第8話 師匠
ある時のいつものマンツーマン授業。
「先生。オレ。スキルを結構取得したんですけど。あと何か重要なスキルってありますかね?」
「そうですね。私も君の覚えたスキルの中身を知りたいので、一度整理した方がいいと思うので、黒板にルル君が取得した物を書き出してみてください。そこから必要なものを調べましょう」
「はい!」
あいつらは、自分の力で爆速で成長しているらしいのだが、一年が経っても先生とマンツー授業をしているオレの方は、そんな成長をしている実感がなかった。
やっぱり英雄と無職の差は大きい。
「先生、書いていきますよ!」
意気揚々と黒板に自分が取得したスキルを書く。
『所持重量アップ』『アイテムボックス』『ポーション作成』
『修繕(武器防具)』『鑑定』『伐採』『採取』『採掘』『取引』
『大工』『工作』・・・等々・・・・・。
「えっとそれから、生産系はもうちょっとあるかな。たしか。ええっと、それからですね。攻撃系がこれらで。防御系が。ああ、あと対人系が」
「ま、まだあるんですか。ルル君、少しやめましょう」
「え? まだまだありますよ。先生。色んな人から初期スキルを教えてもらいましたから」
先生は、オレが思った以上にスキルを獲得していたことに、焦っていた。
一年で会得したスキルにしてはかなり多いらしい。
専門職の人たちでもこんなに早く大量に獲得する人はいないのだそうだ。
「ど、どうやってこんなに、ルル君は凄いですね」
「いえいえ、凄くないですよ。先生! オレはね。ただアルバイトをずっとやっていただけなんですよね」
「アルバイト?」
「はい。この『伐採』とか『採取』とかはですね。アルバイトの公募が都市のお仕事案内にあったんですよ。冒険者と一緒に行くツアーみたいなのです。誰でもいいって書いてあったので、オレも一緒にいってみたら、その中にジョブ『木こり』の人がいてですね。丁寧にスキルを教えてもらえて、『伐採』を取得しましてね。それと同じように『薬草師』さんと一緒に薬草を『採取』してたらスキルを獲得出来ました。どんどん取ると、たくさん取れるようになって楽しくなっていくんですよね」
「は。はあ。そうですか」
なぜか先生はちょっと呆れていた。
「なるほどね。これらは確かに彼らは取得しないスキルですね」
黒板に並んでいる俺のスキル一覧を見て、先生は感心するように頷いていた。
「ええ。あいつらが絶対に獲得できないものを取ってやろうと積極的に動いてましたからね」
「ふむふむ。後は、私としては、あれが必要かと思いますね」
「あれ?」
「はい、あれです。では、そこに連れていってあげますね。明日。行きましょうね」
「……は、はい?」
先生は詳しい事は教えずに、明日どこかへ連れて行くと言った。
◇
翌日。
大都市マーハバルの日曜学校がある場所とは、正反対の位置にある兵士訓練所に、先生はオレを連れ出した。
正門前で止まる。
「え? ここは」
「軍の施設ですね」
「いや、それは見ればわかりますけど」
先生は当たり前のことを言った。
なんでって意味で聞いたんですけど。
「相変わらずだな。ぼさっとした顔をしてんな」
正門にまで歩いてきた男性は、先生に辛辣だった。
「おお、グンナー。わざわざ入り口にまで来てくれたのですね。てっきり、私たちは中に入らないといけないのかと思ってましたよ」
「おい。勝手に中に入られても。軍としては困るんだぞ」
「え!?」
二人の会話の途中でオレは思わず驚いてしまった。
先生と瓜二つの男の人が、煙草を吸ってやってきたのだ。
目以外が似ている。
この人は目が鷹のように鋭かった。
「ルル君。この人は、私の双子の弟のグンナーですよ」
「お、弟!? ふ、双子!? あ、すみません。ルルロアと申します。グンナーさん」
グンナーさんに頭を下げた。
「おう。驚いている割にはしっかりしてるガキだな。俺の方はあいつに指導が無理だったけど、兄貴はそこらへんがな。しっかりしつけてんだな」
「いえいえ。これは彼が勝手に身に着けたんですよ。私は何も教えていません。ルル君は、すでにいろいろなお仕事を経験してますからね。大人と会話するのがとても上手なんです」
「ほう。社会人経験がある日曜学校の生徒か・・・かなり珍しいな」
グンナーさんはオレの顔をジロジロ見ていた。
顔を見て体を見る。
グンナーさんに見透かされたような感じを受けた。
「ふんふん。こいつ、おもろいな。なかなかの力を感じるぜ」
「そうですか……では例の件いいですかね」
「ああ、まかせとけ。兄貴がびっくりする奴に仕上げてやるぜ。半年くれ!」
「グンナー。この子はまだ学生なのでね。くれぐれも怪我はさせないでくださいよ」
「ああ、わかってるって、心配すんなよ。兄貴。へへへへ」
「心配ですね……はい」
不安そうな顔の先生がオレの頭を撫でる。
「ルル君。しばらくここにいてください。グンナーから色んなことを吸収してくださいね」
「え。こ、ここに!?」
「ええ。ここにいる兵士さんたちの技を出来るだけ盗んじゃってください! 頑張って!」
「は、はい」
こうして、オレは先生の弟のグンナーさんの元に預けられたのである。
◇
先生が帰った後。
グンナーさんは親切に施設周りを案内してくれた。
ここでのオレの扱いは見習いにも出来ないという話だったので、グンナーさんの使用人みたいな形でグンナーさんのそば付きになった。
オレは、この軍施設内で、自分の部屋が持てず。
周りの兵士さんたちの大部屋にも入れないので、グンナーさんの部屋の隅にいる事になった。
荷物を全部ソファーの上にオレが置くと、グンナーさんが手招きした。
「おい、ちょっち、来い。ルル! って呼ぶけどいいか?」
「あ、はい。グンナーさん」
「それ、めんどくせえな。そうだな。ルルは俺を師匠と呼べ。兄貴のことは先生って呼んでんだろ。俺のことは師匠でいいぞ」
「はい。じゃあ、師匠!」
「よし。そんじゃ! まずは、俺のスキルを伝授してやろう」
「師匠の!?」
「ああ。任しとけ。いいか、明日からやる。だから今日は寝ろ。朝、早いからな」
「あ。はい。でもさすがにまだ18時ですよ。いくらなんでも眠れないんじゃ」
「ん? 寝ろ!」
「え、は。はい」
師匠は圧が強めである。
先生はふにゃふにゃなくらい柔らかい板なのに、師匠は鉄壁のバキバキに分厚い板をお持ちである。
部屋の明かりを全部消した瞬間グンナーさんは口を大きく開けて寝た。
その速さは、イージスに匹敵していた。
◇
翌朝。
「起きろ! 寝坊だぞ」
「はい! って、まだ。暗!」
外はまだ夜だった。
「なに言ってんだ!? もう、こんな時間なんだよ。いいか。特訓場に一人呼び出してるから。そいつと模擬訓練だ。いいな!」
「え?」
眠い目をこすりながら、夜中の三時に廊下に出て、訓練所に二人で向かうと、剣士の女性が背筋を伸ばして凛として立っていた。
こちらに気付いて振り向いても、姿はピシッと真っすぐ立ったままだ。
「グンナーさん。拙者に朝っぱらから何用で」
「ルナ! 例のこいつだ。ルルの相手をしてくれないか。こいつの訓練に付き合ってくれたら、お前にメシをおごってやっからさ」
「・・・・んんんんんん」
何を悩んでいるのだろう。
ガキの訓練相手なんて嫌だって言われるのかなとオレが返事を待っていると。
「オレンジジュースと、生ハム。それとパンケーキは必ずですよ。グンナーさん。絶対ですよ! いいですか! お願いしますよ。それをくれないなら、このお手伝い。やめちゃいますからね」
「おう。いいぜ!」
女性は断りの文言じゃなくて、自分が食べたい物で悩んでいた。
それよりも、生ハムとパンケーキって相性がいいんでしょうか。
しょっぱいものと甘いものを同時に食べるのはいいんでしょうかね。
可愛い笑顔でおねだりする女性の名は、ルナさん。
ジョブは『侍』で、彼女が持っている脇差は、鞘に納まっていても美しかった。
ついでにルナさんの振る舞いも凛としていて美しい。
そう彼女は、言動以外が美しい女性であったのだ。
「では、ルル! 拙者の剣技を、披露します。三分の一くらいの速さで斬るので、あなたは躱すか。受け止めるか。どちらかをしてください」
「わ、わかりました。でも、ど、どうすればいいんですか?」
「侍の初期スキルとは、見切りと間合いであります。まあ、頑張りましょう」
「え、あ、あの。え、アドバイスなし!?」
説明をくれないルナさんとオレは激闘を・・・。
じゃなくて、精一杯の力で戦っても、一方的にオレが負けた。
刀じゃなく木刀であっても、彼女の剣技は異常に鋭かった。
「ルル! 右足が弱いぞ。もう少し踏み込め」
師匠は行き詰まるとすぐに指示を出す。
意外と指導が丁寧だった。
「そこは反転だったな。まだまだいけるぞぉ。頑張れ」
「はい」
師匠が応援してくれると、何故か力が湧いてくる。
これは不思議な感覚だった。
二時間ほど戦うと、ルナさんは木刀を置いた。
「よろしいですね。間合いはよくなりました。ですが、見切りはまだですね。ルル! これからも精進しなさい」
「あ、はい。ルナさん。ありがとうございました」
「うむ。大変よろしいですよ」
ルナさんは嬉しそうに答えてくれた。
「よし、ルナ! 飯行くぞ。ルルも来い」
「は、はい」
「やったー。グンナーさん! 拙者、パンケーキのお店を所望するのですよ。いいですか。おにぎりのお店じゃないですよ。ラーメンのお店でもないですよ。丼のお店じゃないですよ。とにかく、パンケーキですよ!!!」
「はいはい。しつこいから。よし、朝飯だ! いくぜ!」
朝早いけど、皆で朝食を食べることになった。
◇
お店に入り、四人席に三人で座る。
師匠がいつものと言って数分後。
一人二個ずつのおにぎりと温かいお茶が出てきた。
「あれ? おにぎり? あれ????」
オレが疑問符で一杯になっていると。
「え~ん。えんえん。おにぎりだぁ。やっぱりおにぎりだぁ。いつものおにぎりだぁ。拙者のパンケーキはぁ。どこいったのぉ。美味しいオレンジジュースはぁ。生ハムはぁ。どこにいったのぉ~~~~うおおおんんんん」
おにぎりを持ったルナさんが、悔し涙を流した。
ぽたぽたとテーブルに涙がこぼれていく。
その量もだんだんと増えていった。
「お前な。朝の五時にパンケーキを売ってる店なんて、どこにあんだよ。朝はおにぎりに決まってんだろ。でもルナ、安心しろ。このおにぎりの具。一つはスパムだぞ! これは気持ち! もう生ハムだろ!」
大の大人だけどわんわんと泣いていた彼女を慰める師匠は、まるで詐欺師みたいだった。
説得するセリフが騙す気満々だ。
でもオレはこんな事で泣く彼女のことがカワイイと思ってしまった。
これは内緒にしておこう。
彼女のプライドに関わるかもしれないから。
「いや、師匠。スパムはどっちかと言ったら、ハムでは? 生ハムじゃなくないすか」
「ルル、別にいいんだよ。ハムって名称がついてんだからさ。こいつはそんな事、気にしねえの。な!」
「いや、師匠。スパムにハムって書いてないですよね?????」
オレがまた疑問符で一杯になってると。
「ううううう。食べますぅ・・・おいしい・・・ですぅ」
ルナさんは一口食べたおにぎりに、もう一口。
あぐっとして食べた。
「ルナさん。おいしいは。美味しいんだ・・・」
オレがそう言うと、一口食べた彼女がおにぎりを両手で持って頷いた。
可哀そうだけど、かなり可愛かった。
諦めがついた顔のルナさんがおにぎりを頬張っている間、師匠がオレに話しかけてきた。
「おい。ルル! さっきの特訓で俺の言葉に反応できたな」
「あ、はい。師匠の言葉通りに動くとキレが増すっていうか。なんていうか。体が動かしやすかったですね」
「おお! お前は結構筋がいいし、勘も良い。そこに気づくとはな。よしよし」
師匠はおにぎりをすでに一個は食べていた。
いつのまに!?
「いいか、ルル。その動きの良さが出たのは、俺のスキル『指揮』だ」
「指揮?」
「ああ、俺は上級職の『軍師』って言うジョブ持ちなんだよ。こいつは『侍』だろ。これも上級職だ。そんで、俺が兄貴から事前に聞いた話では、お前が取得したスキルはほとんどが下級職の初期スキルだったらしいよな。つうことは、たぶん。この上級職のスキルを得るには、おそらく」
「なるほど。時間がかかるのですね・・・だから、師匠は半年が必要だと」
「ああ。そうだ。お前は頭のキレもあるな。俺の軍師としての初期スキルをマジで叩き込みたくなったぜ」
「師匠。軍師の初期スキルは? 指揮以外もあるんですか?」
「ああ。軍師は『指揮』『鼓舞』『視野』だな。この三つが初期スキルだ。お前、冒険者になるんだろ? そんで、すでにパーティーで行動しようとしている。なら、この三つ。必須だと思うぜ」
「そうか。だから、先生は師匠の元で修行をしろと・・・そうでしたか」
「だろ。必要だろ」
オレの答えも師匠と先生と一緒だったみたいだ。
「そうですね! オレも必須だと思います」
お願いしますと頭を下げると、師匠は笑った。
「よし、これから毎朝これをやるぞ。いいな」
「はい」
「それじゃ、お前もだぞ。ルナ」
「・・へ?」
「お前も付き合え。いいな」
「・・・拙者、パンケーキ!」
ルナさんは、パンケーキを諦めない女性のようだ。
「ああ。わかってるから。食わしてやるから・・・・いずれ」
「いずれは嫌です、または嫌です・・・今がいい! 今すぐがいい!」
「ああ。はいはい。いつかな」
「拙者、いつかも嫌だぁ~~~~~~~~」
ここまで駄々こねるルナさんだが、決してオレの修行に付き合うのが嫌だとは言わなかった。
ただ、パンケーキが食べたい女性であったのだ。
こうして、オレはこの二人と毎朝特訓を積み重ねて、見切りと間合いを学び。
指揮と視野、鼓舞の三つは特別訓練で会得したのである。
見切りと間合いを学んだ理由は、オレが軍師たる司令塔になった場合。
誰よりも長く戦場で生きていなければならないからだ。
師匠が言うには、軍師とは最後まで仲間の為に生きないといけないのだそうだ。
だから、ルナさんは修行に最後まで付き合ってくれたのであった。
これはちなみにだが、この修行の間。彼女の口に、パンケーキと生ハムが運び込まれることはなかった。
あれだけ食べたいと言っていたのに、一度もないのだ。
それが、ちょっと可哀想なので、オレが稼げるようになったら、ルナさんに美味しいパンケーキを食べさせようと、良いお店に連れて行こうと思いましたとさ。
めでたし・・・じゃないや。
ちょっと可哀想なお話であった。