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蜀主二代ー三国志・劉焉と劉璋ー  作者: 涼風隼人


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第22回 劉焉、「廃史立牧」を提案する

 黄巾の乱勃発より四年が経過した西暦一八八年(中平五年)初春、訃報が入ってきた。

 劉焉にとっての「兄者」である宋路が亡くなったのである。

 

 最近、「師の体調が悪い」、と劉璋より文をもらったので、医者を陽城山の宋路庵に一緒に住むように手配をしていたが、結局、亡くなってしまったという。

 

 喪主は劉焉がつとめた。

 そして、劉璋が師の喪に服したい、と願い出てきた。

 劉焉も師である祝公の喪に服していたことから、了承をした。


 宋路の墓は、陽城山の景色の良い所にした。劉璋は劉焉がしたように、師の墓の近くにあばら家を作り、そこで三年の喪に服すことにした。食事は、最低限の量を宋路庵に飯炊き係を雇い、定期的に運ぶように指示を出した。

 

 劉焉にとって宋路は兄弟子であり、「友」であったといえる。宋路と話すときは、何の気負いもなく、本音で話すことが出来た。劉焉は家族がいるが、宋路の死で、まるで自分が天涯孤独になったような錯覚に陥った。

 

 そして、その寂しさを埋めるように、あることを実行することにした。数年間かけて宦官に根回しをし、考えに考え抜いた「廃史立牧」の提言である。

 読んで字のごとくであるが、刺史の役職を廃止し、軍権を持った「牧」を地方ごとに立てる、というものである。

 

 州に軍権を持った牧を立てることにより、黄巾の乱の様な反乱が生じた場合、迅速に対応できるので、反乱そのものが起こりにくい体制にできることを主張した。

 そして裏で宦官には、牧の様な権力者になりたい者は数多くいること、そして、刺史以上に力のある牧であれば、宦官に流れてくる賄賂も増えるであろうことを匂わせ、この提言を邪魔させないようにしたのである。

 

 劉焉のこれまでの行いは、宦官からの評判も上々で、その点、今までの我慢が活きてきたといえる。

 そして、劉焉の最大の目的は、この提案で自分が「牧」として、中央から出ていくことにある。そして、中央に居ては実現することのできない自分の理想の国造りを「地方」で実現したい、とここ数年の間に思うようになった。

 

 そのためには、なるべく中央から遠いところが良い。

 やはり、「交州」であろうか。そのように考えていると、待中の「董扶」という者が内々にお話をしたい、と近付いてきた。

 

 待中は天子の側近くにいることから、以前から知っているので、自邸に招き、話を聞くことにした。董扶が切り出す。

 「劉焉様。此度の廃史立牧、見事な政策でございます。」

 「そうか、そう思ってくれるか。私も今年で五九歳。最後のおつとめとして、地方に出て天子様にご奉公したいと考えておる。」

 「やはり、自らおつとめになることを考えておられましたか。」

 「もちろんだ。提言した以上、自ら実行しなければ意味がないからな。」

 「どの地方の牧を希望されるのですか。」

 「うむ・・・。中原に近きところは希望する者も多かろう。私は、あまり希望者がいないであろう、遠隔の地を希望するつもりだ。」

 「差し支えなければ、どちらをご希望なのか、お教えいただけませんか。」

 「・・・。まだ、他言無用でお願いしたいが、交州、と思っている。」


 「なるほど・・・。しかし、それは少々お待ちいただきたい。」

 「何故じゃ。」

 「今から言うこと、それこそ、他言無用でお願いいたします。」

 董扶から尋常ではない気配が漂った。

 北から吹き付ける突風の様なものを董扶から感じた。董扶は続ける。


 「もし、地方に出るのなら益州にするべきです。」

 「益州・・・。確かに、益州も希望する者は少なそうだが・・・。益州にせよとのご助言の真意はどのようなものか。」

 「・・・。益州に、“天子の気”が見られると内々の報告がございました。」


 劉焉は驚愕した。そして、言う。

 「天子の気、ですと・・・。それは、一大事ではないか。早々に報告をせねばならぬであろう。もしや、大規模な反乱の予兆などかもしれぬではないか。」

 「この報告は、私の独自の人脈で入手したもの。私が言わなければ、誰も知る由はありませぬ。」

 「何故、この話を私に。」

 「是非、劉焉様に益州に入って頂きたいと思ったからです。」

 「私を益州に・・・。」

 「はい。天子の気が見られる益州、劉焉様にこそ、お似合いだと存じます。是非、私もお連れください。」

 董扶は拝礼した。

 「天子の気・・・。」

 劉焉は心中で呟いた。

 自分が天子になることを望むかどうかは別にして、「理想の国を造りたい」という気持ちは、はっきりともっている。

 そのために地方に転出し、しかも、宦官の影響がそれほど大きくないであろう、遠隔の地を望んでいるのも事実である。


 師である祝公がかつて、こう言っていた。

 「まずは、その字に到達することを目指し、精進せよ。そして、いつか、自分の字を乗り越えることを最終的に目標にすればよかろう。」

 劉焉は自分なりに精進してきた。「君郎」の字に負けないところまでの官位には辿り着いた。しかし、今に思えば、師が言っている「自分の字を乗り越える」とは、どういう意味なのか。自分の字は、天子様を支えるために付けたものである。それを「乗り越える」とは、どういうことなのか。


 「まさか、天子を目指せ、ということではないよな。」

  劉焉は考えた。目の前に董扶がいることを忘れたかのように、深く、深く考え出した。頭を抱えてうなり出した。

 董扶は大丈夫ですか、と声を掛けたが、劉焉の耳には届かない。ひたすら、うなり続けた。

 そして、決めた。

 「益州の牧となり、まずは自分の理想を実現しよう。そして、その後、まだこの国が腐っているのなら、正面から改革に乗り出し、叶わぬのなら、己が天子となり、儒学を中心した国を作ろう。」


 この結論を自ら導き出し、劉焉は董扶に言った。

 「この話はお互い他言無用としよう。」

 董扶は、大きく頷き拝礼した。劉焉の雰囲気が変わったことを董扶は察したのだ。

 「益州か・・・。益州ならば、話の持っていき方はあろう。」

 劉焉はそう考えた。この時点で、劉焉の脳裏から「交州」は消えて、「益州」に染まったのである。

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