第5話 思いの出発点
あの後。
オレは、どうやって帰ったんだろう。
村長の話も、幼馴染の話も、覚えていない。
自分が、惨めで情けなくて、辛くて悲しくて何も覚えていない。
きっと、あいつらなら話しかけてくれていたはずだ。
そういうイイ奴らだからさ。
でも、悪いけど、何も覚えていないんだ。
◇
帰宅してからのオレは、一度も外に出なかった。
部屋に鍵をして閉じこもった。
完全引きこもりになったんだ。
でも一つだけ覚えている事があって。
どっかの日の夜、ドア越しからこんな会話が聞こえてきたような気がした。
記憶が曖昧だから、はっきりとしていない。
「ルル。ご飯くらい食べなさいよ。ちょっとルル!」
「いいんだ。一人にさせてやろう。母さん」
母さんと父さんは、オレの事を心配していた気がしたんだ。
◇
母さんたちが話していた日の翌朝だと思う。
ここから記憶がある。
なぜなら衝撃的な始まりを告げたからだ。
爆音の足音が聞こえた後に。
「どーーーーん。グッモーニン! ルル!」
鍵をしていたはずの部屋のドアが縦に開いた。
ぶっ壊れると同時に、父さんがドロップキックでオレの前に登場した。
「・・・・・」
目の前で凄いことが起きても無言を貫いた。
「朝だぞ! メシだ!」
でも、父さんの顔面の圧が強すぎて答えるしかなかった。
「いらね」
「何言ってんだ息子よ! 何があってもメシは大切だ! ほれほれ」
父さんは、オレの服の襟を掴んで引きずる。
「離せよ父さん。離せ」
「親父は息子を離さんぞ。観念しろい。はははは」
オレの父さんは、いつも異常に元気だ。
朝っぱらから夜寝るまで、永遠に元気なんだ。
疲れた顔も見た事がない位に元気なんだ。
風邪も引いたのを見た事がない。病気とは無縁の人だ。
つまり、馬鹿だ!
オレは引きずられて、食卓テーブルに連行された。
最終地点は食卓の椅子だった。
「よし。食うぞ。ほら。どっこいしょ」
持ち上げられて、席に押し込まれる。
座ることになったオレは、ムスッとしながら隣を見た。
すると、いつもガミガミうるさい母さんの目が腫れていた事に気付いた。
どうやらずっと泣いていたみたいだ。
たぶんオレが部屋に塞ぎ込んでいたのが、よほどショックだったみたいだ。
いつもなら、必ず一緒にご飯を食べるから・・・。
「ほら、ご飯だよ・・・食べな」
泣いていた癖に、母さんはいつものようにして、ご飯をよそってくれた。
「・・・いらね」
「いらねじゃな~~~~い。いる!」
父さんのドロップキックがオレの首に入った。
骨が折れるかと思うくらいぐにゃッと曲がる。
「どんな時でも。メシは食え! ここめっちゃ大切。メモしとけ」
「……紙がない」
「頭にメモせよ! 息子よ!」
もう一回ドロップキックが来た。
今度はオレの腹に入り、背中まで痛みが走る。
ご飯食べろって言ってるのにお腹を蹴るのはおかしくないか。
吐きそうになるわ。食べられんわ!
と強く言いたいオレだった。
「いらね。いらね。オレはもうなんもいらね。何にもいらねえんだよ。何にもねえんだよ。オレは・・・オレの人生は・・・もう終わったんだ!」
女神への文句が、ついつい愚痴になっていた。
人生が終わった。
この時のオレはそう思っていた。
「いる! いる! 俺はいる! めっちゃいる! 俺の人生にお前は凄くいる! いるしか考えられん」
父さんの方が駄々こねた人みたいになった。
「うっせえ。オレの人生は、終わりだって言ってんだよ!」
「ふざけんな。お前の人生なんか始まってもないわ」
「あの天啓があったんだぞ。無職の天啓だぞ。そんな職業の奴、この世界にいるか! 聞いたことないわ!」
「超激レア職業だ! 無職を誇れ。息子よ!」
「誰が誇れるか! 馬鹿!」
「なぁに!? 親に向かって馬鹿とはなんだ。このバカバカ!!」
俺の父さんは強引な人だった。
陽気で明るいレオンに似ているけど、レオンよりもわがままな人だった。
「いいか。息子よ。俺の人生にお前と母さんが、絶対に必要だ! いないと困る!!!」
オレと母さんの前で、堂々と言える精神が凄い。
父さんは、頑固で素直だ。
「そんでな。お前の人生なんて、まだまだこれからだぞ! 勝手に自分で、自分の人生を決めつけんな。天啓で得た職業なんて、あくまでも職業だ。その仕事をしろなんて言われてもないんだ。いいか。なってもいいんだ! ていうくらいのただの思し召しだ。あえて言えば、神から言われるおススメの様なものだぞ。だから何の仕事でも、がんばりゃできるんだ。父さんなんてな。戦士だけど今は農家をやってるぞ。だから、天啓なんて関係ないんだわ!」
父さんのジョブは、下級職の戦士。
でも、今の仕事は農家だ。
父さんが覚えているスキルたちは、今の仕事では全く役に立たない。
でも父さんは楽しそうに働いている。
この人、変なくらいに毎日笑顔だ。
「父さんは戦士だろ。でも俺は無職なんだぞ。なんも出来ない奴じゃんか」
「何も出来ない? 別にいいだろ。お前はまだ子供だぞ。今は何も出来ないでもいいんだ。これから何かが出来る大人になる。そう信じろ。何よりも自分を信じろ。息子よ!」
「・・・クソ、話が通じない。帰る!」
「どこにだ! ここがお前の家だ!」
「部屋に帰る!」
「帰さん! とお!」
父さんはフライングチョップを仕掛けてきた。
オレの首にぐっさり突き刺さる。息ができねえ!
「首の骨が折れるわ! 死ぬわ。何考えてんだよ」
「手加減してるし、このくらいで骨なんて折れんわ。人間、そんな軟じゃない。だから頑張れる」
首の痛みのせいで、この人が何言ってんのか分からない。
・・・いや、痛みがなくても何言ってるのか分からない。
「今ので死んだらどうすんだよ」
「死なん! 生きる! 頑張れ! お前な・・・死んだらどうするって思っている時点でな。お前はまだ死にたいなんて、一つも思ってないんだ。だから前を見て生きろ!」
「・・・・・・・・・・」
「いいか。一つだけ言うぞ。人はジョブが全てじゃない。人は人だ! 自分を忘れんな。これを忘れんな!」
「・・・言いたい事、一つじゃねぇじゃん」
あの時、悪態ついていたけど、父さんの言葉はオレの心理を深く突いていた。
死にたいくらい恥ずかしい事を経験した。
でも、本当の所は、死にたいとまでは思っていなかったんだ。
生きてもいいのかと思い始めた時に。
「ルル。あなたが無職だからって、誰かに何をされても、誰かに何かを言われてもね。私たち親はね。最後まであなたの味方よ。だからご飯、いっぱい食べて今日を生きましょう・・・ね!」
いつもガミガミうるさい母さんが優しく言ってくれた。
この出来事でオレは、少しだけ立ち直れた気がしたんだ。
だから、この後。
両親のおかげで、家の中では動くことが出来たんだ。
◇
だが。
あの日から、オレは家の外に出ることが出来なくなっていた。
恥ずかしくて、情けなくて、外の世界が怖いと思った。
この恥ずかしい職業の事で人になんて言われるのか。
人に自分の事情をなんて説明したらいいんだろうか。
実は戦士でしたとか。
嘘をつけばいいのかなとか、色々考えて。
それを悩むだけで一日が憂鬱になっていったんだ。
あれから、一カ月以上後。
まだ外に出られないオレが部屋にいた時。
「なあ! 外出ようぜ。おい。ルル!」
部屋の窓に、レオンが貼り付いていた。
べったりくっついているから、外の景色が見えない。
レオンしか見えない。
「出ない。ほっといてくれ」
「なんでよ。遊ぼうぜ。綺麗なお嬢さんを見つけた。ナンパしよう」
「勝手にしてこいよ」
「なんだよ。遊ぼうぜ!」
「遊ばん!」
なかなか諦めないレオンは、次に綺麗な女性を見つけたらしく、またお尻を追いかけてどこかへ行った。
すると次に。
「おい! これ見ろ! 凄くねえか」
「ん?」
ミヒャルがオレの部屋の窓に、デッカイクワガタを貼り付けていた。
正直に言って気持ち悪い。
「これ見ろって。スゲえんだぜ。珍しいんだ。なぁ!!」
「凄くねえ。うるさいからやめろ」
「んだと。そんなに家の中にいたら、具合が悪くなっちまうだろ。虫取り行こう!」
「いい。お前だけで行けよ。寝る」
ミヒャルがしつこくてオレは怒った。
カーテンを勢いよく閉める。
でも、俺はその時のあいつの顔を一生忘れない。
泣きそうな顔をしているミヒャルなんて見たことがなかったんだ。
そして、少し時間が経つと。
カーテンを閉めていたはずなのに、窓に何かがぶつかった。
『コン、コンコン』
「な、なんだ?」
ベッドの上で座っていたオレは、思わずびっくりして声がちょっとだけ出た。
「ルル・・・美味しいオレンジですよ。食べてくださいね。元気出してくださいね」
エルミナが小さな声でオレの窓に話しかけていた。
声がほんとに囁き声で、聞き取りずらかったけど、彼女はたぶんカーテンが閉まっているから、オレが寝ていると思ったからこそ、窓に話しかけたんだと思う。
「・・・エルか?」
声をかけると。
「い、いいえ。ちがいますよ。通りすがりの女の子です・・・じゃ、じゃあ」
エルミナは慌てた声で答えて、『トトト』と走り去る音を出した。
彼女の気配が消えた後。
オレはカーテンを少しだけ開けてみた。
すると窓の縁にオレンジが置いてあった。
ここ最近、毎日何か置いてあるなと思ってはいたが、エルミナがずっとオレの窓辺に食べ物とかお菓子を置いていたんだ。
これは、お供え物か。
なんて冗談を言って、彼女の顔を見ればよかったんだ。
それがオレのすべきことのような気がしたんだ。
って、悩んでいたら……。
「zzzzzzzzz」
「なんでだよ!!!!!」
オレが座っていたベッドの中で、イージスが寝ていた。
「おい。起きろよ。イー」
「zzzzzzzzzz」
「人の部屋で寝んじゃねぇ」
「・・・ルル。元気出せ」
「ん!?」
「・・・ルル。みんな心配してる」
「そうか」
「・・・そうだ。心配・・・zzz」
「寝てんじゃん。ほんとに心配してんの? これ、どういうこと???」
深い眠り、浅い眠り。
どっちにしたってイージスは寝ながらでもオレのことを心配してくれていた。
こんなに皆に迷惑かけちまうなら、外に出て一緒に遊べばいいのか。
そんな風に思ったオレは次の日。
今日もレオンが窓に貼り付いていた。
「なあ。遊ぼうぜ」
「そうするか!」
「ほんとか! ナンパか!」
「しねえよ。それはお前だけの遊びだろ。遊びって言ったら、それしかお前の頭にはないのかよ」
誘われたから、外に出ようと思った。
みんなが心配してくれるなら外に出ようと思った。
でも、俺は玄関先で止まった。
怖かったんだ。ずっと閉じこもっていたから。
怖かったんだ。誰かに何か聞かれるんじゃないかって。
怖かったんだ。誰かが俺を馬鹿にしてくるかもしれないって。
悩んでドアノブに手をかける。
そして離すを繰り返す。
そしたら、向こう側から勝手にドアが開いた。
「おう! 虫取り! 行こうぜ!」
「いいえ。皆で木の下でお話しましょうって。さっき言いましたよ」
「・・・眠い・・・・」
「何でもいいから、さっさと外行こうぜ。みんな!」
四人に導かれるようにオレは外に出た。
オレの大切な幼馴染は何があっても友達だったんだ。
嬉しい時も辛い時も、楽しい時も悲しい時も。
オレはこいつらがいれば、それで十分幸せなんだ。
そう思うようになったのはここからだった。