第12回 劉焉、官途に復す
激動の時より三年が経過した。
西暦一六二年(永康元年)初春。師である、祝公の喪が明け、劉焉は自宅に戻った。
劉焉が喪に服す前に妻の喬蘭は妊娠しており、西暦一六〇年に三男の「劉瑁」が誕生していた。
喪に服している間、家族とは会わないと決めていたので、劉瑁と会うのはこの年が初めてである。最初、劉瑁は緊張してなかなか劉焉に近付かなかったが、すぐに打ち解けた。
妻の喬蘭が言う。
「祝公様の服喪、大変でございましたね。よくぞ、ご無事でお戻りくださいました。」
「お前には苦労を掛けたな。幼子三人を預ける形となってしまった。また、宋路の兄者にも協力してもらったからこそ、この三年間、何とか喪に服すことが出来た。」
劉焉は一週間ほど静養した。
食事もしっかりととれるようになり、早くも体力が回復し、気力も充実してきた。劉焉が喬蘭に言う。
「蘭よ。そろそろ、官途に戻ろうと思う。」
「早速ですか?もう少しお休みをいただいてもいいのでは?宋路様も焦る必要はない、と申しておりましたよ。」
「いや、焦っているのではない。国のため、民のため、天子様の為に働きたいと、力が漲っておるのだ。」
「そうですか・・・。止めても無駄そうですね。」
「いつも済まんな。明日、尚書台にて復職の手続きをしてこようと思う。」
―翌日―
劉焉は尚書台にて復職の手続きを取った。
引き続き、諫議大夫として働くことになった。
宋路に挨拶に行った。
「兄者、喪中は色々とお世話になりました。蘭や子供たちの事も気にかけてくれたと聞いております。本当に感謝しております。」
劉焉は拝礼した。宋路が言う。
「いや、礼には及ばぬ。本来であれば、兄弟子である私が祝公先生の喪に服すべきところ、礼を言うのはこっちだ。本当にありがとう。」
宋路は劉焉に拝礼した。劉焉は恐縮して拝礼を返した。
宋路が言う。
「最近、不審な火事がこの洛陽で多発している。また、異民族や賊の動きも地方を中心に活発化している。」
「話には聞いております。異民族、賊に関しては最前線で戦う者たちの努力で今のところは何とかなっているようですが、気を抜くことは出来ませんね。」
「ああ、中央として早急に何らかの手を打たなければいけないと、皆、申しておるが・・・。」
「どうされました?」
「お前が喪に服している間にも宦官が着々と実権を握り、その権勢を強めている。天子様は宦官の言うことだけを信じており、地方で起きていることなど、ほとんど知らないのさ。」
「何と。それならば、それこそ我々諫議大夫がご意見せねばならぬところではないですか。」
「・・・。君郎、お前の言うとおりだが。天子様に直言する機会すら、我らには与えられぬ。」
「その様な状況になっていたとは・・・。」
「特に、曹節と王甫という二人の宦官が権力を握っている。お前のやっていた掖門警備も、今や宦官の仕事だ。故に、我々官僚は、掖門を通過することもできないのが現状だ。」
「なんとか、打開策を考えねばなりませんね。」
劉焉にとっては、悶々とする喪明けの一年となったが、晩冬に慶事が訪れる。
四男の誕生である。
喬蘭が言う。
「この子は、一番旦那様に似ているように私は感じますが、どうですか?」
劉焉は我が子を抱き上げて顔をまじまじと見ているが、正直よくわからなかった。しかし、妻が言うのならそうなのだろう、と思った。
「名前はどうされますか?」
劉焉はこれから大変な時代になるであろうから、強い名をと直前までは考えていたが、その考えは捨て、もっと深みのあるものが良い、と考えた。しばし、悩んだ。そして言う。
「璋、はどうであろうか?」
「璋、ですね。素晴らしく、気品のある名前だと思います。」
「そうか、気に入ってくれたか。」
この名前に込めた意味は、妻の言う通り気品がある、という意味と、王者として礼制を匡す、という強さを隠した名前であった。宦官の専横を前に、何もできない自分に対する戒めともいえる名づけであった。
この四男の「劉璋」が、「ある意味」で、歴史に大いに名を残すことになるが、それはまだまだ先の話である。




