第18話 英雄と無職 ⑤
「これはまさか」
ママルさんを追いかけ。
山の斜面を下っている途中で気付く。
追いかけているのは一体のゴブリンだと思っていたが、足跡が無数にあったのだ。
「奴は偵察兵? 群れで行動している跡があるぞ。こいつは・・・」
別なスキルを発動させているオレは、思考加速を併用できずにいるので、単純な思考しかできなかった。
現在発動させているスキルは。
スキル『豪脚』
ジョブ『飛脚』の初期スキルで、ジョブ『登山家』が成長したら覚えるスキルだ。
この能力は、どんな場所、どんな体勢であっても脚力を維持できること。
それと、走りの体力消費を抑える能力がある。
運送屋さんのバイトの時に、カナデさんという人がこのジョブスキルを持っていた。
カナデさんはお手紙配達のプロであった人だ。
オレのアルバイト力は伊達じゃない!
舐めんなよ、ゴブリンめ!
◇
斜面の途中でゴブリンの足跡は進行方向を変えた。
下に降りずに横に移動。
しかも足跡の数が異常に増えた。
「な、な!? こんなところに洞窟」
ゴブリンは巣穴に帰還したようで、薄暗い洞窟が根城だった。
「クソ、オレ一人だぞ。マジかよ。でもおかしいな」
『豪脚』を切り替えて、感知(臭)と視野を交互にだして先へと進む。
匂いがゴブリンだけじゃない。
最も嫌な匂いがするんだ。
それが。
「人の匂いがある・・・ただ、死んでるかもしれん」
死臭がしたのだ。
このゴブリンたちはまさか登山客を狙っている?
ここは比較的安全な山じゃなかったのか?
疑問は尽きないが、オレの怒りは湧き出る。
「急がないとまずい」
「きゃあああああああああ、いやあああああああ」
奥の方で反響する悲鳴が聞こえた。
声の方に向かう。
複雑に入り組んだ洞窟内を走破していき、オレは、途中で出くわすゴブリンにスキルで応戦。
「肉体加速。 桜花流 乱れ桜」
脇差で容赦なくぶった切る。
オレ自身はゴブリンに何の恨みもないが、もしこの事態がオレの想像通りで、ここにいた人たちの結末が死であるならば、絶対に許せない。
◇
勇者レオンは、オークキングとの戦闘を一人でこなしていた。
彼が移動した軌跡は、黄金の閃光。
ジグザグに動いて相手を動きで圧倒するが、相手の装甲が意外にも厚くて硬い。
裸に腹巻。
ちゃちな王冠。
これくらいしか防具がないのに、素の防御力が段違いであり、レオンの攻撃が効いてなかった。
「強い。これがCランクか・・・正直、俺の攻撃力を上回った防御力を持っていると思ってなかったわ」
勇者レオンは冷静だ。
普段のお茶らけた姿など、いずこかへといってしまった。
でもこれも当然である。
彼もまたホンナーの指導を受けているからだ。
彼が教えたのは、戦いに必要なもの。
冷静な判断と手札だ。
常に落ち着いた気持ちで戦いに入り、己の攻撃と防御の種類をあらかじめ用意すること。
そしていざ戦いになったら、相手の弱点に合わせて選択すること。
ホンナーは、四人にそういう戦いの方法を指導している。
彼は余計な知識をこちらから入れずに、自分たちで考えるように仕向けるのが上手い先生だ。
英雄職には英雄職の戦いがあるのだ。
下級や上級などの別の職業の基礎を教えるよりも、彼らの特徴を活かす方が良いだろうとする判断だった。
英雄職は基本、普通にしていても相手を上回るスキルをいくつも持っている。
なのでどんな技を繰り出しても相手を圧倒してしまうから選択というものをしなくなる。
言うならば、じゃんけんでグーを出しても、パーに勝てるのと同じ。
威力が凄すぎて、パーを貫通するのだ。
でも、彼らにはその重要な選択をさせたわけだ。
最も有効な手段を選ばせたのだ。
だから、ホンナーは素晴らしき英雄たちをこの世界に誕生させた。
素晴らしい先生であったのだ。
「これは、ミヒャルとイージスを待った方がいいか・・・まずはどうする」
「ぐおおおおおおおおおおおお」
勇ましく吠えたオークキングの攻撃は空振りに終わった。
「回避は上手くいくがな・・・どうだあっちは・・・」
レオンは自分の後方で戦う二人を見た。
◇
大賢者ミヒャルと仙人イージスは、声をかけてカバーし合いながら戦闘を続けていた。
迫りくる敵は、倒しているのに、何故か減っていかないように感じる。
「おかしいぞ・・・イー! これはどういうこった」
「おらもわからん」
二人は戸惑いながら魔法と仙技で対抗していた。
そこに魔法を展開し続けている聖女エルミナが言う。
「イージス。気配はどうなってますか? スキルを発動させてください。それも先程よりも広範囲でお願いします」
「うん。わかった。エル!」
イージスが『気配』を発動。
目の前にいる砂人形と同じ気配が、自分たちを囲んできている範囲を超えた場所にもあった。
プロテクトウォールの下。
囲んでいる敵。
そしてなんと、その更に奥の場所にも数十体以上はいた。
「・・な、なに・・・」
「どうした。イー!」
驚いたイージスに驚くミヒャル。
滅多に驚かないイージスだからこそ、ミヒャルもつられて驚いてしまった。
「これは、百体近く。おらたちの周りに敵がいる」
「ば、な、なに・・・マジか・・・イー」
「うん」
目を閉じた聖女エルミナは、今のイージスの情報で頭の中の整理がついた。
「わかりました。これは、モンスターパレードです」
「エル。なんだそれ?」
ミヒャルは意味が分からなかった。
「ミヒャル、先生の話を忘れましたか」
「すまん。覚えてねぇ」
「そうですか。モンスターパレードとは同モンスターが連結して連続で出現する。お祭り騒ぎのエンカウントバトルの事ですよ。主にはダンジョンで遭遇するはずなのに・・・こんなところで・・・まさか」
モンスターパレード。
同種のモンスターが大量に出現することを、昔の冒険者が、お祭りで人が集まる様子に例えたことから始まった名称である。
名称だけ聞くと、とても楽しそうであるが、滅多に起きない最悪のエンカウントバトルの事を指しているので、全く楽しくない。
「これは。本来はルルみたいな策士がいないと厳しいです。ですが、先程、ルルはママルさんを助けに行きましたからね」
「そうだなっと。ウインドアロー! エアロボール!」
ミヒャルが魔法を操作しながらエルミナと会話する。
当然エルミナもプロテクトウォールを展開している。
二人の魔力は相当で、魔法自体は楽に発動できている。
さすがは大賢者と聖女と言ったところだ。
しかし、キリがないことに二人は焦っていた。
魔力の継続消費は、いずれ魔力切れを起こす。
後に回してはいけない大問題である。
「ミヒャル、私は自分の魔法を仕掛けたいんです。それには・・・」
言いにくそうにしたエルミナにすぐに返事を返すミヒャル。
「んん? どんな魔法をだ?」
「邪を取り払う魔法です。この砂人形からは敵意や邪念のようなものを感じるので、効果的な魔法になると思います。そこで、このプロテクトウォールを解除したいのですが……そうすると、観光客の皆さんが危険に」
「そうだな…よし、わかった。うちが皆を魔法で少し浮かす。エルは、その魔法、発動まで何秒だ」
「15秒です」
「そうか。15秒・・30名を。ギリギリだな」
ミヒャルは、計算し始めた。
自分の風魔法で、観光客の身体を地面から一メートル以上浮かす魔力の量と、それを15秒間も続けさせる魔力の量を考えている。
「よし、これは80cmならいけるな。イー!」
「・・どした?」
「うちが観光客の人たちを宙に浮かす。それで、80cm浮かすから、下から出てくる手をお前が叩けるか?」
「出来る。そこに集中するだけでいいなら、おらでも出来る」
「おっしゃ、やったるわ・・・・三十秒後、うちが皆を浮かしたら、エル、イー、頼んだ!」
「はい」「うむ」
三人は連携を駆使してモンスターパレードを打ち破ろうとしていた。
◇
「すみません。今から皆さんを宙に浮かします。なので力を入れないで風に身を委ねてください。踏ん張ると浮きませんから」
ミヒャルはそう言い、魔力を展開した。
風が彼女の周りに沸き起こってから、一気に巨大な風が観光客の回りに起きる。
「ウインド!」
初級魔法ウインド。
本来はただの風、そよ風くらいの弱い風であるが、使用者に応じて威力が変化する。
風魔法は、ウインドとエアロがある。
その違いは。
ウインドは拡散系統でエアロは圧縮系統の魔法である。
「う、浮いてる・・うわああ」
「きゃああ」
「おおおお。おおおお。宙に・・ハハハ」
観光客の反応も千差万別である。
「イー、頼んだ。エル! 早くしろ」
「うし」「はい」
◇
今までは、観光客の下から出ていた手は、有効的な攻撃となっていなかった。
エルミナの光によって観光客の足が守られていたからだ。
だが、ここに来てその光が消えた。
突如として消えた光に、今こそがチャンスであると、砂人形は観光客の真下から出てこようとした。
片手を伸ばし、肘の関節部分が出ると折り曲げて、地面に手を固定してから、体を地上に出現させる。
体が出てきた敵たちは、これから観光客を襲おうと思ったらしいが、それが悪手である。
なぜなら・・・。
「おらの仙技で片づける。大大大合掌」
イージスの必殺スキル『大大大合掌』
このスキルは敵の懐に入り、両手を合わせるだけ。
ただそれだけで相手を粉砕する攻撃スキルである。
一つ手が合わせる度に攻撃と速度にバフがかかる仕組みなので、最初の一体を倒してから、どんどん速度や攻撃力が上がっていくのである。
下から出てくる砂人形を全てイージスが粉砕していくと、エルミナが構える。
持っているスタッフを天に掲げた。
「聖なる光よ。天よりし微笑みかけよ。『リ・ミロオ』」
エルミナから発せられた光は天へと昇り、その光は天から跳ね返って地面に降り注ぐ。
一本の太い柱のようだった光は途中で無数に別れ、砂人形に襲い掛かった。
「悪しき心のモンスターたちよ。私たちではなく、一般人から狙うなど、言語道断であります。この世から消えなさい。消滅なさい」
エルミナの静かな宣言の後。
砂人形の軍団は跡形も無く消滅した。
◇
勇者レオンは、オークキングを見上げて宣言した。
「あっちも終わったみたいだし、俺もとっておきでケリをつけるわ」
レオンが握っている剣が輝きだす。
赤・橙・黄の三色が剣を彩っていった。
「まだ未完成だけど、お前くらいならこれでいけるぜ」
「ぐお」
オークキングは構えを変えた。
棍棒を両手で持つ。
「おし、最後の勝負だ。お前も気張れよ」
オークキングは、レオンの持つ力に気付いた。
戦いの手は止まり、次の攻撃でどちらかが倒れる。
両者はそう感じた。
◇
薄暗くて見えにくいけど、洞窟の最奥に近いと思う。
何故かと言ったら、ここから移動先がない場所に到着したからだ。
この場所は、血生臭い匂いが取れない上に死臭もする。
嫌な気配を感じてから、目を凝らすと少しずつ詳細が見えてきた。
脇にあるのが人の死体、これが姿からして登山客じゃない。
それに冒険者の様な装備でもなく、一般人のようである。
という事はどこかから拉致して、監禁して、弄んだのだ。
女性の服が破れて、所々で裸体となっていたり、男性はボロボロで、拷問にあっていたりと、とにかくこの現場は酷い有様である。
そして現在はというと。
ここで行なわれそうになっている光景だって酷いものだった。
目隠しされたママルさんを、長テーブルに縛り付けて、服を破いていた。
全身が露出されてはいないが、彼女の肩や足はすでに露出していた。
彼女の恐怖した顔が、この暗い洞窟内でも見えた。
徐々に目が慣れてきたオレは、一気に怒りが頂点に達した。
「てめえら・・恐怖のどん底に・・・いや、死よりも恐怖してもらおう!」
冒険者としてのオレの戦いは、心の底からの怒りで始まった。




