第2話 初の依頼主は、小さな女の子
小さなギルドがあった町から、西にずっと歩いていくと、エジュの村があった。
エジュの村は、エジュの森の手前にある。
中々に発展した村だった。
オレが育った村みたいな田舎感がなくて、規模的には町以上にあるかもしれない。
村人さんたちも元気一杯でやる気一杯だ。
どこに行っても活気があった。
なのに依頼料が100Gってどういうことだ。
安すぎませんかね。
この村の経済に比べてですけど。
オレはそう思いながら、依頼書に書いてあるシエナという人を探してる。
「シエナ・・・シエナさん? まあ、誰かに聞いた方がいいかな。つうか、なんで落ち合う場所の目印とか、時間とかさ。自分の容姿とかの、詳しい情報が書いてないんだよ。この依頼書。裏に書いてあるのも住んでいる村しかないって、やっぱりいたずらなのかな?」
村の真ん中で眠たそうにしている婆さんに話を聞いてみた。
「婆さん! シエナって人。知ってるかい?」
「・・・え?・・・しょっぺえな?・・・そうだね。今朝の味噌汁は少しだけしょっぱかったなぁ」
オレの事を見ずに、婆さんは別な場所を見ている。
「おい婆さん。シ・エ・ナ。シエナだよ! なんでしょっぺえになんだよ。つうか話がなんで味噌汁になんだよ。オレ、一言も味噌汁って言ってないからね」
「・・・しょっぺえ・・・しょっぺえ・・・そういえば、昨日のお肉も胡椒が効いてなくて塩が強くてね・・・・あまり食べられなかったな・・惜しい事をしたの・・・もう一回出ないかな。お魚」
肉なのか。魚なのか。
結局昨日のあんたはどっちを食べたんだい!
ボケっぱなしの婆さんは、耳が遠かった。
延々と塩の話を続けている。
「お~い。そこの人! マフィン婆さんは耳が遠いから話しかけても駄目だよ」
「え。やっぱり」
後ろから元気のよい中年男性が、荷物を運びながら教えてくれた。
何かの仕事の途中なのに、わざわざ忠告してくれるなんて、めちゃくちゃいい人だ。
「それじゃあ、すんません。そこの旦那。シエナって人を知ってますか?」
「ん? シエナ・・・ああ、ああ。シエナちゃんだね。それなら村の北にあるオレンジのレンガの家の子だよ」
「ありがとうございます。助かります」
男性は教えてくれた上に会釈までくれた。オレも丁寧に頭を下げた。
「んじゃ。婆さん。しょっぱい話、聞いちゃって悪かったね。それじゃあね」
「・・・来ちゃって悪かった? いやいや。どうぞどうぞ。この村、いいとこだよ」
「ああ。そうかい。婆さんも元気に過ごしなよ」
「ほうほう・・・そうかそうか」
話が通じてないと思うけど、婆さんが納得してくれているので良しとしよう。
◇
村の北。
オレンジのレンガの家はやけに目立っていた。
なぜなら、他の家は木の家なのに、ここだけレンガの家だからだ。
もしかしたら、他よりも裕福な家庭なのかもしれない。
「すんません。シエナって人いますか! すんません!」
ノックをしながら聞いてみた。
返事がない。
別な家か……んなわけない。
オレンジのレンガの家なんて目立ってしょうがないし、間違いようがない。
「すみません。冒険者です! ルルロアって言います。依頼書を見て来ましたよ。シエナさんはいますか!」
「・・・・ぼうけんしゃ!?」
家から幼子の声が聞こえた。
トタトタと軽い足音が鳴り、玄関の扉のドアノブが回った。
扉が開くとオレンジの髪の可愛らしい女の子だった。
「君が、もしかしてシエナ?」
オレが名を聞くと、シエナが笑った。
「・・・うん・・・あちし・・・シエナ」
予想は当たっていた。
依頼者は子供であったんだ。
このクエストの報酬は安いけど、子供の願いだけは絶対に叶えてあげたい。
オレは彼女に目線を合わせてしゃがんだ。
「そうか」
少女シエナは、顔にあるそばかすが、まるで星のように輝いて見える少女だ。
笑顔がとても素敵で、可愛らしい女の子だ。
いくつくらいだろうか。
五、六歳か?
でも難しい言葉を知っているから、もう少し年齢を重ねているかもしれない。
とここで思う。
オレが戸惑ったままで玄関先にいるのはよくない。
外から見たら、少女を誘拐しそうな怪しい人物に見えてしまうだろう。
なので依頼の話を進めようと、続きを話そうとしたら、彼女の方から話しかけてきた。
「おうち・・・だめだから・・・おそとでもいい?」
「お! いいよ。偉いね。知らない人をあげちゃダメなんだね」
「・・・へへへへ」
オレが褒めるとシエナは嬉しそうに笑った。
にしても、家の前にベンチもあって、庭もあるなんて、お金持ちの家だな。
ここでも村の規模感じゃない。
◇
シエナと一緒に家の前にあるオレンジのベンチに座る。
そこから見える景色で分かる。
ここは、どこを切り取ってもオレンジに囲まれていた。
目立つ外壁。
庭の綺麗な花々。
それに、ベンチにじょうろにホースにと、小物類すらもオレンジだ。
だから、この子の両親が親馬鹿なんじゃないかと、オレはなんとなく思った。
この子の髪がオレンジだから、この子に合わせて、ここの全てを作ったのかもしれない。
「おにいちゃん・・・ぼうけんしゃ・・・おねがい・・・みた?」
「ああ。見たぞ。あの依頼書はシエナが書いた物なのか?」
「・・・うん・・・」
「そうか。君、歳いくつだ?」
「5」
小さな手の平をオレに向けて、シエナは5とポーズをした。
でもなんとなくその出し方だと、じゃんけんパーにしか見えない。
オレとじゃんけんしてるようだ。
「そうか。そうか。5歳で字が書けるなんて凄いな。シエナは頭がいいんだな」
「・・・あちし・・・あたまいい・・・へへへ」
シエナは、また嬉しそうに笑った。
「そうだな。よく『しきゅう』なんて、言葉を知っていたな」
「おとうさん、いつも使ってる」
「へえ」
お父さんが仕事とかで使っているのを、聞いていただけで、覚えているのか。
それは、かなりの記憶力だわ。
「そんで、シエナはどうして花が欲しいんだ?」
直接依頼内容を聞いてみた。
「・・・おかあさん・・・・たんじょうび・・・・あした」
めでたい誕生日の割には、やけに暗い顔をした。
さっきまでの表情とは違うことに違和感を感じるけど、話を続ける。
「はぁ~。なるほど。それでか。わかった。それなら急いで依頼をやろう。どこの花を取ってくればいいんだ? 冒険者に頼むくらいなんだ。特別な花なんだろ?」
ここにも花があるのに、冒険者に頼むならば、どこかの花で、山の上とかの難しい場所に咲いているんだろう。
「・・エジュのもりのはな」
「そうか。森の中のか。だから冒険者が必要だったか」
「・・・うん。ずっとおねがいしてた・・・でもだれもこない・・・」
「まあ、そうだろうな」
彼女の暗い顔を見て思う。
この依頼は、結構前から出していたんだと思う。
でも100Gで依頼を引き受ける奴なんて、荒くれ者が多い冒険者の中にはいないだろう。
だいたいEランクのスライム討伐でさえ、300Gはあるんだ。
よほどのモノ好きじゃないと、このクエストは引き受けないはずだ。
ってオレが受けてんじゃん! はははははは。
ちょっと虚しいから笑うのだけは、やめておこう。
「よし。何の花が欲しいんだ。オレが取って来てやるよ」
「・・・え・・・うん・・・・」
彼女はなぜか黙った。
依頼したはずなのに花の名を言わないのは変だ。
「・・・あちし・・・・も・・・いきたい」
「へ?」
「あちしも、エジュのもりにいきたい」
一緒に行きたくて黙っていたらしい。
なかなか意思がはっきりしている女の子である。
「・・・え? いや、危険だろう。いや。待てよ。たしか、あそこのモンスターは・・・まあそんなにたいしたのは出て来ないか。この子一人くらいなら、余裕で守り切れるか」
モンスター図鑑のエジュの森で出てくる一覧を思い出す。
ジュークウルフくらいだろうな。
この子を連れて行くにしても、危険なモンスターはほぼいないと見た。
オレは直感でそう判断した。
「そうだな。シエナも行きたいか……んじゃ、オレの言う事をしっかり聞いてくれるなら、連れて行ってやるよ。どうだ。約束してくれるか」
「・・・うん! いっしょにいく・・・やくそく・・まもる」
「よし。じゃあ、森に行くか」
「うん!」
少女はニッコリ笑ってくれた。
この子のおかげで、オレの心が癒されていくのを感じる。
大好きなお母さんの為に、プレゼントを準備したい女の子。
こんな可愛らしい子には、もっと笑顔になってもらいたい。
オレは最初の依頼人がシエナで良かったと思った。




