十話 始末
ヴィーネの言葉はとても受け入れ難いものだった。オリヴァーの捕縛。俺が一番避けたかったこと。
「フェリーチェ君?」
「……!」
目の前にはオリヴァーの両親。ここで本当の事を話してはいけない。無理矢理笑顔を作った。
「じゃあ、俺が探しますよ。だから二人は先に乗り込んでください」
「そうね……。じゃあお願いしようかしら」
無限牢獄に入れるためには二人に触れなければいけない。俺の、異常なくらい早い脈が伝わってしまうのではないかと思う。
そのまま家族とルナと拾って船に転移。事情を話してオリヴァーの救助に向かう。
俺達の行動がいつ露見したのかは分からない。だが、今はそんなのどうだって良い。
今やるべきは、オリヴァーの救助だけだ。スクリューに水流を当てて発進させておいた。並の人間じゃ、まず追いつけない。進行ルート上に大きな障害物が無いことは確認済み。島に着く前に、取り戻すだけだ。
『ヴィーネ、どの辺だ? 騎士の駐屯地』
『駐屯地は経由せずにそのまま領主館の方に向かってるわね。私も透視は出来ないから馬車の様子は分からないけれど、騎士の状態を見るに、オリヴァー君に抵抗は許されていない筈よ』
抵抗出来ないように拘束されているか、気絶しているか、或いはその両方か。何にしろ、殺人鬼にならない理由はない。
今の俺は日本に住んでいる訳じゃないし、過剰防衛だとしても国外に逃げて仕舞えば罪に問われることも無い。こういう時のために、本当はしたくも無い練習したんだから。
領主館へは地図タップ転移で向かった。ヴィーネ曰く、まだ騎士達はここに到着していないとのこと。そして、時間もかかりそう、と。それならそれで良い。
領主館なら、ここには領主が居る筈だ。先にそちらを始末すれば良い。
「だ、誰だ貴様は!」
「止まれ! 止まらぬと言うなら容赦せんぞ!」
「フェリーチェ・サージス。冥土の土産にでもどうぞ」
俺がそう言った瞬間、門番の騎士の体が内部から小爆発を起こした。練習したのは条件付きの発動だが、無条件で体を破壊することも可能だ。
寧ろ、その方が簡単。これの家族には申し訳ないが、俺が大切なのはオリヴァーの身だけ。それ以外はどうだって良い。命日に手は合わせてやる。
『うわっ……。人間でやると中々にエグいわね。絵面が』
『まあ……そうだろうな。でも、こういう敵が現れると実験が出来るから助かるよ』
自分から切り出した肉片だけじゃ、イマイチ捗らないからな。
俺の侵入によって、屋敷内は阿鼻叫喚。メイドは無関係そうだからスルーしているが、それが混乱に拍車を掛けている。生かしている分、恐怖の伝播速度が早いということだ。
一部の騎士は抵抗を諦めたよう。邪魔をしないならその辺の置き物と変わらない。今回は当事者ではないから見逃しておいた。
「……領主の居場所が分からないな。そこの、領主の所に案内を」
俺に声を掛けられた十五歳くらいの騎士? (装備が弱そうだし見習いかな)は頭がもげそうなくらいの勢いで首を縦に降った。
油を差し忘れたブリキ人形のようにぎこちない動きで少年は歩いていく。
「こ、こちらで、ございます」
「そうか。帰って良いぞ」
ここで殺しはしない。言うこと聞いて案内してくれたから。
重厚そうな木の扉を破ると、でっぷり太った中年の男と同じく肉の付いた女がイチャついているところだった。
仕事をしろ、仕事を。こんな昼間からおっ始めようとするなんて、随分と余裕そうだな。
「初めまして、エトワール夫妻とお見受けしますが」
まずは本人確認から。エトワールというのは、この領地の名前。そして、この二人には不釣り合いな美しすぎる家名。星を語るなら出直して来い。
「フンッ。お前のような見窄らしいだけのガキに興味はない。おい、騎士。これを摘み出せ」
しーーーん……。そりゃそうよ。居れば俺はここに来ていないんだから。
「俺、友達を拉致されたんです。そのうちここに来るそうですね」
その瞬間、重そうな足音が聞こえてきた。タイミングが良いというか何というか。
「フェリー、チェ…………?」
大分傷を負ってはいるが、オリヴァーも無事のようだ。
「オリヴァー、探したよ」
今助けるから。
引火させたくないから爆発はさせない。強化属性を片手に掛けて胸を貫く事にする。あまりやったことはないが、だからこそ実験台にするには丁度良い。
「お前達、殺れ」
領主が騎士に命令するが、騎士は動けない。今の俺は指輪をしていない。逆らうことは難しい。魔力が漏れている状態では威圧が出来るから。
「何をしているのだお前達」
領主が責めるが、状況は変わらず。
暫くして騎士の一人が膝を折ったことで優位性は俺の方に傾いた。どうやら、戦意喪失したようだ。
「オリヴァー。お待たせ」
「待ちくたびれたよ」
治癒魔法でオリヴァーに付けられた全身の傷を治し、汚れた服は変えた。無限収納に入れておいた物が役に立ったようで。
「気が変わった。オリヴァーはこの騎士をどうしたい? 俺の中で領主とその腰巾着は俺の中で殺すの決定なんだけど、騎士は任せるよ。俺としても膝折られたら殺しにくいし」
案外簡単に引き渡してくれたから、気が削がれた。
「僕は……。フェリーチェの下僕? になるなら殺さなくても良いと思う。人手は多い方が良いだろうし」
「分かった。オリヴァーの望みに従う。じゃあ、爆発四散したい奴以外は膝を折れ。立ってる奴は戦闘の意思有りと受け取る」
因みに、折られたら面倒なので殺すと決めた奴は動けなくしてある。領主と、その隣の女。騒ぎを聞きつけてやって来た領主の息子らしき人間も、場合によっては葬る所存だ。
ルナと同じような髪色をしているが、かなりくすんでいる。髪の艶はルナよりも上だ。だが、色が色なので、シャンプーをしなくなれば一気に老け込んで見えるだろう。ルナのようなエメラルドグリーンっていうよりは、灰緑。
重そうな鎧がゴスッと音を立てて崩れ落ちる。領主館、陥落の瞬間だ。
「それじゃあオリヴァー。目を閉じて、耳を塞いでいて」
「う、うん……」
さて、始末といこうか。
「な、何をすると言うのだ!」
「不敬よ!」
これから殺す奴に払う礼儀なんぞ無いのだよ。
さっき騎士にしようとしていた技をここで使うことにする。まずは女の方から。右手に強化魔法を掛けると、自分のものとは信じられないくらい筋力が上がった気がした。見た目があまり変わっていないからやってみないと分からないのだが。
「それじゃ、いくから」
女の胸、中心部を目掛けて腕を突き出す。
「…………これは……。スプラッター……」
グロい。この技を使えば一瞬で息の根を止める事が可能。だが、汚い。ホラゲよホラゲ、こんなの。俺が爆死させた場合、死体は瞬時に蒸発し、残らない。だからグロいとかそういうのが無かった。
「封印しよ」
これはもうお蔵入りだ。NGシーンを集めた特典DVDでも流せないレベルの放送事故。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!」
「次はお前だ。安心しろ、ちゃんと死なせてやるからさ」
まあ、死が確定しているだけで、楽に死ねるとは限らないけど。沸騰もさせてみたいから。
いやー、実験が捗る捗る。俺は無駄な殺はしたくないけど別に殺せないわけでは無いのだ。今回は俺の逆鱗に触れた相手が全面的に悪い。
ゆっくり茹でてやるからな。
「や、やべっ……やべで…………」
体が熱いのだろう。苦しそうに呻いている。
「あ……あ…………」
「……? ああ、貴方も居ましたね。現当主夫妻の息子ですよね?」
「…………」
あーあ。可哀想。この家に産まれてしまったばっかりに、こんな怖い思いをして。でも、ここで漏らさない彼の下半身は賞賛に値する。後ろのだらしない男にも是非見習ってほしい姿勢だ。
「フェリーチェ……」
後ろからホラー映画の如く声を掛けてきたのはオリヴァー。名前を呼ばれただけだが、目は雄弁だった。殺すなって事だな。
「目、閉じてろって言ったのに……」
「だって、声大きいから意味無かったもん。主犯格はもう報復したみたいだし、子供は見逃してあげても良いんじゃない?」
「復讐心を燃やしてるかもよ? 今殺すのが安全だと思うけど」
一人、手に掛けてしまった以上、もう後に引けないってのもあるし、復讐だと言って軍で攻め込まれたら面倒ってのもある。
「これだけの惨劇を一人で起こした奴に、対抗しようとするのは馬鹿と脳筋くらいだよ。彼等に敵意は無いみたいだしさ」
「じゃあ、下僕か?」
俺の言葉に彼と、そのお付きの人もブンブンと首を縦に動かしている。必死だな。
「まあ、オリヴァーも生きて帰って来たし、これくらいにしてやるか。二日後、またここに来る。それまでに出国準備をしておくように。俺に従うと決めたなら、お前達も俺の国民になってもらうからな。連れて来たきゃ、家族同伴も構わない。それじゃあ、また」
オーバーなくらい格好付けてそう言い放ち、地図タップ転移で操舵室に入った。
ここからは少しずつ速度を上げて一週間くらい掛けて島に行くことになる。二日後に俺に下った奴らを先に島に上陸させてある程度のキャンプを作ってもらおうという魂胆だ。
ヴィーネが存在する限り、こちらから向こうの動きは筒抜け。そのことは告げていないが、あそこまで怖がらせたのだ。逃走などは、よっぽどの阿保じゃなきゃあり得ないだろう。
「オリヴァーは客室の方戻って良いよ。俺は基本ここにいるから。皆心配してたし、姿だけでも見せてやって」
「うん、ありがとう。でも、僕……ここに居たいんだけど」
「戻って来たければ、戻って来て良いよ。壊れ物がある訳じゃないし。少し殺風景なくらいで」
ここは仮眠用のベッドと、トイレに続く扉くらいしか無い。ソファーとかローテーブルとかは必要そうなら出そうと思っていたが、外に出ることも考えるなら快適にし過ぎるのもなぁ……ということで、ほぼ牢獄だ。
ここが本当の牢獄。無限牢獄とは違う。不自由なだけの空間。
ロビーにオリヴァーを送り届け、本格的にスクリューへの水当てを開始した。




