十七話 楽曲制作開始
今後は魔鉱山を探すということで方針は固まった。次に整えるべきは医療だが、それもある程度は完了している。
来たばかりの時はテントの様な物を張っていただけだったのが、今ではしっかり小屋が出来ている。足を運んだ事が有るのだが、日本の病院を見てきた俺からしても、かなり清潔に保たれた空間だった。
この世界では無かった(エクレシアだけかもしれないが)看板も、頼めば作ってくれた。今では二件、既に完成した小型治療院が存在する。
いずれは入院用の病棟を兼ね備えた大型の治療院が出来る予定だ。四肢欠損とかだと、一級でも一発で直せないから、その時に使われるらしい。俺が居る間は言ってくれたら治すが、俺も神じゃないから寿命がある。俺の死後のことも見据えて。
精神科医をどこかに置いて欲しい気持ちは有ったが、この世界にはそもそも精神病という概念が無いそうなので断念。
次は教育だが、これも基盤は出来てきた。母さんみたいに一定以上の教育レベルの人を集め、子供達の学校、寺子屋を建ててもらった。
以前までは青空教室だったが、校舎を手に入れたので雨天決行も出来るように。俺が提案し、セロが同意して始めた音楽の授業は結構好評。
楽器を扱う年齢を十歳以上としているから今の所破損は無い。本当はもっと下の年代にも楽器に触れて欲しいが、それは今後習い事って括りでやってくれると思うから良い。今はまだお金が無いから始まっていない。いつか多分職業になる。
となると、俺がやるべきはヴィーネへの楽曲提供用の譜面作り。全パート。
弦楽器はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。管楽器はフルート、オーボエ、クラリネット各種、バスーン、チューバ、トランペット、トロンボーン、ホルン。
それから打楽器各種、有名所は大体これくらいか。曲によってはサックスとかピアノも追加されたりするけど、俺の学校ではそういうの無かったから。偶にピアノは有ったけど。
ヴィーネは神様だから、本来なら聖譚曲、オラトリオが好ましいのかもしれない。だが、この世界に聖書は無い。
『ってことだから、ヴィーネの好きな曲調のタイプ教えて』
『急ね。私もあまり詳しくないのだけれど……。でも、マーチは結構好きよ。賑やかで楽しそうでしょう?』
『マーチか。得意な方だから、曲の方向性はそれで行くことにする』
『楽しみねぇ〜』
完成品は大体三分とか二分半くらいになると思う。聞き終わる頃にはカップ麺が食べ頃だ。俺は二分くらいで食べ始めるからちょっとズレるけど。
マーチってなると……どうなんだろ。エルガーの威風堂々とかが有名か? 卒業式でよく演奏されるあれ。
でも今回はヴィーネと何か絡めて作りたいんだよな。確かヴィーネ神生誕祭が冬に行われていた様な気が。俺は行っていなかったが、冬が生誕日の神に贈るマーチだから曲名はウィンター・マーチとかで良いか。ちょっとそのまんま過ぎるか? いや、でも覚え易くて良いだろ。
捻りすぎても大衆に覚えて貰えなかったら労力を割いた意味が無い。日本の国家も曲名は『君が代』って三文字だったし。短くて脳のメモリーに負荷を掛けないシンプルな曲名。これで決まり。
そしたら次はメロディーラインに行こう。ベースラインから考えるのは難しいからな。俺の場合、ベースラインは後から作れる。
調律と調整が完了し、元通りになったピアノで一フレーズずつ作っていく。
右手で主体となるメロディーを作り、基本二音くらいで中音楽器と良い感じにハモらせる。そしたら左手で低音パートの伴奏を入れて……。
打楽器はフィーリング。だって、打楽器経験ゼロだから。足が打楽器になるエレクトーンみたいなのやってたら、もう少し楽に出来たかなぁとは思ってる。
まあ、細かいところはセロと相談して決めたら良い。今年の生誕祭に間に合わないのはもう確定だからゆっくり。今までカレンダーという物が無かったサージス家だが、日付け感覚のある人間が加わったことで今がいつか正確に分かるようになった。
暖かいから忘れそうになるが、現在は十二月頭。ヴィーネ神生誕祭は三十一日。仮に曲が完成していても、楽器と人員が居ない。となると、実現は来年以降。気楽だ。
筆もノリ始め、曲は十時間くらいで仮完成。俺にしては結構早い方。後はセロと調整だな。完成が楽しみだ。
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(生活はまだ少し不便。でも、皆、楽しそうだった。やっぱりフェリーチェは凄いな)
フェリーチェから魔鉱山について聞いたオリヴァーは地図と睨めっこしつつ、そう思案する。フェリーチェに着いて行こうと判断した過去の自分を褒めてあげたい、と。そう思える程、エクレシアに居た時よりも生活は良くなっている。
本人は「自分は恨まれて当然だ」と思っているようだが、オリヴァーから見て、一足先に来ていた人、半ば無理矢理に連れて来られた人達も、フェリーチェに対する明確な敵意は感じられなかった。
圧倒的な力量の差を初見で思い知らされたというのもある。だが、一番はもう再会出来ないと思っていた自分の仕事道具と引き合わせてくれたからだと思っている。
実際、オリヴァーはルナと街を歩いている間、何人もの元騎士と遭遇し、噂話を聞いていた。
『怖い人だと思っていたけれど、そうじゃなかった』
『逆鱗にさえ触れなければ元の主人よりも良い場所』
『大切な剣を携帯することを許してくれた』
『もう握れないと思っていたのに』
フェリーチェが最も恐れている遺族でさえ、フェリーチェに好意的な意見を持っていた。
『あの時、縋った人は間違いじゃなかった』
『子供に笑顔が増えた』
家族を奪われた恨みや悲しみは勿論、消えることは無いだろう。だが、それ以上に息苦しさを感じないこの街を気に入ったようだった。
寺子屋と呼ばれるようになった学校で、子供達に勉強を教えている幼馴染のマリーも、以前より生き生きとしているし、自分も……。
オリヴァーは誰にも言ったことは無かったが、フェリーチェと出会う前に一度だけ、世を儚むという選択を取ろうとした事がある。
家具職人の両親の実入りはあまり良くなく、何も出来ない子供である自分の存在は、この先もずっと重荷になり続けると思っていたから。
フェリーチェと出会ったのは決行日に設定していた日。一目見て、普通じゃないと分かった。最初に抱いたのは恐怖。気を抜くと飲み込まれてしまうかもしれないという。
でも、フェリーチェの本質を知るうちに恐怖心は薄れ、いつしか両親に向けていた産まれてきてしまったことへの罪悪感も徐々にだが離散していった。
自分の悩みも忘れられるくらい、フェリーチェやマリーと過ごす時間はオリヴァーにとっては宝物のような。
(偶然だったけど、決行日をあの日にしたのは正解だったみたい。未練も何も無いと思ってたけど、今はちゃんとある)
「オリヴァー様、どうかなさいましたか?」
「ううん。ちょつと、昔のこと思い出してただけ。さ、魔鉱山が有りそうな所、探そう」
「はい」
フェリーチェがオリヴァーに付けたルナは、常に自分を立てつつ、自分の意見は述べてくれる。それがオリヴァーの意欲を湧き立たせる。
改めて、自分を救ってくれた恩人の為に最善を尽くそうと誓うオリヴァーであった。




