第17話 英雄と無職 ④
最初に違和感を感じたのが足の裏。
一歩。
前に踏み出した時の音と感触がおかしかった。
さっきまでは、『ザッザッザッ』と地面と靴が擦れる音がしっかり聞こえていたのに。
今だと『ぐにょん』という感触が足の裏に伝わった。
硬めの土から、いきなり柔らかい土になって、足音も無くなったのだ。
山頂付近になってるから、さっきまで雨が降っていたのかと思ったが、全く降っている気配がない。
木々に濡れた跡がないんだ。
だから泥一歩手前になっている土がおかしい。
「イー。おかしいぞ」
「ん?」
「今が気配の全力だ。足元を重点的に頼む!」
「・・・わかった」
イージスがスキルを発動。
気配を感じているみたいで、下をじっと見つめたまま動かない。
「ふ、深い。ルル。下になんかいる。数も・・・20くらい? いやもっと下にいるのかな。たくさんいる!」
数が多くて、イージスが大変そうだった。
「なに!? だから、敵の匂いがしなかったのか。オレたちを下から追いかけてたのか」
「んんん。でもさっきのおらの気配の時にはいなかったぞ。今よりもさらに深くにいたのかもしれない」
「そうか。それなら、今がチャンスだと思ったのか? ・・・ということはこいつは、あのモンスターだな。なら、ここでそんな話をしている時間がもったいない。どっかのタイミングでこいつらじゃない。すげえ強いモンスターが来るぞ。イーはそのまま背後と下の警戒を頼む。オレは前に行く」
「え? うん。わかった」
イージスを最後方に置いて、オレは前に行く。
集団の真ん中にいるエルミナに会って。
「エル! オレと一緒に先頭に来てくれ。ミーはここで警戒をしてくれ」
「はい」
「え。なんで? うちは?」
「ああ。ミーは、ここにいてくれ。たのむ」
焦っていたので、一言でしか言えなかった。
理解を得られるとは思わないけど、ミーはオレの慌てている様子を見て引き下がる。
「ちぇ、わかったよ」
拗ねたミヒャルを置いて、エルミナを先頭集団に連れて行った。
◇
「レオ! ママルさん! 敵が来ている」
「なに。どこにだ!?」
「ええええ。ど、どこにでしょう」
二人のいた地面の変化は、後方と同じ。
先頭の方がむしろ重たい土かもしれない。
「地面にいる。たぶんオレたちと一緒になって移動している」
「地面だと!?」
レオンが下を見た。
「ああ、そして、この土が泥や沼に変化するのであれば、このモンスターは・・・」
モンスターの名を告げようとしたら、上から咆哮が聞こえた。
「ごばあああああああああああああ」
そいつは、大きな頭のくせに、やけに小さな王冠を被せている。
緑の身体に、鋼のような分厚い筋肉の鎧を纏ったモンスター。
鉄の塊の強度を誇る棍棒を持つ奴は・・・。
「オークキングだ………ちと、まずいな。レオ、エル」
わざわざ出迎えに来てやったみたいに。
オークキングがゆっくりとこちらに向かってくる。
Cランク相当のモンスター『オークキング』
二級冒険者が複数いて初めて倒せる難易度のモンスターだ。
という事で、この依頼がBランク相当の護衛任務に変化した。
オレたちは四級。
準一級の依頼を四級五人でこなすという離れ業をしないといけなくなった。
そう。
いけなくなったとは、逃げることが出来ないクエストとなったのだ。
「引くのはできない!」
「ルル?」
エルミナが首を傾げる。
「ここの下にいる奴らのせいだ。今、オレたちが逃げる選択肢を取ると、観光客の人たちを犠牲にしてしまう。足元にいるモンスターは、逃げ足を遅くしたうえで、この人たちを襲うからな。だからここであいつと下から出てくる奴らと戦うぞ。時間がないから、オレの指示の通りに頼む。いいか! 二人とも! 絶対に守るぞ」
「おう」「はい」
レオンとエルミナが返事をした。
だが、まず最初に指示を出すのは、二人じゃない。
「ママルさん。お客さんを出来るだけ一塊にしてください。おしくらまんじゅうのように真ん中にギュウギュウと固まる形です」
「え。な、なぜ?」
「お願いします。今すぐです。あいつが降りてくる前にです」
「わ、わかりました」
指示通りにお客さんを集め始めたママルさんは、懸命に動いてくれた。
すぐにお客さんが集まる。
「よし、いいか。レオンはオークキングと一人で戦ってくれ。ただし、無茶すんなよ」
「いいぜ。あんなのたいしたことはない。まかせろや。ルル!」
「さすがだ。強い心で助かるぜ。でも、あいつ一体だけとは思わないでくれ。周りも警戒してくれよ」
「わかった」
レオンはモンスター戦闘の場数をあまり踏んでいないが、この現状で恐怖するような軟な心ではない。
勇者がもつ勇気は、精神系の状態異常にかからない。
こういう時に凄く助かる存在だ。
「エル! プロテクトウォールを地面に頼む」
「・・・え? 地面? 地面でいいんでしょうか?」
「そうだ。今から集まってもらったお客さんの地面にずっと貼り続けてくれ」
「わかりました。やります」
「頼む」
エルミナは発動させる魔法の規模を測り、魔力を微調整する。
範囲と威力。そして継続させる。
これは莫大な魔力を持っているエルミナだから出来る。
ここに、ミヒャルとイージスがオレたちの所に来た。
「いいか。ミー。イー。オレたちはこの人たちを守るぞ。今から、レオンが戦闘を開始すると、地面から敵が出てくるはずだ。こいつらはな、どさくさに紛れて襲ってくる奴らなんだよ。そこで、エルのプロテクトウォールによって、彼らの足下を守る。だから絶対に彼らの下からは、敵が出て来ない。だから二人は、プロテクトウォールの周りから出てくるモンスターを倒してくれ」
「わかった」
「・・・うし」
茶々も入れずにすんなり返事をしてくれた。
オレたちは、真剣な時と遊んでる時の違いがある。
真剣な時は、必ずオレの言葉を聞いてくれるんだ。
「下から出てくるモンスターは、砂人形だ。Dランクのモンスターで、地面の性質を変えて戦ってくる奴だ。単体では、強くないけど、団体だとめんどくさくなる奴らで、こいつの基本は強いモンスターのそばにいる事なんだ。本命の戦いに横やりを入れて、獲物を勝ち取ろうとする姑息なモンスターでな」
モンスターの特徴を伝えても、正直イージスには伝わるのだろうか。
やや不安は残る。
「それで、ミーの攻撃は風で頼む。イーは速度重視の動きで頼む。地面から出てきたら最速の攻撃で蹴散らしてくれ。プロテクトウォールの外から出てくるはずだから、そこを狙え」
二人は黙って俺の指示に頷いた。
◇
三十秒後。
「ルル! オレは戦いに入るぞ。いいな!」
「おう。わかった。勝てよ」
「誰にモノ言ってんだ。俺は勇者レオンだぜ」
「わかってるよ。村人レオン。勝つと信じてるわ」
意気込むよりも、いつもがいいだろう。
オレは冗談で返した。
「おう! んじゃ。いくぜ!」
レオンは一人でオークキングと戦闘になる。
その瞬間。
「エル! 展開だ! 出せ!」
「わかりました。プロテクトウォール!」
ママルさんのおかげで観光客の皆さんはおしくらまんじゅう真っただ中だ。
ギュウギュウになった彼らの下には、プロテクトウォールがかかった。
これで敵の手が、直接伸びて来なくなる。
「エル。そのまま維持だ! 次、敵が下から出てくるぞ。いいな。イー、ミー」
「・・・うし!」
「おうよ。うちの魔法で斬り刻む」
『ゴン、ガン。ゴン。ガン』
エルミナが出したプロテクトウォールのおかげで、下から出てきている手が、観光客の皆さんの足を守る。
ガラスに手をつける子供みたいにベタベタとプロテクトウォールに手がつく。
その光景はお化け屋敷である。
「ひええ」
「おわあああ」
慌てる観光客たち。これも当然の反応だ。
一瞬チラッと見ただけでは、人の手のようにも見えちゃうからさ。
ある意味ではホラーだ。
「慌てないで、皆さんのことはオレたちが守りますから。この光から、絶対に逃げださないでください」
声をかけて、皆を若干だけ落ち着かせる。
すると敵の手が鳴り止んだ。
続けて指示を出す。
「ミー! 今から、エルの魔法の範囲外から敵が出てくるぞ。だから、範囲魔法だ! お前の正面から数体出てくる」
「わかった。風、風、風ええええ」
ミヒャルはハイテンションで、魔力を練り始めた。
正面に五体出現。
その瞬間、魔力を練り上げたミヒャルが即座に魔法を発動させる。
「ウインドラッシュ!!!」
風魔法ウインドラッシュを発動。
魔法レベルにしてすでにBランクの魔法。
四級が繰り出すようなレベルの魔法ではない。
彼女の攻撃によって、敵五体が、地上に出てきた瞬間に、虚しくも斬り刻まれた。
やっと出て来ただろうにご苦労様だ。
あのウインドラッシュは、ウインドを幾重にも重ねて発動させることで、相手を斬り刻んでいる。
乱風の風魔法である。
地上に出た偵察部隊が一瞬で消えたことを知らない砂人形たちは、上の状況を知らずに次々に出てきた。
敵たちは、先遣隊がオレたちを捕らえたつもりでいるらしい。
首を振って先遣隊を探していた。
「ミー、固まってる奴に範囲で行け!」
「おうよ。ウインドラッシュ!」
「イー。こっちに来る奴だけ、反応して戦え」
「・・うし」
観光客の後方の砂人形が一体、こちらに向かって走って来た。
上から垂らした糸に引っ張られているような体の動きは気味が悪い。
お客さんの悲鳴が聞こえたら、イージスが動く。
瞬間移動かのような爆裂な移動方法で、一気に敵の前に出た。
「消す! 仙掌底」
手の指の全てを折り曲げて、手の平全体で敵を捉える仙人の技。
その攻撃の振りの速さは、手が消えたように感じる。
人とは隔絶した能力の掌底攻撃で、砂人形の肉体は消滅した。
木っ端みじんになるほどの破壊ではなく、この世から消滅する圧倒的な攻撃力である。
戦況は数の違いがあってもこちらが優勢。
二人の力は、Dランクのモンスターを遥かに上回っていた。
「きゃあああああああああああああああああああ」
観光客の悲鳴が聞こえた。
オレが振り向くと、女性に手を伸ばしている敵がいたのだ。
それは砂人形ではなく、ゴブリンだった。
「な、なぜ!?」
疑問に思う時間がもったいなかった。
反応が遅れてしまったオレよりも、勇気あるママルさんが観光客の女性をかばって、ゴブリンに捕まってしまった。
引きずられていく彼女は、プロテクトウォールからも出て行き、山の斜面の方に連れていかれた。
「ママルさん!? クソ! イー! ミー! 全力で戦え。オレはこのままママルさんを助けに行く。指揮は届かないから、自分の力で頼む」
「おっしゃ、必ず救えよ。ルル!」
「わかってる!」
「まかされた! ルル!」
イージスが珍しく大声で返答した。
「信じてるぞ。イー!」
イージスに返答した後、エルにも声をかけた。
「エル。まだ魔法は展開していてくれ。きついだろうがな」
「大丈夫です。まだいけます」
エルミナは強く頷いた。
「おし、そいつらを全て片付けたと思ったら、レオの加勢をしてくれ」
「「わかった」」
戦場の全てを仲間に任せたオレは、ママルさんを救出しにゴブリンを追いかけた。




