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蜀主二代ー三国志・劉焉と劉璋ー  作者: 涼風隼人


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第7回 劉焉、中郎となる

 洛陽への旅は、約一カ月を要した。

 

 劉焉は早速、尚書台を目指した。

 ここで改めて二通の紹介状を提出した。

 受け付けた役人は中身を確認すると、明日改めて来る様に、とのことであったので、劉焉は宿を取り一夜を過ごした。


―翌日―

 劉焉は改めて尚書台に向かった。

 受付は昨日と同じ役人であった。その役人が言う。

 「劉焉。お前は“中郎”に任命された。このまま“光禄勲府”に向かう様に。」

 劉焉は役人に一礼して、尚書台を後にし、光禄勲府に向かった。

 中郎は光禄勲府の所属となり、天子の近似や警備を行う。

 「我が字への第一歩だな。」

 劉焉は心の中でひとり呟いた。


 劉焉は掖門警備を命じられた。

 「掖門」とは、宮廷の奥深く、外廷と内廷をつなぐ通路であり、天子や高官が日常の出入りをする、非常に重要な門であり、普通の門の警備とは違うものである。

 掖門警備をしていれば、どういう人間が出入りして実際の政をして世の中を動かしているのかも見えてくるものである。劉焉は、注意深く出入りする人々の観察をすることにした。


 一番出入りするのは、誰か。

 それは「宦官」であった。

 宦官は天子の身の回りの世話をする役目であるが、常に天子の側に仕えているので政治にも深く関わることがある。

 実際、この頃が宦官が政治に大きく関わり出した時期であり、その事が後の世の動乱のきっかけになったといってもいいであろう。


 劉焉は、感覚的に宦官が嫌いであった。

 人を見る目がじっとりと粘っこいような、薄気味悪さを感じるからである。もちろん、全員がそういった感じではないのであるが、態度が横柄なものの人相は皆、似たようなものであった。


 しかし、一人だけ宦官とはいえ、別格の人物がいる。

 車騎将軍に任ぜられている「曹騰」である。宦官の最高役職である大長秋となり、その後、宦官の身でありながら、大将軍、驃騎将軍に次ぐ高位である車騎将軍に任命されている。   

もっとも、名誉職的な扱いであり、官位は高いが、実際に軍権を握っているわけではない。


 劉焉は人それぞれ「風」を持っていると考えている。

 父の劉正からは「穏やかな風」、師の祝公からは「荘厳な風」といったような、雰囲気を表すものである。

 そして曹騰から感じる風は「清風」、ほとんどの宦官から感じる「濁風」と、真逆のものであった。


 曹騰と直接話したことはないが、自分自身も「清らかな風」を感じさせる人物になりたい、と思った。

 しかし、ここは恐ろしい世界である。宦官の「濁風」などを吹き飛ばすほどの「おぞましい風」を感じさせる「怪物」が存在するからである。


―三カ月後―

 劉焉は、ようやく「兄者」に会うことが出来た。

 そう、祝公の下でともに学んだ兄弟子の宋路である。

 宋路は、劉焉より二年先に洛陽に入り、官位を得た。

 今は「侍郎」として 政務に携わっている。


 今日はようやく二人の非番が重なり、酒食の取れる店に来たのだ。

 「焉よ、流石だな。いきなり洛陽、中郎に任命されるとは。」

 「兄者。まさか父上が、宗室の出であることを紹介状に認めるとは思っていませんでした。」

 「焉の父上は賢い。使えるものは使うべきだ。」

 「しかし、私も兄者と同じく地道にまずは荊州から、と思っていたので、最初は面を食らいましたよ。」

 「荊州でのお役目もやりがいがあったが、やはり洛陽は違うぞ、焉よ。」

 「そうですか、やはり。」

 「ああ。天子様のお近くで働けるというだけで、もう、心持が違う。家格のはるか上の者、年上の者などが多くて気苦労は絶えないが・・・。」

 「兄者が一目を置く人物とは誰ですか?」

 宋路は当たりを見渡し、小声で言った。

 「大将軍の梁冀様と車騎将軍の曹騰様であろう。」

「やはり、そうですか・・・。」


 この時代には怪物がいた。

 大将軍の「梁冀」である。

 西暦一三二年(永和五年)、妹が皇后になり襄邑侯に封じられたのを皮切りに、西暦一四一年(永和一四年)には父親の後を継ぐ形で大将軍になった。

 西暦一四五年(建康元年)妹が嫁いだ順帝が崩御し、二歳の沖帝が即位。妹が太后となり、梁冀の権勢は拡大した。翌年、早くも幼帝の沖帝が崩御、今度は八歳の質帝が即位した。


 更にその翌年、今度は質帝が梁冀を批判したとのことで、臣下としてはあるまじき行いをした。

天子を毒殺し、桓帝を擁立したのだ。

そしていまや、桓帝に臣下の礼を取らなくてよいといった特権も得て、まさに絶頂期にある人物、いや、怪物であった。


 宋路は続ける。

 「時代はこの二人を中心に動くと考えて間違いはない。焉よ、お二人と話したことは?」

 「ございません。しかし、仕事柄、ご尊顔は拝する機会は多いです。二人からは、全く違う風を私は感じます。」

 「風・・・とは?」

 劉焉は、宋路の耳元で囁く。

 「曹騰様が清らかな風なら、梁冀様からはおぞましい風を感じます。」

宋路は回りがこちらを見るくらい、大きな声で笑った。

 「ははは。流石は、我が弟だ。実に面白い例えだ。」

 こうして、楽しい時間は終わりを告げた。


 宋路は別れ際に劉焉に言った。

 「焉よ。私はどちらの“風”にも乗らないつもりだ。まずは目の前の職務を懸命にこなす。お前も、そうした方がよい。」

 「・・・はい。まあ、私如き、仮に乗りたいとしても、いずれの風も乗せてはくれないと思いますが・・・。」

 「まあ、今はそうだろう。しかし、いつ何が起こるのかわからないのが、ここ都洛陽であり、官界である。故に、気を抜くのではないぞ。」

 劉焉は拝礼して、兄者である宋路を見送った。

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