第15話 VS ヴァイス
ヴァイスとの話し合いを始める前。
一時自分の町に戻ったオレは、アンナさんを家に呼んでナディアと共に話し合いに入った。
「アンナさん。ナディア。オレ、しばらくここに帰ってこないので、町を頼みます」
「え? ルルロア様が!?」「なんでよ??」
「それが、理由がですね・・・」
二人には包み隠さず、今までの経緯を説明した。
「戦争が……起きそうなのですか!?」
アンナさんが驚きで固まっていた。
突然勃発しそうになっているのだから無理もない。
「ええ。そうなんですよ。そこでですね。急いで町の防備を構築していいです。ユーさんやメロウと相談して・・・そうだ、マーゼンさんにもお願いしてください。彼女の得意分野なはず。リュカの片腕ですからね。あの都市リュカの防備を理解している人です」
「はい。わかりました。そうですね。マーゼンさんはとても素晴らしい方ですよ。私の仕事量が半分以下になりましたからね。調整役が上手いようですし、彼女。元々は軍師らしいです。戦争の際、軍を操るのがマーゼンさんで、その隊長がアースヴェインらしく。戦争時は二人の立ち位置は逆のようです」
「そうなんですか。マーゼンさんってそうなんだぁ・・・」
彼女の顔と声を思い出した。
とびきりの笑顔でオレにアイスしか言って来ねえ・・・。
失礼だなオレの考え。
彼女のイメージを変えないといけないな。
「ルル。危険じゃないの?」
「ああ。心配すんな。ナディア、フィリーを頼むわ」
「うん。それはもちろんよ。あの子は大切だもの。今、寝てるけどね」
「そうだな。ナディアに任せれば安心だ」
「うん。まかせて」
不安そうな顔しかしていなかったナディアだったが、オレに顔を向ける時は微笑んでくれた。
「よし。アンナさんに全てをお任せするので、アンナさんが色んなことを決めちゃっていいですし、皆で話し合って決めてもいいです。オレはとにかくあなたの判断に任せます。まあたぶんオレがいなくても上手くいくでしょうしね、オレはいってきますね。では、会議室の魔法陣へ向かいます」
とオレが玄関先に行くと。
「ちょっと待って。ルル」
「ん? お」
ナディアが頬にキスしてきた。
「いってらっしゃい。元気に帰ってくるのよ」
「ああ。帰ってくるわ。出来るだけ早くな」
逆にオレは、ナディアのおでこにキスした。
彼女は顔を真っ赤にして
「ルル。すぐ帰ってくるのよ」
と珍しく小声で言ってきた。
玄関先でのこのやりとりは、オレに元気と勇気をくれるみたいだ。
これからの不安がなくなった。
こちらの大陸での戦いはついに解放軍の中枢へ。
オレはアルランへと向かうことになるのだ。
◇
アレスロア滞在時間三十分で、すぐにリュカに戻った後。
リュカの魔法陣から出てきたオレの元にアイヴィスがやってきた。
「ルルちゃん。お膳立てしておいた」
「え?」
「表の訓練場にヴァイスちゃんを呼んでおいたわよ」
「・・・ん!?」
「この子を倒せるかしらって挑発してみたら、簡単に乗ってくれたわ」
「・・・は!?」
戻ってきて早々オレはいきなり四天王と戦闘になるらしい。
◇
リュカの兵士訓練所にて。
大柄の肉体を駆使して竜人種相手に訓練しているヴァイスは、一対五で戦っていた。
相手が王リュカではないと言っても、竜人種の五人。
それらを同時に相手して一歩も引かない実力者なのは相当なものだ。
アイヴィスやリュカにはまだ魔力が及ばずとも、その身体能力はこの大陸でもトップクラスだろう。
「おおおおおおおおお」
「うわああああ」
「ジャルトン・・・・マーガ・・くっ。強い。ヴァイス殿は強すぎる」
竜人種二人が吹き飛んだ。
ヴァイスは大柄の体なのに速く鋭い。
無駄な動きも若干あるが、それをカバーする動きの鋭さだ。
残り三人も間もなくやられるだろう。
「ルルちゃん、先に私がいくわよ」
「お願いする。オレよりもアイヴィスの方が交渉しやすいだろうからな」
「ええ。私の従者になったということでいくわ」
「え!? そういう感じで行くの?」
「ええ。そうよ。アースちゃんから奪った形でいくわ」
◇
訓練が終わり、アイヴィスとヴァイスが会話になる。
「ヴァイスちゃん、お疲れぇ」
「ん? アイヴィスか」
右手を上げて指が滑らかに動いて労うアイヴィス。
妖艶な手つきを前にしても、彼は至って冷静だ。
他の竜人種の子らは見惚れているのにヴァイスには関係ないようだ。
「何の用だ。オレはもう城に戻ろうかと」
「暴れて忘れたの? あたしのルルちゃんと戦うって言ったじゃない」
「・・・ああ。そのヒュームとか。そいつと戦えば面白いんだろうな」
「ええ。面白いはずよ」
「ならいいだろう。かかって来い」
「そう。じゃあ。ルルちゃんこっち来て」
アイヴィスが仲介してくれたが、それではダメだ。
オレが奴の気持ちを押すことにした。
「ヴァイス様。先ほどの訓練でお疲れでしょうから、少し休憩を取った方がいいですよ。私と戦うには体力が満タンの状態がいい」
「な!?」
アイヴィスがオレの方を振り向いた時の顔が面白かった。
何言ってんのよ。
と言いたそうだった。
「なにぃ。貴様、生意気なヒュームだな」
「生意気じゃないですよ。このままだと圧倒的にあなた様が負けてしまいますよ。こっちとしては、ハンデを与えないと互角には戦えませんからね。私はあなたよりも遥かに強いので」
「ぐっ。ここまで俺の力に怯えていない男は初めてだ。俺の魔力も読めないのだな」
「いいえ。読み切ってますよ。この程度ですよね」
オレはヴァイスと同量の魔力を練り込む。
威風も王魂も使用しない。あえて武の勝負に出る。
小細工が必要ない人だと思うから、挑発が一番効くはずだ。
これでオレを無視できない。
「き、貴様・・・ヒュームか。本当に」
「見た目通りですよ。どうします。諦めますか。あなたが手を伸ばしても届かない相手がここにいますよ」
「貴様ぁ! 生意気だぞ」
「生意気じゃないですよ。真実をお伝えしています」
遠くにいるリュカ。オレのそばにいるアイヴィス。
両方ともやめとけ。みたいな顔をしているがオレには関係ない。
逆上させて戦いを優位に持っていこうとの考えと、この程度の挑発に引っかかるならば、説得もたやすくなるだろうと思っていた。
「勝負だ。ハンデはなし。普通の戦いでいいな」
逆上した割に戦いの前の会話が冷静。
さすがは四天王。クヴァロ以外はしっかりしている。
「いいですよ。そちらからどうぞ」
「ほう。ここでも減らず口か。くらえ」
ヴァイスはゼロ距離で腕を振り回す。
大きな体の大きな腕は、毛むくじゃらで熊そのものだ。
でもその振り下ろす腕の速度は熊ではない。人間以上の速度だ。
「ほい!」
奴の手の平の真ん中を殴る。真芯に当てる感覚は仙人の攻撃だ。
「くっ。この痺れ・・・なぜだ軽い一撃のはずなのに」
驚いているヴァイスの右手は後ろに弾かれる。
手から腕、腕から肩へと俺の攻撃の衝撃は伝わったようで、ヴァイスは手に攻撃を受けたのに右肩を押さえた。
「ほらほら。体の芯に効いたでしょう。あなたの攻撃は分散されている。それでは、いくら強い攻撃をしても、相手に当たる時には威力が減衰する。もったいないですよ。ヴァイス殿」
「何を偉そうに。貴様」
「何遍やっても一緒。手や腕が痺れるだけですよ」
左右から来る暴風のような回転のヴァイスの攻撃。
その全ての手の平に向かってオレは拳を突き出す。
何度弾かれてもヴァイスは諦めず攻撃を仕掛けてくる。
「はぁ。でもオレはその根性が好きだな」
オレがそう言うと、ヴァイスは目を見開いて睨んだ。
「指導をしよう。それでは、これが出来るか」
魔力を拳に乗せて放つ光拳を披露した。
「これ、火ね」
「なに。くっ」
ヴァイスはオレの拳を躱した。
「おお。躱した! これ、出来るかい?」
オレが左手で右の拳を指さす。
「出来るか!! オレは魔法は出来ん」
「いやいや、これは魔法じゃないぞ。己の力を中に閉じ込めて、肉体強化をする魔力が基本の攻撃だ。あんたに一個、これの完成形を見せてやる。七光拳」
カラフルに光る拳をヴァイスに向けた。
「な、なんだこの拳は、ま、眩しい」
「ほれ。よく見ないともろに食らうぞ」
「ぐおはっ」
ヴァイスの腹に拳がめり込ませ、オレはそこから捻じる!
これにて威力をあげていくのだ。
「な、なんだこれは・・・腹が切れた」
「悪いね。風の力が出たみたいだ」
「ごはっ・・はぁはぁ」
確実に入った一撃を耐えきったヴァイスの肉体は頑強だ。
この耐久力は、ガルドラの強化形態にはなかったのものだ。
良く鍛え上げられている。
「七光拳をもろに食らったのにな。強いな。あんた」
「き、貴様。い、今のはなんだ」
ヴァイスの腹の傷が癒えている。驚異の回復力だった。
「七光拳は、火、水、風、土、光、闇の六属性と、その他の融合属性がランダムで出てくる拳だ。極稀に八番目の力が出てくるんだけど、そいつは強力だし滅多に出ないんだ。そんで、これは満遍なく魔法を扱えるこちらの大陸の人であれば覚えておいて損はない技だな」
まさしく、その力がルーレットなのさ。
「それが魔法じゃないだと。ふ、ふざけるな」
「いや、魔法じゃないよ。こっちの人ってさ。得手不得手はあるけど、属性に偏りがないし、しかも属性変換までは誰でも出来るみたいだから、魔力を内に込めればこれが使えるのよ。魔法は放出力が必要だろ。これはそれが必要ないからさ、あんたみたいな人にはピッタリな技だと思うんだよね。あんた。放出が苦手だろ。膨大な魔力持ちなのにさ」
「な・・・なぜそれを」
ヴァイスの体を見て分かった事だ。
「鑑定眼がそう言う風に分析してる。魔力の量は抜群。変換力は普通。でも放出力が弱い。体の幹に対して手足の放出力が弱いから魔法を扱いにくいみたいね」
「・・・そ、そうだ。俺は魔法は。しかし、身体能力は他を圧倒しているはず」
「そうだよ。だから、あんた。身体能力だけでそんなに強いのよ。いいか。だからこそだ。オレはもったいないと思う。もっと上手く成長させればあんたはさらに強くなるのにさ」
「・・・・」
ヴァイスは言い返さなかった。
説得というよりも、指導したつもりなんだが、黙ってしまった。
こいつのもっと強くなりたいという思いを掴もうとしたが失敗だったかもしれない。
「どうしようか。どっちかが倒れるまでやるしかないか」
殴り合うならとことんまでやるぞ。オレは両手の拳を合わせた。
「いや・・・俺の負けだ。ここまで攻撃力が違うのだ。いかに超回復があろうとも意味がない」
ヴァイスは両の手の甲を地面につけて、オレに頭を下げた。
服従のポーズ。
彼らにとっては降参の意味合いらしい。
最後まで死闘をするタイプではなく、引き際の良い素早い判断をする男だった。
「へぇ。オレはあんたを見直したぞ。潔い武人だ」
「ふっ。ヒュームに言われる時代が来るとは・・・信じられん。だが負けは負けだ」
オレが握手を求めるとヴァイスは返してくれた。
ここでも彼の潔さがあった。
「それじゃあ、話を聞いてくれるかな」
ここから、オレの説得は始まった。
◇
戦争に関する情報とオレが持っている情報を全て提示した後。
「てな事情なんだけど。協力してくれるかな」
「…う~ん。たしかに、それだと無意味な戦争になるな・・・俺は無意味なものは好かんから、お前に協力しよう」
「そっか。ありがたいぜ。あんたも一緒にアルランを止めよう!」
「ああ。そうしよう・・・だが条件がある」
ヴァイスはオレのことを真っすぐ見つめてきた。
曇りのない瞳はデカい体の割に可愛い。
「稽古をつけてくれ。ここで二週間くらい。戦いを教えてくれれば、俺も全面的に協力しよう」
「オレが? あんたに?」
「そうだ。お前のその強さに惚れた。少しでも近づきたい。アルランにも憧れたが、奴はどちらかと言うと武闘派ではなく魔法寄りだからな。俺の理想に近いのはお前だ」
「はぁ? オレがか・・・まいいや。修行なら付き合うよ。ただそれが終わったらアルランを説得してくれ」
「了解した」
ヴァイスは完全に武人だ。
潔さに強さ。
侍の里の人たちに似ている。
だから、話しやすい感じがするんだ。
ここでオレが勝ったことで、アイヴィスが嬉しそうな顔で、拍手をしながら来た。
「それじゃあ。私たち四天王はルルちゃんに協力することが決定しました! パチパチパチ」
「そういう事だな。拙者も会議に行くとしよう」
「お前たちもこの男に協力するのだな。なら俺もだな」
「ええ。ルルちゃんは面白いもの」
「そうだな。拙者もそう思う」
三人が見つめ合うと。
「「「 はははは 」」」
思いっきり笑ったのだった。
こうしてオレは四天王を味方につけて、アルランの戦争を止めに行くのだった。
ちょっと変わった戦いとなった。




