第3話 アレスロアは引かない ②
【カンカンカンカンカンカン】
アレスロアの町に鐘が鳴り響いた。
監視塔にいる兵が敵を捕捉したのだ。
「来ましたか・・・リヴァンさんの見立てが完璧でしたね」
南の城壁の上にいるマーゼンがそう呟くと。
「そうですね。マーゼンさん。どのようにしますか。ここの初手」
アンナが隣に立った。
「はい。ここは奴らに背後を。北の作りかけの城壁を見せてはなりません。もし裏に回ろうとしたら消します」
「え?」
「今はまだ北側の城壁が完成していません。ここを見破られないようにしないといけない。ですから、こちらの南の正面以外に敵が移動した場合。敵を殺すか捕虜にするしかありません。逃がすのは無しです」
「あ・・はい。そうですね」
アンナは自分の考えがまだ甘いと思い知った。
ここでは一旦話し合いをして追い返すだけなのかと思ってしまっていた。
でもマーゼンの中ではその先の戦いでこちらが不利になることを避けようとしていた。
アンナは、この人物が仲間になってくれてよかったと心底思うと同時に、自分もこの人物から学ばないといけないと思い始めた。
「どなたが来たのでしょうかね。来た人物のランクにも注視しなければ」
マーゼンはそう呟いてから、城壁を降りて会議室に向かった。
◇
使者が来る直前。
マーゼンはリヴァンを呼ぶ。
「リヴァンさん。こちらに使者が来たので、偵察の形を変えます。南東方面をチェックしつつ、シューカルを偵察してください。おそらく兵が動こうとしています。リヴァンさんはこちらに残り、部下の方たちに指示を」
「わかりました」
「気を付けて、敵は徐々に戦闘態勢を作り始めています」
「はい」
リヴァンとローレンの部隊が南東へと飛び立った。
◇
その後、連合軍の使者がやってきた。
南の門前。
猫族の男性が大声を上げた。
「ここの責任者に会いたい。通せ」
「どなたでしょうか。こちらに御用のある方の連絡は受け取っていません」
城壁の上に姿を現しているのはアンナだけ。
他の情報を与えないために対応したのが彼女だけとなる。
相手の提案を突っぱねる。
「連絡など必要ない。我らは連合軍だ。通せ」
「連合軍・・・連合軍のどなたでしょうか」
「名乗るわけがあるか……お前のような者にな。早く責任者を出せ」
どこぞのエルフの女が、このような大きい都市の責任者なわけがない。
もっと大物が支配者として君臨してるはずだと、猫族の男性は思っていた。
「そうですか・・・ではお帰り下さい」
相手の失礼な態度に少々ムカついているアンナ。
彼女特有の交渉術を駆使して、ついには相手の意見だけじゃなく、相手ごと突っぱねた。
「いいのか。戦争になるぞ」
「お二人でですか。それはさぞ大変でしょうね」
嫌味で返す。
「き・・貴様! いいのだな。戦争だぞ」
逆上する猫族の男性のその後ろに陣取っていた男性が、前に出てきた。
「お遊びはおしまいです。そちらの女性。本当は交渉をしてくれるのだろ」
顔にある鬣が美しく、鋭い牙が口から出ている男性。
落ち着いた声と態度に、このままの態度では良くないとしたアンナは、動きを変えた。
「これは……あなた様が今回の本当の使者の方ですね」
「そうだ。出来たら中に入れてほしい。見上げて会話するのは辛い」
「そうですか。わかりました。どうぞ中へ」
分厚い城門が開く。
一週間足らずで出来たとは到底思えないような門だ。
「ようこそ。連合軍の方」
アンナと幹部たちが出迎える。
「うむ。こちらの責任者はいるのか」
すると落ち着いた声の男性は、騒ぎ立てるようなことはせずに聞き出す。
隣を歩く男性は相変わらず睨んでいるが、こちらの男性にはそのような素振りがない。
「今はいません。アレスロアの領主ルルロアは現在・・・不在です」
「そうか・・・なら、次の者でもいい。自分はあなたたちと話し合いをしたい」
「わかりました。私たちは、領主以下は合議制を設けているので複数との話し合いでもよろしいでしょうか」
「それでいい。中に通してほしい」
「では、こちらにどうぞ」
アンナは二人を会議室まで案内した。
その間、猫族の男性はキョロキョロとしていて、落ち着きがなく、すれ違うアレスロアの町民たちを睨んでいたりしたのだが、こちらの男性はそのような態度ではなく建物などをじっくり見ては、町民たちの顔色なども一緒に窺うような余裕があった。
敵となりうる存在の様子を確認する。
そのような態度にも見えた。
連合軍にそれほどの冷静な人物がいる。
アンナはこの戦いの難しさを肌で感じた。
「こちらです。どうぞ」
アンナが会議室がある建物の入り口を開けると。
「助かります。失礼する」
「ふん!」
使者二人は対照的な態度で中に入っていった。
◇
会議室一階の応接室に、ルルロアの仲間たちはいた。
上座に座るのがユースウッド。
その後ろにいるのが、変装しているナディアで立っている。
彼らを固めるように幹部らもいた。
「貴殿はどなたでしょう。強さから言っても高名なドワーフの方に感じるのだが」
使者の男性は、正面にいるユースウッドに話しかけた。
「儂は、ユースウッド・バーリアンだ。お主は?」
「自分は、オルタナ・カイエンで……ユースウッド。まさか。あのドワーフキング? 生きていたのか」
「ああ。生きていたぞ。ここの領主に救われてな」
「……牢に閉じ込められたと聞いていたが。百年も牢にいた男を救うとは、ここの領主は、凄い領主であるようだ」
「儂らの領主はそんじょそこらの人間ではないのだ。ジークラッド最強の男ぞ」
「……大きく出たな。しかし、その人物がいないのだろ? どういうことだろうか」
「野暮用でな。しばらくここには帰ってこないのだ」
「残念だ。最強ならば一目見て、手合わせを願いたかった・・・」
ユースウッド相手に堂々たる受け答えをする人物に、ルルロアの仲間たちは緊張していた。
敵地とは言えないが、友好的ではない場所にたったの二人でいる。
それなのに、彼が堂々としているのが、逆に怖かったのだ。
「あなた様は連合軍のどういった方でしょうか?」
マーゼンが、失礼のないタイミングで会話の間に入った。
「じぶ・・・」
「貴様、この方に失礼だぞ」
オルタナが答えようとする前に猫族の男性が怒った。
「失礼とは・・・どこがです?」
「ドワーフキングよりも下。貴様みたいな格下が、この方に質問するな。そんな立場ではない」
「ふむふむ。ではあなた様はどういうお立場で、今しゃしゃり出ているのでしょう?」
マーゼンはこめかみに出来た怒りのマークを抑え込んで、会話をしていた。
「私は、オルタナ様の配下シャイだ」
「それはどの立ち位置なのですか。シャイ殿」
「当てはまるとしたら従者だ」
「ならば、あなたは黙って頂けると嬉しいです。従者如きでは、軍師である私とは釣り合わない。それであなた様のお立場はいかがでしょう?」
マーゼンは冷静にシャイをあしらい、オルタナに質問した。
「き、貴様ぁ」
「黙っていろ。シャイ。お前は冷静さが足りん」
「ぐっ。し、しかし」
「よく考えよ。そちらの方は、重要な方だ。お前のような立場ではなさそうだぞ」
こちらもまた冷静。
オルタナはシャイを一喝した。
「その風貌・・・まさかとは思うが、竜人種ではないのか?」
オルタナは聞いた。
「ええ。そうです」
「やはりな・・・シャイ。相手をよく見よ。竜人種が一見ヒュームに見えるから舐めてたな。それにこの場にいる人たち・・・全員が強い。お前よりも遥かに強い。相手の機嫌を損なうような話し方をするな。馬鹿な弟よ」
「す。すみません」
オルタナの背後にいたシャイは申し訳なさそうにして、さらに後ろに下がっていった。
「つかぬことをお聞きしますが、あなた様は獅子族ではないでしょうか?」
「そうだ。久しぶりの獅子族のカイエン家当主である」
「なるほど」
獣人族。
彼ら獣人族同士の子にハーフが存在しない。
彼らの血脈は、眠れし才能である。
遺伝子の中にある血の才能が爆発して誕生するのだ。
だから、子供が両親とは違う種族で生まれることが度々ある。
現に、オルタナの両親は猫族同士であるが、オルタナは獅子族で生まれてきた。
繋がってきた血の影響でこうなる。
ちなみに、亜人種にもそう言った部類の人間がいる。
主に魚人である。
一種類の種族の特徴が出るのだ。
「では、最初の質問に戻ります。あなた様は連合軍でどういったお立場で?」
「自分は、連合の三軍。左将軍だ」
「連合の三軍?」
第三次の頃にはなかった役職にマーゼンが戸惑う。
「三軍を知らないのも無理もない。最近できた役職だからな。いわば軍のトップのようなものだ。連合軍で言うと盟主の次の立場だな」
「そうですか。だいぶお偉い方がこちらに来て頂いたようで」
「まあ、そうなるでしょう。ここに町が出来ていたのも、つい最近まで、こちらも知らなかったわけであるが」
一瞬丁寧になった。
こちらの男性はもしや、もっと丁寧な人物かもしれないと、マーゼンは感付く。
態度をあえて威圧的に持っているのではないかと。
「そうでしょう。つい最近になって作り上げられた町ですからね。領主様の手腕が凄いのです」
「そうか・・・ならますます会ってみたかったな」
中々隙のない相手。
マーゼンは会話の取り掛かりで、爪を入れ込み、少しでもその爪が突き刺されば、そこから引き裂こうと思っていた。
だが、相手は冷静だ。
どこまで行っても刺さらない爪に。
この男と戦争になると苦戦すると考えていた。
「では私共の領主が帰ってこられるまで、滞在でもなさいますか?」
「いや、そんな用でこちらに来たわけではない」
「それでは、あなた様は何用でこちらに?」
「それは・・・ここを拠点にさせてくれ。向こうに行くためのな」
やはり!?
想像していた範囲の答えでマーゼンの目が見開いたのだった。




