第9話 交換留学
そこから、もう一つ決まったことがある。
互いの都市間での交換留学だ。
エルドレアさんとモルゲンさんが農業ハウスの指導と建築の為にこちらに残り。
オレたちの町へはマーゼンさんとルドーさんという人が来てくれることになった。
オレたちが町に戻る前。
見送りに来てくれたリュカとその大臣たちの前で、マーゼンさんとルドーさんが手を振って挨拶をした。
「私、頑張ります・・・アイス食べます」
マーゼンさんからは、欲望の思いが口から漏れていた。
アイスを食べるために頑張るみたいに聞こえます。
「僕も頑張ってきます。リュカ王」
ルドーさんから、誠実な思いが伝わった。
声も柔らかな印象だ。
「頼んだぞ。ルドー。お前は貴重だと思うから、存分に働いて来い。何だったらルルの片腕位になって来い! その方がリュカの利益になる」
「え。僕が。無理ですよ。リュカ王」
と言ったルドーさんは、ヒュームである。
ジークラッドのヒュームとここまでガッツリ関わったことがないオレ。
同じ種族だからという理由だけじゃなく、彼は親しみやすかった。
物静かで冷静なタイプ。
だけど物はハッキリ言うタイプだ。
「それじゃあ、ここの魔法陣はセットしたから、あっちでもセットしたら、ここに飛んでくるわ。リュカ。また会おう!」
「おう。ルル。また会おう」
と言ってオレたちは別れた。
◇
帰り道の道中。
ルドーさんと会話になる。
「ルルロア様……これからよろしくお願いします」
「いやぁ。堅苦しいですね。オレはルルでいいですよ。ルドーさん」
「え。無理無理。無理ですよ」
「じゃあ、ルルで」
「何も変わってない!? えええ。じゃあルルさんでご勘弁を」
「いいですよ。ルドーさん」
「あ、それじゃあ、ルドーでいいです。それならルルさんと言いやすくなります」
「そうですか。じゃあルドー、これからよろしくね」
「はい。お願いします」
ルドーは遠慮がちに見えてしっかりしている人だった。
「いやぁ。ここまで。ヒュームとは関わり合いがなかったので、オレは嬉しいですね」
「ぼ。僕も。ジーバードのヒュームなんて見たことがなくて嬉しいです」
「お互い様ってことですね。こちらの大陸のヒュームって、普段は何してるんですかね」
「あ。はい。大体のお話でもいいですか?」
「いいですよ」
穏やかな口調が続く。
「こちらの大陸のヒュームはほとんど存在しません。おそらく、各町には一人もおらずで。大都市にチラホラといる程度です。だから見たこともない種族を馬鹿にしているというのが、ジークラッド大陸の人々であります」
「え!? そうなの?」
「ええ。そうです。ヒュームという種族を本当の意味で知っている人間はほぼいません。いるとしても魔人族の一部か、我らのリュカの民くらいでしょう」
「そうなんだ。そうだったのか。じゃあ、ヒュームの特徴だけで、ヒュームと考えて差別してくるってわけだ」
「そうです。ヒュームを知らない癖にって奴ですね」
「・・・なるほどね」
これはオレにとって衝撃だった。
たしかに、都市に行った時も一人か二人くらいしか見たことがなく。
町だとほぼ見たことがなかった。
ヒューム自体の存在があまりないとは、思ってもみない事だった。
「そして、ジークラッドの者たちはヒュームが物を作れることを知りません。ヒュームは色々な物を作ってきたのです。建築物とかではないですよ」
「ん?」
「それは特殊なもの。例えば、クルーナの輝石。魔晶石。レイクの魔法陣。条件遮断結界。アルアハンの指輪。オーベルジュのブレスレット。ブーフースの首輪などなど。多くの魔装具も作っています」
色んな情報が一気に溢れた。
早口で説明してきた。
「え? なんだそれ?」
「知りませんか? ルルさん?」
「ええ。知りませんでしたよ。まさかそんなに作っているとは」
「はい。しかし、作れるのは極一部のヒュームでありまして。実は僕も作ることが出来ます」
「なに!? え、い。いや。マジで」
冷静に淡々ととんでもない事を言う人がルドーだった。
「はい。作れますよ。だから、リュカ王は僕をここに推薦したんだと思ってましたけど」
「おいおいおい。リュカ。なんて素晴らしい人をオレたちの元に・・・本当に助かります。作ってるところを見学させてもらってもいいですか」
「あ。はい。材料があれば作ってみせますね」
「はい。お願いします。魔晶石の材料ならすぐありますから」
「ええ。作りましょう」
この人は、とても穏やかで、オレみたいな奴の隣に居ても、ずっとのほほんとしているんだ。
でもめちゃくちゃ優秀な人だぞ。
でもでも、こののんびりとした具合もなんだかイージスに近い感じで、懐かしさを感じる。
「ルドー。アルアハンの指輪からですが、その効果がオレには分からないんで、それらはどういったものなんですか?」
「はい。アルアハンの指輪は、移動の指輪です。魔力を込めると、指定した視線の先にまで移動します。この移動の際に、気配が完全に消えます。だから隠密作業に適していますね。あまり数のない指輪だと思います。大陸でも希少だと思いますよ」
ガルドラが持っていた指輪がそれじゃないかと思った。
あの移動する際の気配のなさ。
突然現れてくるのはアルアハンの指輪で決まりだろう。
あ、壊してしまったわ。
勿体ないことしたな。
と思うオレである。
「オーベルジュのブレスレットは補助装置です。魔法の速射を促します。これは威力があがるのではなく、魔法発射までの速度が上がる効果です。訓練用に使う人が多いです」
「ふむふむ。なるほど。訓練で、発動速度になれていくってことですね」
「はい。そして、ブーフースの首輪は、魔力制限です。ゼロになります」
「え? ゼロ?」
「はい。吸いつくすのです。魔力を吸って常時使用した状態にする。すると魔力を鍛えることが出来ます。ただし、普段の生活していても魔法が使えなくなりますし、戦闘はもっと困難になりますので、ジーバードの人間ならばそれでもいいかもしれませんが、ジークラッドの人間にとっては、とても扱いにくい代物となってます」
「なるほど。人物の魔力を吸うのか・・・ルドーは持ってますか?」
「はい。持ってますよ。これです」
ルドーは自分のカバンの中から首輪を取り出した。
首輪の中心に、水色の球があり、これが魔力を吸うと赤くなる。
なので、人間がこれを装着し続けると、赤くなり続けるらしいのだ。
「ちょっと着けてみてもいいですか」
「え。いいですよ。こちらの後ろの部分からパカッと外れます」
「どれどれ」
オレの首に着けてみるとあら不思議。
どんどん魔力が吸い取られる感覚を得た。
魔力使用が不可となる。
「おお。これは難しい。魔法は出せそうにないな」
「ええ。しかし、これは魔力を使用し続けている状態なので、成長はしていきます。枯渇状態は疲れを呼びやすいですが、魔力成長に影響を与えますよ」
「ええ。そんな感じを受けますね。でもオレが元々はスキルで動くので、結構へっちゃらですね」
「スキル。ジーバードの技術ですね」
「ええ。そうです」
「それを解明したいですね。研究してみたい」
「そうですね。オレもだ。そうだ。ルドーはメロウの下に入ってもらってもいいですか」
「メロウ殿の?」
「ええ。あなたは研究部門にいた方が良さそうだ」
「わかりました。アレスロアでは、メロウ殿と共に研究してみます」
と笑顔で言ってくれたルドー。
ここから彼はオレたちの為に動いてくれるのだろう。
この笑顔はそんな気がする。
◇
町に帰還したオレはさっそく、魔法陣を設定した。
会議室の建物は、研究施設とユーさんの特殊工房の二つに隣接した場所にある。
だから、会議室の下。
一階にオープンスペースを作り、そこを移動拠点にした。
ここならば、人がいなくなっても二カ所の施設にすぐに行けて、誰かしらがいるからだ。
重要な場所でもないこの場所はちょうどいいだろう。
オレたちの研究資料や重要資料は、全部会議室じゃなく、オレのマジックボックスに収容されているから、会議室を覗かれても何も問題はないのだ。
「さてと、繋げてみて。これをかざして記憶するんだよな・・・ええっと、レイクの魔法陣を出現させて、こうかな」
魔法陣とクルーナの輝石の微調整をしている最中に、建物の入り口から大声が聞こえてきた。
「ルル!」
「あ、ナディアか。来たのか」
「なんであたしの所に戻らないのよ。最初にあたしに会いに来るのが礼儀じゃなくて」
「は? 今、忙しいんだよ。あ、そうだ。ナディアも来るか」
「ちょっと話を聞きなさいよ。あなたね。あたしの元に来なさいよ。一番に!」
ガミガミ五月蠅いナディアがオレの背後まで来た。
「ほれほれ。お前もリュカに行こうか」
「ん? リュカ??」
「おう。お前だけ行ってねえからな。ナディアも来るか?」
「あたしも!? いいの」
「ああ。リュカ王には隠し事はしないと決めたから。ナディアを紹介しよう。ちょっとこっち来い。オレのそばにいてくれれば、クルーナの輝石で移動できる」
「じゃあ、あたしも・・・って言いくるめられないわよ!!! ちょっとさっきの話聞いてよ。あたしに、一番に会うのが。礼儀じゃなく・・」
「ああもう、うるさいな。ほらよ。来いよ」
オレがナディアを抱いて引き寄せる。
すると黙った。
「・・・・」
「やかましく言わなくても、大切にしてますからね。いいですか、ナディアさん。いきますよ」
「な!? なにが。ナディアさんよ。このぉ。ルルぅ」
顔を真っ赤にしたナディアがオレの顔を押しのけようとする。
掌底で顎を押してくるのが地味に痛い。
「ちょ。酷くねえかって、あ。発動した」
「え? これで?」
オレたちは魔法陣の上で喧嘩しながら移動した。
◇
目の前にいるリュカが驚いていた。
喧嘩している男女が急に現れたからだ。
「ルル、なにしてる?」
「あ、まあ。こっち来れるかの実験をしていたら、途中でこいつが入って来たから、一緒に来たわ。ははは」
「ほう。で。こちらの女性は・・・・む? ナディア?」
「おお。気付いた。リュカ」
「まさか。生きていたのか」
「そう。生きていたのよ。四代目だけどね」
今の会話で分かった。
解放軍はナディアが生きていると知らないのが確定だ。
オレはてっきりクヴァロから聞かされているのかと思っていたのだが、そういえば、クヴァロはあの時、ナディアを見てもナディアだと気付かなかったな。
あれはなぜだ。
あの時にはすでにナディアの瞳の色とかは元に戻っていたのに……。
まさかナディアの顔を知らなかったのか。
若いのか。
あれで????
「あいつ。女はなんでもいいのに。女の顔を覚えないのか?」
「何の話よ。ルル!」
「あ。クヴァロの話さ。独り言よ」
「そ、そう」
リュカがオレたちの所にまで来てくれた。
「ほう。やはりナディアだな・・・ルル、ナディアをどうして秘匿している」
顎に手を置いてリュカはナディアの顔を覗く。
「秘匿か。秘匿って程厳密には隠してないんだけどさ……オレは彼女を普通の子にしようとしているのさ」
「普通の子? ナディアを!?」
「ああ。ファイナの洗礼はオレが破る。この大陸を平和にしてな。そんで、南と国交を開いて、南北は和解だ!」
「くっ・・・ハハハハハ。なんたる壮大な夢だな。夢のまた夢のような・・・話だ」
リュカは大笑いした。
「夢じゃねえ。現実にする。これは絶対だ。オレのクエストだからな」
「クエスト?」
「ああ。オレは冒険者だ。人々の依頼を達成するのが仕事。ナディアから引き受けたクエストだからな。気合いが入ってるんだわ」
「・・・ほう。冒険者とはたしか。ジーバード人の役職だな」
「お。知ってたの?」
リュカは、冒険者を知っていた。
昔にも冒険者がいたのか。
「ああ。こちらに来たヒュームの男性が冒険者だったらしい。旅をした男だと語られている」
「へえ。いいんだぞ。冒険者ってさ、リュカもなるか? オレ、この戦いを終わらせたらさ。大陸を旅するんだ。一緒に旅するか?」
「拙者もか。うむ。面白そうだな。拙者ここからほとんど動いたことがないからな。やってみるか」
「ああ。ユーさんとナディアは一緒に旅してくれるから、リュカもいりゃ楽しそうだ」
「ハハハハ。楽しみにしよう。拙者。ルルの計画に乗ってやる!」
「ああ。まかせとけ。ここからオレたちが解放軍の領土を荒らすぜ」
オレは、ご飯戦争の第二幕を開始するために動き出したのだが、ここから計画は思わぬ方向に行くことになる。