第20回 劉焉、太常となる
西暦一八三年(光和六年)、劉焉は九卿の筆頭である「太常」に任命された。この官位は、師である祝公もついたものである。職務の内容としては、礼の統括や祭祀・宗廟の管理などである。
劉焉は今年五四歳になる。よくぞここまできたものだ、と自分で思う。数年ごとに官位や職務が変わり、目まぐるしく働いてきた。
しかし、世の中が良くなったかといえば、そうではない。
異民族は活気づき、国内での反乱や盗賊の跋扈も止まらない。良くなるどころか、年々悪化してきている。
少なくとも、自分一人で何とかなる状況でないことはわかっている。未だに宦官勢力は権勢を握り、手放さない。
この国をよくするためには何をすべきなのか。どうするべきなのか。考えても、考えても、答えは出なかった。
「答えは出ない、は言い訳か・・・。」
劉焉はひとり呟いた。実際に、答えが無いわけではない。
「宦官勢力の一掃」
これが、答えであろう。宦官勢力を一掃し、官僚が中心になって儒学を礎とした政を行う。
しかし、現在の天子の宦官に対する依存や、それを活かして権勢を離さない宦官たちを敵に回すのは、三回目の「党錮の禁」に繋がってしまう。
いくら官位だけは順調に進んでいても、何の自浄能力も発揮できないことが悔しくてたまらなかった。
「何か国難があれば、その時が、国が生まれ変わる機会となろうか・・・。」
官途にある者が国難を望むなど本来あってはいけない事ではあるが、宦官がその対応をできないほどの未曽有の国難の発生こそが、宦官打倒の最初で最後の機会と言えるかもしれない。
劉焉はつくづく自分に呆れながらも、その日を待つことにした。そして、劉焉の願いが叶ったのか、未曽有の国難が間もなく起こるのである。




