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二十二話 街の拡張


 硬い地面で目が覚めた。父さんから貰った懐中時計は午前四時を指し示している。



 ラ・モールの森から出てすぐのこの場所は、うちの街よりも気温が低い。早朝時点での体感温度は秋の終わりくらいだろうか。薄手の服を着ていると少し肌寒く感じる。


 一度起きてしまった今、再び眠る事は出来ず、隣で寝ているサンとヒリュウを起こさない様にテントを出た。



 ここで全員分の朝食を作る技術が有れば良かったのだが、俺がやるとすぐ側の森まで巻き込んだ大火災を起こしそうなので朝食の事前準備だけ。

 遠くまで行くと二人を心配させるから近場で我慢する。昨日の竜肉が大量に余っているし、俺の無限収納には幾つか野菜も入っている。今すぐ必要なわけでは無い。



 暫くすると、四人とも起きてきた。時刻は五時を回ったところ。皆早起きだな。

 昨日夕食を摂った後に休むつもりが、話が弾んだせいで光魔法のライトを使ってゴリ押し作業、日付け変わるまで起きてたのに。



 今日の作業は昨日と大体同じ。天候の変化は朝晩記録する様にして、魔族の二人は測量の続き。俺は昼間は自分の街に一度戻る予定だ。一応、俺がメインで作るのは自分の国だから。

 全部魔族に丸投げする気は無いが、俺の国でも無いのに首を突っ込み過ぎるのも良くない。

 ……まあ、不必要に支持を下げたくないってのも本音だが。



 それと、オリヴァーとルナに昨日思い付いた飛行手段についての相談もしておきたい。


 もう一度ヒリュウに乗せてもらって、一時間と掛からずに街に戻った。転移でも戻れるのだが、今後竜族を使役することになるかもしれない。今のうちに上空に巨大な生物が飛行している状況に慣れてもらおうと思って。



 初めは予想通り、プチパニックが起こっていた。竜人族がヒリュウの名を呼んだことでプチで済んだが、同族ですら竜化したヒリュウを知らなければ大パニックになっていたはずだ。


「フェリーチェ様!」

「一体何が……?」

「魔族の国を作るとの事でしたが、何か問題が……?」


「いや、あっちは王が別に居るから。昼間はこっちに戻って来ようかと。それと、屋敷にオリヴァー居る?」

 早めに報告しておかないと。ヒリュウしか動けない。



「はい。先程お戻りになりました」


 毎週末にやってる早朝の見回りとのこと。あ、保留にしてた一頭、オリヴァーに回せないかな。毎回歩いて街の端っこまで行くの大変だろうし。




「ヒリュウ、もう一頭の事なんだけど……」

「はい。オリヴァー様の元に付ける様、手配しておきます」


 話が早いな。何も言わずとも文脈から推測して行動するとは。

「二人共ありがとう、じゃあオリヴァーんとこ行こう」

「本日はサンの日なので俺はトカゲ共を集めに行きます。お迎えは必要ですか?」


「いや、帰りは転移するよ。ありがとう、ヒリュウ」

「いえ。では、行ってまいります」


 街の中で竜化すると確実に周りの建物が破壊されるので、ヒリュウは羽だけ出してラ・モールの森に飛んで行った。それにしてもトカゲって……。下位互換であれ種族的に竜である事に変わりはないのに。



「オリヴァー、俺だけど」

「どうぞ、入って」

 オリヴァー用に作られた執務室ではルナが集めた住民の意見書の確認をしていた。マオは部屋の隅に待機している。


「今平気か?」

「平気平気。大丈夫。また何か思い付いたの?」

「そんな感じ」


 ということで、俺は昨日話したことを伝えた。竜族を使役した飛行手段の提案。名称はそのまま、竜飛車(仮)。



「まだ設計は出来てないし、竜族と騎士の相性もあるからすぐには実行出来ないけど。危険な森を通る必要が無くなるし、他国と貿易することになれば貨物機としても旅客機としても使える。まあ、軍事利用はされたくないから現物も技術も秘匿するし、スパイ対策も講じなきゃいけないけどさ」


「そうだね。雇用者側にはスパイが潜り込む可能性を危惧しておいてほしいって伝えておかないと。で、その竜族ってのはどこに居るの?」



 オリヴァーがそう言ったところで、ヒリュウが生かした竜族のうちの一頭が屋敷の外に現れた。サンの竜族は嵩張るのでオブシディアンの所に置いてきた。ということは、これはオリヴァーに用意された個体。ヒリュウ曰く、トカゲ。


「これ? 竜族って」

「そ。名付け親には二度と逆らわないって。サンも昨日使役に成功したんだ」


「へぇ……。この子、僕にどんな感情持ってるの?」

「今の所は無感情っぽい。名前の有無で結構変わるらしいな」

 少し考えたオリヴァーは窓を開けて待機竜に話しかけた。


「初めまして。僕の名前はオリヴァー。君に名前を付けても良いかな?」

 言葉を理解しているのか、竜は頭を下げた。



「じゃあ、君は今日からリヴ。僕の名前の一部をあげる」


 リヴと呼ばれたその竜は、見る見るうちに小型になり、最終的に緑がかった銀髪が印象的な女性になった。ただ、驚きは無い。サンのでもう見た。

 個人に仕える魔物が名前を付けられると、魔族になると。この世界では常識らしいこと。でも、驚いたのはその直前。



 エクレシアでは自分の名の一部を誰かに付ける、というのが『貴方のことが大切だ』との意味を持つ。

 実際、オリヴァーの名前は母の名オリヴィアが由来。そんな自分の名前を出会ったばかりの魔物に与えるなど、誰が予想出来ようか。



「ふはっ……面白い顔」


 振り返ったオリヴァーが俺達を見ておかしそうに笑う。これ、どっちが正常なんだろ。オリヴァーも正常ではあるんだろうけど、この世界の常識に当て嵌めてみたら少し変わってる。


「何故、自分の名を?」

 純粋に疑問に思ったのか、ルナがそう問う。


「うーん……。一目惚れ?」

 少し照れたように顔を赤くするオリヴァーに、俺は反論する事はせず、「ああ、そう……」と返した。

 名付ける前まで、トカゲと称される魔物だったはずなんだけどな……。トカゲに一目惚れ……?


 日本昔話に有りそうな題材だな。竜と人間の色恋事情って。



「気に入ったなら良かった。その子は正真正銘、オリヴァーの臣下だから面倒みてあげて」

「任せて」


 いつでも口説き落としそうだが、今はまだ心配無いだろう。一目惚れであって、内面は何も分からないんだから。


「ああ、そうだ。今朝の見回りで区画整備についての相談が来たよ」

「区画整備? どこだ?」

「えっとね……」



 オリヴァーは地図を広げて木彫りの駒を重要建造物の目印として置いていった。


 海側にはまだ殆ど街は出来ていないが、漁師は海の近くの方が効率良く仕事できる。だから海辺に漁師小屋を複数建てたいとのこと。

 そこを完全に拠点とするわけではなく、家は家で持っておいて、漁に出る季節が過ぎたら持ち主は定期的な手入れ以外では使わない、と。入れ替わりになる漁師と共有しても良いらしい。



 俺が海の近くに街を作らなかった理由は一つ。潮風による塩害が心配だったから。俺は内陸部に住んでいたから無縁でいられたが、テレビとかでは偶に見ていた。


 俺の街は全て木造だから、錆に気を取られる必要は無い。だが、窓はガラスを使う。意図せず曇りガラスになるのはよろしく無い。健康被害はあまり気にしなくて良いらしいが、それでも後回しにしていた。


 だが、本人達がそこに拠点を持ちたいと言うのなら止める権利は無い。少し条件を設けるが、それでも良いなら好きに建てれば良い。



「建てないで欲しいエリア外なら、整備して建てて良い。ただ、日照権は侵害しないでくれると助かる」

「にっしょう、けん?」


「うーん、簡単に言うと、新しく建てた建物で既にある建物を暗くし過ぎないでってこと」

 洗濯物とか乾きにくくなっちゃうし。日本の集合住宅みたいに階段状には出来ないからそこは気を遣って欲しい。



「分かった。伝えておくね。じゃあ、建てて欲しくないエリアを教えて。そこに印付けちゃうから」


 今後の構想を踏まえて、話し合いながら印を付けた。まずは俺達が上陸した方角。そこは他国と交流する際の港――玄関口として使いたい。

 その周辺で漁をするのは構わないが、複数人が居を構えるのは邪魔になる。次に砂浜から十メートル以内の場所全て。日本の海水浴場でも海から近い場所は駐車場である事が多かった。だから、その範囲は娯楽施設として使いたい。それに、漁師側としても海産物を運ぶ為の牛車待機場として使えるなら文句無いはずだ。



 これさえ守ってくれるなら大丈夫。この大陸は自然災害の代わりに魔物の暴走、クラスターがある。

 俺としてはスタンピードの方が馴染み深いけど、ここではクラスター。魔物が魔素湖からしか発生しないのなら海のすぐ近くに建物を建てても良いということだ。自然災害が無いってことは、海辺の増水と津波が起きないのと同義だから。



「これだけ?」

「ああ、漁師達は今どこにいる? 話が出来る状態なら建築場所について案内するけど」


「今の時間だと……。多分、丁度後片付けが終わったところだと思う。朝早くに海に出て、僕が見回りしてるくらいで卸してる。片付けはその後だから」

「じゃあ、漁師と……土木作業員の所にも行かないとな。新しく作る漁師街と中心街を結ぶ街道整備について話さないと」

「そうだね。それじゃ、作業長にも声を掛けて着いてきてもらおう」



 街の拡張。数ヶ月間殆ど手付かずだった沿岸部に着手。こうしてると、リアルで街作りシミュレーションゲームをやっている気がしてくる。簡単に道路を引き直したり一瞬で建物が建つなんてことは無いけど。

 俺が「この国気に入らないな。よし、建国しよう」なんて安易に考えられたのもゲームあっての事だったからな。ありがたや。



「何ニヤニヤしてるの? 行こう?」

「あ、ああ」


 興奮やら期待やらで上がり始めた口角を無理矢理下げて、執務室を後にした。

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