第7話 変わり者の親父でも愛してくれる
ジャコウ大陸のマジャバル村は、相変わらずの小さい村。
代り映えのしない風景に、代わり映えしない面子だろう。
あそこのジジイも、まだジジイだった。
オレは久方振りに帰郷したのである。
学校を卒業した15の時に、速攻で冒険者となって色々と旅に出る生活をしたので、オレは約6年ぶりに家に帰って来たんだ。
玄関の扉を開けると、お袋ではなく、親父がいた。
「どちらさん・・・・おおお! ルルか!」
6年ぶりでも親父はすぐにオレだと分かった。
「ああ、帰って来たぞ。親父」
「そうか・・・・・・・・・・連絡しろ!」
返事の後。
しばらくしてから『連絡しろ』の言葉と共に親父がドロップキックしてきた。
オレはそれを片手で受け止める。
「む! 息子よ。なかなかやるな」
「親父は相変わらずだな・・・・オレはもうガキじゃないぞ」
「これはどうだ」
フライングチョップをしてくる親父。
この人のコミュニケーションは、何か技を繰り出さんとダメなのか。
「おい。なんでそう来るんだよ。久しぶりに会ったんだぞ!」
チョップの中心を片手で受け止めて、親父の身体を持ち上げて降ろした。
その時の親父の目が驚いていた。
「ぬお! 俺を受け止めるとは! ガハハハ。大きくなったな」
「そうだな。よいしょと。親父、お袋は?」
「いるぞ。母さん! ルルが帰って来たぞ!」
親父は二階にいるお袋を呼んだ。
つうか、お袋がいるならさ。
まず最初にお袋を呼び出しますよね。
技なんか繰り出す前にやることがあるよね???
この親父は、普通の親父じゃない。
『なに考えてんだ、この人は?』とオレは思う。
無茶苦茶なんだよ。この人はさ。
階段を駆け降りる音が大きい。
慌てるようにお袋は二階から降りてきた。
「…ルル! 本当にルルなのね」
「ああ。オレだよ。お袋! ルルロアだ」
「ええ、ええ。無事だったのね。元気そうで嬉しいわ」
「あれ? 無事って。オレ結構、手紙とかお金は送ってたと思うんだけどな」
「もらってるよ」
泣いているお袋の代わりに親父が拍子抜けするくらいに簡単に言った。
「じゃあ、何で家とか家具とかがそのまんまなんだ? 建て替えたり、新しいのを買ったりすればよかっただろ? オレたちの報酬って結構あって、仕送りも出してたんだぜ」
お袋が涙を溜めていた顔を親父に向けると親父がまた話し出す。
「誰が、息子の金で家を建て替えるか! 意地でも金は貰わんぞ! あれはお前が一生懸命働いた金だ。だからお前が金で困ったり、必要になった時の為に貯めておくのだ! だから俺たちはお前の金に一切手をつけてない!」
「は!? いいや、オレは二人に使ってもらいたくて送ったんだぞ!」
この両親は、オレが渡したお金に手を付けていないらしい。
「いいのよ。ルル。お母さんたちは、ルルが帰ってきてくれただけでも嬉しいわ。そうだ、お祝いしましょう。ルルの好物を買ってくるわ」
「おう。それ、いいな! 俺が買ってくるぞ!」
思い立ったが吉日。
親父はダッシュで、買い物に行った。
昔から変わらない親父は、ワンパク坊主みたいに、いつも通りの動きで、走っていった。
この人は、六年経ってもまったく変わらないらしい。
お袋と二人きりになったのでオレは落ち着いて会話した。
リビングでお茶をする。
「じゃあ、一切お金を使ってなかったのかよ」
「そうよ。でもあなたの気持ちは嬉しいわよ。本当に。でも私たちは親だもの。あなたのお金に手は付けられないわ」
お袋が用意してくれたお茶を渡してくれた。
「そっか。じゃあ、もらってくれねえなら。何か。後で買い物に行くわ。そうだな。マーハバルでお土産買ってくるよ。あそこで恩師に会おうと思ってるしさ」
「へえ。恩師ね。学校時代の先生? あなた、学校時代は手紙くれないからね。何してたの?」
冒険者になってからは、手紙を出していたが、学生の頃はそれどころじゃなくて、無理だった。
あの頃は強くなることに必死過ぎて、成長全振りのような生活をしていたんだ。
寝るとき以外はスキルの事ばっか考えていたんだ。
「ああ。あの時は悪かったよ。冒険者時代よりもあの時の方が忙しかったんだ。でも、オレにとって先生は恩人なんだ。でさ、実はさ・・・・」
オレはお袋に帰って来た事情を説明した。
すると、真顔のお袋は悲しむこともなく、喜ぶわけでもなく、淡々としていた。
「そうね。レオン君たちは、苦労してたものね」
「ん?」
「あの子らはね。親たちから過度な期待を受けてたの。私たちの井戸端会議でもそんな話ばかりだったわ。あなたたちが10歳になるまでは、あの会議は本当に楽しかったのにね。ほんとにね。心配ね。あの子たちの事」
お袋も何かを察したように黙った。
もしかしたらレオンが言っていた期待ってのはかなり重苦しいものだったのかもしれない。
「オレは平気だぞ」
「あなたはね。私はあの子たちの方を心配するわ。あの子たちは本当にあなたのことが大好きだったからね。いなくなったら上手くいかないかもしれないわね。あなたたちのバランスを取ってたのは、あなたなのよ。知らなかった?」
「オレが? まさかぁ」
「はぁ。まあ、友達だものね。近しいから気付かないのね」
お袋はレオンたちの方が気がかりだと答えた。
確かに、オレも一部心配している部分がある。
イージスを誰が起こすのか。
レオンのナンパを誰が止めるのか。
エルミナの世話を受けられないのは寂しいし。
ミヒャルとの口喧嘩が無くなるのは寂しい。
とオレも思うのだ。
向こうも思っているに違いない。
やっぱりオレも寂しいんだ。
お袋と話して、改めて思った。
「それじゃあ、今日は腕によりをかけて、目一杯ご馳走を作るわよ!!!!」
お袋は意気込み、料理を大量に作り始めた。
しかし、親父がまだ帰ってこない。
一体どこまで買い物に行ったのだろうか。
そんな感想を抱いたのは、お袋がほとんどの料理を完成させてからである。
とにかく、訳が分からないのが、オレの親父だ。
でも好きだぞ。
面白いからね。
◇
「グッモーニン! 息子!」
「普通に起こせよ! いや、無理か。親父にゃ無理か!!!」
帰郷した翌朝。
親父はオレの部屋のドアをドロップキックで開けた。
いつものように、扉が縦に開く。
「ドアノブぅううう。親父の目にはドアノブが見えないんか!! どんな開け方すんじゃい!!!」
普通、扉は横に開くのに、縦に開くというありえない現象で地面に落ちる。
ドアノブが回らない虚しさに、オレのドアだって悲しんでいると思う。
「そんな些細な事は気にすんな。小さな事を気にしていたら、大きくなれないぞ。ガハハハ」
「些細じゃないわ!! 俺はもう親父より体大きいし、このベッドだってもう小さいわ! 子供用なんだわ!!!」
「おお。確かに、ルル! 大きくなったな。親父、嬉しいぞ!」
親父は立ち上がったオレのことを見上げた。
つうか、会った時に気づけよ!
超天然親父は、朝からハイテンションである。
「そんで、どうするつもりだ。息子よ! なぜ帰って来た?」
「なんだよ。お袋から事情を聞いてないのかよ」
「聞いた!」
親父はお袋に話した話を聞いているらしい。
なのに、この会話だ。
意味がわからん!
「じゃあさ。朝の第一声が、なんで帰って来たに繋がるんだよ」
「俺は何をしたいのかを聞きたいのだ。息子よ! お前は何をしたいんだ」
父親らしい部分とハチャメチャな部分があって、親父と付き合うのは苦労する。
「・・・ああ、オレはさ。それを探すため。ルーツから辿ることにしたんだ」
「ほう」
親父は顎に手をかけ悩んだ顔をした。
それは大変に珍しい。
親父が悩むなど一年に一回あるかないかの出来事だ。
「わかった。よし。お前はやりたいことをここで見つけろ! 親父はそれまでずっと応援しとるわ。金はあるんだ。お前の金で何かすればヨシ! 気にすんな、お前の金だ。遠慮せずに使え、こういう時の為の金だ!」
「ああ。でも、あれは親父たちにあげた金だ。オレのじゃないから、お土産代だけもらうわ」
「ん。土産? どっか行くのか?」
「おう。もうちょっとここにいたら、先生と師匠の所に行こうかと思ってるんだ」
「ほうほう。それは良い案だな。恩師に会うのは良い事だぞ! 親父は応援するぞ!」
とにかく親父はオレを応援したいらしい。
今気付いたけど、頭に鉢巻をつけていた。
応援団長か!!!
「はいはい。親父の応援。嬉しく思ってるので。声のボリュームを下げてもらえるかな。朝から声がでかいんだよね」
「なに! 応援を小声でする馬鹿がどこにいるんだ! 応援とは腹から声が出ないといけないのだ。堂々と応援するのだ。コソコソしてはいけない! お前も誰かを応援する時は声に出せ!!!」
「な、なるほど。たしかに・・・オレもそうすればよかったのかな。あいつらにさ。でもそれは過度な期待かな。あいつらには重荷になってしまうのかもな」
影ながらじゃなく、堂々と声に出して応援すればよかったのかな。
いやそれだと、周りの奴らと同じになっちまうのかな。
「息子よ! それは違うぞ! いいか! 応援とは思いっきりするものなのだ!!!」
親父は仁王立ちで話し出した。
「それは過度な期待とは意味が全く違う。いいか、応援とは寄り添う事だ! その人が、何かで成功しようが、何かで失敗しようが、とにかく全てを包み込んで、応援することなのだ。それは無償の愛に近い!」
静かにしろって言ったのに親父はまだ大声でいる。
「そして、過度な期待とは、本人が応援を求めてないのに個人が勝手にやってしまうことをいうのだ! その人物の良い面のみを見て、その人が成功することだけを期待して、勝手に応援することだ。だからそいつらはその人が失敗した時に寝返ったりすんだ! そんなもん応援じゃねぇ。勘違いすんな。息子よ! 俺はお前が、何かで成功しようが失敗しようが、そんなもんどっちでもいいし、どうでもいい。俺は、とにかく何をしても、お前を応援しているぞ。安心しろ期待じゃない。無事を祈ってるってことだ!」
親父の渾身の大声はオレの心に響いた。
「なるほどな。本人が求めていないのに。勝手にやってしまうことが、過度な期待か。ああ、そうか。あいつらの芯の部分を見ないで、周りで応援していたやつらは、自己満足で終わっていたんだな。そういう事か。親父!」
「そうだ! だから、お前は俺を求めて帰って来たのだ。この応援を受けよ。息子よ!!! 俺は全身全霊で息子を応援するのだぞ! 頑張れ! 息子! 頑張れ!!!」
親父渾身の大声はオレの耳を破壊した。
キーンと鳴り続けている。
「ああ。はいはい。耳が壊れます・・・親父。でもありがと」
「よし。頑張れ。じゃあ、親父は畑の仕事に行ってくる!」
「ああ。ってか、今。朝の仕事の前か!? おい、今の応援! 昼とかでもよくないか!」
オレは時計を見る。
朝の四時である。
親父は、朝の四時に起こしやがったのだ。
それに、四時であのテンションだ!
「化け物じゃねか」
とオレは呟いて、ベッドに縮こまってまた眠りについた。




