第14回 劉焉、陽城山で暮らす
陽城山は洛陽近郊の山で、徒歩でも二、三日の距離にあった。学者などの隠棲の地として知られており、劉焉は師の夢でのお告げの通り、まずは自らの学問に集中することにした。
現状、儒者を中心とする官僚の力は弱く、儒者を最も忌み嫌う宦官が実権を握っている。それに打ち勝つ手段はまだ見出せていないが、学問に打ち込むことできっと活路が見えてくると信じ、前に進むことにした。
自らの学問に集中しながらも、時折は子供の面倒を見るなどしていた。長男の劉範、次男の劉誕には、机に向かわせる様な学問はまださせていないが、ことあるごとに孔子や孟子の話をして、簡単な問題を与えて考えさせるなどの事は遊びの中でも始めていた。
陽城山での生活は、時がゆっくりと流れているような気がした。久々に家族とゆっくりとした時間を過ごし、劉焉は幸せを感じていたが、自分が目指すのは己だけの幸せにあらず、国のため、民の為の幸せであると、ことある度に自分を戒めた。
そうこうするうちに、静かな生活に少しずつ変化が訪れる。
師の祝公の服喪を見事に果たしたあの劉焉が陽城山で隠棲生活をしている、という話が次第に広まり、会いに来る者、弟子入りを志願する者がほとんど毎日の様に、ひっきりなしに訪れるようになったのだ。
劉焉は、祝公のお告げの通り、希望する者を弟子として取る事にした。新たに大きな教場を作り、常時百人近い弟子たちが出入りをしていた。
「これからの時代を支える若い力を育てるのも私の役目なのであろう。」
そう思い、劉焉は弟子の教育に熱心に取り組んだ。
優秀な儒者が増えれば、世の中は変わるはずであると信じての行動である。しかし、真っすぐに儒学に打ち込み、儒学を教え続けることで本当に現状打開の役に立つのか、というところを少しばかり疑問に思ったりもしている自分がいる。
もし、師である祝公がいれば厳しく窘められるのであろう考え方である。しかし、劉焉は今後、時代は激しく動いていくと思っている。
実際に異民族や、内部でも反乱を起こす賊が蜂起している今、儒学だけでは立ち向かえないのが本当のところなのではないか。
「兵法か・・・。」
劉焉は専門ではないとはいえ、一通りの兵法書は蔵書として持ち合わせている。孫子、呉子、司馬法、尉繚子、六韜三略などがそれである。兵法に関しては、弟子に教えるためではなく、自分の為に学ぼうと決意する劉焉であった。
ここで兵法を学ぶ決意をしたことが、後の劉焉に非常に役立つことになるのだが、まだ、先の話である。




