俺のお客様なので。


「君が? 先程デザインをしたと言っていたが、一からしたのか?」

「勿論。横から少し口を出すだけなんて図々しいことはしません。それに、この絵の様な前合わせの服で良いのなら、俺も仕立てた事が有るのでデザインし易いんです」


 和裁の授業で。あの時は布に柄がプリントしてあったが、今回の柄は全部刺繍になると思う。



「私も見て良いかしら」

「どうぞ」

 扉の前に居たお嬢様――クラリッサは俺の正面にあるソファーに腰を下ろして図面を覗き込んだ。


「色が無いと分かりにくいわね……」

「では絵の具を持って来させよう」

 娘の要望に即座に反応したアルストロは散らせた使用人の人達を手元のベルで呼び戻し、俺に絵の具を渡す。受け取った絵の具は水彩用の物。使い慣れていた水彩絵の具がここに有るのはありがたい。アクリル絵の具の扱いは俺下手だから。


 桃色と水でグラデーションを作る。貴族の中でも最上位の身分の人間が着る物だ。エトワール伯爵夫妻とは違うだろう、と判断出来たので手を抜かずにデザインする。



 メインカラーは桃色、グラデーションで白、アクセントで帯に少し緑色を忍ばせた俺好みのデザイン画が出来上がった。


「か、可愛い……」

「クラリッサ。このデザインはリボンもレースも無いが、良いのか?」

「リボンもレースも、この素晴らしいデザインに比べたら石ころ同然ですわ。これで貴方に仕立てて貰いたいわ」


「俺に、ですか?」


 ミラみたいなベテランに持って行こうと思ってたんだけど。俺も一応経験はあるが、所詮授業で培った物だ。

 初めて理久が女装を見せてくれて以来、他の人間の作った服を着られるのが嫌で自作してた時期もまあ……あったけど。それでも王族の次に高い身分の人間が着るには俺じゃ不相応のはず。



「ええ。こんなに素敵なデザインを描く貴方に作ってもらいたいの」

「分かりました。そういう事でしたら」


 報酬として、うちを独立国家として認めて貰いたいってのはあるけど、それは満足させてからにしよう。

 プロでもない俺にとって、三ヶ月は決して長く無い。忙しくなりそうだ。

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