第20話 アルラン 2
あれから数年が経ち。
私たちは、戦争をやめることが出来ていた。
五種族戦争という激しい戦いを終結させたのは、世界の天変地異だった。
意外にもジークラッド大陸になってからの日々は、平穏だった。
だから私も穏やかに暮らしていた。
人種による差別もなく、皆が平等であった時代。
この世界であの時代が最も豊かで平穏であったかもしれない。
そう断言できるだろう。
そんな時に私は一人の女性と結婚した。
とても優しくて、とても美しく、そして生き方に一本の芯がある女性。
ソフィー・シスラに出会えたのだ。
種族が違っても結婚出来た私たち。
これが、新たな時代の幕開けだろうと、イヴァンやファン、ナディアたちも喜んでくれた。
私たちの夫婦生活も順調で、数年が経ってから鬼人族の彼女との間には、一人の娘を授かった。
とても幸せだった。
それはこの世にいるのに天国にいるような気分だった。
だがそこから悪夢が訪れる。
ジークラッド大陸にとある氷が出てきたのだ。
魔氷
そう呼ばれる最悪の氷が大陸の北部に出現したのだ。
◇
氷を発見してからすぐに会議が始まった。
「まずい。あの氷がおそらく・・・やつらのものだ・・・彼が教えてくれた例のだ・・・くそ」
いつも大胆不敵な男。
イヴァンが珍しく焦っていた。
腕組みをする手は自分の腕を叩き、机の下の足が貧乏ゆすりをしていたのだ。
「十中八九そうでしょうね。どうすれば……いいえ。あの秘術をやってみましょう。上手くいくかはわかりません。しかし良くなると信じてやってみるしかないでしょう」
ナディアは冷静に言った。
「そうか。ついにあれをやる時が来たか・・・・うちらがやるんだな」
ファンは天を仰いだ。
「何を言っている? ファン。イヴァン。ナディアよ。いつもお前たちだけで解決しようとするな。私たちにも聞け。いつも何を言ってるんだ?」
リュカが聞いた。
「ああ。リュカすまん。教えてやりてえが、これは口に出せねえのよ。んじゃ、オレたちはファイナの洗礼をやる。ジークラッドを維持して、ジーバードを守ることにする」
「ジークラッドを維持?」
ノルンが聞いた。
「ああ。滅びゆくかもしれない世界を繋ぎとめるんだ………今のオレたちが出来るのは、可能性を信じる事。これしか出来ねえ。皆、色々すまないな。でもオレたちはやってみせるからよ。この世界に、いずれ。必ず。誰かが救世主になってくれると信じてさ」
「ど。どういう事だ。イヴァン」
私は聞いた。
「心配すんな。アルラン。お前は娘を守れ。もしかしたら、お前の子は未来の切り札になるかもしれないしな。それにお前、フィリアが可愛いんだろ。目一杯愛せよ。あとはオレたちに任せろ」
「フィリアグレースだ。なぜ略称にする」
「その方が呼びやすいからな! はははは」
イヴァンとは豪快な男であった。
「この秘術。完成するとオレたちの大陸の周りに光のカーテンが出来上がる。向こうとこっちを遮断する力が生まれるんだ。それで行き来はほぼ出来なくなるからな。ジーバードの人間には悪いが。こちとら、世界を守るためにはやるしかないのよ」
「そうですね。向こうの人間にもこちらの人間にも行き来は諦めてもらうしかないでしょう」
「ナディアの言う通りだな。よし。イヴァン。準備をしてくれ。うちらには何が必要なんだ」
三人はファイナの洗礼を作り上げることに集中していた。
ファンが言った後にイヴァンから指示が出る。
「ああ。指示は出す。グスタフ。岬に塔を建ててくれ。そこにナディアを入れる」
「塔だと?」
「ああ。エルフが管理することになる塔だ。未来永劫。何千年経とうがぶっ壊れねえ。丈夫な建物を頼む」
「そんなもん・・・作れるのかよ」
「ドワーフだろ! 出来る!! 頼んだ!!!」
「おいおい、そこは人任せだな。無茶ばかりだな。いつもいつもお前は・・・まあ仕方ない」
グスタフは笑っていた。
イヴァンの無茶ぶりにも慣れてきた所だった。
「それとミーフィだな。ミーフィはハリカの洞窟にファンを連れて行ってくれ」
「私が? ファンを? あんなところに? あそこは奥の奥よ?」
「そうだ。でもあそこにファンが必要なんだ。ファンがいねえと、こっちの世界は滅亡だ。それにそこに至るまでにはミーフィの案内が必須だ。ファン、すまん。お前を散らせることになるがな」
「ああ。覚悟は決まってんだよ。心配すんなよ。ハリカの洞窟の手前を、うちの種族で埋めるわ」
ファンが散る。
よく分からない表現だった。
「すまん。それにナディアもだ。お前にはあれは呪いだな」
「イヴァン。お気になさらずに。私よりもあなたの方が呪いでしょう」
ナディアは薄っすら悲しそうな部分がありながら、微笑んでいた。
憂いの笑顔だ。
「オレはいいのさ。いずれ現れるだろう。オレたちの思いを託せる人物。それに力を渡せばいいだけなんだ。でもお前は、呪いの子になるぞ。何代にも渡るな」
「ええ。いいでしょう。ファンと同じように、私にも覚悟ができています。それが私の役目です。私はジークラッドとジーバードを守るための砦のようなものになればいいのです」
「すまねえな。その子らにも謝っておくわ」
「あなたが謝る事ではありません。私の役目でありますからね」
大胆不敵なイヴァンにしては、やけに暗い表情だったのが気になった。
「よし。オレはレミアレスと聖なる泉に行く。そしたら、ファイナの洗礼の準備は完成するからな・・・・あとは、ナディア。リュカ。ノルン。グスタフ。そしてアルラン。四種族で未来を作ってくれ。お前たちに世界を任せる。ジークラッドはお前たちにかかっているんだ。ここはあっちの大陸よりも、もしかしたら生き残るのは難しいかもしれん。だけど、お前たちならやれるからな。頼んだぜ。オレは陰ながら応援すんぜ」
彼の言い方は自分はもうこの世にはいない。
世界からいなくなるような雰囲気だった。




