第9話 モンスターウエーブの苦い記憶
モンスターウエーブとは。
ジャコウ大陸に住む人々であれば、誰もが知っている災いの事だ。
それは名を聞いただけで恐怖する最悪の災厄でもある。
モンスターが波と共に出現してくるから、モンスターウエーブと呼ばれている。
出現場所は、ジャコウ大陸の東半分のどこかの海岸となっている。
ここが曖昧なのは、毎度場所が違うためだ。
予兆を見極めねば、正確な位置を把握できない。
モンスターウエーブは最初、薄い赤の波から始まる。
それが段々と濃い色に変わっていって、真っ赤な波に変化し始めると、モンスターが出現してくるようになる。
大きな波が一つこちらに向かってくると、大量のモンスターが海岸に打ち上げられて、完全上陸を目指して、突き進んでくるのだ。
だから、この時の為に、ジャコウ大陸には軍があるといっても過言ではない。
グンナーさんたちが、日々努力をしているのは、都市の治安維持のためだけじゃない。
この災厄から、大陸の人々を守るために、毎日必死に訓練を重ねているのだ。
◇
三年前。
当時のオレは、卒業年度の学生だった。
スキルを取得するために、軍の訓練にも参加していたオレは、師匠とルナさんと共に、出撃したんだ。
それは師匠にお願いをして、オレは参加させてもらった。
オレの実力が、既に分隊長クラスはあるだろうから、許可ももらえていた。
それで、オレは軍人じゃないけど、帯同する中では最年少になる。
だから皆から、無職だとかでいじられるかと思ったのだが、そんな事は無かった。
ここの軍人さんたちは誰もオレを馬鹿にしない。
仲間の一人として迎え入れてくれたんだ。
それで、一番に可愛がってくれた人の元で、オレは災厄に参加したのだ。
移動中の馬車。
「ルル。お前は無理すんなよ。俺は前方型の隊長だからさ。後方が上手く来てくれないといけない。だから無理すんな。置いてけぼりになる可能性もあるからな。途中で離脱してもいい」
「わかりました。マルコさん」
マルコさんは、めちゃくちゃ優しい気さくなお兄さんだった。
歳が12も離れていて、27の若さだったけど、既に小隊長で優秀な人だった。
「そういえば、リョージさんは?」
「ああ。あいつは戦わないぞ。支援型なんだ」
「はい。ああ。そうですよね」
オレは、リョージさんのジョブを思い出した。
たしかに、あれは支援型だ。
「だからさ。グンナー司令のそばにいると思うよ」
「へぇ・・・・それって、ある意味で大丈夫なんですかね?」
「ああ、あいつの事だから、ずっと怒られっぱなしだろうな。ハハハ」
マルコさんは、親友のリョージさんを心配しながら笑っていた。
彼は少々癖のある性格をしていて、マルコさんとは正反対な感じなのだが、どうもリョージさんとマルコさんは馬が合うらしく、一緒にいられる時はずっと一緒にいる。
「でもな。ルル」
「はい」
「リョージはやる時はやる男だ! 何か困ったら、相談してみろ。あいつだからこそ、解決できることがたくさんあるからさ。特殊な奴なんだよ。覚えとけ」
「はい。わかりました!」
ニコッと笑ってくれる彼が、オレは好きで、信頼している人でもあった。
◇
到着して早々、沿岸を見て、戦っている人たちを見る。
でも目立つのはモンスターウエーブだ。
赤い波が来ているのを見ると、恐怖が増していく。
その恐怖は、腹の底から来ている気がした。
両手をお腹に当てても、冷えていた。
「ルル。俺たちは第三波でいく。皆が粘っているからな。俺たちもそこにいくぞ」
「はい!」
「第六波まで繋げるように粘るんだ。いいな」
「はい!」
モンスターウエーブは、赤い大波が来るたびに敵が来るわけだが、その波の数がランダムなのだ。
でも、ウエーブ数の平均が10であるのが通常。
だからこちらの体力管理をしっかりしていかないといけない。
体力切れを起こしてしまえば、最後まで乗り切れない。
そして乗り切れないとなると最後にはボスが来て、全滅になる。
だからそこをカバーするために、師匠たちがいる。
師匠は、ジャコウ大陸の司令官という役職で、国のないこの大陸の守護者的な存在だ。
実はジャコウ大陸は、自治政府システムを採用している。
マーハバルにいる市長と各市町村長。
それと軍の司令官に、日曜学校の校長。
三者が協力する形で、ジャコウ大陸は運営されている。
なので、オレって、凄い人から指導をもらえていたんだ。
この大陸の実質の軍のトップだ。
素晴らしい人にオレは出会ていた。
この巡り合わせに、当時も今も感謝している。
◇
赤い波の二つ目が終わり、三つ目が来る前に、マルコさんが指示を出す。
「みんな。いくぞ。前と入れ替わる形で、進んでいく」
「「「おう!!」」」
マルコ班10名で、赤い波を迎え撃つ。
全体は一糸乱れぬ動きで、前衛の班との交代を目指した。
前にいる仲間が戦いを終える寸前で、マルコさんは。
「クルーン、さすがだ。よくやったぜ。俺と交代だ。マルコ班がいく」
応援と指示を同時に出した。
「了解。頼んだわ。マルコ」
「おう。まかしとけ」
こうしてオレたちは、後ろを味方に預けて、三つ目を迎える。
◇
赤い波と共に、大量のモンスターが雪崩れ込んで来る。
波に乗って来るというよりかは、波のせいで、ぶっ飛ばされてこっちに来るみたいにオレには見えた。
なにせ、モンスターたちも着地に失敗しているようなのだ。
最初から転んでいる奴が多い。
「最初が肝心。出来るだけ減らすぞ!」
「「「おおおおおおおおおおおお」」」
マルコさんは最初から飛ばす。
「いくぞ。獣化」
咆哮と共に変化を遂げるのがマルコさんの獣化だ。
彼のジョブは、獣戦士。
珍しい職業の彼は、豹の獣だ。
柔らかい。
しなやかな動き。
それに、とんでもない俊敏性。
速さからの重い攻撃が主体で、一撃から、一撃へ攻撃を繋げるのに回転をして繋ぐ。
動きの柔軟さで敵を圧倒していくんだ。
彼の前にいるモンスターたちは、あっという間に消滅していった。
「ついてこい!」
俺の背中に。
って言わないけど、その背中がカッコよかった。
オレは、マルコさんに憧れていたんだ。
そして、オレたちは三波目を乗り越えて、四。五とクリアしていった。
それで、第六波目で事件が起きた。
これを乗り切れば、あとは後ろに回して、班で休息を取る予定だった。
でもここで想定外が起きた。
「六か? あれは・・・マルコ。違うように見える」
ノストル班のノストル小隊長が、マルコさんに聞いた。
「・・・ん?」
マルコさんが敵を撃破して波を見た。
波の奥の様子がおかしい事に気付く。
「なんだ?」
「オレが見てみます」
「ルルが?」
「はい。視野を全開にして、前方に集中させます」
「わかった。やってみてくれ」
「はい!」
オレがスキルを全力で行使して、波を見た。
それで異変の原因が分かった。
「こ、これは・・・」
「見えたか」
「はい。あれは、波が重なってます。二重に見える部分があって、段々一つになっていくみたいに見えます」
「なに!? じゃあ、ビッグウエーブになったか」
波が重なり、波が大きくなり、やって来るモンスターが爆増する。
それがビッグウエーブだ。
「クソ。これは後退も出来ないか。ここらが敵だらけになるわ。それに・・・・もう間に合わないしな」
マルコさんの顔が焦っていた。
「ふぅ。ノストル。ヒラン。ガリス!」
三つの班を呼んだ。
集結すると、小隊長だけで話し合いをして、数秒後。
マルコさんは、オレを見た。
「ルル。お前は俺たちよりもまだ若い。だから生きろ。ただそれだけを考えろ。いつか、お前は証明することが出来ると思う。お前の無職には無限の可能性があるんだってな」
オレは、なんだかいやな予感がした。
こんな言い方をするのは、なんか嫌だったんだ。
「俺は思うんだ。お前はきっと英雄を支えるのではなく、並ぶわけでもない。お前が、英雄すらも超える男になるのだと。俺はそう確信している。お前と過ごした日々。結構面白かったよ。リョージ並みに面白い奴だからな。だから、お前は今を生きろ! 俺の思いも預けるぜ。英雄になれよ。無職のヒーロー」
「マ、マルコさん?」
マルコさんの姿が消えると、彼はオレの背後に立っていた。
「え。な、なにを」
「すまんな。怪我はするかもしれない! でもだ、ぶっ飛んでけえええ!」
獣化状態になっていたマルコさんは、オレを投げ飛ばした。
師匠のいる最後方まで。
そう安全圏までだ。
「マルコさん!!!!!」
「お前は生きろよ。司令と一緒に生きろ。後ろの皆は、ここにいる俺たちが、守ってみせるわ」
「マルコさーーーーーーーーーーーーーん」
最後にニッコリ笑った彼の顔を。
オレは生涯忘れない。
彼のおかげで、今を生きている。
彼らが懸命にビッグウェーブの中で戦ったから、オレや師匠たちは生きているんだ。
感謝なんて、言葉じゃ足りない。
オレは、証明してみせねばならない。
あなたが、命を賭して守った価値ある男だということを。
たとえ、英雄たちのそばにいられなくても、また別の道で価値を示すだけだ。




