第19話 不協和音
レオン一行が戻り、フールナたちも戻り、ルルロアたちも戻った。
ジェンテミュールのホーム。
ここでは、神妙な面持ちの仲間が集まって、緊急会合を開いていた。
体が傷つき過ぎて寝込んでいる幹部のたった一人を除いて、ファミリーの全員がホームの広場に集まる。
議題は『ジャスティンの死についてとその問題の処遇』である。
「大失態ではないか。我々が死者を出すなんて。初の事だぞ」
一級冒険者『魔法騎士』のフールナがテーブルに拳を叩きつける。
プライドの高い男は怒りに満ちていた。
ジェンテミュールが活動を開始して早三年。
この冒険者ファミリーが、一度も死者を出さなかったこと自体が、むしろ偉業であるのだ。
なにせ、通常のファミリーであれば、死者が出るなど当たり前の事。
死と隣り合わせにあるのが、冒険者の常なのだが、このファミリーは死者を出さなかったのだ。
それが異常であるのを、彼らは知らない。
なにせ、英雄の四人がいたからこその事だ。
これもまた偉業の一つとして数えてもいい位だ。
ファミリーの者たちは、こういう風に英雄たちを神格化していた。
彼らがいれば誰も死なずに偉業を成すのだとも思っていたのだ。
だけど、本当の所は違うのだ。
ルルロアがいるから、このファミリーは死者を出さなかったのだ。
四人の英雄と、一人の無職。
この組み合わせがなければ、成しえない偉業である。
彼ら五人が揃ってこその希望の星であるのだ。
「すべては小隊の責任者の責任ではないですか・・・そうでしょう。みなさん!」
一級冒険者『異端神官』シャインが偉そうに講釈を垂れた。
現場の状況を知りもしないのに、ルルロアが悪いと容易に決めつけたのだ。
「ほほほほ。まあ、そうなるかいな。我らに失態は許されない。英雄のファミリーであるのじゃからな。責任は取ってもらおう」
一級冒険者『聖騎士』アルトも同じような意見だった。
「どう落とし前をつけるつもりなのですかね。あなたたちは。ねぇ。我らの英雄の顔に泥を塗っておいて、責任も取らないおつもりですか。フィン。マールダ。ハイスマン。キザール。スカナ。そして、あの子も」
一級冒険者『踊り子』ナスルーラは、ルルロアと共にバイスピラミッドに行ったパーティーを責めた。
皆の不満は、ファミリーから死者を出したことだ。
ルルロアたちが、残りのクエストを達成できずに金を稼げなかったことは、もはや、どうでもよかったのだ。
「私たちは、隊長がいなければ死ぬところでした。それに、あのモンスターと戦って、一人の死者で済んでいるのが奇跡です。だから誰も悪くありません。いい加減なことを言わないで頂きたい」
マールダが懸命に反論した。
「そうだ。あの時、隊長が戦ってくれなければ、俺たちは全滅だったんだ。これだけは言えるんだ。一級冒険者が束になっても、あの魂を刈り取る者には絶対に勝てない・・・運が悪かったんです。俺たちは!」
フィンが自分の実力不足を無念そうに言う。
「そ、そうだ。俺様が。あの時。不用意に前に出なければ。ジャスティンが。あいつは俺様を庇わなくても済んだんだ。死ななくても済んだかもしれないんだ・・・・あいつを死なせたのは俺様だ。無職野郎のせいじゃない。俺様が死なせたんだ」
体の大きなハイスマンが小さくなって席に座る。
弱々しい言葉の中に、後悔が滲む。
彼は、それ以上話すことが出来なかった。
「まあ、しかしだ。死者は出たのだ・・・ならば責任者に責任を取ってもらいたい。勇者様、そうでしょう」
一級冒険者筆頭フールナの意見に、勇者レオンは目を瞑って黙る。
そこから、しばらく考えてから、レオンが重い口を開いた。
「……死者が出た。これは最悪だ。でも、相手はあの魂を刈り取る者だったんだぞ。俺たちがそこにいたとしても、死者は出たかもしれん。それを責めるのはどうかと思うぞ」
「そんなことはあり得ませんことよ。あなた様がいれば誰も死なずに済む。あなた様は勇者様ですのよ」
ナスルーラはレオンの意見を真っ向から否定した。
彼女はほぼ勇者一行の狂信者といってもいい程心酔している。
「お前ら・・・いい加減にしろ。レオンの言う通りなんだよ。うちらがそこに居たって、あの魂を刈り取る者だ。なぁ。エルミナ」
ミヒャルも思う。
自分たちが戦っても勝てるのかどうか。
「はい……そうです。私たちがその場に居ようとも、死者は出るかもしれません。魂を刈り取る者、あれは魂を刈り取る者なのです。力を奪う者。魔を封じる者と同等クラスの最強のダンジョンモンスターです。それは、私たちでも勝てるかどうか。それをルルは、自らの命を捨てても。無理をしてでも、皆を守るために倒してくれたのですよ。それを断罪するのは非情です。ありえない」
エルミナは懸命に訴えた。
「それは本当なのでしょうかね。にわかに信じられんのですがな」
聖騎士アルトが無職ルルロアが、魂を刈り取る者を撃破したことを疑う。
確かに信じられないと、後ろに控えている準一級以下の仲間たちも頷いた。
「まあ、それが本当かどうかはどうでもよく。私としては、あなた様のプロテクトがあれば、大怪我はあっても、仲間の死はないでしょう。だから、準特級と一級冒険者のみであのダンジョンに行ったのが間違いなんですよ。せめて、エルミナ様が居れば」
異端神官シャインが聖女エルミナの意見を全否定する。
エルミナが絶対の守護者であると、神よりも信じているのだ。
「貴様ら・・・もしやルルを断罪する気か」
寝なずに珍しく話を聞いていたイージス。
今までの時間で、ひと眠りもしていないことなんて、本当に滅多にないことだった。
激しい怒りのせいで、仙人のオーラが思わず出ていた。
光り輝く彼は、今までの否定意見を出した仲間の顔を一人一人見ていく。
「・・・しょうがないでしょう。イージス様。怒りを堪えてください。失態には変わりないのですから」
フールナの意見で更に、怒りが増すイージスは、前に出ようとした。
一歩踏み込んだ瞬間。
「待て! イー! やめろ」
「レオ?」
勇者レオンが引き留めた。
「はぁ。ひとまずだ。皆の不満は分かる。仲間が死んだんだ。俺だって動揺しているしな」
レオンは、とにかく落ちつかせようとしていた。
「ここは一旦、落ち着いて。とにかくジャスティンを弔ってやろう。冒険者の慰霊碑に送ってやろう。冒険者の死に、死体があるだけでも珍しいことなんだ。俺は、早くあいつを手厚く弔ってやりたい。だからここで解散して、ジャスティンの為にも静かに見送ってやりたいんだ。どうだ。みんな」
勇者レオンの意見が正しい。
とりあえず、この場が収まったのである。
勇者レオン。大賢者ミヒャル。聖女エルミナ。仙人イージスは。
この事態がとんでもない事態になることをこの時は深く考えていなかったのだ。
問題が消えたわけじゃなかった。
◇
「いっつ・・・」
粉々になったんじゃないかと思うくらいに全身が痛かった。
指すら動かせない状況で目が覚めると、そばに居たのがエルミナであった。
「お! エルか」
「・・・ルル! ルル! 起きたのですね。よかった・・・本当によかった。このまま目覚めないのかと心配しましたよ・・・よかったです」
「ああ、いてえ。ちょい、触れないでくれ。まだ、いてえから」
エルミナが手を握ってきてくれたけど、優しい温もりでさえ、今のオレには痛かった。
全身がイカレている。
「ご、ごめんなさい。あなたの今の状況、私の魔法を受け付けなくて、傷を癒してあげられなかったのです」
「まあ、そうだよな」
特殊な状態だろうから、回復魔法を受け付けなかったんだろう。
「エル、ジャスティンはどうした」
ジャスティンが気がかりだった。
あいつこそがこの戦いの真の英雄だ。
弔いたかったんだけど、オレは一体いつまで眠っていたのだろう。
「はい。レオンが弔ってあげました。冒険者の慰霊碑にです」
「そうか。俺、あいつの所に行けんかったな。弱いな」
「え・・それは。どういうこと・・・」
「いや、オレも逝くってさ。あいつに言って、戦ったんだけどな。まさかあのブラッドレインを退けちまったからな。オレ、運が良いのかな」
エルミナが顔を伏せた。
膝の上で握りこんだ拳が僅かに震えている。
「……い、嫌です……ルルが死ぬのは嫌です。二度とそんなことは言わないで」
「エル???」
「嫌です! 言わないで! 二度と!!!」
「は、はい」
涙を溜めたエルミナに、それ以上話しかけることが出来なかった。
死んだら嫌か。
まあ、オレも逆の立場で、聞かされたら、嫌だろうな。
オレだって、お前らが死んだら嫌だもんな。
やっぱり軽々しく死ぬなんて言わないようにしないとな。
気を付けよう。
しばらく二人で無言で過ごしていると、レオンたちが部屋に入ってきた。
「よお。生きてたな。くたばらなかったな。ルル!」
「お前なぁ。まあいいや。ミーは、いつも元気だな」
「あたぼうよ」
ミヒャルはいつも通りである。
やや暗い顔のレオンがオレの前に来た。
「大丈夫か。ルル」
「お。うん。まあな。ちょっと、とっておきを使っちまってな。体を酷使しすぎたんだ」
「そうか……生きててよかったぜ」
「ああ」
レオンが優しくそう言ってくれた後。
隣に気配が・・・。
「zzzz・・・そうか。生きててよかった・・・・」
「おいおい。なんで隣で眠るんだよ。お前はさ。ちょ、いってえ。体が動かせんのだから。勝手に俺のベッドに潜り込むな」
「むむむ。そうか・・・起きる」
珍しく起きてイージスはベッドの下側に立った。
遠慮するイージスは珍しい。
「そんじゃ、生存確認しただろ。お前たちも眠れよ。オレの心配してただろ。目にクマが出来てんぞ。お前ら」
「ん?! ああ、まあな。そうだな。眠ることにしようか」
「ああ、そうだな。うちも」
「私も眠りますね」
「おらも・・・ちゃんと部屋で寝る」
「おう。そうしてくれ。生きてっからさ」
安心させるために無理くり笑顔でみんなを見送った。
その後、激痛が残る体を横にしてみた。
自分のスキルの中で、この痛みに多少効果のある応急手当を発動。
指一本くらいは動かせるくらいに回復した。
痛みの波が弱い時に、このスキルを使用し続ける事にした。
そして。
オレが部屋にいると、たまに声が聞こえてくる。
「早く、奴の処遇を」
「あいつのせいです・・・あいつが悪い」
「このファミリーで死者が出るなんて」
「奴だ。追い出せ」
ホームで怒号が飛び交っている。
声が大きいからオレの部屋まで届いていた。
それを何とか四人が宥めて、たまにフィンやマールダ。それにスカナたちもかばってくれているみたいだが、オレが驚いたのは、ハイスマンとキザールもかばっていたんだ。
あの時の戦いが身に染みて、たぶんあいつらだって悔しいんだ。
ジャスティンを死なせたこと。
オレだって同じ気持ちだから、その悔しさが分かる。
だが、この言い合いは、平行線を延々と辿るだけだ。
オレを処断したくない勇者たちとあの時のパーティーメンバー。
オレを処断したい仲間たち。
これでは、このファミリーが二分されるのは、時間の問題となる。
これは、今後のファミリーの運営にとって良くない。
オレたちのような三大クエストに挑戦できるファミリーが、このような事態に陥ってはいけないんだ。
部屋の天井を見上げながら、オレは考えた。
ファミリーが唯一まとまってくれる道を・・・。




