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二十八話 エクレシア王国


 エクレシア王国、国王の執務室。前王の死によって二十歳という若さで即位したルーカス・エクレシアはここ数年間、頭を悩ませていた。


 理由は簡単、隣国グランベリアと鉱石を巡る戦、亡き父が引き起こした負の遺産が残っているから。

 エクレシアは弱小国家。魔鉱石は勿論、通常鉱石資源も国土も人口も、何においても他国に劣る。それ故に舐められる事も少なくなかった。

 もし国境付近で鉱山が発見された時に傍観していれば『この国は多少の不利益を被るだけじゃ動けない臆病者』と見做され、足場は更に悪くなっていただろう。



 しかし、エクレシア側は宣戦布告したものの、現在は軍の弱体化と農作物の不作によって休戦状態。

 誰がどう見ても敗北は明らかだが、それでも終わらない、終わらせる事が出来ない理由もあった。ここで敗戦を発表すれば、一気に国土を奪われてしまう可能性が高いからだ。



 鉱山を奪われるだけならまだマシではあるが、もし賠償金を請求されると払える程の余裕も無いエクレシアは一瞬で潰れるはずだ。


 何よりも、貴族の大半が戦いの継続を希望しているのだ。貴族達も鉱山の存在は莫大な利を生むと分かっている。

 また、亡き父を支持する貴族ばかりなので即位したばかり且つ、ろくに王太子教育を受けた事も無いルーカスの言葉は誰にも届かない。


(父に与えて頂いたルーカス……光という名。私にその称号は相応しくない。どうしたら良いか、読めない……)

「陛下、各地で平民達が蜂起を企んでいるようです。やはりエトワール伯爵領の影響でしょう」

「ああ……」


 味方が居ないエクレシアの城内で、唯一ルーカスが心を許している側近、ヴィンセントがそう伝えに来た。



 エトワール伯爵家は数ヶ月前、突如として崩壊した家。少しずつ領民が減り、緩やかに衰退……等という可愛らしいものではない。元々の人口は八百人程度で、住宅地以外は農地や放牧場の一次産業、という小さな領地。


 その領主夫妻が何者かによって手に掛けられ、同時に領民の過半数が一斉に消えた。そこから暫くして、残りも消えた。



 その事実を知った隣領の民をはじめとした平民達が自分達も領主からの呪縛から逃れたいと抵抗を始めたのだ。

 ただでさえ鉱山争いで面倒な事になっているのにこれ以上どうするのだと弱音を吐きたくなる。まず、ほぼ全ての人間を領主や国に勘付かれる事無く一度に輸送し、堅い騎士の壁を破って領主を闇に葬るなど、普通の人間には不可能だ。もし訓練を受けた騎士だとしても、出来ない。



「……あの領地の平民に、守護者が居た可能性が高いですね」


 守護者。それはこの世界を作った女神が、自身の使徒としてこの世でただ一人を指名する。そう宣言した存在。だが、この国には産まれていなかった。

 守護者というのは二百年から千二百年周期で一人、誕生する。最初の守護者が現れたのが約千年前。そろそろ産まれていてもおかしくはなかった。



 本来なら貴族よりも上の立場であるとされている守護者。見つかったとなれば、丁重に保護し、恩恵を受けようと努力するもの。

 しかし、代替わり前だったルーカスの父は守護者が産まれたことに気付かず、守護者であるフェリーチェの父を脅してしまう。



 ヴィンセントの話を聞いて、ルーカスも守護者を取り逃したことを悟った。だからといって、どこに居るかも分からない相手に対して何か出来る訳もなく、二人は溜め息を吐いた。


――――――――――――――――――――


「フェリーチェ様、聴いて欲しいものがあるのですが、今良いですか?」

 国名も無事に決まり、羞恥も少し落ち着いた。やっと街を普通に歩ける様になった俺に、セロが話しかけてくる。


「どうした?」

「遠目で見ると少なく感じますが、各楽器の演奏者を必要数集め終わりました。以前貰った譜面も、演奏する分には問題ありません」

「それを聴かせてくれるのか?」

「はい」


 俺がこの世界に来て初めて作った曲、ヴィーネの好みに寄せた『ウィンター・マーチ』。



 それが、仮とはいえ完成した。街を歩き、練習場所に向かう俺の足取りは軽い。俺の有って無い様なショボイ羞恥心など、どうでもいい。

 自分の制作物が誰かの手によって完成に導かれる。その時の興奮やら歓喜やらは、クリエイターなら誰でも感じるだろう。数多の作品を世に送り出す歴戦の猛者ならともかく、俺は吹けば飛ぶ様な素人民だから。


 セロの案内で連れて来られた場所には五十人程の演奏者が集まっていた。が、少し俺の思っていたのとは違う。


「すみません。皆、弦楽器よりも管楽器の方が得意だったようで……」

 そう、部活で弦楽器ばかり見てきた俺にはあまり馴染みの無い、吹奏楽団だった。



「俺、吹奏楽はあんま知らないけど、編曲とか大丈夫だったのか? 俺、弦で演奏するのを前提に作ったんだけど」

「それに関してはあまり問題にはなりませんでした。低音域から高音域に分けて割り振りを再度行いましたので。それよりも……フェリーチェ様の曲を無断で改変してしまった事が……」


「別に良いよ。楽団の最高責任者はセロ。俺じゃない訳だし、俺自身も変更は有りませんって事にはならないだろうって予想出来てたから」



 舞台の脚本と同じ。脚本家が出した原稿と、舞台になった時の台詞やシーンカットは多少なりとも変わっているもの。というか、それが普通の事。それに対してどうこう言う程俺は狭量じゃ無い、空気は読める。


「まあ、聴かせてくれ。俺が満足したら、これは吹奏楽の曲にして良い」

 本当は満足しようがしまいが関係無く好きな様に演奏して貰って良いが、セロ達の性格上、作曲者がが許可を出すというステップを踏んだ方が良いと判断した。



 まず始まったのはチューニング。一人基準の人を決めて、その人が出した音と同じ音を高音楽器から順に合わせていく。


 弦楽部だった俺は、低音と言えばコントラバス。チューバやトロンボーンといった厳つい低音には慣れていない。深い低音がお腹の辺りにビリビリと響く。不思議と心地が良い。


 が、ウットリしている場合では無い。まだチューニングの段階なのだから。本番はこれから。


 セロが指揮棒を振ると、金管のファンファーレの後、サックスやクラリネットがリズミカルな音を刻み始めた。

 俺の作った曲は木管楽器だとリードミスや、音程外れが起こるだろうなと思っていたのだが、それの予想は当たらず、ミスらしいミスは無かった。木管楽器特有のキィというリードミス。その不快な音は聞こえなかった。



 だが、まだ序盤。ここからも同音が続くフレーズは出てくる。ピアノもそうだが、同じ音が連続で続くと、何かしらのミスが起きやすい。俺が後輩から鬼畜と言われる所以の一つだったが……ここの楽団はレベルが一回り以上高い。


 クラリネットも連符で粒が揃わないなんて初歩的なミスはしなかったし、距離が離れているはずの打楽器とチューバも音にズレは見えなかった。



 大体三分のマーチ。仮とは思えない、全員揃っての練習時間が短かった等誰が信じようか。これが最後まで聴いた感想。それくらいの出来だった。


 思わず俺はスタオベ。観客は俺一人。気を遣う必要が無いので仕方が無い。

 五十人近く居る演奏者が、セロの合図で一斉に最上級の礼をとる。少しの乱れも無く。これは多分、小学校の卒業式みたいに、お辞儀の練習しないと無理。



 そんなセロ達に俺が掛ける言葉は一つ。吹奏楽の全国大会じゃ定番の、「ブラボー」。俺の部活はそもそも大会に出ていなかったからそれを浴びる事は無かったけど。

 ブラボーはあっちの世界だと「素晴らしいよ」を意味する。正に今の皆にピッタリの掛け声だと思う。



 皆も俺の言葉の意味は分かっていなさそうだが、反応を見て好感触だと言うのを感じ取ったのだろう。表情を柔らかく崩した。


「素晴らしかった。今日からこの曲、『ウィンター・マーチ』を吹奏楽で演奏することを許可しよう」

「……! ありがとうございます、フェリーチェ様!」

 肩の荷が降りたという表情をする彼女に、俺が早めに編成を確認しておけば良かったなぁ……と少し後悔した。


 因みに、ブラボーの意味を聞かれ、答えた翌日には街の至る所で聞こえる様になった。賞賛の意味で使われるこの言葉は、今年の流行語になりそうだ。

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