第33話 聖女と無職
「クルス! クルス!」
フレデリカが叫ぶ。
悲痛な叫びに近いものだ。
「フレン! クルスは」
三人のそばによって、オレが確認する。
「クルスの呼吸が・・・弱いのです。目も覚ましません」
「なに」
心臓の音を聞く。
たしかに弱い。
トクンと鳴る音の弱さに、そして次に音が鳴らない。
次のタイミングが遅くなっている。
クルスの顔を見ると、原型が無くなってしまうほどに殴られていた。
他にも傷があって、外傷が深い。
そして内部にもダメージが入ったんだ。
心臓が限界を迎える程に、殴られ過ぎてしまったんだ。
クルスの頑丈さが逆に仇となったようだ。
今にも全てが止まりそうである。
ここで『医学』を発動。
「ま、真っ赤だ。レッド反応・・・しかも黒い反応が徐々に出てる。まずいぞ。このままでは死んじまう。この色ではポーションが効かない」
「え・・・そ、そんな。クルス、クルス。死なないで」
フレデリカの泣いている声で、ジャックが起きた。
「ん・・ルル先生」
「ジャック。起きたか」
「せ、先生……あ!・・・く、クルス・・・クルス!?」
ジャックが、彼が一生懸命クルスを揺らしている姿に、オレの胸に込み上げてくるものがある。
その光景が、マルコさんを失った時のオレを見ているようだった。
あの時は遺体が無かったけど、それを思いださせるような、受け入れがたい現実がここにある。
「・・・じゃ、ジャック」
最後の奇跡なのか。
命尽きかけているクルスが目を覚ました。
「「クルス!?」」
やはりオレの読み通りだった。
クルスは言葉が話せる。
誓約の力で言葉を封印してきたんだ。
自分の最期だから、その制約を外したのかもしれない。
「あと・・・あとをたのみます・・・ジャック、フレデリカ様を・・・」
「クルス!? クルス。死ぬのは許しません。ワタクシを置いて死ぬのは許しませんよ」
「私も嫌です。クルスが死ぬのは嫌です。生きてください」
「フレデリカ様・・・ぼ・・・僕は・・・あなたの従者になれて、おそばにいられて幸せでしたよ・・・十三年生きて一番幸せでした・・・あ、ありがとう・・・ござい・・ました」
「クルス!!」「クルス!!」
二人が、クルスの手を左右から握っても、反応が帰ってこなかった。
消えゆく命を二人はただ見守るしか出来ない。
オレも同じだ。無力だ。
だけどオレは・・・。
そんな運命、捻じ曲げてやる。
「駄目だ! お前はまだ子供なんだぞ。死ぬのは絶対に許さん! 最後の可能性に賭ける」
「せ、先生!?」
「どいてろ。二人とも。とっておきを出す。他言無用だ」
オレは一度も成功したことのないスキルを展開させた。
両手を胸の前において、祈るポーズをして呼び起こす。
「愛を。夢を。希望を。人々の願いを。今ここに『聖なる祈り』」
『聖なる祈り』
それは聖女の初期スキルだ。
内容は世の中の邪を払う光を持って、人々を救う力だ。
聖女は、光魔法と回復魔法を扱えるのだ。
――――
とあるモンスターの討伐クエストを達成した後のこと。
エルミナがオレに近づいてきた。
「ルル、怪我をしたのですか」
「ん? こんなの大したことはないぞ。スキルで回復させたし」
「でも、傷が残ってます。私が治しましょう」
「いや。別にいいんだ。こんなの唾つけておけば治るし。それにエルの魔力がもったいないだろ」
「駄目です。傷に唾なんて不衛生ですよ! そんなことでは治りませんよ」
「・・・いや、物の例えだし・・・」
エルミナは変なところで天然である。
意外に頑固なところもあるので、結局彼女の言うとおりに治療を受けた。
オレが回復魔法を受けている時にもこんな会話をした。
「エルさ。聖女の魔法ってどんな感じなんだ? 凄く効くよな。ほれ、綺麗に治るわ」
「んんん・・口でお伝えするのは難しいです」
「神官術とは違うのか?」
「同じだと思います。ただ・・・」
「ただ?」
「聖女は思いがないと駄目かもしれません」
「思い?」
「はい。この人を守りたい。この人を治したい。この人の役に立ちたい。その思いがあって、初めて聖女は力を発揮するのだと思います。思いの力の違いで、神官術の力とは違っていく。それをなんとなく感じます」
「そうなんだ・・・へぇ~・・・ん?」
回復魔法の行使を終えたエルミナは、オレの両手を包み込むようにして握っていた。
「ルル。私はあなたを守りますよ」
「お! そうか。じゃあ、オレもエルを守ってやるよ」
その彼女の手を握り返して軽く答えた。
「本当ですか!」
彼女が顔を近づけてきたので、オレは少々どぎまぎした。
「お。おお。もちろんだ。オレたちはいつも一緒だからな。はははは」
「そ、そうですよね。私・・・たちはいつも一緒ですものね・・・」
なぜか、最後にエルミナは少しだけ悲しそうな顔をした。
――――
聖女の力は思いの力である。
今、その思いはオレにある。
ありまくりだ。
大切な生徒が倒れているんだぞ。救いたいに決まってんだ。
でも、オレは今まで彼女のスキルを上手く発動させた試しがない。
もしかしたら、男だからか。
それに、上手く発動できていないのに、力の反動が他の三人のスキルを遥かに上回る。
体中が軋み始めた。
骨が折れそうになるくらいの圧が外からかかってくる。
筋肉が引き裂かれそうになるほどの圧だ。
「ぐふっ・・・ち、力をさらに使うぞ・・・オレにとっちゃ、禁じ手だけど。エルの初期スキルから発生する最高の魔法を、ここに出してみせる『完全聖光』だ」
クルスの身体に聖女が持つ最高魔法の光を注いだ。
『完全聖光は、瀕死状態の者を回復させることが出来る究極の回復魔法。
エルミナであれば、これを完璧にこなして、一日三回まで使用できる魔力を持つが、オレは、そもそも聖女の力を完璧に扱えない。
男のオレでは拒絶反応を起こしているのかもしれない。
「がはっ・・・血がこんなに・・・くそ。無理か・・・」
オレの吐血量が大きい。
力の反動がデカイのが明確だった。
「せ、先生・・・な、治せるんですか!」
「ジャ、ジャック。すまんな。治してやりたいが・・・オレが男だからなのか。聖女の力を上手く扱えん。クルスの顔色だって変わらんだろ。それに心臓がもう弱って、間に合わない。無理かもしれん」
「そ、そんなぁ・・・」
弱音は吐いているオレだが、まだ諦めきれずに弱い光をクルスに向けていた。
それを見ていたフレデリカが。
「わ、ワタクシならば・・・ワタクシならば女であります。力が使えますか」
「む、無理だな・・オレの探究者を持ってないし。それにお前はあいつらに会ったことないしな。使えるわけがないんだ。すまん」
「そ、そんな。嫌です。ワタクシは、クルスが死ぬのは嫌です。クルス、クルス――――」
叫んだ彼女がオレの手の上から、クルスを抱きしめた。
すると、魔法の力が少しだけ変化した。
魔力が増幅された感覚を得たのだ。
「なに!? も、もしや・・・これは」
専門職の王には、いくつかルートが存在する。
支配者。
覇道。
王道。
といったルートがあるのだが、大王にはそのルートが存在しない。
それは本人の意思により、勝手にスキルを取得できるからだ。
そして、この中で、味方を強烈に強化するスキルがある。
それは、王道スキルの『臣民と共に』である。
自分のそばにいる人の長所を強烈に強化するスキルだ。
「そうか。今のオレが聖女の力を出しているから、これが最大の長所だと、フレデリカのスキルが判断したのか!・・・・それにだ。フレデリカがオレに触れて共鳴が激しくなったか! わかった。これは賭けるしかない」
今でも一か八かの賭けに出ている状態で、更に一か八かの賭けを重ねる。
「フレデリカ! 願え! オレがクルスを回復させるとな! そしてフレデリカ、オレの手にお前の手を重ねろ! おそらくだが、オレとお前がより近くにいれば、スキルがさらに共鳴するかもしれん。お前の意思をオレの魔法とスキルに重ねるんだ」
「え!?」
クルスの体に顔を埋めていたフレデリカの顔が上がった。
オレと目が合う。
「フレデリカ。絶対にクルスを助けるんだって。ジャックと共に願うんだ! いいか、人の願いを叶えるのが聖女。人の思いを果たそうとするのが大王だ。だから、オレたちでクルスを完全に回復させるんだ! いいか。信じろ。自分と、お前の隣にいるジャックとお前のそばにいるオレを。三人でクルスを治すんだって! 絶対治すんだって思うんだ。さあ、オレの手を掴め。いいかフレデリカ、クルスの命を掴むぞ!」
「わ、わかりましたわ」
「はい!」
フレデリカはオレの手に手を重ねて、ジャックはその隣でフレデリカを支えた。
二人の願いがクルスの笑顔なんだ。
そして、オレの願いが、クルスの笑顔とこいつらの笑顔だ。
その顔を曇らせるわけにはいかない。
だから、必ず治すんだ。
最後に四人で笑うんだ。
「もう一度やる。オレの身体なんてもうどうでもいいわ。ここは全開だ。いけえ。『完全聖光だああああああああ」
オレの叫びに。
「クルス。私も君の無事を願ってます! 神よ・・・先生・・・フレデリカ様・・・どうか、クルスに命を・・・」
ジャックは願い。
「お願いします。クルス。目を覚まして。ねぇ。あなたとジャックがいないとワタクシは・・・この先を生きられませんよ。ワタクシと緒に生きましょうよ。ねえ。クルス」
フレデリカは優しい思いを願いに込めた。
オレの軋む体が徐々に変化していく。
手の震えが止まり、筋肉の激しい収縮が治まっていく気がする。
どうやら、フレデリカのスキルがオレを大幅に強化してくれているらしい。
スキルと魔法という少々無茶をしている状態でも、楽になってきた。
「き、来たか。ついに、完璧な聖女の力が、オレにも宿ったか? ああ、ありがとよ、フレデリカ。これでいける。ここで、決める!!」
ここが踏ん張りどころだ。
オレは全魔力を注いだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
叫びと。
「クルス! こっちに戻って来い!!! 勝手に逝くな!」
願いを込めて。
オレの『完全聖光』は完成した。
聖女の魔法の輝きが、クルスの全身を照らした。
◇
「む・・・い・・・生きてる」
全ての傷が癒えたクルスは何事も無かったかのように起き上がった。
「く、クルス! よかった・・・本当によかった」
ジャックは泣きながらクルスに抱き着いて、フレデリカは。
「・・・く・・・・クルス・・・ワタクシの大切な・・・お友達・・・クルスとジャックが無事です・・・うわあああんんん」
その場で泣き崩れた。
フレデリカは、二人を友達と認めて、友達が無事で、友達が何よりも大切な事に気づいた。
その光景を見てオレは安心した。
「そ・・・そうか・・・よかったな・・ふ・・れ・・・で・・・」
薄れゆく意識の中、三人の声だけが聞こえる。
「せ。先生! ルル先生!!!」
ジャックの心配している声が聞こえる。
「ぼ。僕。無事?・・あ、ルル先生!!!」
初めてオレの名を呼んでくれたクルスの声が聞こえる。
「・え!?・・る、ルル先生!!!」
フレデリカもオレの事をルルと呼んだ。
それはとても嬉しい事だったが、残念な事にその声は遠ざかっていく。
次第に意識が薄れていく。
疲れから来る眠りに近い状態。
ああ、この瞬間が最高に幸せだったのに。
眠気に負けるなんてな。残念だわ。
にしても、オレって、この時の為に、あいつらの力を手に入れたんだな。
きっと、この子らの笑顔を守るために。
よかった。三人が一緒で。
よかった。フレデリカが二人を友達だと思ってくれて。
こいつらが無事で、本当によかった・・・。
サンキュー。オレの幼馴染。
オレ、大切なものを守れたぞ。
無職でも、人を守れるらしいわ。
お前らと親友でよかった。
じゃなかったら、すげえ力を借りられなかったわ。
レオ。イー。ミー。エル。
ありがとな。オレの友達でいてくれて・・・・




