第2話 希望の星を支えるのは
迷宮の主と戦う少し前。
ボスの部屋に入る前の廊下で、オレは異変を感じた。
横並びに先頭を歩く四人のすぐ後ろにいるのがオレで、更にその後ろにいるのが、一級冒険者と準一級冒険者らが歩いてる。
だから一番安全圏にいるのが、オレとなっているが、ここは逃げ腰だからじゃない。
これには重大な理由があるが、傍目から見れば、言い訳になるだろうなとオレは内心思っている。
前に指示を出す。
「レオ。ミー。エル。イー。なんか変だ。ここから先はヤバい気がする」
「なに? ルル。どうした?」
「ん、なんか感じるのか? うちには分らんぞ」
前を歩くレオンとミヒャルが、同時に振り向いた。
「そうだな。くんくん。匂いもあるしな。それに匂いが一つじゃないんだ・・・無数。敵だな。きな臭いわ」
「本当ですか。ルル!」
エルミナが、嬉しそうな顔でオレに近づいた。
「ああ。エルは感じないのか。聖女の力でさ」
「・・・んん。相手に邪気がないかもしれません。感知できません」
エルミナの表情が一瞬で困った顔になる。
その顔もあまりに可愛いので、オレは彼女の目を直視できず、鼻辺りを見て答える。
「そうか。邪気がないなら聖女の力も届かないか。純粋な心持ちなのかな。ここの魔物はさ」
会話の直後。
イージスが何かを察知した。
「・・・おら・・・感じる。気配」
「イー! 仙人の力で感じるか」
「うん。ルルが言ったように無数いるよ。部屋の壁にいる」
「壁か。わかった。よし。お前ら、部屋の奥にいったら、お前らだけで戦えるか?」
全員が無言で頷いた。
決戦が近い。
◇
しばらく歩き、もうすぐ最奥となる一歩手前でオレが小声で指示を出す。
「下がるわ。お前らでここのボスを倒せるだろ」
すると、この意図に気付いたのが勇者レオン。
「わりいな。ルル・・・お前、ここのをやるんだな」
オレの肩に手を置いて、すまんと言った。
「ああ。まかせとけ。お前たちの邪魔はさせん。後ろを気にせず戦えよ」
「くそ。いつも損な役回りばかりを・・・俺たちって、お前にそういうのを押し付けてばかりだな。情けないわ。すまん」
勇者レオンが謝る。
これが、オレたちの後ろにいる冒険者たちには信じられなかった。
無職に謝るなんて、どういう事だとして、視線がオレの背に来る。
まあ、こいつらも許せないんだろうとは思う。
英雄を尊敬している連中だからだ。
「なに、気にすんなって。お前たちが有名になってくれて、オレは嬉しいんだぜ。オレの自慢のみんなだ!」
「くそ。相変わらず、お前はいい奴すぎる。うううう。クソ。いい奴すぎて泣けてくるぜ。そうだ! あとで、酒場でナンパだ! いいな」
いやです!
いつもお前にだけ女性が集まっていくので、オレが惨めになるのが嫌です。
「イヤダ! お前ばっかになる! 俺ってモテたことがないの。モテたいのに!」
「こんなにいい奴なのにな。見る目ないよな。お前ってカッコいいのにさ。ハハハ」
レオンは、気さくな性格の勇者。
陽気でお茶目で、女好きで浮気性の勇者である。
珍しいタイプの勇者であるのは間違いない。
次にオレの元にミヒャルが来た。
「おい。ルル。うちらの所にモンスター通したらただじゃ置かないぞ」
「はいはい」
「返事は一回。いつも言ってんだろ」
「へいへい」
「チッ・・・・・ルル、気を付けるんだよ。怪我すんじゃないよ」
「はいはい。心配性だな。お前はオレのお母さんか!」
「ば、馬鹿! 誰が心配性だって。とっとと仕事しろよ。無職が」
「はいはい。安心しろ。お前の背中は必ず守ってやるからな」
「・・・・ふん!」
お母さんみたいな口調のミヒャルが、顔を赤くして照れていた。
彼女は、泣く子も黙る魔法のスペシャリスト『大賢者』
オレが思うに、こいつはツンデレ大賢者だ。
人一倍ある優しさを口の悪さで隠すタイプの女の子。
素振りは見せないようにしているが、本当は常にみんなの心配をしてくれている。
次にエルミナが声をかけてきた。
「よいですか。無茶はいけませんよ。ルル。無茶は駄目ですよ。危なくなったら私たちが必ず助けに行きますからね。無茶はいけませんよ」
「無茶って何回言うんだよ。わかってるから。エル」
超絶美人エルミナは、オレの頬を両手で包み込んだ。
柔らかな表情の彼女はまるで女神である。
「本当ですね。あなたの言葉を信じますよ。あなたはいつだって、私たちの為に無茶をしますからね。絶対に無事でいてくださいよ」
「ああ。大丈夫。オレはオレのやれることしかやらないのさ。だから無茶はしたことないよ」
「そうですか。では、神のご加護を」
と言って、彼女は自分のおでこを、オレのおでこにくっつけて祈り始めた。
すみません。
このお祈り方法って……これで当ってるの?
普通は、十字架とかを手に持って祈ってくれるんじゃないのか。
なんか、手をやたらと動かして祈ってくれたりするんじゃないの?
でも。まいっか。聖女の祈りだからさ。
何かの効力があるに決まっているだろう
オレは、エルミナの不思議な祈りを信じた。
次に声をかけてきたのがイージスだ。
「ルル!・・・頑張れ!」
「おう!」
「・・・・眠い・・・・」
「おいおい」
万年寝不足の垂れ目垂れ眉の白髪頭のイージス。
彼はフラフラになりながらオレの胸をコンと叩いた。
頑張れの言葉じゃなく、態度で応援をするのが、この眠り男だ。
イージスは、肉弾戦を得意とするジョブの頂点である『仙人』だ。
素早さ、攻撃力、防御力が素で世界トップクラスの実力者となる超絶レア職種の男だ。
何をしてもやる気がないのに、才能だけは抜群だ。
オレにも少しはその才能を分けてくれ。
「じゃあ、後ろは任せてくれ。俺たちが食い止めるからさ」
「「「「うん」」」」
英雄四人が最奥に向かうと、異変はすぐに起こったのである。
◇
デスジャイアンが四人の前に出現していた頃。
後方で予想通りの展開が生まれていた。
オレとファミリーの仲間たちは、敵に巻き込まれる。
部屋の壁の半分がバキバキっと音を立てて割れて、壁だと思っていた場所は、蟻の巣の出入り口だった。
オレたちの数を上回るジャイアントアントの群れが出現。
英雄抜きでは中々厳しい状況だ。
「気配の正体は、こいつらだな。よし、やるぞみんな! マールダ。フィン。一級と準一級の前列後列で戦列を整えてくれ」
「・・・はっ」「・・やります」
ジャイアントアントは、個体では強くない。
大体、二級冒険者一人でも倒せるレベルだ。
だが、今回は数が異常、一度に数百が出てきた。
「数が多い。みんな。上手く休憩を取ってくれよ。継戦しないと駄目だからな」
指示を出す。
しかし。
「なんであいつに指示されなきゃいけないの」
「あいつ無職だろ」「出しゃばりなんだよ」
「ちっ。うぜえ」
仲間からの陰口が飛んでくる。
正直、目の前にいるイカツイ顔したジャイアントアントよりも仲間の攻撃の方が強い。
心にちょっぴり悲しさが響くのである。
「右! ハイスマン! お前は突出し過ぎだ。そんなんじゃすぐに疲れが出ちまうぞ。一旦引け」
「うるさい雑魚! ここは倒せるうちに倒すんだよ。無職は黙ってろ」
重戦士ハイスマンは、指示を無視してジャイアントアントの群れの中に入った。
一級冒険者だから、囲まれても余裕でなぎ倒せる。
だがしかし、奴にはオレの指摘通りの展開が待っていたのだ。
戦い続けるうちに、ハイスマンの動きが鈍くなっていた。
「あれは駄目だな。息切れを起こすわ」
判断を早めて、指示も早めに出す。
「皆! 今の持ち場から動くなよ。俺が助けに動くからな。気をつけろ。お前らにバフが乗らなくなる」
オレの指示が的確であるのに、文句が飛んでくる。
「あいつがいなくなったら? 俺たちが弱くなる?? そんなのあいつの思い上がりじゃん」
「そうだ。無職が出しゃばんなっていうんだよ」
「うぜえわ。まじでうぜえ」
「あいつがいない方がいいのに」
影口が加速するが、オレの足も加速する。
自分が、隊の中央に存在しなくなれば、全体の行動力が落ちる事を認識しているから、オレは急いでいた。
ハイスマンを囲んでいるジャイアントアントの中に、入ってからが本番。
「ハイスマン。下がれ。オレがここで戦う」
「う、うるさい。俺が全滅まで持っていくんだ」
「はぁ。いいから下がれよ! 馬鹿が! 一人の無茶が全体を駄目にすんぞ。ほれ!」
オレは、ハイスマンの襟を掴んで、戦列の後ろにまで投げ飛ばした。
筋骨隆々で巨体のハイスマンでも、オレには軽い。
目を丸くして驚くハイスマンはオレたちの戦列の中に無言で飛んでいった。
「よし、一瞬だけ暴れるぜ。あいつは重戦士だったな。じゃあ、いくぜ!」
自前のアイテムボックスから巨大な斧を取り出して構える。
ジャイアントアントの鎌のような手の攻撃をジャンプで躱して、ジャイアントアントの頭に向けて斧を振り抜く。
「くらえ! こいつが、重戦士の『重打』っていうもんだぜ! ハイスマン! オレの動きを参考にしな!」
「ぎゅううううあああああああああああああ」
ジャイアントアントは、あっという間に絶命した。
「そんでこれが、重戦士の『旋風』ってやつだ! 基本だからな。覚えておけよ」
自分を中心に斧をグルグルと回すと、一気にジャイアントアントを数体屠った。
どうだと言わんばかりに振り返ってみたが、ハイスマンの野郎はオレの事を見ていなかった。
というよりも、それよりも後ろが大変な事になっていた。
彼らは、ジャイアントアントの群れに押され始めていたのだ。
数で押し切られそうになっている。
「クソ。だから言わんこっちゃない……オレがいないと、みんなは最大限の力を発揮できんのだよ。ああもう。言う事聞けよな。持ち場を維持しろって言ったのによ。信じてねえな。オレの言葉」
指示を無視して各々が各々のしたい事をしたがために、戦列の維持が出来なかった。
だから、もう一度定位置に戻って、オレが指示出しをやり直す。
「ほれ。左、スイッチしろ! 今の前線はすぐに休憩だ。右は、そのままでいい。まだ戦える。中央は疲れが出始めている。三分後に交代だ!」
戦列の立て直しが図り、相手を完封する。
オレの計算では、まだ勝てる崩れ方だったのだ。
こいつらの実力をいかんなく発揮すれば、無理なく倒せる数なのだ。
「よし。これで終わりだな・・・そろそろ、あっちもかな」
伝説級の四人が戦えば、四大ダンジョンのボスでも余裕で倒せるだろう。
オレの計算は合っているはずだ。
オレが、あいつらの実力を間違えることは絶対にない。
あいつらの偉業を、影ながら支えるために努力してきたんだ。
このファミリーと共にだ。
オレは、人呼んで、『名脇役のルル』
と、誰からも呼んでもらえないので勝手に呼称しているのさ!
幼馴染の英雄の縁の下の力持ちになれれば、オレはそれだけで幸せになれるんだ。