一話 こんなところ嫌だ
『拝啓、全てを失った俺へ。今度は全て守り切ってみせます。』と同じ世界線です。
寒い……。暑い……。
全身が痛いのに、声が出ない。息も、できない。
俺、死ぬのか……?
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『ねえねえ、君』
「ん…………」
俺は、なにを……? この声は……。
『私の名前はヴィーネ。貴方に加護を与える者よ』
「ヴィーネ……?」
『そう。貴方、木谷和也は死んだの。サークルで登山中に転落してね』
登山中……?
ああ……なんか、思い出してきたかも。最後に見たのは青い空。
あの状況で悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたい。友達が目の前で転落死だなんて、一生物のトラウマだよな。
……それよりも、気がかりなのは恋人の工藤理久。中学からずっと一緒だからアイツのことは大体わかる。俺に心酔していて、俺のことになると倫理観も欠如するくらい、精神的に異常だった。
俺が死んだとわかったら何をしでかすかわかったものじゃない。まあ、死んだらしい今の俺じゃ、理久が変な宗教に引っかからないことを祈るしかないけど。
「で、ヴィーネ。俺に何を求める?」
『転生させるから、守護者って役職についてもらいたいの。日本には無理だけど、私が持ってる世界に飛ばすから。あ、いつ話しかけてくれても良いからね。それじゃあよろしく!』
「あ、ちょっ……!」
ジェットコースターが落ちていく時のような浮遊感を最後に、俺の視界はぼやけていった。
目が覚めると知らない天井。そして、理解が追いつかない言語。日本語でないことは確か。
単語の意味さえわからないってことは英語でもない。あの人の言葉を信じるなら、地球に存在するどの国でもないだろう。
『ごめんごめん! 大事なこと忘れてた! 言語は全部日本語に翻訳しておくね!』
ヴィーネの声が聞こえてきて数秒、不鮮明だった会話が鮮明に聞き取れるようになっていた。
人の体に細工するつもりならこういうの、最初から忘れないでくれよ……。こんなん、福利厚生の一種だろ……?
『ごめんってば。でも、わざとじゃないのよ?』
コイツ……!
まあ良い。結果的にわかるようにはなったんだから。ここは俺が引こうじゃないか。
向こうにいた時からは考えられないくらい小さくなった腕で、重い体を持ち上げる。今、何歳くらいだろうか。周りを見渡しても鏡のようなものはどこにもない。
全身が映るサイズの窓はあるようだが、恐らくガラスのように反射はしないだろう。しかも、ここからだと歩いていく必要がある。起き上がるのに苦戦する今の俺じゃ、歩くなんて夢だろう。
仕方なしだけど、推測で出すことにした。手足のサイズ、視線の位置、体型から察するに、一歳くらいだろうか。ちぎりパン手足、再来。
狭い部屋の奥からは、少し人工的な光が見えている。流れ込んできた情報をみるに、父さんは時計職人らしい。
金持ちの人から結構注文入ったりするのな。それにしては見窄らしい家だけど。収入源が少ないのか? だとしたら子持ちの大人が実入りの少ない時計職人でいる意味って?
「フェリーチェ、ご飯よ」
突っ込みどころのある肩書きについて考えていると、女性の声がした。
うわ、可愛い。薄桃色の髪がよく似合う少女って感じかな。二十代前半か中盤の母親だとは思うんだけど、十代後半くらいにしか見えない。
今の俺は離乳食期間らしい。良かった。実母とはいえ、女性の裸体はあまり見たくないからな。
木のスプーンに入った謎の液体を口に含み、咀嚼……できない。喉をヌルッと通ったのは、ドロっとした何か。辛うじて固体を保っているのは茹でた大豆のような何かだと思う。
美味すぎる日本食に慣れ親しんだ俺にとって、これは食事じゃない。いや、これもこの世界の一般人にとっては普通の食事なんだろうけどさ。俺は無理。
ただ、じゃあお前が料理しろと言われてできるかと問われれば……答えは否、だ。
何度かキッチンをダメにしてるし、俺のことなら何でも肯定する理久でさえ「それはちょっと……」と頬を引き攣らせるくらい。それくらい俺は料理が下手。センスがない。自覚症状があるだけ良いよ、と周りからも言われてきた。
ので、今は文句言ったりしない。でもいつかはここでも日本食を食べてみたい。
そして日が傾き始めた四時頃。奥の部屋から、超絶イケメンも平伏すレベルで顔が良い男性が出てきた。この人が、今の俺の父さん。
母さんが薄桃色の髪なのに対し、父さんは茶髪。俺の髪色はまだわからないが、どっちに寄っていたとしても、絶対似合うだろう。親が美形なら子も美形と言うからな。
抱っこされた時の浮遊感とかはまだ慣れない。俺も理久も、年齢が同じというのもあってか身長差がほとんどないカップルだった。
だから、そういうことはほとんどしていなかった。もうちょっとして貰えば良かったかもしれないと思うけど、もう後の祭り。
「フェリーチェ……。ほんっとうに、お前は可愛いなぁ……」
父さんの肌は乾燥で少しガサついていたけど、髭が生えていないからだろうか。スリスリされても不快にはならなかった。
ドンドンドンッ
暫く父さんと戯れていると、かなり強めに玄関の扉が叩かれた。母さんが俺を部屋の隅、外から見にくい場所に移動させたことから、招かれざる客であることに間違いはなさそうだ。
「ヴァングラス・サージスに命ずる。隣国と戦争をすることになった。ありったけの食料を出せ。勿論、水もだ」
は!? いきなり押しかけてきて何コイツら!
「し、しかし……。私共も、生活するだけで食料はカツカツでして……」
「そんなこと、国王陛下にとっては些事でしかない。反逆罪で捕えられるか戦争に協力するか、今すぐ選べ」
え、えっ? ……はぁ!? ほんとに何!
「……かしこまりました。ただいま」
父さんが渡したのはほとんど根菜類。葉菜類は腐敗が早いから、軍には不向きということか。
てか、何で父さんがあんなこと言われないといけないのさ。水も、あれだけあればこの家では一ヶ月、暮らしていける量をもぎ取られた。
「ふんっ! それにしても、貧相な家だったな」
そう、鼻で嗤うことも忘れず、迷惑な客は帰っていった。二度とうちに来ないでほしいものだ。
「セレン、フェリーチェ……。ごめんな」
「ヴァンが謝ることじゃないわ。でも……これからどうしましょう……。食べ物はともかく、水はないと生活していけないわ」
『ヴィーネぇ……。俺、何かできることない? 二人を助けたいんだけど』
『フェリーチェは守護者だから、全属性の魔法が扱えるわ。地、火、水、風、強化、光、再生・治癒、空間の全八属性ね。水魔法で出した水は煮沸しなくても飲めるし、火属性と組み合わせればお湯にだってなっちゃう。
貴方がいる限り、この家の水問題は永遠に解決よ。食料は……最悪自家栽培になるわね。
空間属性は守護者特有のものなんだけど、その中に無限牢獄って能力がある。許可された生物や物体以外の出入りは制限されて、家具なんかも望みさえすれば手に入って、術者の望む空間が作れるわ。最悪そこで畑でも作ってちまちま芋でも育てるしかないわね』
『それでも十分。魔法はちょっと練習してみるよ』
無限牢獄か……。名前に牢獄って付いてるけど、案外使いやすい能力なのかな。流石にスマホとかは出せないだろうけど、家具が出せるのはありがたい。
構造を理解してる物しか出せませーんって言われても、大丈夫。俺は異世界転生を夢見てあらゆる資料を漁ってたんだから。情報の真偽はさておき、知識がないよりはマシ。
例えば、温水洗浄便座というものが日本にはある。そして、俺はその構造を調べてある。大手トイレメーカーが出してる公式サイトで。
部屋の調度品を見て判断するに、この家のトイレは良くてボットンだろう。そんなの絶対嫌だ。地球と同じ病気がこの世界にあるかどうかわからないけど、日本人として排泄物を流せないというのは断じて許容できぬものなのだ。ある程度の構造はわかっているから、その無限牢獄で作り出すことも容易だろう。
水回りがあるならば、今は良い。でもいつか必ず日本の生活を再現してやる。そしたらこんな国さっさと出ていくんだ。こんなところで一生なんて、過ごせるはずがないのだから。




