第10回 劉焉、祝公の狙いを聞く
祝公は、劉焉と宋路を自邸に招待した。
太常に任ぜられただけあり、立派な邸宅である。
酒食が用意されている。祝公が言う。
「真行、君郎よく来てくれた。そして君郎、結婚おめでとう。どうだ、新婚生活は。」
二人は拝礼をした。劉焉が答える。
「妻がいる生活というのは、もっと先、と考えていましたが、我が妻の蘭は非常に良くやってくれており、職務に専念出来ております。」
「そうか、それは何より。宋路よ、お前は妻を持ちたいとは思わぬか。よければ、私の方で何とかできると思うが。」
「いえ、私は今のところは。君郎の様に器用ではありませぬ故、職務と家庭の両立は出来ぬかと思います。」
「そうか・・・。まあ、無理にとは言わんが。」
ひとしきり、劉焉の結婚の話題が終わったところで宋路が切り出す。
「師よ、本日は君郎の婚儀の祝いのためだけのお招きでしょうか?それとも、何か、別にお話でもあるのでしょうか。」
「ふふふ。流石に察しがいい。私の弟子だけある。率直に言おう。宮廷内の人間関係をつぶさに観察し、誰と誰が繋がっているのかということを二人の目で確認してもらいたい。」
劉焉が言う。
「宮廷内の人間関係を明確にせよ、ということでしょうか。」
「そうだ。」
祝公は話し出した。
まず、宮廷内には「外戚」と「官僚」、「宦官」、という三つの派閥がある。おおよそは単純に分けることが出来るが、官僚でも外戚に肩入れするもの、宦官に近い者などがいる。
宦官は宦官で一枚岩ではなく、曹騰の様に天子に忠誠を真っすぐに尽くす「清風」を吹かす一派と、賄賂や権勢にまみれた「濁風」を吹かす一派が存在する。それら多くの者たちが複雑に絡み合い、いがみ合い、足を引っ張りあうのが宮廷なのである。
二人は議郎であるので、それらの動きを身近で見て、感じ取ることが出来る。それ故の、祝公からの頼みであった。
師の頼みであり、もちろん承諾するつもりであるが、やはりどうしてなのかの理由は知りたい、というのが二人の本音である。それに気づかぬ祝公ではないので、理由を説明した。
「今、最も力を有しているのは梁冀大将軍率いる外戚だ。そこに追随するのが宦官勢力で、この二派の争いが続いている。一方、我々官僚は二派を超える力は無く、理に聡い者たちはいずれかに与しているのが現状である。」
更に続ける。
「そこで、車騎将軍の曹騰様は、私を都に呼び戻し、太常という高位に付けてくれた。そして、信用できる者を登用して構わんという下知も頂いたので、お前たち二人を議郎に据えたのだ。」
曹騰は宦官であるが、外戚と宦官の争いに関わる気は無いようだ。しかし、何かの拍子に天子に危機が及ぶのを防ぐために、官僚派に信のおける人物をということで祝公を今の地位に据えたのである。
曹騰が期待するのは、祝公、宋路、劉焉の三人で天子が外戚と宦官の争いに巻き込まれ、万一が起きないようにするための「守りの要」になって欲しい、というものである。
二人は祝公の依頼内容を理解した。
祝公は続ける。
「曹騰様に言われているのは、まだ少し先だが、最終的には、私に三公の一角である“司徒”を任せたいそうだ。そうなれば、お前たちにもついてきてもらうことになる。」
宋路と劉焉は驚きを隠さなかった。「司徒」といえば、「大尉」「司空」とならぶ最も高い官位であり、「三公」と称されている。「大尉」は軍職、「司空」は土木や治水、「司徒」は民政や人事の総責任者で儒者の頂点と言ってもいい役職である。
曹騰は若いうちから、祝公の清廉さに目を付け、いずれは大役を果たしてもらうと評価していたということなのであろう。そして、その目的は、曹騰と祝公が力を合わせて、天子を守り抜く、ということであり、宋路と劉焉には、その最前線に立ってほしい、というのが祝公の願いであると、劉焉は理解した。
宋路と劉焉は祝公邸を後にした。
二人は道すがら話をした。宋路が言う。
「しかし、大変なお役目を仰せつかったな。」
「はい。結局のところ、命がけで天子様を守れ、と言われたようで、身の引き締まる思いです。」
「そうだな。単純に情報や情勢を見て報告するなら、誰でもできる。私たちは私たちで、更にやれることを考えよう。」
劉焉は頷いた。
そして、時は流れて西暦一五九年(延熹二年)。
驚愕の大変革の年を迎えたのである。




