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番頼母

〈自然との合一冬が染め上げる 涙次〉



(前回・前々回參照。)



【ⅰ】


正月も11日となり、鏡開きの日。悦美、翔吉を抱つこしつゝ、大鍋に汁粉を煮て、道行く人に振る舞つてゐる。道行く人と云つても、殆どが悦美の「ママ友」(君繪と翔吉の「公園デビュー」は濟んでゐた)とその子供逹である。君繪にとつて汁粉は未知の食べ物であつた。つひこの間迄は離乳食を食べてゐた彼女である。餅は咽喉につかへるから、との悦美の判断で、これが彼女の「餅デビュー」となる。(お餅、伸びるー! 躰があつたまるわあ)-悦美(何婆臭ひ事云つてんのよ)-(だつて本當だもの。東京は寒過ぎるわ)-(パパこの前は北海道行つたのよ)。因みに今日、翔吉は*「翔子」の日だつた。これは「彼」のお襁褓を替へる悦美しか知らない事。まあ余談だが。



* 前シリーズ第167話參照。



【ⅱ】


で、悦美・君繪、若いママさん逹に混じり、異装の男が一人ゐる事に氣付いた。カンテラのやうに和装で、だんだら模様の羽織の上に陣羽織を重ね着してゐる。君繪(あら、ロマンスグレイの素敵なをぢさま)-悦美(それより刀差してるわ。パパのお友逹かしら)男「私は甘い物に目がなくてね。ご馳走様」-悦美「もしかして番様では?」-「ご存知か。カンテラ殿はご在宅かな?」-「うちの主人なら、中にをります。さゝ、だうぞ。上がつて下さい」-「お邪魔しますぞ」。



【ⅲ】


さう、出石軍のお話はまだ續くのである。今暫しお付き合ひ頂きたい。カンテラ「番さん、貴方の流派は?」早速「剣話」である。「眞庭念流から出て、自派を打ち立てつゝあります。念流のお蔭で今も、『百姓剣術』と云はれますがね・苦笑」-「ほお。立ち入つた話題で失禮するが、番さんは武甲の出でゐらつしゃる?」-「生粋の武蔵つ子ですよ。ところで、お美しい奥方ですな」-「いやそれ程でも」-「お恥づかしい話、剣に打ち込む余り、私は女性に縁がない」-「はゝ。いや却つて羨ましいですよ」-「今日はこの『武術莫迦』に一手ご指南願ひたく、厚かましくもお宅迄伺ひました」-「ぢや、試合つてませうか」。



※※※※


〈ほのぼのと日の差す中に風が吹く俺の心の隙間風かな 平手みき〉



【ⅳ】


審判にはじろさん。で、番・カンテラの眞剣勝負が始まつた。まだ悦美と立ち話してゐた、ご婦人方が観客である。「きや、カンテラさんよ!」。試合開始をじろさんが告げると、二人は拔刀した。カンテラ(むゝ、隙きだらけ。此奴は所謂「ノーガード戰法」か?)-番(さあ、何処からでも掛かつて來い)-カン(典型的な「受け」の剣だ。間合ひが讀めん)-しよつぱなからカンテラ、苦戰である。じろさんが二人に初手を打つ事を勧告する。仕方なくカンテラ、撃ち込んだ。カン(拵へは播州住兼光か... 確か現代の刀匠だつたな。飽くまで實戰を想定してゐる...)-番「隙きあり!」-突如として番の猛攻が始まつた。今度はカンテラが受けて立つ。-靑眼から、番の上體を狙つたが、何と番、カンテラの膝から下を薙がうとする。カン(こ、これは「邪剣」!)-確か埼玉県は比企郡には、その「邪剣」を操る刀術が傳はつてゐた筈。だがカンテラ、番の薙ぎを跳躍して躱し、見事突きを入れた。じろさん「そこ迄。勝者、カンテラ!」



【ⅴ】


「カンテラさんが勝ちですつて。観てゝ良かつたわ!」-ご婦人方はさう囃し立てたが、カンテラ、ちつとも勝つた氣がしない。番「カンテラさんの強さは、左利きであるに留まらず、その機動力にあつたのですな。一つ勉強になりましたわい。はつはつは」と番、不敵な笑ひを殘すと、早々に立ち去つた。カンテラ・じろさん、呆氣に取られ、番の後ろ姿を眺めるばかりであつた。



【ⅵ】


(出石に替はる、副長職が勤められる者はをらんな。副長の坐は当分空席としやう)。一般から公募した人材で、番は出石の遺した軍隊を補充、自ら剣術を教へた。剣の才のない者は、容赦なく雜務係に回し、實質「番軍」へと變はつた軍の、立て直しを圖つた。彼らは一體誰を敵としてゐるのか? それを知る者もなく...



【ⅶ】


「ところで、微視さんとやら、出て來なさい」と番。微視、その姿を顯はにし、「何だ、氣付いてゐたのか」-「やはり私に憑いてゐたのか」。「ニュー・タイプ【魔】」、微視佐馬ノ介。カンテラ・じろさんはその存在にすら、氣が付かなかつた。番は、「私はあんたと『結ぶ』。何なりと斬るべき者を指名してくれ」-と云ふ譯で、番、強固な己れと云ふものを持ちつ、「ニュー・タイプ【魔】」の手先となつた。これには一味には讀めぬ、理由がある。だが、こゝでその説明をするのは差し控へやう。兎に角、「番軍」の調整や如何に。場合に依つては、一味に立ち塞がる巨大な障壁となり得る彼らが、水面下で蠢動を始めた瞬間であつた。



※※※※


〈鏡開き汁粉待つてるお坊さま 涙次〉



【ⅷ】


ルシフェルが墓穴の中で嚔をした。「骨絡みの儂が嚔などを- 何かゞ起きる兆候ぢや。くはゞら、くはゞら」。その兆候は、このお話にはまだ續きがある、との示唆をしてゐた。番頼母、恐ろしい男である。ぢやまた。お仕舞ひ。



PS: 出石軍ばなしには、作者も思はぬ長逗留となつた。それもこれも、出石の念がまだ幽冥界に漂つてゐるお蔭である。カンテラとしては、彼を成佛させる事が先決なのであるが、それもカンテラサイドには「讀めぬ」事。さて、だうなりますやら。


PSのPS: テオ、「場合によつちや、尾崎さんと番さんの首をすげ替へるつてよ、兄貴は」-尾崎一蝶齋「め、滅相もない」・笑。擱筆。


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