第3話 大立ち回り
お屋敷内で一番広い部屋に通されたオレは、部屋の上座の座布団にドカンと座るロング髭の爺さんを見た。
この家の大きさからいって、この里で一番だろうから、おそらく、この里で一番偉い人がこのお爺さんだろう。
だってこの爺さん。
貫禄があるし、威厳もありそうだ。
迫力のある顔。左目に刀傷。
腕組みしている腕に、無数の傷跡があって、歴戦の侍の姿に見えるんだ。
里長じゃないのか。この人が。
「そ奴はなんじゃ・・・ブラン」
「侵入者だ。親父」
この中で一番強いと思った人は、この爺さんの息子らしい。
ブランと呼ばれた人から滲み出る雰囲気も歴戦の侍に感じる。
直接対峙せずとも、肌で感じる強さを計算すると、オレと同じ準特級クラスに感じる。
「なに!? ここを訪れるとは命知らずだな」
「そうだな。親父」
迫力のある爺さんは、オレの顔を見た。
「・・・・誰だ」
『誰だ』って、あんたこそ誰だよって言おうとしたら。
「長! こいつを斬りましょう。こいつ、あの花嵐を持っていたんです!」
最初に出会って戦った侍が急に話に入って来た。
「・・・花嵐だと!? シャニ。それは本当か。なぜ、よそ者がモントのものを」
「本当です。長。こいつが盗んだんだ」
話が嫌な方向にいきそうなので、オレは口を出すことに決めた。
「ちょいとお爺さん。そこは申し訳ない。オレも事情がよく分からないんですよ。その花嵐っていう脇差はね。何か皆さんの強い思い入れがあるものなのでしょうかね。なんか話を聞く限り執着しているのでね。何かあるのかと・・・」
「き、貴様、この刀を、知らずに使っていたとは、許さん。斬る!」
シャニと呼ばれた侍が、オレを斬ろうとして刀に手をかけると、ブランさんが諫める。
「黙れ。シャニ。話が進まん」
「ブランさん・・・しかし」
「怒りは分かるが、話が進まん。よそ者にも話をさせろ」
「・・・は、はい」
ブランさんの一喝でシャニが黙る。
お爺さんは、シャニに対してクイクイと指を動かして、自分に花嵐を渡せと、合図を出した。
爺さんはシャニから花嵐を受け取ると、鞘から抜いて、刃をじっくりと見た。
「は・・・花嵐だ・・・間違いない」
驚いている爺さんは、少し悲しげな顔をしていた。
そこから爺さんは、しばらく目を瞑って黙る。
長い沈黙の間。
どうしたらいいのとずっと爺さんの顔を見ていたら、廊下を走る音が二つ聞こえた。
鳴っている音の重量からして、一つが子供で、そしてそれを追いかけるのは女性だと思う。
大人にしては音が軽かった。
「嫌です。もう疲れましたぁ。叔母上」
「叔母上じゃない!!!」
声が懐かしい。もしやと思った。
「叔母上でしょ」
「拙者。おばさんなんて歳じゃありません!」
走ってくる足音がこの部屋の前で止まる。
ふすまが勢いよく開いた。
「爺様。叔母上が。叔母上が厳しい」
「おお。そうか、そうか。まったく厳しくてかなわんな」
「はい! 助けてくださいますか」
「おお。任せておけ。かわいい孫よ」
クソイカツイ爺は、ただの孫を可愛がるクソジジイに変わった。
叔母上がふすまの先に登場すると、オレは驚いた。
「こら、アマル。また父上にすがって、それではいつまでたっても強くなれませんよ。拙者はもうここから出たいのです。あなたが強くならねば出ていけないのです」
「べぇ~~~。叔母上は鬼だ!! 鬼!」
「なんですってぇ!!! ん!? ルル!?」
少年の叔母上が、ルナさんだった。
オレは彼女の姿がいつも通りで一安心した。
凛とした姿に綺麗な所作は、そのままである。
ここは解決してもらおうと、ルナさんに懇願する。
「ルナさん! この状況、何とかしてくださいよ。オレ、捕まってます!」
「おお。なんと無礼な事を。父上! 兄上! 今すぐ、ルルを解放してください。この子は拙者の仲間です。拙者の桜花流の弟子です!!!」
「なに。この男が!?」
爺さんがオレを指差して驚いた。
失礼である。
「爺さん、そういう事なのよ。ルナさん、何ならその刀についても教えてあげてください。オレって、あなたから剣を盗んでないですよね!」
「そうです! 花嵐は拙者が直接ルルに手渡したのです。彼が一人前の桜花流の使い手になり、それに冒険者となるからこそ託したのです。モントの思いを込めて渡したのです。彼は旅に出る。ならば、刀も一緒に世界を見て回るはずだと。拙者にはそれが出来ないので、彼に託したのです」
「な!?・・・そ、そういうことか。あい、わかった。これをお返しする。それとその人の拘束を解け」
「く。納得いかん! 俺はこいつを!!!」
解けと言われたのに、急にシャニが逆上して、オレを斬り伏せようと刀を振り下ろした。
「納得しろよ。クソ、しょうがない。正当防衛だからな! いいな爺さん。オレを許せよ!」
「は?」
そもそもジジイが何を思おうが関係ない。
オレの命の危機である。
ここで一気に獣化を開放した。
後ろ手で縛られている状態だが、思いっきり畳を蹴ってバク宙して、体をクルクル縦に回転させた勢いを持って、回転蹴りをこの場の皆さんに披露した。
シャニの刀が、オレに届くよりも先に、オレの足がシャニの顔面に刺さった。
「ぐべえあ」
「あ~あ。やりすぎたか」
蹴り飛ばしたシャニは、部屋の障子をぶっ壊して、屋敷の庭の池にぶっ刺さった。
「な!? 何だ今のは。蹴り?」
「爺さん。許してくれよ」
爺さんの驚きを宥めてから気付く。
「ねえ、今のは正当防衛だよね?」
蹴りの威力がありすぎて過剰防衛かと心配になった。
◇
現場は落ち着き、オレの拘束は解かれた。
話し合いはゆるりとした雰囲気で始まる。
オレと、里長である爺さん。
その息子であるブランさんとその娘であるルナさん。
そしてブランさんの子であるアマルが、オレの前に並んだ。
「申し訳ない。お主がルナの弟子であったとは」
「いえ。いいんです。オレもここがよそ者を受け入れるとは思ってませんでしたしね。そもそも秘境であるとルナさんから教わってましたし。こちらこそ、連絡をせずに申し訳ない」
オレがブランさんと話した後。
ルナさんが、ブランさんを睨んだ。
「んんん。にしてもなぜ、兄上がいながら、どうしてこのような事に。あれらをしっかり指導してなかったのですか。それにルルは、拙者の名を言っていたではないですか。拘束などしなくてもよかったのです」
「すまん。こちらの御仁が我らを騙す目的があったのかと警戒をしておった」
ブランさんは素直にルナさんに謝った。
潔い性格の人みたいである。
「それで御仁。何の御用でこちらに?」
爺さんはオレに聞いてきた。
「オレはルナさんを迎えに来たんだ。師匠……じゃないや。グンナーさんの代わりにね。みんな、ルナさんが帰ってくるのを待ってますからね」
「ほ、本当ですか! みな、待ってくれていると!」
ルナさんの顔が一気に明るくなった。
「ええ。もちろん。それにオレもルナさんが帰って来るのを楽しみに待ってましたよ。実はオレも今はマーハバルにいるのでね」
「そうですか。皆、拙者を……。ん? ルルもマーハバルに?」
「ええ。ちょっと、帰郷してましてね。今は日曜学校で教師をやってます」
「ルルが教師?? 冒険者は?」
「そっちもやってますよ。教師はとある生徒の為にやってることで、オレの基本は冒険者ですよ」
「そうですか。そうですか。それは安心です」
ルナさんはオレがまだ冒険者を続けていると聞いて、嬉しそうに頷いた。
「それで、なぜ。ルナさんは帰ってこられないんだ。爺さん。そこを説明願いたい」
「・・・んんんん」
「爺さん、どうしたんだ?」
爺さんは難しい顔をして腕を組んだ。
よほどの理由があるのかとオレは話してくれるのを待つことにした。
「爺様に無礼な口の聞きよう。お前のような無礼者には。叔母上は、渡さないぞ」
興奮したガキが立ち上がった。
「そいつは爺さんが、オレに無礼だったからだ。いいか。ガキ! オレは敬意ある人に丁寧な男なのよ。現にオレはブランさんには丁寧だろうが!」
そう、オレは信じてくれる人を信じて、丁寧な人に丁寧なのだ。
全人類を愛するのはエルミナだけ、オレは無職らしく生きている。
身の程をわきまえているのだ。
「叔母上は、拙者の指南役になったのだ。叔母上じゃなきゃいやだ」
「どういうこと???」
オレは爺さんとブランさんを交互に見る。
すると二人ともオレから目をそらした。
「お前みたいな奴に叔母上を渡すか。消えろ。よそ者。ここから立ち去れ」
「まあまあ。そんなに怒らんでもいいだろ。クソガキ!」
「な!? なに!」
「いいか。初対面で、そんな口のきき方をしたらダメだぞ。お前も外に出てみたらわかる。この里で暮しているとさ。きっとちやほやされていたんだろう。同年代の子にでもおべっかを使われているんだろ。長の孫ってステータスはさ。クソデケえもんな。存在するだけで上の立場になるからな」
人よりも地位があれば、人よりも優遇される部分があるだろう。
だから、このガキは、生意気ボーイになっちまったんだ。
「き。貴様・・・父上。こいつを斬って下され」
「・・・アマル」
この里で一番の侍ぽいブランさんでも息子には甘いらしい。
指導をせずに、名前を呼ぶだけに留まった。
「おいクソガキ。お前が来い。自分で喧嘩を吹っ掛けったんだ。だから、自分が戦え。誰かに頼るんじゃない。お前はガキでも男だ! 自分の意思で、自分が戦ってみろ! 結果を他人に委ねるな」
こいつは相当な坊ちゃんである。
フレデリカたちの爪の垢でも飲んでほしいくらいだ。
あいつらのために、自分の為に懸命に修行する姿を見てほしいぜ。
三人で協力して強くなろうとする心をさ。
「わ、ワシの孫を侮辱するとは、許さんぞ!!」
何故か今の問答でジジイが逆上してきた。
オレに斬りかかって来る。
「なんでだよ!? なんで爺さんが先にキレんだよ!!!」
ジジイに対抗してオレはすぐに立ち上がった。
「これも正当防衛に入るからな。ブランさん! ルナさん! 勝手に動くけど、先にお許しをもらうよ」
「うむ」「え!?」
ブランさんは許可をしてくれて、ルナさんは驚いただけで終わる。
オレは爺さんの攻撃の速度を上回るために仙人の力を開放。
オレの想像以上に爺さんの動きが鋭かったので、対応するには仙人の力しかなかった。
「ほい!」
爺さんの一刀両断の攻撃を最小限の動きで躱し、爺さんの剣を持つ手を叩いた。
「な、なに!?」
爺さんは自分の攻撃が外れた上に剣が下に落ちて驚く。
「ふぅ~。冷静になってくれ。爺さん。頼むよ。あんたら、この子に甘いんじゃないか。もう少し、この子の心も鍛えろや」
「な、なにを。部外者がぁ」
「父上!!!」
ルナさんが声を張り上げた。
「ルルの言う通りです。この子をこうやって育てたから、今、困っておるのです。拙者を呼び出してまで協力させたでしょ」
「う・・・うう・・うむ」
爺さんは力尽きたように自分の座布団に座った。
こうしてオレは、何らかの事態に巻き込まれているようだ。
侍の里から、事態は急展開を迎える。




