SS 大食堂のママロン
大陸南西にある都市シードで、孤児院を経営していた私はある日突然支援を打ち切られた。
運営が出来なくなり、都市を出て行くことになったのです。
その時にいた子供たちは三名でした。
魚人のシア。
猫族のミア。
ドワーフのリア。
皆、私にとっては可愛い子たちでありました。
彼女たちは戦災孤児ではなく、育児放棄や生活困難で捨てられた子供たちでした。
南北魔大戦の最中であれば、孤児院は繁盛とまで言ったら失礼ですが、子供たちが多かったのです。
しかし、この仮初の平和の間では、孤児院に人が少なくなるのは当然のこと。
平和はとても素晴らしい。
ですが、その平和の間でも、孤児院の子供たちはゼロではないのです。
孤児院に一人でも子供がいれば、保護してもいいでしょう。
皆と一緒に幸せに暮らしてもいいでしょう。
私がそう思ってもいいですよね。
子供が好きなんです。
でもそれは自分よがりの我儘な思いでした。
お金は勝手に湧き出てくるわけではないのですから。
私の大好きな子供たちが路頭に迷う。
それだけは避けたい。
だから私は、子供たちを養える場所を探すために移動しはじめました。
連合軍の領土であるシード。
南西の位置から北上して、解放軍に行くには子供連れでは厳しい。
氷の大地を子供たちに移動させるのは酷です。
だから私は、とりあえず歩ける範囲の都市や町に行ってみました。
都市のジャリコやシューカル。町のジャールやヒース。東の大都市ナルズまで。
行ける所まで行き、でも全てが駄目で。
ついには私の蓄えの限界も体力の限界も訪れ、そしてその上で子供たちも限界を超えていました。
何もかもが上手くいかなかった私たちを救ってくれたのは、アレスロアの方たちでした。
連合軍から、解放軍へ。
最後の望みをかけて移動した私たちが行き着いた先。
それがルスタルで、そこから北上しようと試みた所、ドワーフのリアが熱で倒れてしまい、一歩も動けずに町で立ち往生していた時にフーリーズンという方が私たちを発見してくれました。
「お! この子・・・熱だね。大変だ」
「は、はい。この子をどうか。この子だけでも助けてくれませんか」
「いや。君たちも大変そうだよ。お家で休まないの?」
「家はありません。私たちは孤児院を追われてしまい。この子を休ませる家がないのです。だからどうかこの子だけでも熱で死んでしまうのだけは・・・そ、それだけは、絶対に避けたいのです」
どうかこの子だけでも救って頂けないでしょうかと、必死に訴えた。
「ふんふん。そうですか・・・じゃあ、おいらが連れて行ってあげるよ。おいらたちの領主様に言えば、きっと助けてくれるから。困った人を見つけた誰でも連れて来いって言ってるし」
「え? 領主様?」
「うん。おいら。アレスロアっていう町の運搬長なんだけど、君たちを連れて行ってあげるよ。急げば一日もかからないからさ。おいらの背中に乗ってもらえる?」
そう言ってくれたフーリーズンは獣身化して、白き狼に変わった。
私は、獣人族の獣身化がここまで速いのを見たことがなかった。
瞬間的に変化したのです。
彼はとても美しい毛並みの、とても美しい獣でした。
神々しいくらいに輝いていました。
「え!?」
「おいらの背中にその子を置いてさ。君たちも乗って欲しいよ」
「は、はい。乗ります。失礼します」
私たち四人は彼の背中に乗った。
「飛ばすからね。振り落とされないように気を付けて」
「わ、わかりました」
私は三人をお腹の方に入れて、力の弱い子供たちを固定したのでした。
◇
とんでもない速度で進むフーリーズンは目的地まであっという間についた。
そこは私が知らない場所だった。
レンガの家だらけの町中に、要所要所にトイレがあって住民の為の施設が多く建てられている。
会議室や工房も、研究所もある町なんて見たことがない。
もう街と呼んでもおかしくない規模に驚いていると、私たちは領主さんの家に案内された。
「お~い。ルル様!!! いる~~~。おいら、きたよ~~~」
彼の話し方は、領主さんの家に遊びに来たみたいな言い方だった。
「おう。いるよ~~。ズン。どした? あれ、今日のズンはルスタルじゃなかったっけ」
返って来た返事も友達と話すみたいな言い方だった。
「お。出てきた」
「どした。ズン? 仕事は?」
「うん。やってたんだけど。あのさ。この人が困ってるんだ。この子を見てあげて欲しいんだ。熱出てるんだ」
フーリーズンは人型になって、疲労をしている私の代わりにリアを抱きかかえてくれていた。
優しい人だと思った。
些細な気遣いなんて、都市にいた人々は誰もしてくれなかった。
偉い人なんて、うるさいと言って無下にしてくるくらいに都市で生きるのは大変だった。
だから、私はこの領主様がこれからする対応に緊張していた。
子供の面倒なんて見ない。
と一喝するのかと思ったんだ。
「お。そりゃ大変だな。ズン、家に入ってくれ。あなたたちもどうぞ。おいナディア! メシ。この人たちに食べさせるご飯の準備だけしてくれ」
「は~い。食材だけ並べればいいのね」
「そうそう。それだけでいい。お前はなんもすんなよ」
「なによ! あんた。あたしの料理を信じてないわけ」
「……信じてるよ」
という声とは裏腹に、領主さんの顔は苦い顔をしていた。
「準備だけでお願いだ。普通の料理と薬膳料理も作るからさ。お前は作れねえだろ」
「ん!? そうね。それじゃあ、しょうがないわね」
言葉での激しいやり取りをした後に、領主さんは、笑顔で私たちを中に入れてくれた。
「この子。魚人? 名前は?」
領主さんはシアを指さす。
「シア」
「うんうん。こっちは猫族? 名前は?」
領主さんは、ミアの頭を撫でた。
「ミア」
「そうかそうか。名前言えて偉いな。よし。この子を助けよう。ついてきな」
領主さんは子供たちにも優しい人だった。
私は涙が勝手にぽろぽろと流れていた。
こんな人どこにもいなかったから、涙が流れていたんだと思う。
「よし。どれどれ。医学を使うか・・・・・・・うん。ただの風邪だな。多分弱ったから、思いきっり熱が出たな」
まさか、お医者さんじゃなくて領主さんが見てくれるとは思わなかった。
冷静な判断でテキパキと行動する彼は、どこかわからない場所から、氷の枕や、おでこに置くおしぼりなどを次々と出して、台所に引っ込んだ。
「ズン!」
「なに?」
「あとでモルゲンさんを呼んできてくれ」
「わかった」
「その前に、メシ、食ってくか?」
「うん。いいの。ルル様」
「いいよ。オレが作るから、この人たちの分もさ。ズン一人くらい増えたって楽勝よ」
「じゃあ、食べる。やったね」
これまた友達の会話みたいだった。
領主と町民の会話には聞こえなかった。
数分後。
料理が私たちの前に出てきた。
煮たものや、ただ焼いた物じゃない。
何の料理か分からない物が出てきた。
細い黄色の棒状の食べ物が良い匂いのソースと絡まったもの。
フォークで食べるらしく、フーリーズンは食べ方を知っていて、巻いて食べ始めた。
「これ、パスタっていうんすけど・・・あ、そうだ。あなたのお名前は何ですか? エルフですよね」
「私はママロンです」
「ママロンさんですね。これ。美味しいでしょ。こっちの世界にはない食べ物らしいんでね。初めて食べたと思いますよ」
「ええ。初めてです・・・・え。世界?」
「はい。オレはジーバードの人間ですからね」
「ええええええええええ」
私はその時に初めて、この人がヒュームだと気付いた。
一番弱い種族のヒューム。
でもそれでも、とても優しい方だ。
「ええ。それで・・・」
「ルル。お腹空いた」
小さな女の子が領主さんの足に手を置いた。
「お。起きたか。珍しいな。フィリー。ほれ。おいで」
領主さんは、小さな女の子を自分の膝の上に乗せて、自分が食べていたパスタを食べさせた。
「どうだ。美味いか」
「おいしい。もっと」
「はいはい。どうぞ」
「うん、おいしい」
女の子がニコッと笑うと、領主様はとても優しい表情になった。
しかし、この女の子、彼のお子さんには見えない。
だって、その女の子には角が生えていたし、魔人族のような強さを感じた。
だから、この人の子じゃないのは確実なのに、この人はまるで自分の子として育てていた。
その行為は私と同じ事をしているんだと思った。
血の繋がりがなくとも、子供を大切にする。
それを信念にしているのが、私にはわかるのです。
だって子供が大好きですからね。
「それじゃあ、この子たちに遊んでもらえ。ほら、フィリー」
領主さんは女の子を床に降ろした後、シアとミアの方に顔を向けた。
「君たち。この子と遊んでくれるかな? シア、ミア。いいかな?」
「「うん。いいよ」」
シアとミアの方が、この少女よりも大きいから、遊んでもらえと言ってくれた。
この領主様は気遣いのある人でもあると思った。
「それで、話をしたいんですが。ママロンさんはどうします?」
「どうしますとは」
「この町で暮らしますか?」
「え?」
「いや、その感じだと、どこ行ってもあの子の風邪を見てもらえなかったようですし、オレの町はそういう大変だった人たちで溢れてますから、結構みんな苦労してきた人たちの集まりですよ。だから、そこは別に気にしなくても暮らしていけるんで、どうでしょう。オレの町で暮らしません? その子たちと一緒にどうです」
「え・・・い、いいんですか。私たちなんかを受け入れても」
「ええ。もちろんですよ。家も作ってあげますから。そしたらね。そこの子もただの熱なんで回復するでしょうし」
「・・・な・・・・なにから・・・なにまで・・本当に・・・ありがとうございます」
今度の私は滝のように涙が出ていた。
優しさの嵐にあったのです。
心地よい暴風に涙を我慢する心が吹き飛ばされてしまったのでした。
「まあまあ。これからはオレの町の一員ってことで。あと、オレの予想なんですけど。ママロンさんって食べるのが大好きですかね?」
「え。ま、まあ」
私、知らぬうちにハイペースで料理を食べてしまいました・・・。
お皿にパスタという料理が乗っていませんでした。
「ずいぶん早食いだったんでね。よほど腹減ってたのかなってね。思ったんで。ええ」
「お、お恥ずかしい・・・」
顔を真っ赤にしていたと思う。
「だから、オレが料理を教えましょうか。エルドレアさんという方も上手なんですけど、二人であなたに料理を教えるのでやってみます? その子たちを育てるのにも職があった方がいいと思いますし」
「い、いいんですか」
「ええ。ママロンさんには、料理長とかが似合うと思うんすよね。なんか鍛えたらすげえ料理人になる気がするんですよ。えっとその前に、まずは休みましょうか。その話は後でしますか。そうですね。二日後くらいに話しましょう。それまでは休憩で」
「あ、ありがとうございます」
その後、私たちは五分で出来たレンガの家に入り、三人と一緒に私は暮らし始めました。
この二日後に約束通りに領主さんは来てくれて、私の料理の特訓をしてくれました。
◇
そこから二週間。
彼からは、料理の基礎を一から教えてもらいました。
皮の向き方とか、野菜の切り方、肉の煮込み時間まで。
事細かく親切丁寧に、それでいて分かりやすくて、頭になんでも入るかのようでした。
「マジで天才っス。たぶん、この町の中で最高の料理人になりますね。ママロンさんは!」
「ほ。本当ですか。領主様」
「間違いないです。あなたは天才料理人ですよ・・・実はですね。オレの家にナディアいるじゃないですか」
「ナディア様ですか。はい」
「あいつ。オレの言うとおりに作らないんですよ。ひねくれてますよね。ママロンさんと同じように教えているのにね。ひどい奴ですよ。あいつ、料理の才能がないんすよ! 料理はまずレシピ通りに作るのが基本ですからね。あいつには無理無理」
「ふふふ。仲が良いんですね。そんなにスラスラと悪口を言えるなんて」
「え。まあ、そう言われれば、そうですね」
領主さんはちょっとだけ照れてみせた。
可愛らしい男の人だと思った。
「あのナディア様に対して、普通の女性のように扱える。それはもうこの世界では、領主様しかいないと思いますよ。皆さん、敬ってしまいますからね。きっとナディア様にとって、領主様は貴重な人だと思いますよ」
そう傍目から見ても、あのナディア様が領主様を愛しているのがよく分かる。
「はは。ママロンさん。あいつに敬う要素なんて、ちっともないんですよ。皆、ナディアに騙されています! ただの普通のクソ生意気な女ですよ。皆、肩書きに詐欺られてます。駄目ですよ。あんなのに騙されたりしたら! ママロンさんも気を付けてください」
「ふふふ。そうしますね」
本当にナディア様を大切にしているのがよく分かる方だ。
「あ、あと。ママロンさん。オレのことはルルでいいですよ」
「ルルなんて・・・言えませんよ。無理です」
「いやぁ。オレとあなたの関係は、もっと砕けた感じがいいかな。オレはそこらへん、ママ友みたいな感じでいきたいんですよね。オレ、フィリーの親みたいなもんなんで。それにママロンさん、とってもいい人ですし、あとフィリーの事も面倒見てもらってるじゃないすか。あの子らと一緒に」
それは当然のことで。
こちらが感謝することで・・・。
「え。まあ、フィリーちゃんが、シアたちと仲が良くなったので、私としては嬉しい事でありまして・・・でも領主様をルルとはさすがに」
「いやいや、そうだな。フィリーがちゃんなら、オレもちゃんでいいですよ。そんくらいラフにいきましょうよ」
「え・・・ルルちゃんですか?」
「いい感じっすね。それでいきましょう。ママロンさん!」
「…わ。わかりました。そうします」
これで、私だけがこの町でたぶん領主様の事をルルちゃんと呼ぶことになったのです。
◇
そこから三週間後。
「もうバッチリっす。完璧すぎてオレが必要ない。ってことで、ちょっとついてきてください」
ルルちゃんは、私を連れだして、とある場所に連れて行ってくれた。
そこは町の中央、会議室の近くの空き地だったところでした。
「え? これは??」
そこに大きな食堂が出来ていたのです。
「これ、ここがママロンさんの食堂ね。アレスロア大食堂です。ここの料理長がママロンさんね。ここで色んな料理人をママロンさんが育ててください。町のお母さんたちを集めて、ママさん部隊を編成してもいいですよ。まあ色々言いましたが。とにかくママロンさんが好きなように、やりたいようにしてください。オレは応援しますからね!」
「え・・・こ・・こんなことって・・・あ、あるんですね・・神様は見捨てなかったんだ。私を・・・」
私の頬には滝のような涙がまた流れていた。
こんなに嬉しい事が続くなんて、今まで三百年生きて、一度もなかった・・・。
「ママロンさん。よろしくお願いしますね。この町の笑顔を頼みます!」
「はい!・・・まかせてちょうだい。ルルちゃん」
「ええ。まかせました!!!」
私はこの領主様に一生ついていこうと思いました。




