二十話 護衛騎士
「私がマリー様の護衛……?」
ヒリュウからの推薦を受け、俺は訓練場で他の騎士と共に談笑していたハナエを呼び、昨日の事を話した。
「ああ。一応、俺と戦って確固たる実力が有ると証明出来てからの話にはなるが……」
「やらせてください!」
食い気味に身を乗り出すハナエは、マリーの護衛をやりたかったらしい。何でも、一目惚れだそうで。来てそこまで時は経っていないが、ハナエの中でのマリーは既に護ってあげたい子として位置付けられていた。
マリーも連れて来て、自分を護るに足る実力者か判断して貰う。上から目線ではあるが。
「よし、早速始めよう。皆、午前中は休みだ。俺と、ここのハナエが戦うからな」
話を聞いていたようで、理由は伝えずとも意図は伝わった。
ハナエは刀を扱うのが一番楽だと言っていたので俺も刀で戦う。鍛治士に頼んで作って貰った日本刀擬き。
勿論、俺の希望を汲んで脇差しの方も有る。着ているものも相まってかなり完成度の高い武士のコスプレと言えるだろう。頭真っピンクだけどそこは見ないふりをして。
今回の審判はヒリュウに頼む。もしハナエが視認不可能な挙動を取ったとしても、師匠ならば捉える事が出来るはず。そういう意味で彼を起用した。
「対戦よろしくお願いします、フェリーチェ様」
「ああ、よろしく」
周囲の建物に被害が及ばない様、俺達の周りには結界を張っておいた。俺は魔法も使うだろうし、鬼の一振りで建物が真っ二つになりました……なんて、笑えない。
あ、どうせならここでオリヴァーの護衛も決めよう。ルナはオリヴァーの補佐ではあるが、特技は身辺調査。戦闘ではどの程度の力を発揮するか未知数。それなら一応一人は専属の護衛を付けておいた方が良いだろう。よし、そうしよう。
――などと、余計な事を考えていると、自分のすぐ横を刃が通り過ぎていった。始まっていたらしい。
もし反射で避けていなければ、右半身と左半身は永遠別居の刑に処されていたはずだ。ハナエは俺が避けた事に驚きつつ、もう一度体勢を整える。
俺は今まで努力して来た。だが、長い間ヒリュウに仕込まれているハナエと比べ、圧倒的に実践が足りない。
だが、この体はポーカーフェイスが得意な様で、何をされても一切表情を変えないという怖すぎる芸当が出来る。
対してハナエは考えている事が顔に出やすい。次に攻撃する場所をチラッと一瞬見たり、俺が攻撃を受け止めると驚いたり。
俺の経験値は低い。だが、そんな俺がハナエとまともにやり合えているのは、こういう性格的な物があるからかもしれない。もし相手が歴戦の猛者ヒリュウだったなら、俺は一瞬でアウトだ。逆に俺の行動を読まれて対策されていた。
結局、勝ったのは俺。魔族は実力主義。勝った者こそ正義。負けられる訳が無い。魔族を従えるのなら魔族より強く無いと。
ってことで、気合いで勝った。俺もハナエも、満身創痍。筋肉痛一直線。午前中ちょっと借りようとしか思っていなかった訓練場をかなりの時間、占拠してしまった。
オリヴァーの護衛もついでに決める――等と言わなかったことは唯一の救い。こんなの、ついでで出来るものじゃない。時間開けないと無理無理。
「ハナエ、今日からお前はマリーの護衛だ。仲良くやれよ?」
「はい! フェリーチェ様!」
負けてしょげていたハナエは、俺からの採用通知が余程嬉しかったのだろう。先程までの悲壮な雰囲気は一瞬で吹き飛び、喜びの舞でも始めそうな勢いだ。まあ、俺の後ろに控えているヒリュウが苦い顔をしているから、後で小言の一つや二つ、入ると思うけど。
「皆、場所貸してくれてありがとう。通常訓練に戻ってくれ」
「フェリーチェ様、折角ですし、オリヴァー様の護衛も決めません?」
俺がさっさと逃げ帰ろうと、格好付けて退散の台詞を言ったのだが、逃がしてくれない奴は何処にでもいる。声の主はマオ・シェンリル。
俺がエトワール伯爵家に乗り込んだ時に体調を崩して休んでいた奴。俺が何も分からないまま連れて来てしまった男。常に嘘臭いというか、胡散臭いというか、とにかく上辺だけの笑顔を浮かべているから、俺は少し不気味に感じていた。
「いや、今日はもう良い。これ以上の長居は迷惑だろう」
「いや、いっぺんにやった方が楽っすよね? それとももう疲れたとか?」
「……そうか。そこまで言うならやってやろう、マオ・シェンリル。お前がオリヴァーの護衛候補だ」
ああ……。俺は何という失態を……。疲れてるって素直に言えば良いだけな筈なのに。俺のこういうとこ、嫌いだわ。
このマオ。ヒョロそうに見えるが伯爵家に勤めていた騎士の中でダントツの腕らしい。疲労でヤバい俺に相手出来る奴じゃ無い筈だ。遠くから様子を見ていたオリヴァーの呆れた様な視線が痛い。
俺もう前世と合わせたら三十だってのに、何でこんな挑発乗っちゃったんだ。煽って来た相手も三十目前では有るけども……。
まあ……勝負を受けたからには、例え疲れていたとしても勝たないとな……。
そして、誰も(本人でさえ)予想していなかった第二試合目が始まった。
マオのメインは中距離攻撃。遠距離が弓、近距離が剣だとしたら、丁度中間の槍。五メートルは有りそうな、なっがい棒を器用に操っている。不器用な俺には到底無理だな。
猫みたいにすばしっこい足と、猫みたいにしなやかな体。猫は中国語でマオと言うらしいが、その名に恥じぬ身体能力だ。絶対関節無いわ、あの男。
前世は軟体動物か猫で間違い無い。じゃなきゃあんな動けない。動ける筈ない。そうであって欲しい。俺が納得出来ない。最早液体。スライムの擬人化と言っても良い。
こちらが何をしてもそれは全て、マオ自身の柔軟性ある体を以て相殺される。攻撃に対して手応えが全く無いというのは、気分が悪いものだ。
「流石っすね。手加減してたらちゃんと負けちゃいそう」
いや、手加減して? 俺疲れてるから。
そんな言葉を発する余裕も無く、俺はマオから受ける攻撃に耐えながら、何か無いかと決定打を探す。
このまま戦闘が続けば、先にダウンするのは俺になる。マオはまだ息が切れていないのに対し、俺は気合いで何とか相手をしている状況。そう言えばどれだけ今の状況が切迫詰まっているか、よーく分かるだろう。
今すぐ投げ出したいし、今すぐ尻尾巻いて逃げ出したい。それが出来ない立場に自分からよじ登ったってのが辛い。やっぱ無し、が出来る時期にもっと満喫しておけば良かったと後悔する。
この状況下でもそんな下らない事しか考えられないなんて、と自嘲し、マオの懐に入り込んだ。
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マオは産まれた時から自身の父の勤める伯爵家で、騎士になる事が決まっていた。
マオ本人がその事に対して疑問を抱いた事は無いし、周りから目立った反発も無かった。十の時、エトワール伯爵家の騎士見習いとして勤務をし始めてから約十七年。
小さい子供だと思ってダル絡みして来た当時の先輩騎士を一撃でダウンさせてから、負け知らずだと思っていた。事実、あれ以降負けた事は無い。
だが、今のマオは嘘臭い笑顔の裏で、自分の発言を後悔し始めていた。
(もう限界の筈なのに、よく自分に攻撃当てられるっすね〜……。実力を確かめる良い機会だって思ったんすけど、ちょっと早かったっぽい? 今更止めるって言っても流石に聞いてもらえないっすよね……)
自分で勝負を吹っ掛けた以上、途中退場が出来ない。負けるという確信は無いが、この状況で勝てる希望が有る訳でも無い。少しも無い。
どうしようか、と思案するマオはフェリーチェから放たれた一手で、ぼんやりと自分の敗北を悟った。
刀を捨てて懐に入り込んだフェリーチェが、強化魔法を掛けた拳をマオの鳩尾に叩き込んだのだ。マオが知る限り、初めての痛み。そして、初めての敗北だった。
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少しやり過ぎたかな、とは思う。自滅覚悟で潜り込んだマオの懐。限界まで強化魔法を掛けて、右手を彼の鳩尾に叩き込んだ。
結果、勝利。マオは強化属性でも何でも無いから、防御は一切出来なかった。それが勝利の決め手となったのだが、この状況を引き起こしてもいる。
マオはエトワール伯爵家の騎士随一の強さだった。その騎士が、俺の放った一撃を躱わせずに気絶という事態に。
そう、今とても気不味い。阿鼻叫喚とはいかないが、困惑の視線がグッサグッサと刺さっている。俺に周りの人間を殺されたエトワール伯爵家の騎士達だが、魔族と戦って明らかに疲弊していた俺が自軍最強騎士に勝つ等、想定外だったのかもしれない。
実際、俺も負けるつもりは無くとも、まさか勝てるとは思っていなかった。
こういう時はどうすれば良いだろうか。よし、逃げるか。
「マオを介抱してやってくれ。それと、目が覚めたら明日からお前の主人はオリヴァーだから、と言っておいてくれ」
そう、逃げれば良いのだ。この後オブシディアンと建国場所の吟味をしなければいけない。言い訳など、幾らでもでも思い付く。
まだ現実に戻り切れていない騎士を置いて、俺は訓練場を後にした。




