第17話 予測
牢は地下。
あれだけ高い塔があった都市なのに、牢ってものは、地下にあるのが定番らしい。
王宮の兵に案内されるアイヴィスの後ろをオレが歩く。
彼女の従者の振りをしているので疑われてはいないはず。
螺旋階段を降りて行った先の小さな扉から中に入る。
「こちらです。アイヴィス様」
「ええ。それじゃあ、ごめんねぇ」
「え?」
肩に手を置かれた兵士は頬を赤く染めた。
嬉しそうであり緊張した面持ちになる。
「ちょっと。記憶いじるわよ」
「はい?」
「虜」
アイヴィスが兵士のおでこに人差し指を当てると、兵士の目がとろんっなった。
誘惑の上位技、虜。
めまいのするような強烈な惹きつけにより、前後の記憶がない程にその人の事だけしか考えられなくなる技。
これ、恐ろしい技です。
ちなみに、アイヴィスはオレにも使ってきました。
全然効かなかったからいいですけど、酷くありませんか。
もし効いていたら、オレはこの人に遊ばれていたのでしょう。
そうなったらオレは死にます。
アイヴィスに殺されるんじゃなくて、ナディアに殺されます。
だから殺人未遂ですよ。
この人!?
「この子の前後の記憶はこれで無くなるわ。それじゃあ、私はここからこの子と帰るから、あなたはここにいるでしょ」
「ああ。ありがとな。会議、頑張れよ」
「ルルちゃん、またねぇ」
兵士の人の肩に頭を置いて、アイヴィスは牢から出た。
ここの複数ある牢獄には、誰も入っていなかった。
クヴァロがいるとされるはずなのに、一体どこにいるのだと探すこと十分。
最奥の牢屋に奴はいた。
◇
「よぉ。クヴァロ」
「誰だおめえ」
「牢にいんのに、痩せたりはしねえんだな。デカい体はそのままかよ」
オレはメロウの格好のまま話しかけている。
だから、誰か分からない男に話しかけられてクヴァロは困惑していた。
「クヴァロさ。聞きたいことがあんだよね」
「だから、誰だ。馴れ馴れしい」
「お! 声は変えてねえんだけどな。忘れたか」
「誰だ!」
「オレだ。クヴァロ」
姿をルルロアに戻した。
「おめえは!? おめえはあああああああああああ!?」
牢屋の奥にいたクヴァロは前にまできて、檻を握った。
「よ。ひさしぶりだな。何年ぶりだ。まあ、数えてもねえからどうでもいいか」
「おめえ! おめえのせいでワイは」
「そうだな。お前、めっちゃ弱えもんな」
「な、なんだと!?」
「悪い。こんなやり取りで時間を失いたくないからさ。オレの質問に答えてくれ」
「だ、誰が答えるか」
「フィリアグレース。あの子はなんだ。本当にアルランの子なのか」
「・・な!? お、おめえ。どうして、彼女の名を!?」
明らかに動揺したクヴァロだ。
名前だけで動揺するなんて、よほどの子だろうな。
◇
五人だけが座れる円卓のテーブルに解放軍の四人がいる。
解放軍のリーダーアルラン。
魔人族でも最強クラス吸血鬼。
その中でも最強の男であるのがアルランだ。
静かに目を閉じて座る男は、何も話さない。
それに対して、解放軍の切り札。
アースヴェイン・リュカ。
竜人種最強の男で、桜火竜の正統後継者。
火竜の剣技がその身にあるために、おそらく解放軍の近接戦士では最強である。
腕組みをしながらアルランを見つめている。
解放軍の華。
アイヴィス・ダルン。
色んな人物を手玉に取る女性。
ただこちらにいる者たちは強者であるがゆえに、誘惑にかからない。
テーブルに寝そべるような形でいて、あくびをしている。
解放軍の戦闘隊長。
ヴァイス・ギューイ。
まだ年若い彼は、お爺さんから四天王の座をもらった。
戦闘能力はかなりあるが、まだ熟練の戦いは出来ない。
でも、それでも強い。
なぜなら素の攻撃力と防御力、そして素早さがある巨体を持っているからだ。
そんな彼は今。
ルルロアと修行したいなと思いながら椅子に座っている。
「皆。揃ったか」
アルランが目を瞑りながら言った。
「ああ。拙者も来てやったぞ。アルラン」
「・・・久しぶりな気がするな。いつ以来だ」
「久しぶりか? いや、クヴァロの件でここに来たから、その以前の方が久しぶりだった気がするな」
「そうだったか。それでは半年前と少し前か……その以前が百年ぶりくらいだったからな。久しぶりに感じる」
「拙者もだな」
「お前はいつもいないから、いつ会えているのかを忘れてしまうな。お前はもう少しここに来い」
「わかった。気が向いたらな」
「ふっ。相変わらずだ。リュカという男はな」
アルランはまだ目を瞑りながら話していた。
アースヴェインの父。
ラクスバルも似たような男だと思い笑った。
「ラクスバルの事ね。アルラン」
「そうだ。アイヴィスも懐かしいか。あの男が」
「ええ。まあね。アースちゃんってほぼそっくりよね。あの人と同じ雰囲気だしぃ」
「そうだな。息子よりも同一人物のように感じるものな」
「ええ。まったくそうよ。瓜二つよね」
アイヴィスが頬杖をして、アースヴェインを見た。
顔も声もどことなく似ている。
それに、更にその心も似ているのだ。
懐かしい面影を重ねることが出来ていた。
「私はお前にも懐かしさを感じるがな。ヴァイスよ」
「俺にも?」
「ああ。ヴォルドーもお前のような男であった。戦いに身を投じるのが好きな武人だったわ」
「そうか。ジジイの記憶はあまりなくてな。俺が小さい頃に死んだからな」
「そうだったか……ふっ。そうなるか。長き時を生きればな」
アルランは笑った。
静かに穏やかに。
とても戦いを好むような人間に見えない。
だが、解放軍のリーダー。
立場を得ている彼が何を理由にして戦っているのか。
彼ら四天王の三人でも知らないことであった。
「アルラン、クヴァちゃんは。あれからずっと牢なの?」
「そうだな。いずれは出す。奴には罰が必要だった」
「そう。わかったわ」
クヴァロを見捨てるつもりがない事をアイヴィスは確認した。
ここでアルランの目が開いた。
腕組みはそのままで話しだす。
「では、時間が来たようだ。会議の始まりだ。我々は戦うぞ。もう準備はしているからな。軍は二軍。ジュズランから出撃とギランドヴァニア平原を進軍する。二手に分かれて連合を叩く」
アルランの目には決意が宿っていた。
三人はその事に気付いていた。
◇
「そんじゃ、フィリーがなぜお前の元にいたんだ? 話を聞かせてくれよ」
「なぜおめえに言わなければいかんのだ。絶対に言わんぞ」
「そうか。仕方ねえ。オレはあんまり人を縛りたくねえんだけど、今回ばかしはフィリーがかかっているし。それに相手がお前だから罪悪感がねえ。いくぞ」
オレは、檻の外から隙間に手を突っ込んだ。
しゃがみ込んで檻の手前にいるクヴァロの頭を掴んだ。
奴の目を見る。
「大王のスキル 神問」
スキル発動者がする質問を、回答者は答えないといけない。
その質問には、神の問に答える時のように嘘をついてはいけない。
発動者に嘘偽りのない真実を話さなくてはならない。
凶悪なスキル。
大王最強クラスのスキルの一つが神問である。
相手が嘘をついた時、神の鉄槌がやってくる。
大王のスキルは、意外にも人を疑うスキルが並ぶ。
王にも多少あるが、大王となるとその数は多い。
周りに信頼を置けるどうか。
それが大王の立場なのだろう。
いつ誰が裏切るのかわからないから、こんなスキルが生まれるわけだ。
「それじゃあ、質問を開始する。なぜお前が彼女を磔に?」
「・・・ワイじゃない。ワイ程度では、彼女を磔になんて出来ない」
「なに!? 嘘をついていない!?」
オレは正直ここで驚いている。
てっきりこいつが磔にしたと思っていた。
これは本当の事だ。
なぜなら嘘をついた瞬間、すねに向かって思いっきりハンマーを叩かれるくらいの衝撃が全身に来るらしいからさ。
今のこいつが、痛みを感じていないから、嘘をついていない。
「マジかよ。じゃあ、なんでお前が彼女を持っていたんだ。お前はアルランに頼まれたのか? 正直に答えよ。答えない場合も痛みが走るからな」
「・・・ぐああああああ」
クヴァロが黙ったから奴の体に痛みが走った。
黙っていられる時間は20秒だった。
初めて使うスキルだから調整具合がわからない。
「頼まれていない・・・ぐあああああ」
続けて話した内容が嘘だったという事。
ならアルランに頼まれたんだ。
なぜだ。なぜこんなクズに?
「鬼人族……もしやお前、なんか彼女と関係があるのか」
「ない。どわああああ」
関係あるんか!?
こいつが、フィリーとだと!?
「お前。あの奇妙な薬品は、お前が開発したのか」
「…や、薬品? 何のことだ。あれは薬だ」
嘘なし。
本当に薬だと思ってるのか。
こいつは薬を飲ませていたのか!?
「何の薬だ。言え!」
「言えん。アルラン様との約束だ」
「・・・眠らせるための薬か?」
「知らん」
「・・・痛みを取るため?」
「知らん」
なんだ。
何の薬かがわからないのか。
じゃあ。
「病か!?」
「知ら・・ぐあああああ」
「クソ。病かよ。何の病なんだ。このスキル、尋問形式だから煩わしいわ。でもこれじゃないとこいつの本音を聞きだせん」
他のスキルで、情報を手にするには、敵対している相手では難しい。
威風や王魂を発現させても、こいつくらいの強者ではビビる程度で、畏怖して吐露するまではいかない。
だから、煩わしいし面倒だな。
ここに来て、自分が仕掛けたスキルにイライラしていたオレだった。
「ふぅ~。薬を飲まないと死ぬのか?」
「知らん」
「飲まなくても大丈夫なのか」
「知らん」
「どんな薬なんだ・・・いったい何のために薬を」
こいつは薬の内容までは知らないようだ。
クヴァロには、病の中身が分からないのかもしれない。
「フィリーはアルランの子でいいんだな」
「そうだ」
「これは確実か。そんでお前とも関係がある」
「そ、そうだ」
「あの子、鬼人族の血があるんだけど。お前の親族の子か?」
「ちが・・・違う」
「でもお前に関係がある……あの子、姿形が変わる時があるんだよな。もしかして、かなりの歳なのか。例えば、数千年とかさ。どうだ。長い時を生きているのか?」
「ちが・・・ぐわああああ」
「なに!?」
オレも正直戸惑っている。
とにかく色んな事実を聞きだすには上手い誘導尋問が必要だ。
あと、このスキルの使用限界もやってきている。
もってあと10分だろう。
この間に疑問は全部聞かないと・・・。
「ええっと。じゃあ、あの子はお前の先祖か? だからお前が四天王なのか。屑なのにさ」
「・・・・・・・・ぐあああああ」
一分。
耐えきった奴は。
「そ、そうだ・・・」
答えた。
「なるほど。お前の先祖の鬼人族。小巨人族の血が混じっていても、鬼人族の血で繋がっている・・・フィリアグレース。彼女が鬼人族側の先祖であると言ってもいいのか。彼女は吸血鬼との混血児。長い時を生きていても、おかしくないし。そこからこいつと血が繋がっていてもおかしくない」
彼女の母親からの繋がりがあるのがクヴァロ。
おそらくこれだな。
「それじゃあ、ここは戻って。アルランは何のために彼女を磔にしたんだ。なんらかの恨みか?」
「知らん」
「……ここの理由は難しいな。聞き出せん。お前が彼女を持っていた理由はなんだ。子孫だからか」
「・・・違うと・・・思う」
「ん? どういうこった。子孫だからじゃないのか」
スキルの残された時間が残りわずかだ。
頭はフル回転させて情報を聞きだしたいが、オーバーヒートしそうだった。
どこを組み立てても聞きたいことが聞きだせない。
いや、待てよ。
アルランはフィリーを探す際に連合からじゃなくて解放軍の領土から調べ上げた。
それになんの意味がある?
だって普通はクヴァロと対峙した奴なんて連合軍の奴だと考えるのが当然だよな。
だったら、すぐに戦闘を仕掛けて連合軍の領土をくまなく調べればいいんだよ。
なのに解放軍の領土から始めて、そこにいないと分かった途端に、連合軍への進攻を決意だ。
これには、何の因果関係があるんだ。
そこも加味してもう一つ。
解放軍の元々の戦闘理由はファイナの洗礼の解除だろ?
徐々に氷に侵食されているジークラッドの解放が目的と言われている。
そしてその解放軍の創設者はアルラン。
この最初の目的をアルランが知っているんだ。
でも解放目前と言っていい第三次をアルランは途中でやめた。
ナディアとユースウッドを倒しておきながら止めた。
あそこで滅ぼしていいはずの連合軍との戦いを途中でだぞ。
彼らがあの戦いで潰したのは会合場所のパスティーノとガイルハイゼンという要塞都市。
そう。この二つを潰すと、ある場所が安全になる。
それは、ジュズランだ。
フィリーがいたジュズランが安全になる。
そしてジュズランの支配者はこの屑だった。
ここからジュズランの安全が計られたから、停戦になったと考えてもいいと思う。
だから、ジュズランから考えてみる。
ここを安全にしたのは、彼女を保護するためと考えてみる。
だけど、保護するならもっといい場所がある。
それがここだ。
大陸の最北端イナシスだ。
この場所が最も適しているはず。
だって安全圏にも程がある場所なんだ。
最終決戦にでもならない限り、戦場にもならないと思う。
なのに、連合軍に近いジュズランに彼女を置いていた。
それは・・・もしかしてこの氷の大地か?
匿うのに適していないジュズランと適しているイナシスの違いは、大地の違い。
この氷の大地が彼女には合わないんじゃないか。
だからまず先にアルランは解放軍の領土から彼女がどこにいるかを調べ上げた。
氷の大地にいてはまずいからだ!
そして、こちらにいないことにひとまず安心したが、氷の大地に運ばれたら困るから戦争を仕掛けて、連合軍の領土を探すんだな。
つまりアルランは・・・・そうか!?
「氷の大地か。クヴァロ。フィリーは氷の大地に居られない人なのか?」
「・・・ちが・・・・ぐああああああああ」
あたりだ。
解放軍の戦闘理由はファイナの洗礼の解放。
そこから大陸が解放されれば、いずれは氷の大地に浸食されていくジークラッドの大陸から脱出できる。
「つまり、アルランの戦争理由は、フィリアグレース。あの子を守る為だな?」
「・・・ちが・・・・あああああああああああああ」
そうかアルラン。
お前は娘の為に戦う戦士だったのか!
お前は娘をこの氷の大地から逃がすために戦う親父だ!
お前、本当は娘を大切にしている。
立派な親父だろ。
オレの結論は出た。
これはオレが直接奴と話し合いに入った方が良さそうだ。
オレは目的を持ってクヴァロの牢を後にした。




