第18回 劉焉、九卿となる
西暦一七九年(光和二年)。
劉焉は五〇歳を迎えた。
論語にいう、「天命を知る」年齢となったのである。
今回、劉焉が任じられたのは「九卿」のひとつである「宗正」という官職である。九卿は三公の下の官職であるから、相当な高位と言える。
宗正の職務は、一言で言うのであれば「宗族の管理」ということになるが、宗族の礼制管理や教育、登用、監察、処罰、地方との調整など多岐に渡るものとなる。
劉焉が洛陽に戻ってくると、いつもの様に兄弟子の宋路が訪ねてくる。宋路が言う。
「君郎よ、いや、もう字で呼んでいい身分ではないな。なんせ、とうとう九卿の一角、宗正となられたのだから。」
「兄者よ、そんなことは言わないでください。君郎、とお呼び頂いた結構ですよ。」
「うむ・・・。こういった二人の時はそうさせてもらおう。」
宋路が続ける。
「君郎、実は私は官途を辞そうと思う。」
劉焉は驚いた。理由を聞いた。宋路が言う。
「私も今年で五五歳だ。ここまでやってきたが、些か、体がいうことをきかなくなってきた。そこで、お前の暮らしていた陽城山にでも隠棲して、今一度、儒学を学びなおしたいと思ってな・・・。」
宋路は、故郷と言える荊州江夏郡竟陵県を出てから、実に三〇年以上、洛陽でつとめ上げてきた。体もそうだが、恐らく、精神的な疲労もあるのであろう。
劉焉は、自分が戻ってきたのだから、もう少し頑張りませんか、と声を掛けようとしてやめた。そして言う。
「兄者、陽城山はいいところです。ただ、一つお願いがございます。」
「お願い、とは?」
「四男の璋を、弟子としていただきたい。」
「璋を、弟子に?」
「はい。兄者が祝公様にして頂いていたように、日常の雑務から学問まで、仕込んでいただきたいのです。」
劉璋は今年で一八歳になる。父劉焉からみて、四人の子供の中では、一番素直で教えがいがあるのは劉璋とみている。
宋路が言う。
「私が祝公先生の様にできるかどうか・・・。」
「何も、師の真似をして欲しいわけではありません。璋を、兄者なりのやり方で教え導いて欲しいだけです。」
「そうか・・・。わかった。陽城山には璋を伴っていくとしよう。」
「ありがとうございます。心より感謝申し上げます。」
―三ケ月後―
宋路は正式に官途を辞し、自由の身となった。
そして劉焉との約束通り、劉璋を伴っての陽城山入りであった。
当初、劉焉が高弟に譲った自宅兼教場を使ってはどうか、と申し出たが、それには及ばず、と断られた。
宋路が用意したのは、祝公の庵そのものの様な大きすぎないものであった。
宋路は劉璋に言う。
「璋よ。お前もあと二年足らずで冠礼の儀を迎える。それまで、ここで学問に集中するとよい。ただ、家の事は全てお前に任す故、学問に集中するためには、時間をうまく使わねばならん。」
「わかりました。学問は、師が伝授してくれるのでしょうか。」
「否。まずは、自分で取り組むことだ。考えに考え抜いて、それでもわからなければ、聞いてくるとよい。そなたの父である君郎も、よくうなりながら悩んでいたものだ。」
「我が父が、うなりながら・・・。」
「ああ、考えて、考え抜くと、人はそうなる場合がある。まずは自分で考え抜くことを、身に付けてくれ。」
劉璋は師である宋路に拝礼した。
劉璋の朝は早い。
掃除、洗濯、食事作りなど、今までの生活でしたことはない。だから、手際もわからず時間がかかるので、日の出前に起きる勢いで、日常の家事を少しずつ習得していった。
最初は家事で手一杯であったが、少しずつ学ぶための時間が取れるようになり、劉璋はとにかく時間を無駄にしない生活を心がけた。
宋路は敢えて何も言わず見守った。
劉璋よりも子供の時から、祝公の世話をしながら、勉学を教えてもらっていた頃が懐かしくなった。
「璋には何か、ある。」
宋路は当然、劉家の四人の男子全てを知っているわけだが、一番期待していたのは実は劉璋であった。劉焉にも言ったことは無いが、「何か特別なもの」を感じさせる気配を劉璋は持っていると感じていたのである。
「その特別なものが何かはわからんがな・・・。」
宋路は心の中で、呟いた。
こうして、四男の劉璋は師の宋路の下で数年間、励むことになるのである。




