第32話 ルルロア VS ???
二人の敵を倒した直後に正面から気配を感じた。
シルエットだと大柄だけしかわからない。
それが、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来て、完全に姿が見えるとなぜか上半身が裸だ。
それに刺青が施されていた。
威圧感は、そこから湧いていた。
「そうだよな。まだいたよな。くそ。こっちもなんとかしたいんだけどな」
目線を一旦正面から後ろへ。
気絶して倒れているジャックのそばで、フレデリカがクルスに声をかけている。
その雰囲気が、あまり良さそうな雰囲気じゃない。
今すぐにそっちの対応をしたいのに、この男から目を離してはいけない気がする。
リョージさんが情報を教えてくれた時。
この部屋には二人いて、ここと廊下で繋がっている部屋にもう一人いた事は知っていた。
オレがここで戦っている事と、上の階が騒がしい事を知っているはずなのに、こいつは出て来なかった。
「お前は? 誰だ。どこから来た」
「あれだ!」
あっちのペースに飲み込まれないように、オレも堂々と切り返す。
天井を指差して、オレがぶっ壊した穴を紹介した。
「なるほど。ここの地盤をぶち壊したか。大胆だな」
「そういうことだ」
鑑定眼を発動。
強さを調べるが、出て来ない。
つまり、こいつの実力はオレよりも上だ。
通常状態のオレよりも実力が上ってことは、最低でも準特級以上の実力者だ。
「あんた誰だ」
「俺を知らんのか」
「知らねえ。青の海岸か?」
「これか。チャラチャラしたもんだわ」
「???」
男はズボンの右ポケットからアクセサリーを取り出した。
青いペンダントを右手に持ってオレに見せつける。
「青の海岸ってことか」
「ああ。それのリーダーってところらしい」
「らしい!?」
「まあ。その話はいいだろ。ここはよ。アジトで暴れてくれたクソガキに鉄槌だろ! それに上も片づけなければならないから、瞬殺だぁあああ、はぁああ!」
声が裏返って、最後に喜んだような奇声になった。
「戦闘狂か!」
相手の真っ直ぐな動きを目で捉えながら、オレはカウンターを準備した。
拳闘士の『カウンター』を使用して、敵の攻撃に右拳を合わせる。
この敵、何もフェイントも仕掛けずに、オレに向かって一直線。
だから、タイミングさえ合わせれば、オレの右拳がこいつの顔面に入るはずだった。
「俺の性格が、真っ直ぐだと思ったな」
「は?」
「俺を信じたわけだ。戦闘狂だとな。敵を信じるとは、お前こそが真っ直ぐな男だ。面白いぞ」
「なに!?」
男が視界から消えた。
視野の真ん中で捉えていたはずだったのに。
タイミングを合わせるべき敵がいなくなって、オレの右のカウンターが攻撃先を失って、空振りに終わる。
しかし、それで終われば良かったが。
「どこ見てる。俺はこっちだ」
出してしまった右の拳の先から、敵の顔が出てきた。
「い、移動が・・・単純な移動が桁違いだわ」
「おう。それじゃ、一撃行くぞ」
勝手に体が浮き上がった。
よく見りゃ、自分の腹に敵の男の蹴りが入っていた。
痛みよりも先に、浮き上がった事実がやって来た。
そして、打ち上げられた。
「がはっ」
天井にぶつかって、下に落ちる。
「威力がやべえ。一撃でこれか」
たったの一撃で眩暈がするほどの蹴りの威力。圧倒的な破壊力だった。
「こいつはまさか。お前、英雄職か!」
「ほう。俺の蹴りの威力だけでそこに気付くか」
「何の英雄だ。この強さ・・・異常だぞ。戦士系統だな」
「俺は、究極戦士だ」
「マジかよ」
戦士系統最強のジョブ。
究極戦士
戦士の技を全て覚える事が出来る戦士だ。
そしてそれに対を成すのが。
最強戦士
武器特化した戦士だ。
選択した武器に応じた技を覚える。
実は、英雄職にもタイプがある。
特化型と万能型の二種類だ。
勇者、聖女、大賢者、仙人。
彼らは万能型で、覚えられる技の中に、他の系統の職種のモノがあったりする。
それで特化型は、覚えられる技の中に他の職種がない。
これの例として、英雄職には『大魔法使い』というものがある。
六大魔法に応じた特化した魔法しか覚えない魔法使いの事だ。
火、水、土、風、光、闇。
六属性に別れて覚えるから、その威力は大賢者よりも強いはずだ。
ただし、一個しか覚えないからの制約があるわけで、相性から考えると、ミヒャルの方が柔軟に戦えて強いだろう。
だから、こいつは、最強戦士よりも、臨機応変に戦ってくるぞ。
なのに。
「拳と蹴りだけ?」
装備がない。
上半身も裸だし、それで武器もない。
でもだ。せめて武器は持っているだろうから、この余裕から計算すると。
「お前、アイテムボックス・・・いや、これは武器倉庫を持ってんのか」
「ほう。お前、中々頭が働く。名前は?」
「ルルロアだ!」
「知らんな。ジョブは」
「無職だ!」
「?????」
男がギロリと睨んできた。
「嘘を言え。俺の一撃を食らって立つなんて、特殊職までだ。それ以下は立ち上がれんはず。ありえん。それも無職だと、下級職でもない!」
「ああ、わりいな。無職が立っちまったよ。その記録に泥を塗っちまったな。すまんわ」
なんか変な自慢をしてきたので、対抗してみた。
無職が立って、何が悪い!
無職だって、生きてんだぞ!
「俺を動揺させようとしてるんだな」
「は? お前、オレは真っ直ぐだと言っただろ。オレはいつでも正直者だ」
「嘘を言うな。ちっ。調べてやるか」
男が右手をかざすと、その手に突然剣が出てきた。
「確定だ。その動きは、武器倉庫だわ」
「なぜその知識がある。このスキルは極僅かな職種か持っていないぞ」
「ああ。実際に見た事はないけどな。オレって抜群の記憶力があるんでね。勉強したことは覚えてんだよ。いくぞ」
刀と剣のぶつかり合い。
英雄職と互角に戦えているのは、ルナさんの剣技のおかげと、獣化のおかげだ。
「なぜだ。なぜ互角!?」
「悪いね。世の中って、ジョブじゃないのよ」
「なんだと!?」
「世の中ってのは、個人の力量によるんだよ。それと努力だ。デカブツ!」
一撃を躱して、二撃目を刀で弾く。
そこから三撃目に入る男の動きの前に、オレは体を縦に回転させて、男の顎を蹴り抜いた。
「ぐあっ・・・お、お前」
男がバランスを崩して膝を突く。オレはそのまま後方に飛んで、距離を取った。
「堅えわ。堅い木みたいに、頑丈だぞ。こいつの顎、乾いた音したぞ?」
蹴り抜いたはずなのに、足が痺れる感じだった。
「俺が膝を・・・ふざけるな!!!!」
何故か、男がキレだした。
「英雄職以外で、俺は膝なんてついたことがない。お前、許さんぞ」
英雄職以外で?
その言葉はまさか、誰かと戦っている?
他にも英雄がいるんだ。
「お前、他にも知ってんのか! どいつと戦ったんだ」
というオレの言葉を無視して、この男はこっちに突っ込んできた。
怒りでほとんど考えていない様子だというのが。
「こいつのやり方だわな」
策士な部分が出てくるのが、こいつの戦法。
だから、オレはこいつが繰り出す奇襲を一つ思いついた。
それが最も効果的だからだ。
「はああああああ」
男の叫びの中で、瞳孔が開いた。
スキル発動位置を見ている。オレの頭の上が発動箇所だ。
「やっぱな。これで来るわけよ」
こいつの狙いは、武器倉庫を使った武器の出し入れでの攻撃だ。
武器倉庫の便利な点は、武器収納をする事だけじゃない。
どこにでも出し入れ可能な事が利点だ。
マジックボックスは、マジックボックスの箱から出さないといけないが、武器倉庫は、保存場所から、取り出す際に出現させるイメージがあれば、どこにでも出せる。
「だから、あんたは。オレの真上に武器を出すと思ったんだぜ」
剣、斧、槍、鎌、ナイフ。様々な武器がオレの上に出てきた。
落ちてくる武器を攪乱に使って、本命がこいつの突進攻撃。
この男は、中々頭を使って戦うタイプと見た。
それで、オレはすでに用意をしている。
反撃はこれだ。
「お前さ。オレを無職だとなめていたな」
「なんだと。これで終わりだぞ。負け惜しみを!」
「悪いな。そう易々とはやられんよ。ウインド!」
魔法使いの初期スキル『魔法の心得』
大賢者並みの威力を生み出さずとも、この攻撃の反撃が出来るから、簡単な方を選択した。
オレが出した魔法の風は、弱くてもこの無数の武器を動かすのに困らない。
風で武器を操り、敵に叩きつける。
「は、な、なに!? 魔法だと。戦士じゃないのか」
無職が嘘だと思っている敵は、オレの戦い方が戦士系統だったから、勘違いしていた。
オレは、バランス型だ。
魔法も。スキルも。そして、内政系も。
何でもこなすただの無職だ!
「おりゃ。よっと!」
自分の武器を食らいやがれ。
「それこそなめるな。俺が受け止めきれないとでも」
「ああ。そうだ。武器倉庫は、出すのは簡単でも、しまうのは難しいからな」
武器倉庫を作動させて、武器を出すのは一瞬だ。
しかし、片づけるのは一本一本武器を持って、どの位置にしまうかを決めないといけない。
頭の中のイメージでね。
だから、人間って、散らかすのは簡単だけど、片づけるのは難しいのよ。
「だから、普段から整理整頓しとけや! くらえ。自分の武器だろ。もらっとけ!!」
相手の武器を逆手にとった攻撃が、炸裂した。
「それを知ってるとは。貴様!?・・・くっ。ここは『鉄壁』だ」
男が発動したスキルは『鉄壁』
騎士にもその同名のスキルがあるが、発動内容が異なる。
騎士の鉄壁は、防御力全体を強化するのに対して、戦士の鉄壁は、自身の防御力に加算される。
こいつの素の防御力が高いから、そのスキルと合わさり。
「こいつ・・・マジか。バケモンだわ」
無数の武器たちが、奴の体に当たっていくが、全部が下に落ちていった。
体が硬すぎる。
「ふっ。ぬるい。まだまだいけるぞ。貴様程度のウインドでは、俺の装甲を破るような速さを持っていない」
「ああ。当然だ。オレの狙いがそれじゃないからな」
「な!? い、いつの間に」
敵は、懐に入ったオレに驚いた。
注視していたのは、離れていた位置だった。
さっきまでは、オレがあそこにいたはずなのに、そんな顔だった。
「悪いな。オレって、全部がブラフなのよ。悪いね、正直者でね」
「こ・・・こ、このガキが・・・嘘ばかりじゃないか!」
「ああ、そうよ。だから、ここでオレの最大の嘘をお見せしよう。いくぞ。仙掌底もどき」
「このや・・・ろおおおおおおおお」
仙掌底は、芯を食う。
どんなに体の表面が硬くても、武器すらも弾く肉体を持っていたとしても。
この技は、内部にまで浸透する。
「ぶっとべえ!」
「ぐあああああああああああ」
部屋の外まで吹き飛ばして、廊下を超えてぶっ飛ばした。
奥のT字路でやっと勢いが止まり、男が壁に寄りかかる状態になった。
「がっ。ぺっ」
絡んだ痰を出すと、敵の痰には血が混じっていた。
「俺が血!?・・・貴様!」
まだ立ち上がる元気があるようだ。
正真正銘の化け物だ。
仙人の力がもろに入ったはずなのに、すぐに立ち上がれるのは、奴自身の強さにある。
「ふぅ。結構クリティカルだったはずだけどな」
「まだだ。まだ行くぞ。このガキ!」
男が最初に一歩目を出した時、足のふらつきが見えた。
口は元気、上半身も耐えていた。
でも下半身の踏ん張りが消えているとオレは思った。
「はああああああああああ」
誤魔化しの咆哮。オレへの再度の突撃を試みたその瞬間。
オレたちの間に、誰かが現れた。
黒いフードに、黒い装束をした人間だった。
「アミナ。ここは引く。もうここでの活動はしなくてもいい。意味がない。ここは無理をして、地盤を築く場所でもないそうですよ。あちらが手に入れば、こちらはおのずとだそうです」
「ゲルデュス! 邪魔をすんな。この男は俺が倒す」
「倒すなど必要ない。これは無職。例の男です」
オレの顔を見ずに、オレを指差した男はゲルデュス。
聞いた事のない名だった。
「例の男ってのはなんだ!?」
「ヴィラン様の話を聞いていないのですか。まあ、いい。私たちはここから消えますよ」
「クソ。戦わせろ」
「いいから、マルスのような戦闘狂になってはいけません。大人しく帰ります」
ゲルデュスが、アミナを一喝。
そしてアミナの元まで一瞬で移動。
彼は右手でアミナの体を触った。
右手には魔力が込められているようで、光っている。
「その容姿。それに、あらゆる手を尽くして戦う。その戦い方。ルルロアで確定ですよね」
「なんでオレを知っている!」
「それは当然。我々は見ていました」
「見ていた? どういうことだ!」
「それはいずれ。せいぜい頑張ってほしい。あがけるのであれば、面白い存在になるでしょう。圧倒的に私たちが勝つのは、それはそれで面白くありませんからね」
「なに!? 待て!」
淡い白の光が二人を包み、姿を消えた。
気配すらなく、跡形もなく消えたのだ。
「・・・・なんだ・・・あれは??」
何が起こったのか。
オレには分からない。
でもここで考えている時間は無かった。
「クルス! クルス聞いてください。クルス。いや・・・いやあああああああ」
切迫している状況は、好転していなかった。
オレは、後ろを振り返った。




