第16話 レミアレス VS エルジャルク
「・・・エルジャルクだって。まさか。そんな化け物が」
「お、ルルも知ってるおるのじゃ?」
「ああ、もちろんだ。そいつの名前は冒険者であれば誰だってな・・・」
冒険者クエストの三大クエスト『三大魔獣王撃破』
その三体の内の一つ。
深淵竜『エルジャルク』
巨大な竜を漆黒に染めあげる鱗に、山を切り裂く分厚い銀の爪。
頭にある鋭利な角は、他の竜では傷をつけることが出来ない。
深淵と名付けられた要因は、人を絶望という奈落の底に突き落としたからと言われている。
最悪で最強の巨大な竜のモンスターであるのだ。
「あんなのが・・・なぜここに・・・」
「あ奴、モンスターストームを起こした張本人なのじゃな。余も初めて知ったのじゃ」
「え。そ、そうか。じゃあ、今まであいつが、ガルズタワーにモンスターを運んできてたのか。ん? じゃあ、あいつ、あの雲から見届けてるだけなのか?」
「そのようじゃな。あ奴、塔を覗いているだけじゃな」
「そうか。モンスターを運んだだけなんだな・・・ならこのまま無視しよう。ちょっかい出して良い事はない!」
エルジャルクの行動目的が、モンスターストームの調整だけそうなので、オレはあいつの無視を決めた。
爪が微妙に動いて、風を操っているようだ。
塔内にモンスターを入れ込んでいるように見える。
風のせいで中の様子が見えないけども、オレは、大声でルナさんに話しかけた。
「ルナさん、モンスターは大丈夫ですか。来てませんか!」
「それが・・・来てます! 上から大量に降ってきます! ぐっ」
「ルナさん!? クソ。どうやって中に・・・」
オレたちも、モンスターストームの風を越えて、もう一度中に入りたいが、まだ吹き荒れる風が邪魔で入れない。
「ルル殿。あそこの下の部分。風の弱い部分から入ればよいのではないでしょうか? 中の様子が見えます。膜が薄そうです」
アマルは風の弱い部分を指摘してくれた。
「お! やるな。アマル。よし、あそこから中に入るぞ」
オレは竜騎士の足場を上手く組み立てながら11階の部分の弱くなっている風の中に突入する寸前で魔法を展開して一気に中に入りこんだ。
我ながら空中でよくスキルと魔法の切り替えが出来たと感心する。
そして、中に入るとダンジョンは姿を変えていた。
新たなモンスターが上から降ってきて、また違う装いに変わっていたのだ。
「なるほどな。こうやって、このダンジョンはモンスターを補充してるのか」
「そうかもしれないのじゃな。あ奴が風を起こした意図もそれじゃな。短い感覚では難しいが、数年に一度くらいの周期でやっておるかもじゃな」
レミさんは、周期までは知らなかったようだ。
「よし、アマル! ルナさんの所まで走るぞ!」
「了解」
アマルはオレに続いて走ってくれた。
縦一列で12階にいるルナさんの元へ急ぐ。
―――
「か、数が多い」
ルナは魔物の質よりも数に圧倒されている。
Eランクのスライム。ウルフ。
Dランクの飾り刃。ハルコス。
Cランク帯のオークキングもいた。
「まだ対処できますが・・・・厳しい」
外の様子はわからない。
激しい渦の中にいて、風を感じないのも不気味に感じる。
風がないジョー大陸など経験したことがなかったのだ。
だからルナは焦りまで感じていた。
「冷たい風がないのに、逆にこの空気感に冷たさを感じるとは。皮肉ですかね」
ルナは冷静さは失わずに的確に敵の攻撃を捌いていた。
―――
「アマル。雑魚は頼む。Cランク帯はオレが斬る!」
「はい」
オレとアマルは連携して敵を斬っていった。
オレが先頭を走り、目安のモンスターをバッサリ斬って、残ったモンスターを後ろにいるアマルが斬る。
連携は鮮やかに決まり、11階から12階までの間にいた四十体以上ものモンスターを倒していった。
「ルナさん!」
「む! その声…ルルですか。やはり無事でしたね。少々お待ちを」
オークキングの斧と鍔迫り合いをしていたルナさんは振り向かずにそう言うと。
彼女は一気に手首を返して、刀を滑らした。
「桜花流 零れ桜」
ルナさんが持つ刀が敵の刃の部分を渡り、敵の腕から脇腹を切り裂く。
その美しいまでの剣技で、ルナさんはオークキングを楽勝で倒した。
「ルナさん! ご無事で」
オレとアマルは駆け寄る。
「ええ。そちらこそ、よく空中にいて無事でありましたね。でもルルは無茶はしませんから、何か策があったのでしょう」
「まあオレには竜騎士のスキルがあったのでね。なんとか上手くいったという感じですね。はい!」
「え、竜騎士!? そんなものまで・・・あなたは相変わらず常識外れですね。逆に心配になりますね。まったくどれほど強くなったのか・・・」
「いやあ、心配だなんて―――ルナさんには言われたくないですね」
「む。それはどういう意味で!」
「え、あはははは」
ごまかし笑いをしている場合ではない。
モンスターストームの風は徐々に弱まりつつあるが、いまだに吹いている。
上の階に落ちてきたモンスターも、その風の中にいる状態では怖いのか。
上の階から下の階へ、移動を開始していた。
それに15階はセーフエリアである安全圏。
ならば、あそこにはモンスターが入り込める隙間がないので、モンスターたちは下を目指しているのだ。
「ここから連戦です。斬ってこの場を抜けます」
「はい」「承知」
三人で上へ駆け登ろうとしたその時。
◇
「・・・・レミアレス・・・この感覚・・・やはり貴様だったな!」
途切れ途切れに聞こえたがこんな内容だと思う。
それもかなりの重低音で響く声であった。
この声であれば、ルナさんでもアマルでもないことはたしかだ。
「だ、誰だ!?」
「ど、どうしました。ルル?」
「え、ルナさんには今の声・・・聞こえませんでしたか」
「・・・なにが?」
オレにだけ聞こえる声に戸惑う。
二人には今の声が聞こえなかったみたいだ。
すると、レミさんが胸のポケットから出てきた。
「しまった。存在がバレてしまったのじゃ」
「はあ? 誰に?」
「上の奴にじゃ」
「まさか、さっきの声は・・・二人とも先に進んで! 急いでください。オレはやることがあります」
「「??????」」
二人は疑問に思うが。
「いいから、急いで!」
強引に先に行かせるしかない。
なぜなら、今聞こえた声は上からの声なのだ。
「わかりました。アマル行きますよ」
「しょ、承知」
二人を上階へと促した後。
螺旋道の端から上空を見る。
すると、さっきまではエルジャルクの爪と鱗しか見えていなかったのに、暗黒の雲から顔が飛び出していた。
「な!? あれが・・・エルジャルクなのか!?」
巨大竜の怪しく光る目がオレを見た。
ワイバーンなんてモノの比じゃない圧倒的威圧感。
全身が氷漬けになりそうだった。
エルジャルクは覗き込んできている顔を更に下に向け始める。
「塔付近が見えない。風が邪魔だな」
エルジャルクは指先に込めた魔力で、オレの付近の風が止んだ。
奴にとっては弱くとも、オレの目にはその魔力が異常に見える。
「な!? なんて魔力なんだ・・・」
エルジャルクがオレを睨む。
「小僧、レミアレスを隠すな・・・一捻りにするぞ」
「は? 誰だ、レミアレスって」
「隠すな。レミアレスを差し出せば、人間一人くらい殺さないでおこう」
まさか、レミさんの事か。
オレは、胸のポケットにいるレミさんに顔を向けずに話しかけた。
「なんか、知り合いなの?」
「・・・まあ、そうじゃな。でも敵じゃぞ。余の天敵であるのじゃ。まあ向こうにとっても天敵じゃがな!」
「そうか。わかった」
小声でレミさんと会話した後にオレは堂々と宣言した。
「レミアレスって誰よ。それに、あんたこそ誰だ!」
奴の名前もレミさんも知ってるけど知らない振りをしてみた。
我ながらアホである。
この小さな鳥を、あのバカでかい竜に、差し出しておけば、オレの命は助かるというのに、ここでレミさんを差し出すことは出来ないとしたんだ。
うん。ただの馬鹿のお人好しだわ。
「くくくくく。小僧。面白い。人間の癖に我に怖がらずに話しかけてくるとは。命乞いしなくてもよいのか」
「しない。オレは誰にも命乞いはしない。ムカつく奴なら、なおさらだ。あんたは、一方的なんだよ。もっと丁寧に話しかけてたら、オレは話を聞くのを検討してやってもいい。あくまでも検討だぞ」
「ほう、面白い。貴様、面白いぞ。その考え。いっぺん死ねば改めるであろう」
エルジャルクの爪の先から大きな黒の球が出てきた。
「これをプレゼントをしてやろう・・・む!? 魔力が足りんな・・・まあいい。でも人間ならばこの程度で十分であろう。奈落の闇」
その球の攻撃角度を計算すると、標的は完全にオレだ。
塔に着弾すれば辺りが消し飛ぶと判断したオレは、竜騎士のスキルでガルズタワーの外に飛び出した。
「ルル、そちではあれを受け止める又はいなすのは不可能じゃ」
「え? 今やろうとしてるのに・・・そんな事、言うなよ。いきなり士気が下がるわ」
「死ぬのじゃ」
「…まじで」
「うむ。ということで、余に魔力をくれ。人間の魔力を余に変換させる。そちの全力を余に注いでくれじゃ」
「わかった。なんか策があるんだな。レミさん、頼んだ」
オレはスキルで空を跳ねながら、残っている魔力の全てを渡した。
これくらいのことは同時に出来るらしい。
オレは内心驚いている。
魔力渡しは、同時に出来る。
これを頭のどこかにメモしておこう。
なんて余計な思考にも辿り着く。
「よし、こっちも仕掛けるのじゃ。光円の輪」
頭の上にいるレミさんの口から小さな光の輪が出てきた。
その輪は、レミさんから離れていくと、少しずつ大きくなって、オレの前に展開される。
「レミさん! これ、真ん中空洞だよ! バリアにもならんよ。これってどうなんのよ」
「大丈夫じゃ。安心せい」
「マジかよ。不安なんだけど!!!」
レミさんはオレの指摘を無視して、魔法の展開を続けた。
光りの輪は大きくなって、大体敵の黒い球の直径を上回ったサイズとなる。
「どうなりゃ、勝ちなのよ。レミさん、あの黒い球、来たよ!?」
敵の攻撃がオレの前にある光りの輪に到達。
普通に通り抜けそうであるのが不安だ。
「もうここまで来てるじゃん。すまん、レオ、エル、イー、ミー。みんな!!! お袋、親父・・・死ぬわ。オレ!!!」
「なに、心配するでないのじゃ。ルル、見とれなのじゃ。余はレミさんだぞ」
「それ何の自慢になんだよ」
黒い球が光りの輪を通過した直後、魔法が消失した。
あれだけの高密度な魔力を持っていた敵の魔法が、跡形も無く消滅したのである。
「な!? 完全に消えた」
「やはりいたな・・・レミアレス、貴様。力を失ったのではなかったのか」
レミさんがオレの頭の上に登った。
「エルジャルク! お前の攻撃は効かんのじゃ! 余とお前では決着つかんぞ」
「くっ。たしかにな・・・ん!? まあよい。そこにいるのか。お前」
エルジャルクはオレたちじゃなく、塔を見てそう答えた。
「ん? 何の話じゃ」
「まあいい。我も力を癒そう。風を起こすのに魔力を使ってしまったしな。お前がここにいるなら、決着を! とも思ったのだがな。どうせダンジョンに戻るのだ。お前らはそこで死ぬ。それではな」
「何の話じゃ。教えろ! オタンコナスドラゴン!!!!」
「ふん。なんとでも言え。力を失いしマヌケドリが」
「なんじゃと、やーい。やーい。弱虫が。尻尾巻いて逃げるんじゃな。余が怖いんじゃな」
「好きに言え。豆粒まで小さくなってしまった。雑魚鳥!」
「べぇだ!」
「ふんだ!」
この二人。口喧嘩が同じレベルだった。
この感じからして、ただの友達じゃないか?
そんな事を考えていると、塔にぶつかり弱まっていた風が完全に消えて、黒い雲と共にエルジャルクも消えていった。
「なんだったんだ。あれは・・・」
「そうじゃな。魔力の回復を優先させたんじゃろ。風は奴の管轄外の魔法じゃろうしな」
「へえ。そうか。そうなると、モンスターストームの風は、あのエルジャルクでさえ、大変ということか・・・・・ってオレもすぐにダンジョンに戻らないと、二人が大変だ」
オレは先を走る二人に合流して、目的の15階に到達したのであった。




