第4回 劉焉、15歳となる
西暦一四四年、順帝が崩御し、沖帝が即位した。
年号は漢安三年から建康元年に改まった。
この年、劉焉が祝公の教えを受けてから五年が経過し、一五歳となった。
一方、兄弟子である宋路は二〇歳を迎えた。
祝公により冠礼の儀が執り行われた。
祝公自らが酒食を手配し、劉正はじめ、数人の名士を招待して、和やかに行われた。その時に、宋路は皆に字を披露するように祝公に言われていた。その発表の時が来た。
宋路がつけた字は「真行」であった。
この字を聞いて、祝公はこう評した。
「お前の父母が疫病にて亡くなり、我が家で面倒を見てきたが本当に立派になった。そなたの父母のつけてくれた“路”という名は、人生をまっすぐに進んでほしいという願いが込められている。その名にまさに適った字である。真っすぐに行う、真っすぐに行く、進む。うむ、素晴らしい字だ。」
祝公は珍しく、宋路の字を激賞した。劉正が言う。
「宋路殿。愚息がずっとご面倒をかけていると思うが、ご教導いただき、感謝しておる。また、この様な嬉しい日にお招きいただき、重ねて感謝申し上げる。」
「劉正先生。焉は、とても優秀ですよ。私が気付かぬようなことも疑問に持ち、それを打ち捨てることなく、地道にしっかりと答えを見つけるために学んでおります。」
「お心遣い、ありがとうございます。宋路殿、今後のことはどうお考えか?」
この問いの答えに衆目が注目する。宋路は答える。
「我が師にお願いがございます。」
宋路は祝公に拝礼した。そして続ける。
「私も二〇歳になりました。ここからは、官途を目指したいと思います。なにとぞ、師の推薦を頂きたく。」
周りがざわついた。祝公は、官途を希望したものへの推薦状というものを、一度も書いたことは無いのだ。もし、祝公が推薦状を書いた、となれば、これだけで大きな話題となり、宋路の未来は大いに開ける可能性もあり得る。
この宋路の願いに、祝公は答えた。
「わかった。明日にでも用意しよう。」
―翌日―
祝公は、約束通り、宋路へ推薦状を書いて渡した。
しかし、祝公が推薦状を出したことが今までなく、場合によっては訝しく思われるかもしれないので、念のため、その推薦状が本物であることを、劉正が証明する書面も併せて用意した。
これは、宋路が祝公の下から旅立つことを意味する。
ここで宋路と過ごした劉焉の五年間は、彼の人格形成に大いに影響を与えていた。劉焉がいう。
「兄者、官途に就いても、多少の時間はあるだろう。その時は是非、こちらにおいでください。」
「焉、ありがとう。しかし、それは私にとって甘えとなる。まず、向こう三年は一人でやってみる。ここには戻らん。」
兄弟子らしい言葉であった。劉焉が言う。
「わかりました。私が祝公先生を支えますので、ご安心ください。」
「焉、ここにいるのはお前と先生だけだ。この機会を逃すことなく、更に励むがよい。私は先に行って、お前を待っていよう。」
「兄者よ。私を待っていることはありません。どんどん先にお進みください。すぐに追いついて見せますから。」
「ふふふ・・・。お前も言う様になったな、焉よ。」
二人のやり取りを微笑ましく、祝公は眺めている。
そして最後に言った。
「宋路よ。お前は親から授かったその名と、自らのつけた字に恥じぬよう、精進すればよい。そうすれば、おのずと進む道は開けよう。」
宋路は涙ながらに拝礼する。
「父母の無い私を、ここまで育てて頂き、ありがとうございます。この御恩、一生、忘れませぬ。」
「恩に感じる必要などない。もし、恩に感じているのなら、その恩は私にではなく、民に還元せよ。それが官途に就くということだ。」
宋路は再び拝礼し、幼少期から過ごしてきた祝公庵を後にした。その兄弟子の背中を見て、劉焉は改めて誓う。
「あと、五年。残された時間はそれだけだ。心血を注いで学問に集中しなければならん。」
既に「小賢しい」と言われた少年・劉焉はもうここにはいない。青年となりつつある今、堂々と旅立っていった兄弟子に負けぬよう、学び続ける新たな五年間の始まりであった。




