第4話 クソガキの運命
ルナさんが帰って来られない事情。
それはアマルという少年の指南役になったことから始まったらしい。
二年前。
呼び出しをもらった文章には、このようなものが書いてあった。
―――
ルナ。大至急帰還せよ。
甥っ子の天啓が、大変な事になってしまった。
お前が頼りとなる。いや、お前しかいないんだ。
頼む。
帰ってきてくれ。
―――
との短めな連絡で急な上に、文章の意味もよく分からず、内容が伝わってこない。
でもこれらから察するに、故郷が大慌てであるのだと思ったルナさんは、帰ることを決断した。
それで、ルナさんの方向音痴を心配した里の者たちが、国に許可を得て、立札を設置。
道に迷わないようにしてくれたらしい。
オレの予想は合っていた。
あれは、ルナさんの為のモノだった。
「そうですか・・・それで、その子の天啓の何が大変だったんですか」
これが核心だ。
彼らの慌てようからして、重大なんだろう。
「息子のアマルは『剣聖』なんだ」
「・・・え、剣聖!? あの英雄職のですか!」
「我の侍大将すらも超える役職で、混乱するばかりだ」
「ワシの忍びよりもな」
「おお。忍びに侍大将。凄い家族だな。それに加えて剣聖かよ。すげえな」
オレはこの家族に感心した。
侍――――上級職
侍大将――特殊職
忍び―――特殊職
である。
ルナさんも凄いんだけど、この二人はジョブだけ見るとかなり優秀だ。
「それで、何故剣聖であることが良くないみたいな事になっているんだ? 英雄職だぞ。めちゃくちゃ凄いじゃないか。それのどこが駄目なんだ?」
「それが。この里から、剣聖または閃光が生まれると・・・」
「生まれると?」
「掟が発動することになっている」
少しの沈黙の後、ブランさんが丁寧に説明してくれて、オレは第一声で不満を言ってしまった。
「馬鹿な。ガルズタワーに十二歳で挑戦するだって。しかも塔の十五階まで登る!? おいおい。自殺行為じゃないか。死んじまうぞ」
「そうなのだが……」
ブランさんは、自分の息子が死に行くのが納得いかない。
そんな様子を見せていたのに、その掟に逆らうような態度をしていなかった。
「ワシらもそう思っている。だが、これが掟なのだ。これを破ればワシらは里の長の家族として失格じゃ」
「・・・爺さん。ブランさん、なんでそんなことするんだ?」
「それはだな。剣聖や閃光を持つ者が弱いでは済まされない事から始まっている。弱く生まれてしまった剣聖は、せめて早いうちに死んでもらい、次の者に渡せという考えなんだ」
なんとまあ、とんでもない世代交代の仕方だ。
同じ時代に同じ英雄が存在しないからの掟だ。
無能な剣聖を許さんってことか。
「剣聖ならば、十で天啓を受けたとしても、その時点で強さは相当なはずだ。ならば、十二で、ガルズタワーに登れるくらいの実力が無いといけないという考えだ。二年でそこまで強くなってないといけないのだ。この里はな」
「二年・・・待てよ。ルナさんがここに来たのは。二年くらい前だ。ということは、あとの猶予は?」
「八カ月だ。十三になるまでに達成すればよいからな」
マジかよ。
どう見てもこいつ、弱いぞ。
このクソガキアマルが、あと八カ月の内で、ガルズタワーの十五階に行かないといけない???
そんなの死にに行くだけだわ。
今のこいつの実力では、二階のモンスターにだって、敵わない。
さっきのオレとの言い合いだけで、疲れ果ててるくらいなんだ。
絶対に無理だ。
ルナさんとブランさんの間で眠っているガキを見て思った。
「はぁ。爺さん。この里で、あそこに行ったことある奴いるの?」
「ここ六十年で剣聖と閃光はいないから、いない」
「はぁ。そんなん・・・なめすぎだぞ。四大ダンジョンは甘くねえんだわ」
「わ。わかっている」
「わかってねえ。四大ダンジョンは、化け物モンスターの巣窟だ」
爺さんたちが行った事がないから、教えるしかない。
経験者であるオレが!
「爺さん。マジでさ。四大ダンジョンってのは甘くないんだ。オレは二つ達成しているからこそ、わかる。あそこは生死をかけて戦う場所なんだ。ただのガキが、無駄死にする場所じゃない」
「・・・二つだと!! ではお主は、ジェンテミュールにいたのか!?」
こんな秘境にも、ジェンテミュールの偉業は届いているらしい。
レオン。エルミナ。ミヒャル。イージス。
おまえら、すげえな・・・。
「ああ。そうだ。元な。訳あって今は辞めちまったけどな。だからあのダンジョンの事は知っている。あれは一級冒険者でもきついダンジョンだ。最低でもルナさんくらいの実力が無ければ、死ぬぞ」
ルナさんの実力は一級冒険者と変わらない。
下手をすれば準特級ほどの実力者だ。
オレが見るに、目の前の二人も準特級に感じる。
つまり、このクソガキが、一気に親たちくらいのレベルにまで成長せねば、死ぬだけだと言う事だ。
オレが換算するにこの子は三級程度。
階級を三つも飛ばして、たったの八カ月で大成長しないといけないなんて、ありえん所業である。
「こいつ、事情を知っているのか」
あの程度の怒りで疲れるほど体力がないらしい。
寝ているアマルを指さして、爺さんに聞いてみた。
「知っている」
答えてくれたのはブランさんだった。
「そうか。ルナさん、修行は順調でしたか?」
「・・・いいえ。ルルに教えるのとは訳が違います。アマルは、基本やる気がないのです。ルルは常にやる気満々でしたからね。楽でした。アマルは修行の入りから、指導しないと始めない子です。だから厳しい。修行の開始が難しいのが大変なんです」
「そうですか・・・でも死なせたくないんですよね。三人ともどう思ってます?」
ルナさんはオレを見つめて答えてくれた。
彼女の目にあるのは不安。
帰りたい気持ちがあっても、アマルの事が心配だった。
それに、師匠に来てほしいとの話は、師匠の策が欲しかったんだと思った。
切れ者の師匠なら、何かこの状況を打開する良い策が思いつくと思ったんだろう。
「拙者は無論。指南役としてもこの子の親族としても死なせたくありません」
「ルナさんならそう言うと思いましたよ」
次に爺さん。
「当り前じゃ。ワシの、たった一人の孫だぞ。こんなところで」
「そうか。わかった」
泣きそうになりながら答えてくれた。
次にブランさん。
「ああ。死なせたくない。一人息子だ。死んでもいいはずがない」
「ええ、そうでしょうね」
三人の本音を聞いたので、提案する。
「その試練は、里の者が参加してはならないということですよね」
ブランさんに丁寧に聞くと。
「そうだ」
答えてくれた。
「なら、オレとルナさんはどうです? 参加してもいいんですか?」
「ん? お主とルナが?」
爺さんが疑問に思った。
「爺さん、ルナさんの今の立場って、ただの里帰りでしょ? では現在の立場は、里の者ではないと。こういう解釈をしてもいいのかってことだよ」
「んんん」
爺さんは悩んだ。
「ありだ・・・その考えは思いつかなかった」
ブランさんが答えてくれたので俺は彼と会話に入る。
「では、ブランさん、了承してくれます? オレとルナさんでパーティーを組んで、この子を十五階まで連れていきます。このパーティーでいけば、この子が最低でも二級くらいの実力者になればギリギリでいけると思うんだ・・・ブランさん、どうでしょう?」
「ああ。我にとっては願ってもない申し出だ」
「そうですか。ではルナさんは、どうします。手伝ってくれますか」
「はい。ですが、ルル。あなたはどうなんですか。あなたに迷惑がかかります」
ルナさんは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「これは、ルナさんの事だからね。全然。迷惑じゃないですよ。それにこの子の試練が終われば、グンナーさんの元にルナさんは帰ってくるのでしょう。そのためならオレは手伝いますよ。オレを誰の弟子だと思ってるんですか。ルナさん」
「・・・グンナーさんです・・・」
「ええ。グンナーさんの弟子ですよ。こういうのはほっとけないでしょ。あの人も」
「・・・そうですね。グンナーさんは、本当は優しいから」
ルナさんの目には涙が溜まっていた。
二年も皆に会えなかったんだ。
寂しいに決まっている。
「それじゃあ、爺さんもいいかい?」
「・・・いいだろう。その案に乗ろう」
「よし。きた。それじゃあ、一つ。三人には。オレと約束をしてほしいことがある」
三人は黙って頷いてくれた。
「オレがこいつに戦い方を教える時、口出しをしない。これを頼みます」
「・・・どういうことだ。お主」
「かなりハードに鍛える。この子には時間がないだろ爺さん。あんたさ、こいつに甘え。だから、オレの指導を見たらキレるだろう。絶対!」
「なに!?・・どんな修行をつける気なんだ」
「荒療治だ。命懸けの特訓をする。生死ギリギリの特訓をするんだ。なんせ、このままじゃ、こいつはガルズタワーで死ぬからな。どうせ死ぬなら特訓で死ね、という事だわ」
「・・・・・・」
爺さんは黙った。
「それもそうだ。お願いする立場・・・我は了承する」
「ありがとうございます。ブランさん。必ずこの子を生きられるようにします」
「かたじけない・・・まこと、ふがいない父である。自分の子を自分で育てられないとは・・・情けない」
「いえいえ。そんな事はない。あなたは愛情を注げばいいんですよ。厳しく指導するのはオレがやりますから。そこのところはお願いしますね」
「・・・すまない。ありがたい」
ブランさんは丁寧に頭を下げた。
胡坐を掻いて座っているがそれはまるで土下座のようである。
額を畳につける勢いだった。
「いいんですよ。そこまでしなくても。オレもね。師匠の為にやってるんです。師匠ってば、口では言わないんですが、ルナさんがいなくて寂しがってるのがもろに分かりますからね。あの人、ご飯を奢る人がいないと寂しいんですよ。まあ、ルナさんが帰っても、その時もおにぎりでしょうけどね。はははは」
「ルル・・・拙者も感謝します。拙者、グンナーさんの所に帰ります!」
「ええ。そうしましょう。ルナさん」
こうしてオレは、クソガキの指導をすることになった。




